―時空管理局・巡航L級8番艦『アースラ』―
カツカツカツカツ…
司令室の外の廊下から、靴音が響いてくる。
(―こりゃ、相当イラついてるかな?)
キーボードの上で滑らかに指を滑らせながら、エイミィは思った。
いささかテンポの速いその小気味良い音は、彼女のほぼ真後ろのドアでふいに止まる。
「やられたよ、エイミィ。3つ目だ…!」
ドアが開くと同時に、クロノが苛立った様子でそう口にした。
「お疲れ様クロノ君。映像届いてるけど、見る?」
「やめとくよ…見たところで、気分が悪くなるだけだ。それよりも、状況の詳細を」
「了解。…今から34分前、現地時刻で12:47。
例の長髪の魔導師が、ミッドチルダ支部第7基地を襲撃。
進入経路は、玄関で警備中の武装局員4名を蹴散らしての、堂々正面突破。
3分後、通信室破壊により本局との連絡遮断。逃げ出したオペレーター達から
携帯端末による連絡が本部に届いたのが、更にその8分後。その頃にはもう、
施設の70%以上が破損または消失。司令部を含むメインシステムは、完全に破壊。
魔導師の姿は…当然あるわけナシ、と」
「被害者は?」
「魔導師との直接戦闘での負傷が79名。建物の崩壊・火災によるものが11名。
うち重傷者は8名で、いずれも魔力ダメージによるもの。死亡者は……ゼロ」
「またか…!」
クロノが、拳を握り締めた。以前、アースラで手合わせた時の記憶が甦る。
口元に笑みを湛え、強大な魔力を手に、自分達を圧倒した蒼黒の魔導師。
『死者ゼロ』という事実は、逆に相手の強さを見せ付けられているようだった。
「本局で、ユーノ君に会ってきたんでしょ? 何か収穫あった?」
「いや…何しろ、手がかりが映像だけだからな。本局の過去の全犯罪者リストにも、
同じ顔を持った人物はヒットしなかった。ましてや、無限書庫となると…
流石のユーノもお手上げだそうだ。せめて、名前だけでも分かればいいんだが」
「無限書庫の情報量の多さが、アダになってるってわけか…」
お手上げ、という様子で、エイミィが溜め息をつく。
「…前回の遺跡破壊とは違う、管理局への直接攻撃だ。このまま思い通りにさせたら、
管理局のシステムそのものが麻痺して、犯罪が増加しかねない」
「現状じゃ、警戒レベルを引き上げて、武装局員の配置数を増やす以外、
対策がないもんね…」
「アースラに乗り込んできた時もそうだったが、こっちの人手不足を巧みに利用してる。
高い戦闘能力よりも、厄介なのはそのしたたかさだ」
「でも、本局もいよいよ本腰みたいだよ」
エイミィが画面を切り替えると、本部からの指令が映し出される。
「4番艦から9番艦までを動員して、常時警戒レベル4での哨戒任務!
これなら、転送ポートですぐに現場に駆けつけられる。
網にかかる可能性も、少しはあがるってもんでしょ?」
「かけるだけじゃ駄目さ。問題は…食い破られないようにする事だ」
画面に映る魔導師を睨み付けながら、クロノが呟いた。