第1章 指戯 後編
| 美香は、思い切って男の腰に跨り、漆黒のゴムに包まれた怒張に 手を添え、股間に導いた。 すぐには入れずに、亀頭部分が秘所をこする快感を味わう。 このまま、クリトリスを刺激されればまたイってしまう。 「ふふ……俺のもので、オナニーか?好きなようにしろよ……全部、見ててやる。 おまえの恥ずかしい行動を。……さあ、そろそろ入れてみろ……」 太く熱いものを、美香は男に呼応して包み込んだ。 騎乗位になっているせいか、さっきよりも男のものが太く感じる。 美香の膣内も下を向いて、締まりがよくなっている状態だった。 「あ……。ああ……」 今度もGスポットを狙い、男のものがそこを突くように仕向ける。 まもなく、確実にその部分に快感が押し寄せてくる。 「あっ……。あっ……。ああ……。あ……」 切ない声をあげて、切れ目なく上下の運動を楽しみはじめた。 喘ぎながら、自分で乳房を掴みしめたくなる。 自分の乱れた吐息と、時々もれる粘膜をこする水音だけが響く。 男は、下から半眼になって美香の痴態を見ている。 目の前で揺れるたわわな乳房に手を伸ばし、揉みほぐす。 乳首を指でつままれ、こすられる。 その刺激が、いっそう美香の内部を収縮させ、快感が増していく……。 「いいのか……。乳首、感じるだろう……。おまんこ、締まってきたぜ……」 Gスポットのへこみの部分を、男の亀頭が小刻みにこすりつける。 少しずつ……前から奥へ、奥から前へ。突いては引き、引いては突く。 美香の声は絞り出すような声に変わり、眉間に皺を寄せている。 苦痛に耐えているのではなく、迫り来る頂点に向けて集中していく。 男の胸に手を突き、上半身を揺らしながらよがり続けた。 口をついて出るのは、いい……いい……と、すすり泣くような声だった。 感じる部分に男根の先を固定して、あとは腰の上下の運動から 前後への蠢きに変わる。 そこへ、男の動きが加えられた。 素早く、刻み込むように美香の秘奥をつついてこする。 「こうか?こうすると、いいのか?……」 美香は、もう声も出せずにただ息を弾ませるばかりだった。 もうすぐ、いく……。 歓びが、美香の中で真っ白にはじけた。 膣内が、途方もなくふるえ、わななき、激しくひくつく。 長く、深く続く快楽は、数十秒以上続いていった。 それが美香には無限に続くかのように思えた。 頭がしびれて、なにも考えられなくなる……。 ……一瞬、美香は意識が遠のいていくのを感じた。 身体に、力が入りきらない……。 自分で自分の身体を、支えていることができないほどの陶酔…… 次いで脱力感が襲ってくる。 男の上に跨ったまま、前のめりに倒れんでしまった。 男の胸に上体を預ける形で、美香はまだ口を半開きにして呼吸を整えようとした。 まだ、男のものは美香の中で確かに息づいている。 繋がったまま、頂点を迎えた直後の激しい膣内の収縮に耐えている。 さすがに3度目になる射精を前にして、まだ男には美香の身体を愉しむ余裕が 見てとれた。 「……よかったか?」 美香の髪を撫でながら、男が訊いてくる。 「ええ……」 思わず、素直にそう答えてしまう。 「まだ、入ってるのがわかるだろう……」 男が、下から腰を突き上げてくる。 「あっ…………」 美香は、小さな高い声をあげてしまった。 そのまま、男は再びゆっくりと動きを加えはじめた。 快楽の余韻に浸りきるいとまもなく、美香はいやおうなしに男の責めに応じなければ ならない。 「あっ、いや……。ああ、もう……。ゆるして……」 言いながらも、美香は男の緩慢な突きに官能を刺激されていた。 「そんなこと言いながら、よく締め付けてくるぜ……これが、好きなんだろう?」 男はあくまでもスローモーに、美香の内部を突き上げた。 下から、男の手が美香の細くくびれたウエストにまわる。 もう片方の腕が、腰をぐっと押さえるようにして固定する。 ……男は美香と繋がったまま、身体を起こした。 より一層結合が深くなり、美香は大きく喘いだ。 