狂って咲いた花は朱かった。
玄関の扉を開けた少し先の景色は天国より極彩色で地獄より、鋭い。
なのはの視線の先、そこには、
軽く唇を合わせる、アリサとすずかがいた。
「あ・・・あ・・・」
それは声だった。蚊の鳴く如くの、慟哭。
その慟哭に気付くはずが無いにもかかわらず、すずかは振り向く。
おはようと、多分、そう言ったんだと思う。上手く、耳は機能しない。
その行為に何故と訊いた。
ロンドン流の挨拶よ、と、そう言ったんだと思う。耳は心中の声しか届かない。
二人は笑ってる。それは、太陽を直視した感じに似ている。
一緒に行こう。その言葉。
忘れ物をした、そう拒否した。
先に行く二人が完全に居なくなるのを過剰に確認した。
「はは、」
刹那。アラユルばらんすガほうかいシタ。
「はは、
あははっははははははっはははははははははははああああ!!!!!!
ははははははははっあはははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!」
崩壊のゲキテツが、ココロを真朱にした。
ドカン バン ビシャン ドン ドン ドン バン ビシッ
台所。
机が崩壊した。冷蔵庫が崩壊した。食器が崩壊した。やかんが崩壊した。額縁が崩壊した。キッチンタイマーが崩壊した。誰かの愛が崩壊。その理想が崩壊。安息が崩壊。価値観が崩壊。天秤が崩壊。
貴女によってあるかも知れないと信じた犠牲愛(アガペー)が崩壊。
なのはは感情に任せて叫びながらハクチの如く、物を壊しまくった。そして、大切な信条さえも、壊した。
そして新しくコーティングされた、
自己愛(エゴ)だけが、残った。
暫くの静寂を眺め、そこに点をつける。
その静寂から、物が擦れる音が聞こえた。
こんな物騒なもの、持ち歩いちゃだめよ
「大丈夫。何処の家庭にもよくある物だから」
そう言ってもっていた包丁を、黙って左手に持った。
ロンドン流の挨拶よ
「誰かを傷付ける挨拶ならさ、すずかちゃん。
誰かを殺す挨拶があっても、いいんじゃ、ないかなぁ?」
アノキンパツウザイヨ
寮を後にする。なのはは、壊れていた。
「ねぇ、アリサ。今度、なのはちゃんを誘って、北海道にでも行かない?ちょうど、4連休だからね」
廊下を歩きながら、二人は今度の連休の予定を話し合っていた。
「いいですね。釧路に美味しい蟹でも食べに行きましょう」
平穏な会話、アリサはほのぼのしていた。
「でも、札幌もいいですね。すずかさまはどう思いま、わっ!!!」
アリサの体が倒れる。体が崩れる時、慌てたすずかの顔が一瞬見えた。
嫌な予感に、起き上がる瞬間、その光景を見るのを、彼女は自然と恐れた。
「おはっ、おはよう!!!あははははははは!!!!!!!!!!
どうしたの?ありさちゃ〜ん!!!こんなに血を流して。それとも新しい飾りかな?
腕にも、腹にも、細い赤線ばっかりだよぉ!
ああ!!やっぱ、新しい包丁買っとけばよかった。切りにくくてしょうがない!!!!」
言いながら、アリサの体を包丁で次々と切り付ける。返り血が、なのはの視界を朱く染め、心を極彩色にしていく。
「ねぇ?痛い?痛い?痛い?痛いー?私もね、痛いのよ!
私の何もかもが壊れた時の痛み!!そんなちんまいアカイのと一緒にしないで!!!
返せよ!私の日常、平穏、世界、愛、理想、余裕、自慢、奇跡、信条、すずかを!!!返せ、
カエセー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
後ろに大きく腕を持っていき、その一撃をアリサの心臓に一閃した。
はずだった。
その、朱い視界に移ったのは。
「なのはちゃん。大丈夫だから」
誰かがボロボロにしてしまった、すずかがいた。
「嘘、だ」
嘘ではない。事もあろうに、アリサと間違えて傷付けたのは、見知らぬ誰かではなく、大切な理想。
伸ばした腕を、すずかに掴まれた瞬間、なのはの手から包丁が離れ、なのはのみぞおちに、すずかの肘が
抉り込んだ。
なのはの視界がアカからクロに幕変えした。
「すずかさま!すずかさまっーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
叫んだのはアリサだけでは無い。廊下にいた生徒達が、日常に潜む異常に遭遇した。
繰り返される阿鼻叫喚の中心に、心臓に包丁が刺しっ放しのすずかが居た。その横には倒れたなのは。
血の海、異常の中心いた彼女は、一言だけ。
「五月蝿い!!!!!!この程度で騒ぐな!!!!!!!!」
叫びの波が引いた。人だかりに白い道が一本できた。
その道を赤く染めながら、すずかはなのはを抱えながら、どこかへ歩いていった。
その横に、アリサは必死に辿り着いた。
「すずかさま!!!!直に救急車を呼びましょう」
狼狽するアリサにすずかはただ笑った。
「大丈夫。ただの生理だから」
冗談っぽく、そう笑った。
笑えない冗談に、アリサは付き合う事にした。
「ええ。本当に毎月鬱になりそうですね、その量じゃあ」
「アリサ。車をよういして。病院は、いつもの闇医に。あと、この事は公にしないように
学校に言っといて。口止めの金なら用意する、と」
はい、とアリサは答える。
なのはの記憶は、そこで、流れを止めた。
つづく