第3章 5 陥穽(かんせい)


第三章 4へ

第三章 6の1へ

エントランスへ

金曜日。美香は朝から落ち着かない気分になっていた。
そわそわして、どうにも腰が据わらない。
黒澤の具体的な仕事の内容は知らされていない。
ただ夕刻、彼からかかってくる電話を楽しみに待っているだけだった。

じりじりと午前中の時間が流れていく。
美香は溜息をついてただ時が過ぎていくのをやりすごす。
地階はなにもすることがないので一階にいる。

「どうしたの?元気がないね」
先輩の女性社員が声をかけてくれる。
「そうですか?そう見えます?」
美香は自分が傍からでも意気消沈しているのがわかるのか、と驚く。
「彼氏となんかまずいことでもあった?」
「違いますよぉ……」
顔は笑ってみせるが、みんなどうして、そっちの方に話を持っていくのだろうと思う。
「彼氏が来ないから、元気がないと思ってたけど」
「え?」
「おとぼけ!船村さんよ」
美香は大きく息をついた。
溜息だらけで寿命が短くなりそうだ。
「違いますって……」
否定しようとする言葉を続ける気力もない。

「ほら……噂をすれば、よ」
肘でつつかれ、美香は入り口に船村が入ってくるのを認めた。
急いで地階に下りる。
「こんにちは」
「こんにちは。いらっしゃいませ」
美香は店員として通り一遍の挨拶をした。
船村の今日の挨拶は、この前に比べて随分と神妙な感じだった。
さすがに美香の気持ちを不快にさせたのを知ったのか。
それでも、どこか人を小馬鹿にしたようなにやけたハンサム面が、
どうも美香の性に合わない。
青の三つボタンのスーツを、痩躯に着こなしている。
キャンバスを物色するため、売場の片隅の乱雑な部分に入っていく。
「ちょっといいですか?」
呼び寄せられて、美香は足早にレジからそこへ向かう。

「これ、ちょっと気になるんだけど……」
床にしゃがみこんで、古い絵の具の類を指さす。
「はい?なんでしょう」
その時、船村の手が美香の肩にかかった。
何か言おうと思ったその瞬間、素早く美香の唇が奪われる。
「……!!」
舌の動きとともに、なにかの液体が美香の口内の奥に落ちる。
嚥下するまいと思っても、息が苦しくなるのをこらえきれず、呼吸とともに飲み下して
しまう。
何をするの、と大声で叫ぼうとしても掌で口を塞がれてしまう。
そのまま、普段の彼からは想像もできない力で床に押し倒された。
なにかの薬を飲まされたということに気づいたときは、もう遅かった。

美香の意識は、黒澤の名を叫びながら暗転していった……







首尾よく美香を手中に収めた船村は、下卑た笑いを浮かべると、意識を
失った彼女の身体を支える。
そのまま抱きかかえて上階に向かう。
当然、その様子を見た店員たちが仰天する。
「今急に、朝倉さんが倒れて……顔色が悪かったから、貧血かなと気に
してたんですけど……」
わざとらしくも、おろおろとしてみせる。
「そういえば、ここ最近元気なかったから……」
「救急車呼んだほうがいいかな?念のため……」
そんな余計なことをされてはまずいので、船村は慌ててその言葉を遮る。

「週末で混んでますし。僕の車で病院に連れていって、大丈夫そうなら
付き添って家まで送りますから」
いかにも心配そうに、誠実そうな仮面をかぶってのうのうと言ってのける。
「じゃあ、あとでまたこちらの方に連絡いただけます?もしもだけど、入院とか
するようなら、親御さんにも連絡が要るし」
「ええ、わかりました。では、あとでまた必ず」
由理が心配そうに、美香の手荷物を持って船村に手渡す。
「美香ちゃん、船村さんの顔見たらきっと安心すると思うの。元気づけて
あげてください」
「わかった。ありがとう」

