船村の、恐怖と好奇の入り交じったような視線を感じると羞恥が蘇ってくる。
こんな男に、こんなところを見られるなんて……。
美香がすっかり精飲を終えるのを待って、黒澤は美香の唇からまだ硬度を保って
いるものを外した。
彼女がほっと息をつくと、驚いたことに黒澤は船村の襟首を掴んで、美香のすぐ横に
移動させた。
これでは、船村の目に美香の行動がなにもかも映ってしまう。
今までの彼は、ベッドのちょうど中央にあたる部分の真下にいた。
美香と黒澤の情交を、斜め下から仰ぎ見るような形で見ていたことになる。
けれど、今は美香の表情はおろか、声や口許の動きまでもまともに見られてしまう
ことになる。
「いや……」
美香は首を振った。
「なにがいやなんだ?」
黒澤は知っていてとぼけているのか、美香に詰問する。
「いやよ……見せないで……。見ないで……私を……」
言葉の前半部分では黒澤に、そして後半は船村にそう言っている。
「いいじゃないか。ここまで見せてやったんだ。もっと熱いところを見せつけて
やろうぜ」
薄く笑いながら、次に船村の方を向いて言う。
「しっかり見てろよ。もっといいものを見せてやるからな」
「ほら、しゃぶれ」
美香の髪を軽く掴んで、まだ勢いを保っているものに向かわせた。
「嫌よ……」
開いた唇の隙間に、先端が押し入ってくる。
美香は諦めて、黒澤に従うことにした。
「先だけじゃなく、棹もしっかりしゃぶるんだよ。ほら、派手に舌を出せ。
音もさせろ」
船村に見せつけるように、そんなことを指図してくる。
美香はせめて目を閉じて、船村の視線を遮ってフェラチオに没頭することにした。
激しい羞恥心が湧き出て、身体に震えが走るほどだった。
黒澤のサディスティックな命令に、もう歯止めをかけることなどできない。
これからどんなことをされるのか、普段のベッドとは違いすぎる状況に、腰がだるくなる
ような脱力感もあった。
けれど、嫌な男に見られながら、そして黒澤に弄ばれるということが美香の隠された
性癖を刺激しているのは確実だった。
彼女の秘所はとめどもなく濡れていき、自分でも戸惑うほどの疼きが身体の芯を
刺していった。
ましてや、これは復讐のひとつでもある。
無理に抱かれた後にでも、自分から会いに行ってしまうほど美香を惹きつけた男。
彼女のM性を知り、それを引きずり出し、未知の性の深淵を知らしめた男……。
もう美香にとっては、船村に犯されたということはどうでもよくなっていた。
今この時、この異様な興奮がすべてだった。
さんざんに美香の口戯を愉しんだあと、黒澤は彼女の全身を愛撫にかかり始めた。
唇と舌先が、彼女の首筋にゆっくりと繊細な動きを伝える。
くすぐったいような甘い感覚が、首から胸元へ抜けていく。
耳たぶを唇に挟まれて、ぬるむ舌を耳腔に差し入れられる。
「ああ……」
これには耐えられなかった。
せつない声が美香の唇を割って出る。
「……感じるだろう?」
黒澤の低く囁く声が、余計に彼女の官能を刺激する。
「あ……、……は……い……」
「こっちもだ」
そう言いながら、彼が反対側の耳と首に同じようにしてくる。
「ああ……。あっ……、あ……」
フェラチオを強要されたことで、既に高ぶっていた彼女の身体は敏感になっていた。
すぐ近くで、船村が見ている。
美香のこの悶え声を聞いて、平静でいられるわけがない。
快楽のあまりに漏らす声音が、二人の男の欲望を異常な形でそそり、興奮を呼ぶ
ことはわかっている。
なのに、どうしようもなかった。
乳首の先まで、指と唇が的確な愛撫を加えてくる。
もう、美香の声は抑えていられずに長く引き絞るようなものに変わる。
真剣に感じている時には、自然と声のトーンは上がってしまう。
やがて黒澤の貌が、美香の鉄柵に拘束され開いている股間に近づく。
入れて欲しい、とねだったのに、それから彼のものを口に含まされ、一方的に奉仕を
させられただけだった。
脚が自由なら、太ももを摺り合わせただけで達してしまいそうな快感が、長いこと
彼女の秘所を潤ませ続けていた。
唇が、はざまに近づく……
けれど美香の期待を裏切り、黒澤はそこを通り過ぎてしまった。
思わず、眉根をひそめて深い溜息が出てしまう。
「欲しいだろう?」
美香のせつなげな表情を見つめる黒澤の顔が、笑っている。
うなずく彼女に「言葉ではっきり言え」と告げる。
「……ほしいの……ちょうだい……」
「なにが欲しい?」
「いや……恥ずかしい……」
また、直接的な言葉を言わされる。
しかも美香の身体から1mと離れていない場所に、船村がいる。
「恥ずかしいか?そうだろう。でも、感じてどうしようもないだろう……」
美香の潤んだ瞳を見据える黒澤の深い黒瞳も、濡れたように光っている。
「イキたいだろう?」
彼女の秘所の上に、そっと掌が伸ばされる。
「あ……!」
細く高い声が出て、ビクン、と腰が蠢いてしまう。
それ以上、されたら……
イってしまいそうになる……。
「お願い……入れて!入れてから、イかせて……」
長く焦らされた部分は、もうただの刺激だけでは満足できなかった。
今度こそ、突き込んで内部を満たしてもらいたい……。
その思いが、美香の口から直接の欲求を吐かせた。
「自分から言ったな……」
黒澤が、また鼻先で嗤った。
たまらなかった。
抱きついて、彼に哀願を繰り返したい。
もうこれ以上、焦らさないで……
「いやらしい女だな。こんなに、ぐしょぐしょに濡らして……おまけに自分からそう
言うのか」
黒澤は、悦に入ったような笑みを漏らしながら呟いた。
美香の足元を鉄柵に固定していた紐を解く。
両足を自由にされても、なお両腕は頭上に縛られたままでいる。
そんな不自然な体勢でのセックスに、美香の期待は高まりきって胸の鼓動も激しくなっていく。
「いくぞ……ほら!」
黒澤が、躊躇いもなく男根を美香に突き入れてくる。
「ああ……!」
熱い鉄のような感触のものが、彼女の内部を灼くように貫いた。
すぐに、強烈な快感が襲ってくる。
ゆっくりと、彼女の反応ぶりを確かめるように黒澤が動く。
彼の下腹部が美香の恥骨部分を擦り、それと膣内をいっぱいに満たしきる熱いものが、
彼女を燃え狂わせる。
「あっ、あ……ああ、ああっ……!」
感じやすいGスポットの付近を突かれた瞬間に、急速に昇りつめていく……
「ああ……あっ!イク……だめぇ、イっちゃう……あ、ああぁんっ……!」
白い閃光のようなものが美香の脳裏に弾け、閉じている目の前に
さまざまな彩りの光の粒が舞う。
瞬間、なにも考えられなくなる。
持続する快楽が、美香の声帯を震わせて、勝手に淫らな声を吐き出させる。
「なんだ……もう、イっちまったのか?」
含み笑いを浮かべながら、黒澤はまだ美香を貫いたままでいた。
「まだまだ……俺はイってないんだぜ。もっともっと、愉しませてやるよ。
腰が抜けちまうほど、な……」
男らしい整った顔が、悶える美香を見下ろして笑っている。
女を征服し、思うさま嬲り、操る自信に満ちている。
これこそが、きっと黒澤の真の姿だと思えてならない。
彼の思うまま、望むままに貪られていくしかない……。
美香の快楽に潤む秘所から、一旦怒張が引き抜かれた。
「あ…………」
失望と、次への期待が混じった嘆息が彼女から出る。
「ほら。四つん這いになれ」
美香は言われるままのろのろと身を起こし、ある程度伸びる紐の力を借りて、
うつぶせの体勢で鉄柵を腕で掴んだ。
ほっそりとしているように見えるが、形よく張り出した白桃のような尻が、無防備に男に
差し出される。
黒澤の欲望への供物として、彼の望むままにされる。
それを、自分から許してしまう……
こんな淫らな姿を、彼女を拉致して犯した憎い男の目に晒している。
美香の胸まで垂れた長い黒髪のせいで、彼女の方からは船村の顔が隠されているのが
救いだった。
「見えるぞ……ほら。俺の目に、おまえの恥ずかしいところが全部。
こんなふうにされても、おまえは感じてる。ほら、触ってもいないのに
……溢れてくる」
「いや……そんなこと……」
言葉で嬲るだけで、まだ触れられてもいない。
と思っていたら、黒澤の掌が美香の腰を掴んだ。
熱く太いもので、嬲られる。
「あん……あ、ああっ…………」
甘い声で、男の次の行為を誘う。
「ほら……おまえの好きなものを、くれてやるぞ」
嘲るような声を浴びせられ、背後から熱い塊が侵入してくる。
すでに蜜で溢れかえるそこを、奥まで容赦なく突かれる。
「ああっ!あ、あっ……」
悲鳴に近いような声が、突き引きをされる度に美香の可憐な唇から洩れる。
一見清純な乙女のように見える彼女の、心底の欲望が生々しい女の
喘ぎとなって、室内を淫靡な空気で満たしていく。
急に、黒澤の動きが止まる。
「あん……いやっ!」
美香の口を突いて出たのは、抗議の声だった。
「やめないで……お願い!あなたから、動いて……あ……」
腰と膝が震えてしまうほど、快楽の禁断症状とでもいうべき余韻が残されている。
あなた、という言葉に甘えをこめて哀願した。
「だめだ。おまえから、腰を遣え」
冷然とした声が、美香の望みを易々と拒絶した。
「いや……あなたから動いてくれないと、感じないの……」
そう言いながらも、結局は黒澤の命令通りに自ら動く。
「あ……。ああ……。いい……ああ、あ…………」
両腕を拘束されたまま、獣の体勢で背後から貫かれている。
それでも黒澤に与えられる愉悦に、率直な感想を言わずにいられない。
傍らにいる船村に見られていることも、かまうものかと思った。
どうせ美香の髪が簾のように垂れて、彼女の顔は見えていない筈だった。
身体が自分の意志などではどうにもできないほど翻弄され、間断なく与えられ
続けていく快楽。
ひとたび醒めたと思っても、また求められれば身体が否応もなく反応せざるを
得ない。
身も心も溶け崩れていってしまうような、そんなセックスは……
もう、この黒澤という男によってしか望めない。
「どうだ、惚れた女が別な男に犯られてよがってるところは?」
侮蔑と嘲笑をこめた言葉を、美香のすぐ下にいる船村に吐き捨てる。
「こいつはな、俺の女なんだよ。しかもマゾで、縛られたりしてもよがっちまうような
淫乱な女なんだ。教えてやるよ、こいつが俺に、どんなことをされてきたのかをな」
「やめて……」
美香の声も、迫り来る絶頂感の前には消え入りそうな小ささだった。
黒澤はいとも簡単に美香に猥褻な行為を働いてホテルに連れ込み、
いかに彼女が自分の性戯の虜になったのかを、得々と船村に聞かせた。
「おまえにされたことなんかは、みんなこの俺が美香に教え込んで
やったんだよ。バイブも、ローターでイキまくることも知ってる。
ただ俺は、薬なんか使わなくても指だけでこいつをイかせてやったけどな……」
船村の黙りこくった顔が、やや蒼白になっているようだった。
美香は、黒澤が広舌を奮っている間にも何度も昇りつめそうになっていた。
イク、という寸前で引き抜かれてしまったり、動きを加えてくれなくなったりと、
黒澤が喋っている間に焦らされ続けていた。
「ああ……もう、お願い……おかしく、なっちゃいそう……」
切実な願いが、美香の声をうわずらせ、叫ぶようにさせていた。
あるレベルの高さの快感がずっと持続し続け、しかもあとわずかなところでイク、と
いうところで止められてしまったら。
もう、10分近くこうしている。
それが美香には途轍もなく長い責め苦に思えてしまう。
「なれよ。おかしくなっちまえ」
そう言いながら、今度はややスピードを上げて彼女を責める。
「あ……ああ!もっと……もっとして。ああ、もっと……」
膣内を痺れさせるほどの摩擦の激しさが、彼女の頭の芯をぼうっとさせていく。
「ああ……ああ、そう。もっとして……もっと、激しく……」
美香の声も、次第に切迫していく。
「……俺のことを、愛してるか?」
耳元に唇をつけられ、甘く低い声で囁きかけられる。
意外すぎるその言葉がかけられたその途端、美香は頂上に押し上げられていく。
「あっ……ああ!愛してる……あ、愛してます……貴征、さん……」
それがどんな意味を含んでいるのかわからないまま、半ば混濁した意識の中で
美香は叫んだ。
黒澤は、無言のまま彼女に注ぎ込む。
熱い男の欲望のすべてを受け容れながら、美香は陶酔に身を任せた。
このまま、もう……
どうなっても、いい…………
そんな危険な思いが弾ける。
そのことを、心の底から真実だと思ってしまう。
あまりの快楽の強さに、意識が朦朧としていってしまう。
それから少しして、既に黒澤の身体は美香から離れているのに気づいた。
また意識が飛んでしまったらしい。
自分の身体がベッドにうつぶせになって、汗にまみれた肌をさらしている。
黒澤に、自分の手を縛っている紐を解いてもらいたい。
そのことを告げようとして、彼がパソコンの置いてあるデスクに向かって
いるのに気づく。
それと同時に、黒澤に注ぎ込まれた精液がこぼれてくるのを感じた。
もうじき生理も近いし、異常な状況に夢中になっているうちに、生挿入と
膣内射精を許したことになってしまっていた。
両腕が自由にならないので、股間から滴り落ちる白い滴が、ベッドの
シーツに染み込んでいくままにするしかなかった。
まもなく、独特の匂いが広がりはじめる。
爛れた性の営みに相応しい、退廃的な雰囲気だった。
洒落たブラインドの隙間からのぞく冬の空は、もう既に薄暗くなり始めている。
「……何をしてるの?」
裸の背を美香に向けたままになっている黒澤に、声をかけた。
「おまえの画像を探してるんだよ」
「わたしの……?」
激しい性行為の余韻で霞がかかったような頭の中から、その言葉を探す。
「こいつが、おまえの家に送りつけてきやがっただろう、HD内のどこかに入ってる
筈だ」
「デジカメ……じゃなくて?」
「デジカメの画像も、内部にフォルダごと収められてるだろう。それを探して……」
「消すの?」
美香の声に、船村は項垂れていた顔を上げた。
黒澤は答えない。
「外部のHDもないし、Dドライブにもバックアップもしてないんだな。
……他の記憶媒体にもないのか。大したスキルをお持ちのようだな」
美香の目には見えないほどの素早いキータッチで、滑らかに何度も
指を滑らせる黒澤に、じっとベッドから見入ってしまう。
「あったぜ」
目的のものを見つけたらしく、美香にそう言う。
「さて。どうしてくれようか?」
船村の方を向き直って、余裕の笑みを浮かべたままでいる。
「ねえ、お願い。手を、外して……」
美香は腕の拘束を解いてもらうと、自分が着ていたブラウスを羽織った。
黒澤の意地悪げな笑みが意味することを考えて、美香は密かに怯えた。
これから何をするつもりでいるのか……
「シャワーでも浴びてきたらどうだ。……俺のザーメンが垂れてきてるぜ」
はっと下を向くと、まさに黒澤の残したものがももを伝い落ちている。
恥辱と、奇妙な興奮が美香を赤面させた。
彼が何をしようとしているのか気になるけど、このまま性行為が終わって
帰宅するのだとすれば、身体を洗い清めておきたかった。
やけに豪奢なシャワールームに、美香は居心地が悪かった。
なにしろジェットバスがついていることはともかく、風呂の底に趣味の
悪い照明が灯るようになっている。
まるでどこかのラブホテルの内装を、少し金をかけてそっくり持って
きたかのようだった。
ボディソープの類を使うことすらもおぞましくて、美香は身体をお湯で
丹念に洗い流すことだけにした。
脱衣所で、小さなタオルを使って身体を拭う。
そうしていると、船村のひきつったような悲鳴が聞こえた。
次いで「やめてくれ!!」と叫ぶ声がする。
何事かと思い、さっさとショーツとブラの上にブラウスだけを着けて寝室へ戻る。
どうやって分解したのか、パソコンの筐体がバラバラにされている。
そして、黒澤の手に頭脳中枢とでも言うべきHDが握られているのが
美香の目に入った。
いつか、雑誌かなにかの写真で見たことがある。
そして、剥き出しのそれは物理的な衝撃にさほど強くはないと……。
その独特の形をした物を、黒澤は手にして弄んでいる……
「やめてくれ!頼むから……お願いします、それだけは……」
必死の形相で懇願する船村の狼狽しきった様子を、黒澤の鋭い眼が射る
ように見ていた。
「バックアップもとってないのか?その慌てぶりじゃ……」
船村の身体が、可笑しいほどガクガクと震えていくのがわかった。
「それは……今までの作品のデータが!……頼みます、それだけは
……勘弁してください!美香さんにしたことについては……あなた方の
望む通りに、僕にできることならなんでもする!お詫びします!だから、
だから……」
憔悴した顔に、精一杯の哀れみを乞う表情を浮かべている。
「……だとよ。どうする、美香?」