騎乗位から対面座位に、体位を変えられる。 凄い……。 美香は、胸の中で呟いた。 密着感を高めるように、向かい合って抱き合う形になった。 そのまま、美香を貫いているものは太さも固さも増したように思える。 彼女自身、そんな姿勢をとっていることで膣内の締め付けも強くなっている。 美香を腰の上に乗せたまま繋がり、男は再び突き上げを始めた。 膣を充たしている男根の先が、ときおり深奥の子宮近くまで届く。 強靱な腰遣いで、ぐっと膣口の近くにまで引き戻される。 「はぁっ……。ああ…………」 軽いめまいを起こしたように、頭がくらっと揺れるほどのよさが彼女の内部を 痺れさせていた。 凄い……。 この男は、凄い……。 こんなにも自分を乱れさせながら、それでいて男は殆ど乱れた様子を見せない。 冷静な、真面目とも言える表情で美香を刺し貫いていた。 艶めかしく開いた美香の唇に、男が唇を重ね合わせる。 舌を差し入れられると、彼女も夢中でぬめる舌を男のそれにからめる。 そのうちに、男の舌のリズムは、同時に美香を貫くものとほとんど一緒のタイミング だということがわかった。 浅く入り口に入っているときは舌先だけが動く。 深く差し込むときには、舌の根元までを強めに吸い、舐めてくる。 こんな技巧は、美香がはじめて味わうものだった。 興奮のあまりに頬を上気させ、とぎれとぎれに喘ぐ美香の表情を男はただ見つめていた。 「どうだ……?気持ち、いいか……?」 淫らな笑みを浮かべながら、また言葉で美香を嬲りにかかる。 「……いい……。あ……。……ああ……」 「気がついたか?さっき、キスした時……」 「ええ……」 「どういうことか、言ってみろ」 これは、舌と男根が同時に動いて責めたときのこと……。 美香はそう答えた。 「そうか……」 男はそれを聞いて、満足そうに笑った。 「ずいぶん、気持ちよさそうにしてるな……。そんなに、俺に姦られてるのが いいのか?」 まだ男には美香を弄ぶゆとりがあるらしい。 既に二度射精している。 じっくりと、時間をかけて美香を責め苛むつもりのようだった。 「おまえは、無理矢理やられてるんだぜ……。 好きな男でもなんでもない、今夜初めて遭ったばかりの俺に。 それなのに、おまえは何度イった?犯されてるのに、何度も感じまくって よがり狂って……」 「いやっ……!いや…………」 そんなふうに、卑猥な言葉で辱められ、責めたてられることで、美香はいっそう 身体が熱く燃え上がってしまう。 なおも男は続けた。 「いやらしいことなんて知りません、なんて可愛い顔して…… 中身は、ものすごい淫乱なんだ。おまえ、さっき自分が俺になんて言ったか…… 覚えてるか?」 「……知らない……知りません!」 美香は首を左右に振り立てるばかりだった。 くくく、と男は低い笑い声をもらした。 「俺が、ちんぽ動かさなかったら……“お願い、もっと動いて!” なんて言ったんだぜ。俺が入れる前に“ゴムは着けてして”とも言ったな」 ……その通りだった。 情欲の熱狂に任せて、とんでもない淫らなことを口走っていた。 「自分から、俺に犯して欲しい、と頼んだんだ。電車の中でも……そう言ったな。 駅に降りる時にでも、いくらでも逃げるチャンスはあった筈だ。 俺は刃物で脅したわけでもない。そんな物も持ってない。 ここについてきたのは、おまえ自身がそう望んだからだろう。 俺にこんなことをされるのを、期待してたんだろう」 有無を言わさず、男は得々と畳みかけるように語った。 そう……そうよ。 あなたの、いうとおりよ。 あなたが、素敵だったから。 あんまり、気持ちよすぎたから……。 表面は何も言えず黙っている美香の胸を、男は揉みしだいた。 「あ……」 途端に、美香はよがり声をあげてしまう。 「おまえは、レイプでも気持ちよくなれればそれでいいんだろう。 俺が相手でなくとも、他の男でも誰でもいいんだ。ちんぽぶち込んでくれれば、 誰でも歓ぶんだろう」 「いやあっ……!ちがう……。