船村のポルシェが、パーキングエリアに停めてある。
その頃、美香のいる店から100メーターあまり離れた場所で、様子を窺いつつ
車の中にいる八巻の姿があった。
あからさまに店付近で「張って」いることはできないので、怪しまれないように
少し離れた所にいるしかない。
彼は美香が船村に抱きかかえられながら、車に乗せられるのを見た。
明らかに様子がおかしい。
美香の身に変事が起きたことは察するにあまりある。
週末、ぎゅう詰めに混んでいる道路を、船村の車は動き出す。
ちょうど信号をはさんであちらを見ていると、八巻の車が動いたところで
赤信号になってしまう。

ブルーメタリックの目立つポルシェだし、ナンバーも覚えたから見失うことは
ないだろうが、彼女を奪取することは一人では困難そうだ。
ましてや人目につく白昼だし、いくら武闘派の八巻でも、車を襲撃しようもの
ならこちらが悪漢扱いにされてしまう。
黒澤は、今は法廷に立っている頃だ。
当然携帯も切っているし、連絡のつけようがない。
八巻は単独で船村を追うことにした。


船村の自宅は、ベイエリアの一角の洒落た高層マンションだった。
悠々と美香を抱え上げて、意識のない彼女の柔らかな身体の感触を楽しむ。
そのままオートロックの玄関に入っていく……


一方、八巻は船村の車がマンション一階の駐車場に入るところまでは目視した。
ただ途中で距離が開いてしまい、どこの部屋に住んでいるのかはわからない。
一部では名が知れていることもあるし、船村という名が本名かどうか別として
表札がかかっていないかもしれない。
八巻は舌打ちしながら考えを巡らせた。
こうしている間にも、美香の身に起きていることは、容易に想像できる。
彼女の裸体と、黒澤との情事の時の声が脳裏をよぎる。
八巻は、なんとかして彼女を救う方法を考えようとした。



美香は、夢を見ていた。
黒澤に秘所を丹念に舐められて、貪られているところを。
クリトリスを上下に沿って舌先で撫でるようにされて、指も挿入される。
浅く入れられて、クリトリスの敏感な部分とそこを往復される。
たまらない快感に、美香の股間で蠢く彼の髪に手を入れてすくう。
あからさまな快楽を示す声が、自分の口から漏れていくことを止められない。
やがて、美香は絶頂の波にさらわれていく。
下半身が溶けて流れていきそうなほどに感じているところに、続けざまに
今度は熱く固いものが突き入れられる。
ああ、と声をあげて感じ入ってしまう。
淫夢とわかっていながらも、感覚はまるで現実のものと変わりなく思える。
ただ、声が自由にならない。
手足も重く、脱力したように動きがとれない。
それなのに、美香の身体は快楽を追っていこうとしていた……



目が醒めかけた時、それが悪夢であることを祈った。
現実は、美香を非情に打ちのめすほど衝撃的だった。




美香は全裸に剥かれて、船村に犯されている最中だった。
彼女の目が開いたのを見て、彼は笑み崩れた。
「気がついたかい?」
悦に入ったように言いながら、美香の内部に打ち込むものの動きは止めない。
「もう少し効いてると思ったのにな。まあいい、美香さんも感じるだろう?」
船村の言葉を否定したくとも、声が出せない。
猿轡をされているのでも、縛られている訳でもない。
「気持ちいいよ……想像していた以上だよ。綺麗な身体をしてるし、なにより
ここの締まりは最高だよ……」
美香は、自分の体内に突き込まれているものの動きに耐えようと、唇を
噛みしめた。
なのに、それにすらも脱力感が伴って、思うように力もこめられない。

「男がいたとは、知らなかったよ。てっきり、フリーだとばかり思ってた。
ねえ、ぼくの送ったもの、見てくれたかい?」
美香の乳房を舐めながら、そんなことを言う。
おぞましいと思いながらも、なぜか鋭敏になっている感覚は、美香を快感に
導いていってしまう。
なぜ、こんなことになってしまったのか……
自然と、悔しさと悲しさ、そして怒りから涙が滲んでしまう。
「ビデオだよ。……感じたかい?……口もまだきけないか」
嘲笑をこめて言いながら、美香の涙の浮かぶ美しい瞳を見つめた。

