「バルディッシュ、アーク・セイバー!」
「yes sir」
闇の中に光の鎌が弧を描き、いままさに彼女 −フェイト・テスタロッサ− に飛び掛らんとしていた異形の者の上半身と下半身を分断する。
彼女の視界の中にもはや動く物体はない。用心深く辺りに視線を巡らせながら、愛杖 −バルディッシュ− をシーリングフォームに変形させる。
「バルディッシュ・広域サーチ」
「There is no enemy reaction in the outskirts」(周辺に敵反応なし)
ふぅ、と肩の力を抜いてフェイトは通信機を取り出し、我が家にも等しくなった次元空間航行艦船アースラに送信する。
「アースラ、こちらは掃討完了。なのはの方は?」
アースラ内でモニターを見張る彼女の兄、 −クロノ・ハラウオン− からすぐさま返信。
「本命はなのはの方だったらしい。でもあっちもあっさり片付いたよ。ご苦労様、戻ってきてくれ、フェイト」
「了か・・・兄さん?」
通信機から聞こえる音に急に喧騒が混じる。
「クロ・く・ん・・フェイ・ちゃ・の座・・に次元震・・反・!」
《兄さん!兄さん!何が?》
急にざりざりと耳障りな音を発するようになった通信機を投げ捨てクロノに直接念話を送るフェイト。
彼女の周辺が揺らした水槽の水のようにゆらゆらとゆらぎはじめる。
水中で動こうとしたときの目に見えぬ何かがまとわり付くような感覚を全身に感じ、顔をしかめるフェイト。
《フェイト!君の付近で次元震反応があった!規模は不明だ!巻き込まれると危ない、すぐにこっちへ!!》
ゆっくりと身構えるフェイト。バルディッシュは既にアサルトフォームに変形させてある。
《ごめん、兄さん、ちょっと遅かったかな。転移魔法間に合いそうにない・・・》
《フェイト!?》
既に彼女の周囲の空間は揺れどころかひび割れんかのように軋み始めていた。
「・・・バルディッシュ、全方位プロテクション・・・」
「I can go anytime」(いつでもいけます)
−− ミシッ!! −−
彼女のわずか十数メートル先でついに空間に裂け目が入った。
「展開!!!!」
「yes sir!」
眩いばかりの光の球が彼女を包み込む。直径をぎりぎりまで小さくし、極限の魔力で可能な限り防御力を高める。
− 直後 −
グゴァゥッッッ!!!!!!!
目に見えぬ何か、次元と次元を繋ぐ莫大な力が、それからみればあまりにも小さな小さなフェイトに容赦なく襲い掛かる。
「くぅあっ!!!」
ゆらぎに攻められるたび、プロテクションバリアが激しく明滅する。わずかでも力を抜けばそのまま次元の狭間に投げ込まれてしまうであろう。
「ぐぅっ!・・・バ・バル・ディッシュ・・・」
「・・yes・・・sir・・・」
「!!!カートリッジロード!!最大出力!!!」
「!!!yes sir!!!」
ハーケンフォームに変形したバルディッシュを真一文字に構えるフェイト。バルディッシュそのものが激しく強く光り輝き、光がフェイトを包み込んでいく。
が、
襲い掛かる猛威に対するにはその光はあまりにも小さく見えた。
アースラ内司令室。
「だめだ、念話も通じない」
「じゃ、じゃあどうするの!このままじゃフェイトちゃんが!!」
「そんなこと言われなくてもわかってる!!」
ひっ、と普段見せない形相でクロノに凄まれた −エイミィ・リミエッタ− が後ずさる。
「あ・・・す、すまない、悪かった、その・・つい・・すまない、エイミィ」
義妹を心配するがゆえの兄の想い、そして執務管としての責務、それらを決してわからないエイミィではない。
「い、いえ、こちらこそ、軽率な発言でした、申し訳ありません」
「いや、すまなかった。それで、次元震の規模は?」
クロノの言葉に補佐官としての表情を取り戻し、キーボードを操作するエイミィ。
「次元震レベルN−2、規模的にはごく小規模です。範囲はやや広いようですが、次元航行に影響のあるレベルではありません。でも・・・」
「どんな大きさであれ、次元震の発生現場で発生の瞬間に立ち会った者など・・・過去には居ない・・・」
「提督・・・」
クロノの、そしてフェイトの母親である −リンディ・ハラウオン− が悲痛な面持ちでいつの間にか二人の後ろに立っていた。
「フェイト・・・くそっ!」
「信じましょう、フェイトを。あの子なら・・・きっと」
息子の肩に手を置くリンディ。だがしかしその手にいつもよりの力が篭っていたことに気付いたのは当のクロノだけであった。
「・・・」
「フェイトちゃん・・・」
静まり返るアースラ司令室。他のオペレータ達もどう対応していいかわからず互いに顔を見合わせるばかりである。
永劫とも思えるしかし数分の後・・・
《・・だ・・・う・・・・ぶ・・・》
「フェイト?!」
あまりの事に念話にもかかわらず声を張り上げるクロノ。
「クロノくん?!」
「クロノ?!」
「あ、い、いや、す、すまない、フェイトからだ。じ、状況を確認する」
《フェイト。大丈夫か?無事なんだな!》
「フェイト・・・」
「よかったぁーーーーー」
手を組み涙交じりで天を見上げるリンディ。
コンソールに突っ伏すエイミィ。
皆も一様に安堵の表情を見せていた。
・・・ただ一人クロノ以外は・・・
− 静かだった −
自分が声さえ出していなければ自分の鼓動の音すらも聞こえて
しまいそうなくらいに。
しかし。
静かなだけであった。
フェイトは今、次元震の只中にバルディッシュと共に飲み込まれんと必死に耐えて抜いている。
静か過ぎる周囲に自分の息遣いだけが聞こえる。
必死に魔力をバルディッシュに注ぎ込み。ただただただただひたすらに耐えに耐えに耐えに耐える。
そんな中に新たな音源が生まれた。
ギリリッッ!
「!バルディッシュ!!!」
救済の音では・・・なかった。
彼女のための杖バルディッシュの中央部に走る亀裂。
絶望の音色だった。
「バルディッシュ!!!!」
「master・・・」
「バルディッシュ!!バルディッシューーー!!!」
もはやフェイトにはどうしたらいいかわからなかった。クロノは次元震だと言っていた。だとすれば耐えてさえいればいつかはそれは収まる。ただそれがいったい何時なのかはわからない。
この静寂の猛威にいつまで晒されなければならないのか、それまで持つのだろうか、プロテクションは、自分の魔力は・・・そしてなにより・・・バルディッシュが。
(兄さん、なのは・・・母さん・・・みんな・・・)
「・・・ごめん、もう・・・」
気丈な少女の口から絶望がこぼれかけた。
「master・・・It is a request」(お願いがあります)
「な、何?!」
「A double road」
「!な、何言ってるのバルディッシュ!!」
「A method is only it if possible」(もし可能性があるとしたら、方法はそれだけです)
バルディッシュは彼女にこう言っている。カートリッジをロードしてくれ、と。
今現在すでにカートリッジをロードしているこの状況で、
「2発目をロードしろ」、と
「おかしい」
クロノのその言葉に気づいたのは最も近くに居たエイミィであった。
「?どうしたのクロノくん」
「繋がらない」
「え?何が?」
「フェイトだ、さっき確かにフェイトからの念話が届いたのに・・・こっちからの呼び出しに答えない」
「ど、どういう・・?」
リンディを振り返るエイミィ
「・・・わからないわ・・・よほどそれに特化した呪文を構築しない限り念話を妨害することは基本的には不可能だし・・・」
「次元震中心部に居ることの影響でしょうか?」
「・・・それもわからない、試した人は・・・居ないのだから」
「・・・」
「もしくは・・・念話すらできない状況にいるか・・・」
その時司令室のドアが開き、人影が飛び込んでくる。
「フェイトちゃんと連絡が取れないってホントですか?!」
フェイトの無二の親友 −高町なのは− であった。傍らには彼女に魔法との出会いをくれた少年 −ユーノ・スクライア− の姿が。
「状況は、どんな?」
無限書庫から出てきたときに脱兎のごとく目の前を駆けていったなのはを追いかけてきたので、状況を把握していなかったユーノが聞いた。なにせなのはに状況を聞こうとしても「フェイトちゃんが!」しか言わないのである。
「ロストロギアの回収になのはちゃんとフェイトちゃんがそれぞれ向かったの。追跡を逃れるのにロストロギアは2手に別れて、本命のロストロギアはなのはちゃんが捕らえてくれて無事保護。おとり側だったフェイトちゃんの方も使い魔は簡単に片付けたんだけど・・・」
「けど?」
「ちょうどその時フェイトの居た場所で次元震が起きた・・・」
念話をあきらめたクロノも会話に加わる。わずかとはいえ念話も魔力を消費する。そうそう続けているわけにもいかない。
「じ、次元震?!次元震の発生現場に居合わせたっていうのか!!!」
「・・・ああ」
「で、でも、次元震なら前にリンディさんだって、あの、プ、プレシアさんの時の・・・」
嘘だと言わんばかりにリンディを見やるなのは。
「・・・なのは・・・たとえあのプレシアさんだったとしても、故意に起こしたものと自然発生したものじゃ・・・スケールが違いすぎるんだ・・・」
「・・・そうね・・・それだから私でも押さえ込むことができたのよ」
「そんな・・・フェイトちゃん・・・」
PiPiPi・・・
訪れかけた沈黙を破る電子音。はっと顔を上げたエイミィがものすごい速さでコンソールを操作する。
「映像は駄目ですが、モニタリング回復!フェイトちゃんの魔法波長を確認!無事です!!但し次元震も継続中」
コンソールに皆が詰め寄る。一番前のクロノが叫んだ。
「状況はわかるか?」
カカカカカ・・・・と衰えないスピードでコンソールを走るエイミィの指。
「プロテクション魔法にて次元震を防いでいるようです・・・でも・・・」
「でも?何だ??」
「バルディッシュの・・・反応にノイズを確認・・・破損・・・しかけているようです」
「!!」
フェイトとバルディッシュが力を合わせてやっと現状維持の状態・・・バルディッシュを失えばどうなるかは明白であった。
PiPi! PiPi!
「え!?そんな、これ・・・」
「何だ、今度は!!」
「フェ、フェイトちゃんの周囲に魔力反応発生、で、でもこの波長は・・・」
「誰だ、記録のある者なのか?」
エイミィがゆっくりと振り返る。「その2人」の方に。
「・・・クロノくんと・・・なのはちゃん・・・」
「「「 !!! 」」」
周囲の視線を一手に集める2人。
無論、その2人が最も状況を理解していなかった。
そのわずか数分前の、依然として次元震に耐えうるフェイト。
「master・・・please・・・double road」
「な、何言ってるの、ダメ、そんなことできない!第一そんなことしてもこの状況から逃げられない、ただ時間かせぎをするだけ」
「Yes」
「え?」
「I can make time to advocate magic」(魔法を唱える時間が作れます)
「っ!?」
フェイトは理解した。この状態で2発分のカートリッジによる魔力を得れば、わずかではあるが時間を作ることができる。
バルディッシュが「単独」でプロテクションバリアを維持できる時間が。
フェイトが「単独」で転移魔法を唱えることができる時間が。
バルディッシュを犠牲とすることでフェイトが助かる可能性があるであろう、希望とも絶望ともとれる方法を。
「Please hurry up! I cut a magical power of a cartridge」(急いで下さい。カートリッジの魔力が切れます)
「ダメ!できない!そんなのダメ!!!そんなことしたらバルディッシュが壊れちゃう!!!」
「My mission helps you, and it is to protect it」(私の使命は貴方を助け、護ることです)
「ダメえぇぇぇぇーーーーーーーーーーーー!!!!!」
静寂の中の絶叫。その声は驚くほど遠くにまで響き渡った。
そう、「この2人」に。
「どう?出来そう?」
「うん、大丈夫、まだ・・・レイジングハートは言ってる、まだがんばれる、って」
「よし、行こう、なのは!」
「うん!クロノくん!」
ビキッ!!!!!!!!
先ほどよりも大きい音が響いた。無論、バルディッシュの柄にである。
「いやああぁぁぁ!!!バルディッシューーーーーーーーー!!!」
涙交じりの絶叫。
「誰か・・・誰か・・・助けて!!!兄さーーーーん!!!」
「そこの君!聞こえるか!今助けに行く!!」
「っ!!!」
聞こえた!
届いた!!
兄が助けに来てくれた!!!!
振り返るフェイト。
涙でぼやける視界にクロノのみならず、なのはも写る。
「兄さん!!なのは!!!」
そう叫ぼうとしたフェイトであったが叫ばなかった、いや、「兄」くらいは口にはしたかもしれないが、「何か」が口を塞いだ、物理的な何かではなく、フェイトの勘とも言うべきものが。
ぐい、と涙をふき取ったフェイトの視界に写る2人。
ちらりと見ればまごうことなきクロノとなのはだが、少し見ればなるほど違いも多い。
まずクロノは若い。無論フェイトの知るクロノも十五歳の少年と言ってもいい年だが、今前にいるクロノはさらに若い。おそらくフェイトやなのはと同じくらいの年頃であろう。
そしてなのはは風貌こそまったく見分けはつかないものの、手にしているものがフェイトの知るものとは明らかに違う。
柔らかな曲線を描く赤い柄に2枚の羽のレリーフ。そして先端の輪の中に光るハート型の赤い大きな宝石。
ともすればそう呼んでも差し支えないが、フェイトの知るなのはの持つ杖 −レイジングハート− とは明らかに異なる物だった。
「誰!!兄さんやなのはの姿を真似てるようだけど、ずいぶんとお粗末な変身ね!」
フェイトは自分の最後を覚悟していた。
この2人は耐えるだけがやっとのフェイトとは違い。次元震の中をゆっくりとではあるがこちらに向かってきている。それもなのはらしき者の力のみによって。
つまりなのはもどきがクロノもどきと自らをガードしながら移動までこなし、もう1人クロノもどきは寄り添っているだけである。つまりその手にもつこちらは本物と見分けのつかないS2Uで攻撃することができるということである。身動きの取れないフェイトに向かって。
《誰だか知らないけど余裕ね、でも似せるなら武器も姿も統一しなさ・・くっ!!》
激しく明滅するフェイトのプロテクション。