ちがいます、そんな……そんなこと……」 男は淫らな蔑みの言葉を吐きながら、少しずつ興奮の度合いを増してきた様子 だった。 相変わらずゆっくりと、時にはまったく動きを加えずに、男は美香の内部を責めていた。 口先では男の言葉を否定してみせても、この男はなにもかもを見透かしているように 思える。 美香の心の奥底に潜む、暗く深い部分のすべてを。 それが美香の隠し持つ性癖…マゾの快楽、そのものだった。 自分では認めたくなくて、認めることが怖くて、心底から考えたことはなかった。 なぜ自分が、あの異常な状況で男に身体を許してしまうのか。 身体だけではなく、心までも男に操られてしまう。 男の言うなりになっている自分。 淫猥きわまりない要求を満たそうと、男にかしずき、奉仕してしまう自分……。 それから、男からの質問攻めが始まった。 いままで、3人の男に抱かれたこと。 年齢を聞かれて22と素直に答えた。 18まで処女だったこと。 身長、体重、スリーサイズを聞かれて実寸を答えた……158p。 45s。 85のCカップ、58、86。 それだけでなく、男は根掘り葉掘り聞いてきた。 勤務先、自宅の最寄り駅はさすがに本当のことは言わずに以前のバイト先、 現住所に引っ越す前の住所を言った。 バイブやローターを使ったことはあるか、持っているかと聞かれた。 使っても、持ってもいないと答えると男は黙って笑っていた。 さんざんに美香を詰問しながら、男は緩急をつけて責めを続けていた。 何度かイきそうになっても、男は許さなかった。 ……美香はもう、三度目に達したくて仕方なかった。 ここまでで、クリトリスで三回、膣で二回イっている。 クリトリスだけなら…自分自身の手で、すぐにでもイクことができる。 けれど、膣だけはそうはいかなかった。どうしても、男の熱く固く、太いものが 必要だった。 男に執拗に責め立てられ、美香はさすがに頭がふらついてしまうほどの疲労感に 見舞われていた。 でも、まだイかせてはもらえない……。 もう、美香は限界だった。 ……これ以上、焦らされたら……気が狂ってしまいそうになる。 男は美香の中に没入させていたものを引き抜き、彼女をうつぶせにさせた。 「尻を上げろ」 命じられて、獣の体位をとらされる。 数十分も射精を耐え抜いていた男は、最後にバックから挑んできた。 後ろから犯されて、美香はたまらなく感じた。 男はゆっくり、大きく男根を出し入れさせた。 「あっ、あっ……」 きれぎれに、美香はのどの奥から声を振り絞った。 突き引きされるたびに、声を放たずにはいられない。 「どうだ……おまえは、これがいいんだろう。こうされると、感じるんだろう」 さすがに、男も興奮して声がうわずっていた。 美香を責める腰の動きも、激しさを増してくる。 「いい身体をしてる…おまえは。口も、あそこも……最高に具合がいい。 おまけに、お誂えむきに淫乱な、マゾ女だ」 淫乱な、マゾ女…… 男にそんなことを言われても、美香はただ声も出せずに感じていた。 「おまえは、最高だ……。 俺のものになれ」 美香の顔を見つめながら、男は囁いた。 重ねて男は言った。 「俺の、奴隷になれ」 ひとこと、ひとこと……刻み込むように言う。 奴隷……。 そのあまりにも淫靡な響きの言葉を聞かされると、美香はざわざわと体毛が 逆立つような、妖しい震えが全身に広がっていく。 バックから犯され、もう少しで絶頂に達しようとしている熟した身体。 身体じゅうが淫欲の業火に灼かれている最中での責めだった。 この言葉を言ってしまったら…もう、あともどりはきかない。 身も心も男のために捧げ、どんなに屈辱的なことでも受け容れなければならない。 そんな恐れが、美香の口をつぐませた。 「言えないのか?」 答えられないでいる美香の、尻を征服する男の動きが止まる。 「ああっ……!いやあ!」 悲痛な声が美香の口を衝いて出た。 ここまできて、やめるなんて… 「ひどい……。こんな……」 抗議するように呟きながら、声にどこか男に甘えるような響きがある。 