あのビデオは、まさか船村が送りつけてきていたとは……。
できるものならこの男を突き飛ばし、殴りかかりたいと思った。
「電話も、何度もかけてたのに。一回出てくれたと思ったら、もう出て
くれなくなったんだね。男に入れ知恵でもされたのかい?」
連続した電話も、この男の仕業 だったとは……。
美香はいま、すべての辻褄が合わさっていくことを知った。
この男が知るはずのない美香の住所も、電話番号も、きっと由理から
漏れたものなんだろう。
携帯こそ、買い換えて番号も変わった際に教えていなかったけれど。

衝撃と動揺が、美香の身体を氷のような冷感で包んでいく。
ただ、やたらと熱く感じる船村の肌の感触が気味悪かった。
一刻も早く終えてしまいたいけれど、きっとそうはいかない。
快楽は、美香の心中とは無関係に身体の奥に伝わっていく。

美香の乳房に残るキスマークを手でなぞる。
「いいねえ、こんなに愛されて。でももう、薄くなってるねえ。
……この身体に、新しいマークがいっぱいついてたら、彼氏はどう思う
かなあ?」
粘着質な、ゆっくりとした口調でそんなことを囁かれる。

美香はそんな言葉を聞いて、身震いが止められなかった。
やめて、と言いたかった。
「もう、きみの身体には、ぼくのマークがたっぷりついてるよ。
きみが眠ってる間に、おっぱいにも、あそこにもつけておいてあげたからね」
可笑しそうに言う船村の色男面が、下品な素性を剥き出しにして破顔した。

「催淫剤を飲ませたんだ。あとしばらくは、身体も重いだろうね。……でも
身体は、普段よりも感じやすくなってる筈だろう?」
美香の反応を確かめるように、顔を間近で覗き込まれる。

美香は、憎悪を視線にこめて、このにやけた卑劣漢を睨み据えることしか
できなかった。
感触からいって、この男のものは黒澤よりも頼りない気がする。
外見からは痩せて見えるくせに、その実腹のあたりにたるみがあるのも、
生理的に受け付けられない。
吐き気を催してもおかしくないほどなのに、それなのに……

美香は感じていた。
口移しで薬物を飲まされ、眠らされたまま拉致され、今まさに犯されている。
卑怯な手段を使って手に入れた美香を、さんざんに嬲り尽くすつもりだろう。
今頃は黒澤は、そろそろ裁判を終えている頃かもしれない。
助けて、と心の中で叫んでも、石のようになって、感じたくないと思っても
催淫剤の作用のせいで、意志とは裏腹に身体が歓びはじめていた。
黒澤によって陵辱に馴らされてしまった女の身体が、今は恨めしかった。

「気持ちいいんだろう?さあ……そろそろ、ぼくもいくよ。美香さんの中に、ぼくの
精液を、たっぷり出してあげるからね……」
その言葉が膣内射精を示していると知って、美香は恐慌に襲われた。
気味の悪い笑顔を浮かべながら、動きがとれず、口もきけない美香の
身体を蹂躙しきるつもりでいる。

心の中で、絶叫する。

それだけは、いや!
あのひとに、抱かれた身体が汚されてしまう。
やめて!

美香は涙を流しながら、船村のラストスパートが近づくのを絶望のただ中で
察した。
男の息が荒くなっていく。
乳房をぎゅっと掴まれて、ただでさえ生理前で張っている胸に、鋭く突き刺す
ような痛みが走る。


黒澤さん……
貴征さん、助けて……!

いや……!!




悪夢の最中で、手も足も動かせないでいる。
抵抗したくても、指すらも思い通りにはならず、叫び声も出せず。
ただ熱い涙だけが溢れて、視界をぼやけさせていった。

注ぎ込まれる感覚に、美香は再び意識が暗転するのを感じた。
せめて、黒澤に一度許しておいたのが救いだった。
なにも感じたくない。
なにも考えたくない…………



美香は、漆黒の闇の底へと引きずり落とされていった……。







第三章 6の1へ

第三章 4へ

エントランスへ





E-list BBS Search Ranking Bookend-Ango Go to Top

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル