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[519]76 2006/04/09(日) 04:00:49 ID:kzuZS8/E
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[525]76 2006/04/09(日) 04:13:28 ID:kzuZS8/E

蒼穹の果ての戦場 ――A's COMBAT THE LYRICAL WAR――

 その変貌は一瞬にして行われた。
 「!?」
 クロノの視線の先、白を率いて飛ぶ黒の巨体が余剰魔力を放出しながら大きく形を変える。
 それは漆黒の怪鳥ともいうべき姿であった機械が、更なる力を求めて行う進化だった。
 その容貌は最早鳥とは言えず、いうなれば鱗持つ獣の王――竜という形容が最も相応しいだろう。
 「凶鳥(フッケバイン)から空竜(ルフトドラッヘ)への進化……といった所か。全く、進化論も裸足で逃げ出す変貌だな」
 戦慄に頬を引きつらせながら、彼はそんなことを考えた。余分な思考ではあるが、こればかりは仕方が無い。
 これほどの威容、恐怖を感じずにはいられないその姿見には愚痴の一つでも吐かなければ正常を保つのは難しかった。
 と、刹那。クロノの視界の先、空竜の姿が爆発した。
 否、それは変形行動により速度の落ちた自身を無理やりに加速させた魔力の迸る様だった。その速度は先程よりもなお速く、鋭い。
 変形により出力を増したその力は、だがそれだけでは無く外部からの魔力供給があって初めて可能となる、常識外の力だ。それは加速し続ける空竜に更なる力を与えて猛らせる。
 吼える。
 「! 拙い!」
 「クロノっ!」
 フェイトが悲鳴にも似た叫びを上げる。
 彼女の視線の先、黒の人影が夥しい数の閃光に飲み込まれた。
 大きく開かれた顎より放たれたるは、咆哮の怒声ではなく無数の白い輝きだった。拡散する竜の吐息は標準すらしているかどうか怪しい漠然さをもってクロノ・ハラオウンのいた空域を薙ぎ払う。山脈となって広がる雲海が瞬時に消失し切り裂かれる。
 莫大な量の破壊を撒き散らす輝きの真っ只中に放り込まれたクロノは、それらの間隙を縫うようにして飛翔した。
 だが、どう機動しても無数を誇るドラゴンブレスの放射からは逃れられない。絶対に回避できない不可避の一撃が、数えられるだけでも四つあった。
 避けられぬ、ならばどうするべきか。意識を研ぎ澄ませ、行うべき事、行使するべき術式を即座に選択し起動する。
 「――――悠久なる凍土」
 詠うように唱えながら天へと伸びる。白の軌跡は瞬く間に閃光により穿たれ消える。
 「――――凍てつく棺の内にて」
 歌うように放ちながら我が身を滑らせるようにサイドに切る。肩口に威力が掠り、堅牢を誇るバリアジャケットが一瞬で蒸発した。
 「――――永遠の眠りを与えよ」
 謳うように奏で、舞うようにその氷結の杖を振るう。叫び放つのは凍結の祝詞。万物を凍え結晶させる、白の棺。即ち――――。
 「――――エターナル・コフィン!」
 白を切り裂く白が空を覆う。放射された魔力の輝きは回避軌道上の閃光の尽くを凍結させ、粉々に砕いた。
 魔力という非実体を完全に凍結、破砕させながらクロノはだが、閃光の終焉を待ち侘びるように無言を念じる。
 やがて猛攻が収まるのと、デュランダルが機能限界に達し魔力放射を終えるのはほぼ同時だった。余剰魔力が蒸気のように杖より噴出す。
 「保ったか……!」
 荒げるように息を切り、呻く。
 「クロノっ……!」
 その様を見届け安堵に胸をなでおろしたフェイトは、しかし驚愕に心中を穏やかならぬ思いで満たす。
 かの空竜は更なる加速を行いながら、これ程までの砲撃までをやってのけた。これは明らかに空竜固有の性能だけでは説明が付かなかった。
 かつて、母であるプレシア・テスタロッサが時空管理局と相対した時、母は単独で次元を跨ぐ魔法攻撃を行い、時空管理局の武装局員を蹴散らし、大量の傀儡兵を使役してみせた。
 これらの神業はプレシア・テスタロッサの手腕も大きいが、それと同等以上に彼女が保有していたロストロギアを動力とした要塞のバックアップが大きかった。
 そして今、眼前で疾駆する空竜もまた、発動機型ロストロギアの補助を受けてその力を限界まで引き出されている。
 その事実を脅威に思いながら、しかし彼女は怯まない。なぜならば、これは予測できていたことである。なによりも、これは此方にとっては――――
 「確かに予想以上の能力、でも――――」
 冷や汗に頬を濡らしながらも、彼女は不敵に口の端を歪め呟く。その言葉に同調するように、杖を振りぬいてクロノが吼えた。
 「――――それは、此方も待っていた事だ!」

 遠く空の彼方、その力の源が放つ波長を捉えた観測員は待ち侘びたといった体で叫んだ。
 「センサーに感、距離一万二千! ――――ロストロギアの反応です!」
 「来たわね……!」
 観測員の報告を受け、リンディは身を乗り出し呟く。
 強力な迷彩結界によって覆われ守られる敵拠点。その座標を特定することは至難を極めるが、しかし打開策が存在しないわけではない。
 例えば、外部に対して放出される強大な魔力のラインが観測できれば、喩えそれが巧妙に隠蔽されていたとしても発見できるだろう。
 そう、例えば、防衛用ロストロギアの動力として機能する、発動機のロストロギアのエネルギーラインなど、だ。
 故に迎撃部隊の二人は、ガーディアンの全力を引き出す必要があった。そして今正に、出力を臨界まで高めた発動機の魔力がアースラの広域センサーに捉えられたという塩梅である。
 その結果に対して、リンディは更なる号令を放ち連鎖を生む。
 「主砲解放、回頭65度、発射角修正。――――標準!」
 その言葉を受けて、アースラ外部に装備された二基の粒子加速砲に火が灯る。アースラに搭載された火器管制AIが不可視の目標を正確に捉え、砲塔に放電が収束していく。
 そしてその輝きが瞬く間に臨界に達した次の瞬間、リンディは叫んだ。
 「――――発射!」
 同時、真昼の空をなお照らし上げて二条の閃光が地平の先へと放射された。亜光速で放たれた荷電粒子は彼方にて着弾、その果てを輝きで飲み込む。
 炸裂するエネルギーの奔流が天と地を閃光の柱で繋ぎ、一切を吹き飛ばして消し去った。
 そしての数瞬の果て、光爆が収縮するように収まっていく。と、その後に現れたのは――巨大な、白亜の要塞であった。
 「ステルスフィールドの破壊を確認! 敵要塞を補足しました!」
 モニターに表示される火山ほどの大きさを誇るその巨大要塞を確認しながらエイミィが叫ぶ。その画面にて計測される数値は、周囲を覆う結界の大部分が取り除かれている事を示していた。
 もとより艦載兵器の一撃程度で攻略できるものでもなければ、破壊が目的というわけではない。だが時空管理局技術部謹製の粒子加速砲に付加されている結界破壊効果は充分にその効力を発揮し、敵要塞の迷彩結界を無効化していた。
 これこそが目的であり、そして次なる一手に繋がる布石である――――そう思考しながら、リンディは一人頷き、叫んだ。
 「続いて、突入班を転送! 急いで!」

 空に聳える、鉄の城がある。その巨大なる白の城塞の正面、巨大な鋼の門の前に、次々に人影が現れる。そのどれもが杖を持ち、また外套と礼服、護符で武装していた。
 この要塞の守り手達――――『銀の暁』の魔導師達であった。五十人近いその魔導師達は意味ある方陣に則り布陣すると、指揮者の合図に応じ杖を構え、敵を待つ。
 この白亜の城塞を守る不可知の結界が破られたとはいえ、城塞本体に施された真なる守りである十三層の防御結界は未だ健在である。
 次元干渉を含む一切の転移、攻勢を遮断する障壁に覆われたこの城塞の内部に侵入するには、城の主に認められるか、或いは唯一障壁に覆われていないこの正門前広場に現れるしかない。
 この広場は客人を歓迎する扉であり、同時に招かれざる者を阻む罠もあるのだ。そして愚かなる侵入者が転移してきた次の瞬間、待ち構える精鋭魔導師達の一斉砲火を受けその客人は相応の姿となって天に召されるのである。