「イキたいか?」 わかりきっていることを、意地悪げに男は尋ねた。 「お願い……。イかせて……。もう……もう、私……」 美香は自分がうわごとを言っているように、頭が朦朧としていくのを感じた。 それほど切迫していた快感が、突然とぎれてしまった。 「俺の、奴隷になるか?」 「………………」 言っては、いけない。 そう、心のどこかで冷静な自分が警告する。 一方現実の自分は、膣内を充たす男のものの魔力ともいえる素晴らしい快楽を 味わっている。 思いっきり、イってしまいたい。 ここまでさんざん焦らされ続け、今またこうして辱められている。 唇を噛みしめて、美香は性欲という抗いがたい本能と、それを必死で諫めようとする 理性との葛藤に苦悩した。 「言えないのか?」 また……男が、腰を使いはじめた。 感じるGスポットのあたりをこすり、つつかれて、美香は声をもらした。 「言えないなら……はい、だけでいい。……俺の、奴隷になれ。 おまえは、俺だけのものになるんだ……」 「………………はい」 美香は羞恥と欲情のせめぎ合いに苛まれていた。 こう言わなければ、いかせてもらえない。 どうしても、この男のものが必要だった。 だから……そのための、ことばのプレイにしかすぎない。 そう自分にいいきかせながら、美香はたまらずに男に哀願した。 「お願い……もっと、もっと動いて……!ああ……もう、もうだめ……。だめなの……」 自分が何を口走っているのか、意味もよくわからなくなる。 「いいとも……。いい娘には、ご褒美をくれてやる」 男が、やっと激しく突き引きを始めた。 奥までぐっと突かれ、そして膣口まで引き戻すやりかた。 それを美香が好むことを承知で、今まで与えてはくれなかった。 それが、いま、ようやく……。 美香の唇から、よりいっそうせつなく高い声が放たれる。 「あ!ああ……。あああっ……!!」 美香は、激しく内部を収縮させながら、高処へと駆け昇っていった。 男も呻いて、美香の動きにつられて凄まじい勢いで射精した。 男の性器が、自分の意志とは関係なく蠢く膣の中で、ふくれあがっていくのを美香は 感じた。 目の前が、白くもやがかかっているような気分だった。 そのくせ、一旦昇りつめた高揚感はあまり長く続かなかった。 次の瞬間には、暗闇へとどんどん落ちていくようだった。 落ちていきながら、そのスピードの激しさに酔っているような自分。 怖い怖い……でも、気持ちいい……。 落ちていく。落ちていってしまう。 暗い……暗い闇の底、底の底へと…………。 まるで眠りに落ちかけている時に見る、底なし沼へと落下してゆく悪夢にひきずり 込まれるように…… …………思考能力が、薄れていく。 ことばも、やがて結べなくなっていく………… * * * * * * * * * * * * * * ………どのくらい、時が経ったのか、わからない。 それどころか、自分がなぜこんなところにいるのか……。 美香は眠りから覚めたばかりのぼうっとした頭で、軽く混乱した。 そうだ……。 ゆうべ、あの男にホテルに連れ込まれて……。 室内の照明は消えていたが、小さな明かり取りの窓が白んでいる。 ………朝なんだろうか。 ふと見ると、かたわらにいたはずの男の姿はなかった。 でも…あの男のことだから、まだどこかで美香の様子を窺っているのかもしれない。 美香はぶるっと身震いしながら、全裸の体にシーツを巻き付けて立ち上がった。 おそるおそるのぞいたシャワールームにも、トイレにもあの男はいなかった。 壁ぎわにかかっていた、男のコートも入り口の靴も、ない。 男に隠されていた美香の服は、きちんとハンガーに掛けられてクローゼットに収納されて いた。 もしかしてなにか盗られたかもしれないと思い、美香はバッグと財布の中を改めて見たが なにもなくなってはいなかった。 安堵して、ほうっと大きな溜息をつく。 ふとベッドの上の棚を見ると、白っぽいメモ用紙が一枚置かれていた。 そこには整った字でこう書かれていた。 「払いは済ませた 先に出る K」 K……。 あの男の、苗字だろうか……それとも、名前だろうか。 美香はまるで夢のようだった一夜を振り返りながら、熱いシャワーを浴びた。 激しいセックスの代償は、腰の痛みとあちこち、体のふしぶしの痛みだった。 これは夢なんかじゃ、ない。 その証拠に、白く美しい乳房にも太ももにも、男の唇が吸いたてた紅い色の 扇情的なあざ……キスマークが、いくつも記されていた。 それを見るだけで、顔が羞恥で赤らむような思いになる。 脱衣所に戻り、服を着ようとしてまず下着をさぐる。 すると……男に着せられたうす紫の上下の他に、白のキャミソールと 同色のブラはあったが、白のショーツだけはなかった。 きっと、あの男が持ち去ってしまったのだ……。 きゅっと唇を噛むと、愛液の残滓で濡れた薄紫のショーツを着けた。 あのショーツも、きっとこんな状態になっているにちがいない。 発情した女の、特有の甘酸っぱい香りがこもっている。 そして栗の花に似た男の精の匂いが、まだベッド近くにたちこめているように 思えた。 最後に…やっとイってから、眠ってしまったのか…記憶がなかった。 けだるく、重い身体をベッドに横たえたかったが、もう時刻は朝の10時近くに なっている。 チェックアウトして、家でぐっすりと眠りたかった。 ……思い出すと、恥ずかしさのあまりに叫び出しそうになる。 そのくせ、あの男にされたこと、美香がしたことが脳裏に蘇る。 駅で電車に乗り込むと、きのうと同じ座席の形状だった。 男に犯されるきっかけとなった、ボックス型の座席。 乳房を剥き出され、背後から挿入されている淫らな自分の姿が浮かんで消えた。 思い出すと、なぜか腰の奥底にまだ熱いものが蠢いた。 歩くのももどかしく、駅からさほど離れていない自宅マンションへタクシーで帰り着く。 着替えて軽く食事を採ると、美香はベッドへもぐりこんだ。 目を開けているよりも、むしろ閉じているほうが……より鮮明に、昨夜のことが 思い出される。 ようやく、美香はうとうとと眠りについていった。 ……浅い眠りの夢のただ中でも、美香はあのKと名乗った男に抱かれていた。 いやがる美香の服が、一枚一枚剥ぎ取られていく。 男に組み伏せられながら、なおも抵抗する両腕を頭上に押さえつけられた。 なにごとか叫ぼうとする唇を塞がれ、ショーツを脱がされ、すぐに貫かれた。 それなのに……あろうことか、美香は感じていた。 下から男の首に腕を回して抱きしめ、愛撫をせがんだ。 夢にはよくあるように、突然場面が変わり……今度は、美香が男に対して積極的に ふるまっていた。 自分から男の身体の上に寝そべり、キスを求める。 逞しい男の身体のあちこちを、手や口で愛撫する。 「抱いて」と懇願する。 「犯して」とも言った。 それを、もうひとりの美香が耳を塞ぎながら「やめて」と叫んでいた。 淫らにのたうつ二人の男女を、闇が包んでいった……。 自分でも衝撃を受けるほどの、恥知らずな夢の内容。 夢の中で施された性戯に反応したのか、美香の新しく身につけたショーツは…… 濡れてしまっていた。 いやだ…………! 咄嗟に、大きく首を振る。 自分が淫夢に感じてしまった、その事実をかき消したかった。 一般に、夢は深層心理を現すという。 表層の「建前」の自分が眠っているから、奥底の自分が「本音」を語るといわれる。 だとしたら……これがほんとうの自分なんだろうか。 奔放な性の欲求を露わに求める自分、それを認められずに否定する自分。 夢の中でさえも、あの男に苛まれている。 そしてそれを快く感じてしまっている部分が、確かにあった。 暫くして、また眠りの中にひきこまれていく。また続きをみるんだろうか……。 肉体的な疲労と、精神的に消耗したせいか、あのあとは悪夢は見ずに済んだ。 昼近くに眠ったのに、気づくと明け方になっていた。 まだ身体のあちこちに、鈍い痛みとけだるさが残る。 気分転換に親しい友人を誘って遊びに出よう。 