念のため、とクロノもどきに念話を送ろうとしたが、念話程度の行為ですら今のフェイトには生死を分かつ行為だった。
しかし、
「いけない!なのは!!」
「お願い、レイジングハート、あの人を助けて!!!!」
途端。
なのはらしき者のバリアフィールドが大きさを広げ、フェイトの周囲をも包み込む。
フェイトの周囲に今まさにフェイトを押しつぶさんとしていた力が。嘘のように消えた。
直後、フェイトのプロテクションが消失する。カートリッジの魔力が切れたのだ。
眼前に迫る2人にそれでも油断なくバルディッシュを構えるフェイト。当然である。
「・・・そんな姿でそんなこと言っても説得力ないわよ」
2人は困ったように顔を見合わせる。
「ごめんなさい。あなたが誰だかわからないけど、でも、こんなところであんな危ない状況だったから・・・余計なことをしたんだったらごめんなさい」
「君が危なかったのは事実だ。だから助けた。それじゃいけないのか?僕たちは君の知り合いにそんなに似ているのか?」
「・・・」
嘘を言っているようには・・・見えなかった。てっきりその姿でスキを付くものだと思っていたが、どうもそうでもないらしい。
助けてもらったのは事実のようだ。そのことは素直に感謝すべきだろう、だが・・・
「敵では・・・ないのね?」
「そうだ」
「違うよ!」
「・・・じゃあなぜ、そんな姿をしているの。わざわざクロノ兄さんやなのはの姿をしているなんておかしいわ」
「それなら逆に聞くが、なぜ君は僕らの名前を知っているんだ?僕たちは君の事を知らないぞ。それに僕には妹はいない」
「・・・」
どうやら本当にこのクロノとなのははフェイトのことを知らないらしい。
名前まで同じの似ている別人・・・助けてもらった身としてはこれ以上の非礼を重ねたくなかったフェイトはとりあえずそう言い聞かせた。
すっ、とバルディッシュを下ろし、頭を垂れる。
「まだ・・・全部信じきれないけど、でも、ありがとう。助かりました。」
笑顔を見せる2人。
「ところで1つ質問があるんだけど、いいかな?」
と、クロノ(?)。
「この時空嵐は何なんだろうか?ヒドゥンと何か関係があるのかい?」
「ヒドゥン?」
フェイトの知らない単語だった。
「えっと、そのヒドゥンというのはちょっとわからないけど、これは次元震。次元干渉エネルギーの結晶体が暴走した時に発生したりするの。まれに自然に発生することもあるらしいけど・・・」
「次元震、か・・・なるほど・・・」
「えっと・・・おっきな地震・・・なの?」
言葉だけで大体を理解したクロノ(?)と違い、なのは(?)はやはり少しこういうことには疎いようだった。
残る二人はえっ、と顔を見合わせ、ぽん、となのはの肩に手を置き、
「「ごめん、なのは、後で説明するから」」
綺麗に2人の声がハモる。
クロノ(?)はともかく初対面(?)のフェイトがそんなことをしたものやはり見分けのつかのその風貌のせいだろう。
「・・・えーと、なんとなく、そこはかとなーく・・・バカにされてる気がするのは気のせい・・?」
「「気のせい」」
再び2人。
「うー。嘘だー、2人とも絶対バカにしてるーーー」
「そんなことないよ、なのは」
「そんなことないわ、なのは」
三度。
「うー!!2人ともひどーい、ていうか、息合いすぎ!」
和みかけた場、しかし突如、3人の周り、なのは(?)の展開するバリアが明滅を始める。
「っ!レイジングハート!!!」
「なのは!」
フェイト、ひいてはフェイトの知るなのはのものよりも強固であろうフィールドもやはりこの状況で長時間耐えることはできないようだった。
「兄さ・・あ、いえ、えと、わ、私が転移魔法を使います」
「ここから抜け出せる方法があるなら急いで頼む!もうあまり持たない」
頷くとフェイトはバルディッシュを構えなおす。
「バルディッシュ!アースラの座標確認を!転移魔法用意!」
「yes sir」
傷つきながらなお、心強いバルディッシュの声。
「きゃぁ!!杖が喋った!!!」
クロノ(?)にしがみつくなのは(?)。
「応答型・・・いや、自律型法術杖・・・か?」
「説明はあと!行きます!」
− キィンッ! −
甲高い音と共に3人の姿は掻き消えた。
魔法少女リリカルなのは 〜 もう一人の私へ・・・ 〜
〜〜 To Be continuance 〜〜