 と、その時。魔導師達の眼前数十メートル先の空間が歪み、何者かが現れようとする。その輝きを視認して指揮者はタクトを振るようにして短杖を振り上げ、号令を上げた。
 「砲撃準備!」
 音を立てて魔導師達が杖を構えなおし、魔力を収束する。そして転移が迅速に終了すると同時、広場に大きく声が響き渡った。
 「――――吼えろ、グラーフアイゼン!」
 『Eisengeheul』
 吼声一発、振り下ろされた鉄槌が紅の輝きを撃ち、炸裂させる。それと同時、常軌を逸した凄まじい閃光と轟音が周囲を埋め尽くした。
 「!?」
 放たれた烈光と大音量は恐るべきことにバリアジャケットによる対音波対閃光防御を易々と打ち破り、魔導師達の視界を焼き切り、聴覚を粉砕した。
 一瞬にして五感のうち二つを破壊された魔導師達はその衝撃で意識を断絶させ、或いは総身の制御を失う。無力化も同然の体に追い込まれた五十人強の精鋭たちは、故に抵抗することも出来ずに続く攻撃をその身に受けることとなった。
 『Load Cartridge.』
 「アクセルッ、シューター!」
 放たれた無数としか形容できない数の光弾が空を切り裂いて魔導師達を貫く。そして閃光が収まる頃には、全ての魔導師達がその場に崩れ落ちていた。
 転移により中空へと現れた赤いドレスの少女は、ようやく地面に着地するとその手にした鉄槌を振り上げ肩に担ぎ、面白くも無いといった風に嘆息した。
 「ザコいな、一秒かかってねーじゃんか」
 そういって視線を傍らに巡らせると、油断無く周囲を警戒しながらアースラと通信を行う、白の少女がいる。
 「こちら高町なのは、正面ゲート制圧完了しました。第二陣の転移をお願いします」
 その一切息の上がらぬ悠々とした態度に対し、赤の少女は苦々しそうに言い放った。
 「おい高町なのは」
 「ん、何? ヴィータちゃん」
 通信を終えてなのはが振り向く。
 今のアクセルシューターかよ?」
 「そうだけど……」
 「数、増えてねぇ?」
 「ああ、うん。 教導任務とかで一対多数の戦闘をする機会が増えたから、思い切って弾数増やしてみたの」
 そんな服のコーディネート変えてみた的な気軽さで言われるような内容ではない、とヴィータはげんなりと思った。恐らく練習相手にされているであろう武装局員達に深い同情の念を抱く。
 「化け物ですかよ……」
 戦闘技能者として完成された状態で発生した彼女に比類する実力を持っていた相手が、未だ成長期にあるという事実に戦慄が隠せない。だが思わす洩れた言葉は幸いなことに当人には聞こえていないようだった。彼女は言う。
 「シグナムさん達も転送されたって」
 同時、彼女達の背後で複数個の輝きが炸裂した。振り向けば、そこには知った顔、見知らぬ顔を含めた総勢百人強の大所帯が転移してきていた。
 「大した手際だな、鮮やかさが過ぎる程だ。これは、意外とよいコンビかも知れんな」
 周囲を見渡しながらシグナムがそう告げ、二人に歩み寄る。
 「もー、煽ててもなにもでませんよ?」
 「ちょ、誰がなにょはなんかとっ!?」
 互いに正反対の反応を見せる二人。笑みを浮かべてその姿を見やる騎士はしかし、次の瞬間に表情を鋭く改め、振り返り告げた。
 「総員、戦闘準備! 装備形式はクイックスタートを選択、後方支援要員は特に防御手段を確保しておけ、乱戦になれば味方と自身を同時に守る必要が出てくるからな!」
 シグナムの号を受けて整列、戦闘準備を整えていく武装局員達。その姿を見届けてから、彼女は大きく息を吸い込むと、よく響く声で言い放った。
 「本作戦の目標は敵要塞中枢にある組織首魁の拿捕、及び発動機型ロストロギア『時の水車』の封印にある。中枢に至るまでに配置されている十三層の防御結界によって防衛されており、その解除には工作班に対処してもらう予定だ」
 言って、シグナムは橙色と藍色、ふたりの獣人に視線を送る。
 「ういうい、任せておくれよ。 ……とはいえ、結構厄介な結界っぽいねぇ」
 「何、今回は俺とお前がいるのだ。 大した障害ではあるまい」
 「……まぁ、そだね」
 事も無げに言い放つザフィーラに頬を掻きながらアルフが応じる。その会話を見届けながら、シグナムは再び言葉を紡いだ。
 「我々の任務は、工作班を敵の攻撃から死守し結界を突破、中枢まで護衛することにある。敵は強大にして多数、乱戦が予想される。極めて困難な任務である」
 瞠目して告げる騎士は、しかし次の瞬間帯刀するアームドデバイスを抜き放ち一閃した。
 さらに言う。
 「だがそれが何だ? 我らは精鋭、三千世界を秩序の名の下に守護する時空管理局の剣である。幾多の世界を危機より救い、今もまた守らんと戦い、そしてこれからも守ってゆくだろう。
 いいか、我らの一挙手一投足が世界を守る一手に繋がると自覚せよ。
 人が集い、人が暮らし、人が生きる場所を護る為に。
 自身の親愛なる人の為に、親愛なる人の親愛なる人を、その先の親愛の尽くを守護するために戦うのだ」
 謳うように朗々と言葉を紡ぎ、手にした愛剣を眼前に掲げるように構える。
 「世に世界の危機数多かれど、この危機を打破できるのは我らのみ!自らの価値としたその戦いの業に賭けて、人に仇なし不遇を呼ぶ輩を今此処で討つ!」
 『『――――応!』』
 叫ぶ烈火の将に応じ、武装局員達は一斉に姿勢を正し吼え、靴を鳴らす。その様を良しとして笑みをつくり、騎士装束の女は視線を空へ送った。
 「あの蒼穹の果ての戦場で戦う同胞の労に応えるためにも、迅速に事を運ぼう。そして全てを迅速に終えて、この一件を、連中の大計を取るに足らない愚者の仕事に叩き落してやれ。全ての所業が大した事がないものだと思わせてやれ。全てを再び繰り返さない為に」
 一息。シグナムは大きく振り返り、巨大な城門を視線に収める。彼女が何を言うまでもなく、従者たる剣はその力を解放する。
 『Explosion.』
 剣を振り上げる。声高く宣言される型はシュランゲフォルム。力を纏う鞭状連結刃を構え、烈火の将は轟くように号令を放った。
 「――――総員帯杖! 突入開始!」
 同時、放たれた光の一刀は城門まで瞬時にして届くとその巨体を一撃の元爆砕した。それを合図とするように装甲を纏った人影達がストレージデバイスを構え、奔る。
 それはさながら槍のように無数に掲げられながら、古代の戦場における騎兵達のように進撃していく。その流れの中で、シグナムは悠然と歩みを進め始る。
 その様を見届け、流れに沿いながら走るヴィータは思った。
 「シグナムの奴、久々の集団戦闘だからってハシャいでるなぁ……」
 指揮官として血が騒ぐといったところだろうか、と。四騎の中で唯一統率能力を保持する彼女の笑みを眺めながら、少女はそんなことを考えていた。
 戦いが、始まろうとしている。

 『制圧部隊、突入を開始しました!』
 アースラより送られる通信を聞きながら、フェイトは蒼穹を疾駆する。広域を知覚する彼女の索敵魔法は、相手である敵の数を親機と子機で合計三機と認識している。
 既に三機が撃破され、対して此方は余力を残しつつも、被害は無い。
 目的は果した。後はシグナムたちが敵中枢を制圧するまで、このガーディアン達をこの空に釘付けにしておけばそれでいい。それだけである簡単な任務は、しかし。
 『警告! ウィザード2、竜砲の効果範囲内に捕捉されています!』
 ――――戦線維持困難までに追い込まれていた。
 音速すら生易しく黒の鋼が飛翔する。空竜の拡散魔力砲撃の射線上より身を翻して逃れようとするフェイトの頭上から、陽光の日差しが失われた。
 顔を上げれば、そこには子機である怪鳥が一直線に急降下してきている。その両翼からは、閃光を束ねた刃が展開されていた。
 裁断が迫る。
 「くっ!」
 呼気を短く切り、全力で身をひねる。だがその回避は間に合わず、右翼の光刃が彼女の痩躯に迫り、そして機影が交錯した。硬質が砕ける音が響き渡り、輝く破片が宙を舞う。
 弾かれるように空を滑る黄金色の輝きを見て、驚愕にクロノが叫んだ。
 「フェイトッ!?」
 急ぎ加速するクロノの前に、阻むようにもう一機の子機が立ちふさがった。無数の雷光を迸らせながら、行かせまいと少年に肉薄する。その閃光を回避しながら、クロノは吐き捨てるように苛立ちを叫ぶ。
 「くそっ、なんて弾幕と攻勢だ、抜けられない……! フェイト!」
 「大丈夫……、平気!」
 声に応じ答える彼女の軌道が身を一回転して整えられる。その手にはハーケンフォームに変形したバルディッシュの姿があった。
 だがしかし、その大鎌の刃は根こそぎ吹き飛ばされており、放電しながらも出力されていない。攻撃に対応しきれず刀身で受けた結果、構成術式ごと切り飛ばされたのである。
 「強い……。 根本性能を上昇させた上で、連携精度まで高めてきている」
 心中で呟きながら、迫る敵を視界に収めて機動を再開する。だが、彼女の戦闘経験とセンスはこの状況を明らかな劣勢であると断じていた。
 このままの状態で戦い続ければ、敗北は必至である。親機の竜砲に飲み込まれるか、回避中に剣の子機に断たれるか、迎撃後に雷光の子機の放電に討たれるか――――。
 自分達が破れれば、次はアースラだ。艦載砲に匹敵する火力と音速機動を持つガーディアンが相手ではアースラでも荷が重い。最悪撃沈しかねないだろう。それだけは避けねばならない。
 しかし、機械としての性能を駆使し連携を密にしてきている敵に対抗するには、こちらも連携の精度を高めるしかない。
 だがどうやって? 音速戦闘中に行われる思考の高速化をもってしても、念話による迅速な意思疎通は困難を極める。当たり前の話ではあるが、通話では高速戦闘時の意思疎通は満足に行えない。
 ニュアンスを正確にやり取りしあう機械達に比べれば、言葉では限界があるのだ。
 「そう、――――言葉では、限界がある」
 しかし、と。少女は思案する。言葉では速さが足りない。言葉を紡ぎ、相手に伝え、相手が言葉をほどいて理解する――その手順では、間に合わない。ならばどうすればよいのか。高速化を行うために、何を省くべきか。
 暫くの――とはいえ、実時間にして一秒もかかってはいない――思考の後、彼女はひとつ決心をおこなうと、遠く敵機を引きつけ戦う少年に語りかけた。
 「クロノ、このままじゃ押し切られてこっちが負けちゃう」
 「僕も同じ事を考えていたよ、だが対応策が思いつかない……!」
 「よく聞いてクロノ、私に策があるの。たぶん、これしか方法は無い」
 「策?」
 少年の問いに、少女は一拍の間を置き答えた。
 「――――今から私の精神波長を開放するから、念話の波長域を合わせて」
 「な、なに!?」
 少女の提案に少年は驚愕した。精神波を開放して他者に伝えるということは、つまり――――。
 「思考の共有化をおこなうっていうのか!?」
 そう、通常の念話でおこなわれる意思を送る通話では速度に限界がある。だが、思念の波を同調させ、表層意識を相手と共有することにより、『言葉』では無く『想い』をやり取りする――――それが、フェイトの選択した秘策だった。
 「無茶だ! 危険すぎる」
 クロノは頭を振ってその提案を否定した。表層とはいえ意識を共有するということは、思考が――自分の心の内がダイレクトに相手に伝わってしまうということに他ならない。
 それは心を曝け出すということであり、常人であればだれでも存在する精神の壁を取り払うということである。それは大きな負荷となって術者を襲い、最悪精神崩壊を引き起こしかねない。
 「駄目だ、そんな危険な策をとるわけには――――!」
 「大丈夫だよ、私は」
 言い放とうとする少年の言葉を遮り、フェイトは告げた。
 「私なら、平気」
 その言葉を聞いて、即座にクロノは思い至った。彼女は当然この危険性を承知している。その上での提案だ。彼女の中では既に思考の共有化は脅威ではない。
 つまりそれは覚悟でも決意でも無く、信頼だった。彼女はこう告げているのだ。
 「クロノになら、私は平気」
 その現実に放たれた言葉を受け、クロノは黙した。不安げな少女の思念が伝わってくる。
 「クロノは、イヤ……?」
 「――――イヤなものか」
 妹がこうして信頼してくれているのだ。答えてやらなくて何が兄か。そう決意し、彼は言った。
 「分かった、その作戦で行こう。何、機械風情よりも僕ら兄妹のほうがチームワークに優れることを教えてやればそれで済む話だ。そうだろう? 全く簡単だ」