あの金曜の夜から、日曜の朝を迎えていた。 街にショッピングに出て、友達と他愛のない話をする。 それだけで、大分美香の心は軽くなった。 それでも夜自宅に戻り、一人きりになるとあの記憶が蘇ってくる。 ……そういえば、あの男…… いろいろ私の事を訊いて…最後には「奴隷になれ」なんて言ってた……。 いいしれぬ不安が、美香を今頃になって身震いさせた。 自分で、自分の身体を抱きしめてしまう。 あのとき、ききだそうと思えば……セックスの快感をエサにして 携帯の番号でも、自宅の電話番号でも住所でも聞けたはず。 なのに、それはされなかった。 それに、男自身の連絡先すらも教えて行かなかった。 脅迫も、盗みもされていない。 ただ、美香の心身を巧妙な性技で翻弄し尽くしたにすぎない。 それも、美香に途轍もない快楽を与えたあげくに……。 ……また、あの時間帯、あの路線の電車に乗らない限り、会うこともないんだろうか。 ……漠とした霧のように身体にまといつく不安感。 気持ちの浮き沈みが激しくなり、美香は落ち着かない。 日々を過ごすのに、自分を平常心に保つ努力をしながらでなくてはならなかった。 ゆっくりとした時間が過ぎていき…… 一週間が経ち、あの日と同じ金曜日が訪れた。 今日こそ…… あの男は、なにか行動を起こしてくるんじゃないか。 美香はそう思いながらも、身体がふわふわと浮き上がっているような感覚に とりつかれた。 早く、一日が無事に過ぎればいい……。 身体の奥に、妖しいざわめきが起こるのを止められない。 勤務先の画材店で、美香は注文書を書いていた。 いつもなら間違えることなどない、ルーティンワーク。 なのに、注文の品を一桁多く書いてしまいそうになった。 「美香ちゃん、そこ違う!」 同僚で仲良しの由理から間違いを指摘され、はっとボールペンを取り落としそうに なる。 「ありがとう……」 「よかった、あやうくセーフだったね」 明るく笑う由理につられて、美香も笑った。由理が、美香をのぞきこむように見上げて 言った。 「ねえ……ここんとこ、美香ちゃん変じゃない?」 友人の心配をしているようで、その実自身の好奇心を満たす質問をする。 さりげなく探りを入れる、女性特有の会話。 「なんかうわのそらっていうか……うきうきしてるみたい。 かといって、今みたく時々ぼんやりしてるし。なんかあったの?」 からかうような調子で言われて、美香は少しまごついた。 「そう……?私、うきうきしてる風にみえる?」 「あやしいよ……彼氏でもできたんじゃない?」 「そんな!彼氏なんかじゃ……」 思わず美香は声を高くしてしまい、慌てて黙り込む。 事務所で地味な仕事をしていると、きまって由理は脱線する。 「じゃ、まだそこまでいってないの?おかしいなぁ……。 美香ちゃんなんか色っぽくなったし、Hしてる彼氏ができたんだと思ってたのに」 色っぽくなった…そう言われて、美香は内心冷や汗が出る思いだった。 首をひねる素振りで無邪気に語る由理は、美香の目から見ると奔放で、『遊んでいる』 タイプだった。 コネで悠々と仕事をして、とても地味なこの仕事は合っていない。 本命の彼の他に、ただの友達やセックスフレンドを複数持っている。 そして彼らとの豊富な体験談を、おもしろおかしく美香に話す。 おそらく数十人単位にのぼる男性を知っているらしい。 性の快楽に対してもあっけらかんと、「気持ちよければそれでいい」と言い切るタイプだった。 この子なら……あんなことをされても、「よかった」で済むんだろうか。 こんな体験、したことがあるんだろうか…… 「あのね……」 美香がそう言いかけると、由理のケータイが鳴った。 そこで、美香は雑談からとり残された。 結局、由理から話を戻されても美香はあのことを話すのはやめた。 自分が、そんな淫らな女だと知られるのは恥、というプライドもあった。 ……いつもと変わりない一日が終わり、明日あさっては休み。 心が浮き立つような週末の夜、美香は胸の奥がなんとなく息苦しい。 