「おっそーーーーーーーーい!!!!」
「そんな……こと……言ったって…はぁ…はぁ…もう、無理だよぉ……」
数歩先を歩くアリサの叱咤にユーノは息もきれぎれに反論した。
今のユーノは紙袋やらラッピングされた箱やら山のような荷物を持たされている。
ふらふらしながら歩いているので自然と周りの視線が集まった。
「あれだけ迷惑かけたんだからこれぐらい当然でしょ!!」
「そ…それはそうだけど…」
ユーノだって申し訳ないという気持ちもあるが、いちおうこれでも病み上がりなわけでもう少し手加減をしてほしかった。
それは昨日のこと。ユーノは休み時間を見計らってアリサとすずかをメールで学校の屋上に呼び出した。
事件から数日後、ユーノの無事がアリサとすずかにも知らされていた。
しかし、ユーノは自らアリサとすずかに会いに行って事件のことを話したかった。本来なら詳細は教えるべきではなかったが、
あれだけ心配させてなにも教えないのも酷いと思ったので包み隠さず話すことにした。
「……ということで、心配させてごめん」
ユーノは頭を下げ目いっぱい謝罪した。
しかし当然のことながら頭を下げたくらいではアリサの怒りは収まらなかった。
「それくらいで許されるわけないでしょっ!!責任とんなさいよね!」
なぜか正座させられたユーノを仁王立ちで見下ろしながらアリサが言った。
「アリサちゃん、たくさん泣いちゃったもんね」
すずかがクスクスと笑いながらアリサに言った。
「なっ!?」
一瞬にしてアリサの顔は真っ赤になった。ユーノは不思議そうにその様子を見ていた。
「と、とにかく!明日は買い物に付き合いなさい!!それでチャラにしてあげるわ!」
その視線に耐えられなかったアリサは早口に命令を下した。
「う、うん…。それくらいでいいなら付き合うけど…。えっと、すずかは?」
自然と話の流れが罪を償うという方向へ行っていたのでユーノはすずかに聞いてみた。
心の優しいすずかならなにも言わないかも、という淡い期待とは裏腹に返ってきた言葉は
「う〜ん、貸しってことでどうかな?」
というものだった。笑顔なのが逆に少し怖かった。
「それじゃあ明日ね」
ユーノが帰ろうとしたときアリサが近づいてきてユーノに囁いた。
「…なのはとフェイトには内緒だからね」
それじゃあ!とアリサは走って行ってしまった。
(……なんで?)
もともと言うつもりもなかったユーノはよくわからないままその場を後にした。
その買い物というのが尋常ではない量で、お金はもちろんアリサが自分で支払っていたが、荷物は全てユーノが持っていた。
カウンターで配達の誘いもあったが、有無を言わさずアリサは断っていた。
魔法を使えば少しは楽ができるが、ここは街中であるし、楽することはそれはそれでアリサを裏切るような気がしたので
ユーノは腕力のみで荷物を持っていた。
発掘作業でだってこんなに重い荷物は持ったことがない。
(もう…腕が限界…)
脂汗が出そうなユーノの表情を見て、アリサがため息混じりに言った。
「まあもういいかしらね。鮫島、あとは荷物お願い」
「はい、お嬢様」
「うわ!?」
声に驚いて振り向くとユーノの真後ろに執事が立っていた。
ユーノの荷物を受け取ると次々と路肩に止めた車に乗せていく。
(気配が全く感じなかった…。この人って何者?)
ユーノが疑問に感じているうちにさっさと黒塗りの高級車で走り去ってしまった。
「それじゃ、行くわよ!」
アリサがユーノの手を握って急に歩き出した。
「え!?行くってどこに?」
いきなりのアリサの行動にユーノも引きずられるように歩き出した。
「そ、そんなの、あんたが考えなさいよね!!」
後ろからでは表情はよくわからないがアリサの耳が真っ赤になっているのが見えた。
(これって…もしかして…)
ユーノが気づいて口を開きかけた瞬間、目の前に見知った二人がいることに気がついた。
「「あっ!!!」」
その二人もこちらに気づいて驚きの声をあげる。
「…なのは、フェイト……」
「アリサちゃんとユーノくん、なにをしてるのかな〜?」
「ユーノ……」
唖然とするアリサになのはとフェイトがそろって近づいてきた。
休日の街中、大勢の人間がその場にいたがその威圧感にさっと道をあけていく。
その光景は十戒の海が割れるシーンを彷彿とさせた。
(なんか、やばい…ような気がする……)
これから起こるであろうことを考えるだけでユーノは軽い眩暈がした。
*
喫茶翠屋。休日もあって多くの客が来店していたが、その視線はテラスにある一つの席に集まっていた。
美少女4人に少年1人。ただでさえ目の引く席である上にそこからはただならぬ雰囲気を感じさせる。
「それじゃあ、ユーノくん説明して」
「え!?ぼ、僕!?」
笑顔で命令するなのはにユーノは心臓が飛び出そうになった。ここにいるだけで体が持ちそうにない。
「えっと、その前になんで私がここにいるのかな?」
「そんなのフォロー役に決まってるでしょっ!」
すずかの疑問をアリサが打ち消すように言った。
「これで貸しが2つだね♪」
ウインクしながらすずかが小声でユーノに囁いた。
4人の席に椅子を足して無理やり5人座っているわけで、小声で言ったところでもちろんみんなに聞こえている。
なのはとフェイトのグラスにピシッとひびが入った。
(ああああ!!ど、どうすればいいんだ!?)