 「――――うん、そうだね」
 そう陽気に問いかければ、笑いと共に答えが返ってくる。状況は未だ最悪の一歩手前であるが、不思議と先程までの焦燥と絶望は消えうせていた。その気分を心地よいと思いながら、クロノは念話の術式を切り替える。
 告げる。
 「いくぞ――――ここから巻き返す!」
 「うん、いこう――――クロノ!」
 同時、二つの人影が爆発するように加速した。

 ここまでだ、と。『それ』は機械の思考にして認識する。臨界機動形態へと変形した『それ』とその影響を受ける二機の子供達によって、魔導師達は追い詰められていた。
 魔力を大きく消費し、だが大いなる力を与えてくれる『空竜』への変形。それは本来ならば数分しか保たない切り札的な機能である。
 だがしかし、時の流れを受けて魔力を無限出力する秘宝、ロストロギア『時の水車』のバックアップを受けてその制限を解除された『それ』にとって、空竜形態はノーリスクで力を高める手札の一つでしかなかった。
 故に、もはや魔導師達は敵ではない――――そう判断されていた。
 吼える。その一声は音ではなく熱を伴う輝きとして放射された。
 空竜が放つ拡散魔力砲撃は魔導師達の飛ぶ空域を丸ごと切り取るような勢いをもって破壊を撒き散らす。その閃光の群れを逃れ、二つの敵影はそれぞれに天上と大地に向かい疾走した。
 容易い、と機械の思考はその行動を評価した。子機を分断するつもりなのだろうが、それでは逆に『それ』の砲撃と子機の連携に単独で身を晒すこととなる。そうなれば、いかな魔導師といえども凌ぎきれるものではない。
 水色の輝きを纏う黒の敵影を追い、剣の子機を飛翔させる。
 黄金色の少女に対して黒衣の少年は白兵戦闘を得手とはしていないようだった。故に、音速の一撃を弾き返すような神業を再びおこなわれる心配も無い。そう判断し弾幕を展開、切り込んでいく。
 黒の敵影は追いすがってくる剣の子機に対し、追尾性のある光弾を複数展開し放射した。
 「スティンガースナイプ!」
 水色の軌跡を描き、輝きは多彩な軌道をもって子機に迫る。その様を認識して『それ』は思考する。
 『無為なり』
 瞬間、両翼の光剣が数度閃いたかと思えば、襲撃する光弾を全て切り払っていた。喩え誘導性能を持とうとも、目標という一点に対して殺到、収束する飛来物を切り払う事は比較的容易な行動だった。
 何よりも、飛来する弾頭を迎撃できずに何が剣の飛翔機か。故にその動きを当然と判断しながら、更なる加速を掛ける。
 黒の敵影は更に上方へと疾走した。その動きを逃がさぬと考え追従する。放たれる光弾と光剣を打ち払いながら、人影へと肉薄する――――その、刹那。
 敵影が身を縮めるように抱え込むと、急激に失速した。
 『!』
 回転しながら弧を描いて敵影が後方へと抜けていく。その動きに加速する剣の子機は対応できない。そして直進する機体が次の瞬間、大きな負荷に絡め取られ動きを阻まれた。
 全身に輝く鉄鎖が纏わりついている。
 『ディレイドバインド』
 その術式を『それ』は知っている。指定した空間に捕縛魔法を設置、進入したものを捉える空間トラップの一種である。
 高速で大空を飛び交うこの戦場で空間指定型の術式を扱おうとは、『それ』の演算機構を持ってしても予測不可能であった。
 それに、と。『それ』は更に思考する。もうひとつ、捕縛魔法が有効でない理由があった。
 瞬間、機体を縛る光鎖が砕け散り、剣の子機の加速が再開される。捕縛から開放までの間隔は実に一秒に満たない。
 そう、音速で移動する大質量を固定できるほど、捕縛魔法とは強固なものではないのだ。術者にも依るだろうが、空間指定型の術式では特に限界があった。
 それでも作られた約一秒の隙。だが失速し落下する黒の敵影に次の一手を打つ余裕は無い。態勢を立て直し、術式を起動するまでの間に此方の光剣が彼を捉えているだろう。
 ――――そう判断した直後。
 眼下より飛来した雷光の槍が機体を貫いていた。


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