その夜は8時にあがり、美香は帰途につくことにした。 けれど、電車に乗り込む時……心臓が、どうにかなりそうなほど早鐘を打っていた。 息苦しく感じるのも、このせいだった。 また……あの男が、乗ってくるんじゃないか。 不安も強かったが、そのくせ密かな期待もあった。 もう、ショーツが気味悪くなるほどびっしょり濡れている。 美香の最寄り駅まで、およそ1時間かかる。 自分の降りるべき駅になっても、美香は座席を立とうとはしなかった。 このまま……終点の駅まで行けば、またあの場所へと着く。 美香の住む町の駅から、30分も先の道のり。 今夜は、うたた寝などできる状態でもない。 ほんの30分が、一時間にも二時間にも思えるほど長く感じる。 ひと駅、ふた駅……いくつもの駅を通り過ぎる。 この前は、どのくらい乗り過ごしてからあの男が来ただろう。 あの男は、どこから乗って来たんだろう。 胸の苦しさが増して、美香は何度も大きく深呼吸した。 気持ちの高揚が、どうしても息を早く浅くさせているらしい。 長く、長くかかった時間が過ぎ…… ついに、終点へと美香は来てしまった。 ここまでの間、あの男は現れなかった。 なんだか拍子抜けしてしまったように、美香は嘆息した。 駅のホームへ降り立つと、夜10時の今は月末、給料日後のせいか 人気は多かった。 この前は11時過ぎ頃で、人気は少なかった……。 あの日の、あの時間の列車だからこそ、あんなことをされた。 そういえば、あの列車は快速列車で停車駅が極端に少ない。 乗降客も少ないとはいえ、車両の片隅で犯されかけた。 じわりと、また新たな蜜が股間に溢れてくる。 濡れっぱなしのここを……なんとかしたい。 ベンチに腰掛け、美香は足を組んで深いため息をついた。 今日は、このまま帰ろう……。 突然、美香の携帯が鳴った。 着信音を、番号を登録した相手によって変えることができる。 それは未登録の相手からの音だった。 着信番号を見ても、覚えがない携帯番号だった。 「はい」 それだけ言って出る。 「もしもし」 聞き覚えのない男の声がした。 「あの……どちらさま?」 美香は怪訝そうに相手に尋ねた。 「黒澤です」 男は、よく通る声でそう名乗った。 名乗られても、やっぱり美香の知人にそういう男は思い当たらない。 「黒澤……さん、ですか?」 美香は聞き返した。 間違い電話だろう、と思った次の瞬間 「美香さん?」 と、男は下の名を名指ししてきた。 「朝倉美香さん、でしょう?」 なにかの勧誘電話かもしれない。 時々、携帯にもかかってくると聞いたことがある。 それを確かめたら切ろう、と美香は身構えた。 「はい……。そう、ですが」 低く、くぐもった笑い声のようなものが受話器を通じて耳に響いた。 それを聞いた途端、全身に氷を浴びせられたような冷気と 同時に炎のような熱気がないまぜになって襲いかかる。 腰から下が、溶け崩れていくような錯覚も訪れた。 「先週は……楽しかったな」 Kと名乗った男…… そして今電話で、黒澤と名乗っている男こそ…… あの日美香のすべてを奪いさり、隷属させた男そのものだった。 「あ……あなた、どうして、この番号を……」 声がふるえ、うわずっていくのがはっきりとわかる。 「あんたが気持ちよさそうに眠ってる時に、見せてもらったのさ。 駄目だろう……ちゃんと他人に知られないように電話をロックしなきゃ、な」 得意そうに語る男の声が、やけに近くに感じる。 背後に人の気配を感じて振り向く。 同時に、男の手が美香の肩口をとらえる。 そこには、まぎれもなく先週美香を嬲り抜いた男が立っていた。 驚愕のあまりに息を呑む美香に、男は言い放った。 「あんたは、ここまで出向いてくると思ってたよ」 確信を持って言い切る男の態度に、美香は何も言い返せなかった。 無言で美香の肩を抱き寄せ、駅から出ることを促す男の手の熱さ。 ……それは、再び狂った夢のような、いつ果てるとも知れない 性宴の始まりを告げる合図だった。 〈第一章 完〉 |