翠屋の前を通る人々、店内の客など大勢の視線がユーノに集まっている。
ユーノは今日ほどフェレットでいたいと思った日はなかった。
「えっと、その、心配させたお詫びに買い物に付き合っただけ…なんだけど」
ユーノは助けを求めるようにアリサを見た。正直に言っているのになぜか不安ばかりが増していく。
「そ、そうよ!別にやましいことなんてしてないし、ね?」
「ユーノくん優しいからなんでもいいから償いたいって言ったんだよ」
少し墓穴を掘っているアリサをすかさずすずかがフォローした。
「でも、わたしはそんなこと言われてない……」
「ユーノのこと心配してたのはみんな一緒なのに…」
なのはとフェイトの飲み物は炭酸ではないはずだがぶくぶくと気泡が現れ始めている。
季節は春のはずだがどんどん寒くなっているような気がした。
「ああああの、二人には後から“特別に”話そうと思ってたから、うん!」
ユーノはあえて特別を強調して言った。実際そのつもりだったが、今はなんとなくこうするのが効果的だと思ったからだ。
「ま、まあ、そういうことなら…」
「ユーノ……」
なぜかなのはとフェイトが顔を赤らめたがユーノは深く考えないことにした。
これ以上話を複雑にすると命にかかわる。ガラス越しに店内を見ると変な老人が親指を立てていた。
「でも、アリサは諦めたって言ってたのに…」
「あ、あれはナシよ!やっぱり早い者勝ちって……あ……」
フェイトの言葉につい反射的に反応してしまったアリサ。すずかもさすがにフォローできないので目をそらした。
(まだ見ぬ父と母へ。僕は幸せでした…)
心の中でそう言うとユーノは全てを諦めたように目を閉じた。もう、だれにも止められない。
その後、喫茶翠屋は悪魔が出る店としてなぜか評判になり客足が絶えなかったという。
*
「はっきりすればいいのにな」
クロノは頬杖をつきながらモニターを見て言った。
「まあ、ユーノくん優しいから。はい、クロノくん、お茶」
「ああ、すまない」
クロノはエイミィからお茶を受け取って机に置いた。
本来なら待機中とはいえ私情で監視モニターを使用することは許さないクロノだったが、さすがにこのイベントを
見逃すほど真面目でもいられなかった。率先して覗き見るエイミィにしぶしぶ付き合っているフリをしながらも
ユーノの不幸を笑いながら見ていた。
(いや、しかしほんとに面白いな)
ニヤニヤとモニターを見ていると突然誰かが入ってきた。
「クロノくん、久しぶり〜!コーヒー入れてきたで〜」
トレイにカップをのせたはやてだった。しかし、クロノの机にあるお茶を見て動きを止める。
「今お茶出しちゃったから、はやてちゃん自分で飲んでいいよ?」
「いやいや、今クロノくんはコーヒーの気分や。目がそう言うとるもん」
目の錯覚か、エイミィとはやての視線が交錯する先にバチバチと火花が散っているように見える。
(あ…あれ?)
ごしごしと目をこする。この光景、まさにモニターの中のユーノと同じような…。
そう思い始めた矢先、さらに招かれざる来訪者が入ってきた。
「クロスケ〜元気にしてるかーー!?あっそびにきたぞー!」
「おや、なにやら不穏な空気を感じるけど…」
なんの連絡もなしにリーゼ姉妹が転移魔法陣から現れた。差し入れにオレンジジュースを持っている。
(なんか、やばい…ような気がする……)
クロノとユーノの思考は完全にシンクロしていた。
「お茶!」
「コーヒー!」
「「オレンジジュース!」」
本人の意思を無視して勝手に話が進んでいく。いや、全く進んではいないのだが。
「そもそもクロノくんの先生だったってだけでもう関係ないやん。はよ帰って」
「グレアム提督が待ってるわよ!元だけど」
はやてとエイミィは一番場違いと思える使い魔二人を追い出すことにしたらしい。
しかし長年生きてきたリーゼ姉妹はそんな二人に余裕で反論した。
「私達とクロスケはそれはそれはふか〜〜〜い繋がりがあるんだって」
「正確には繋がった……かしらね」
「「なっ!?」」
衝撃の事実にエイミィとはやては言葉を失った。
「いやいやいやいや!!!!嘘をつくな嘘を!!!」
さすがのクロノも目の前で平然と嘘をつかれるのは黙っていられなかった。
(というかなにを言い出すんだこいつらは)
いきなり下の話になって顔が赤くなってしまう。今でもそういう話題は苦手だった。
「もう牽制はやめややめ!さ、クロノくん、コーヒー冷めないうちに飲んで?」
「ちょっと!最初は私なんだからね!!それにクロノくんは年上が好みなんだから!」
「そんじゃ私達もだね。すっごい年上だけど」
「というか年の概念がないわよ。使い魔だから」
自分の周りで修羅場が繰り広げられている。
なにやらよくわからないが決断しなければならない。クロノは腹をくくった。
「「「「あっ!!!」」」」
結局クロノは全て混ぜて飲んだ。すっぱくて苦くて渋い味が口内に広がった。
当然、その後トイレにかけこんだのは言うまでも無い。
「あんなんのどこがいーんだか」
ヴィータがつまらなそうにその様子を見ながら言った。
「私達は恋愛のことはよくわからないしね。はやてちゃんを見守ってあげましょう」
シャマルが微笑みながら答えた。
「そうだぞ。これが主はやての望みだ。決して寂しがっては……くっ…」
「な、泣くなよ…」
ヴィータがシグナムを慰めるという不思議な展開がひっそりと繰り広げられていたという。
リンディはアースラ艦内をモニターで見ながら呟いた。
「ほんと、はっきりすればいいのに」
自分の夫も昔はそうだった。やっぱり血筋かしらね、とリンディはため息をついた。
季節は春。全てが始まり、未来にむかって歩き出す。
そして、恋の種たちも芽を出した。
いつか花開く時を夢見て。
魔法少女リリカルなのはA's+外伝 終