額を地面に擦りつけんばかりにしている船村の惨めな姿を、何故か美香は
冷ややかな気分で見ていた。
あれほどの大胆な行為をした男の正体は、こんなものだった……
自分自身の手に入らない女を従わせるために、姑息な手段を使わねば、それも
できない男。
自身の力では太刀打ちできない強者に対しては、卑屈なまでに醜い姿をさらけ出す男。
「……私のネックレス、取っていったでしょう?あれはどこにあるの?」
そう言う美香の声は、自分でも驚くほど冷たかった。
「つ……机の、一番右下の引き出しに……」
そこを探ろうとして開けると、目を疑うような光景が広がった。
美香から奪ったネックレスは勿論、その他にも指輪やブレスレット、時計などが
十指に余るほど入っていたからだった。
貴金属の放つ輝きを見つめる美香の唇が、細かく震えていく……
「……こうやって、女性から身につけているものを奪って……」
彼女は怒りに包まれながら、ゆっくりと言った。
「……それと交換に、また……無理矢理に、犯したのね?」
黒澤は、黙って美香が船村に言う言葉を聞いていた。
「私が電話で言った、あの言葉を信じたのね?」
美香の口から、不意に笑いの衝動が起こった。
「あんな陳腐な芝居を、本当に信じてたの?私があなたのことを好きだなんて、
抱かれたいだなんて、あんな科白を真に受けてたのね?」
怒りに任せてそう言っているうちに、身体の奥底から熱気が沸々とこみあげてくる。
蒼ざめた顔で、もはやなんの弁明もできない船村の沈黙が、美香の言葉を裏付けている。
「あんまり笑わせないでよ。私が抱かれたいのは、この人だけよ。
あなたなんかに感じたとでも思ってたなら、お笑いだわ!」
強い調子で吐き捨てる美香の背後に、黒澤が近づく。
首筋に唇を当てられただけで、途端に疼きが襲う。
「あ…………」
張りつめて、怒りの表情を形作っていたのが、今ではもう男の愛撫にうっとりとした様子に変わる。
「おまえはほんとに、意外と気が強いんだな。でも……」
乳房をまさぐられただけで、感じはじめていく……。
「ここは、こんなに弱い」
ブラを外され、乳首をそっと指でこすられてしまうと、美香の唇からはもう官能の声
だけが出る。
「あ……だめ。やめ……て……」
ショーツの中にも、黒澤の指が忍び入ってくる。
「ほうら。もう、ぐしょ濡れだ」
美香の分泌する液を指先にまといつかせ、それを彼女自身に見せつける。
「いやぁ……」
先ほどまで船村に激していた調子とはうって変わり、本気で濡れている
ことに恥じらいを感じる。
「抱いてほしいんだろう?」
優しい調子で、美香の耳元に吐息とともに囁かれる。
「だったら、しゃぶれ」
「いやよ……いや……」
首を振りながら、それでも唇の上を這う男の指から逃げられない。
されるがままになっているところを、船村に見せつけてやる……
この人には逆らえない。
それほど惹かれて、どうしようもなくなっているから……
今度は手足の拘束もなしに、思いきり抱き合う。
自分から黒澤にキスをせがみ、逞しい背中と胸を撫で回す。
美香の方から積極的に、彼のものを進んで唇に含む。
暫くして彼の硬度が増して感じているのがわかった頃、口での奉仕をやめる。
「上になれ」
「……ええ」
思い切って、横たわる黒澤の身体に跨る。
少しの間躊躇うけれど、屹立するものを充分に濡れているところが抵抗なく迎え
入れた。
ゆっくりと、突き上げられる……
「あ…………」
熱く充実したものが、美香の女の部分を満たしきる。
下から、両方の乳房を柔らかく揉まれ、指先でくすぐるようにされると、もうたまら
なかった。
「あんっ……」
ひときわ高い声を放つ美香に、黒澤は笑いを浴びせた。
「乳首触っただけで、もう…あそこが締まるぜ。おまえは、ほんとに何度抱いても
いい身体と声をしてる……」
黒澤に、下から不意に思わぬ動きを加えられて、美香は喘いだ。
もっと感じるように、自分で怒張の当たる部分をずらし、誘導する。
彼の腰の部分が、敏感な花芯に当たって刺激していく。
それだけで、美香はすぐに昇りつめそうになる……。
「ほら。自分で、胸揉んでみせろ」
彼女の腕をとって、強引に自身の乳房に当てさせる。
「あっ……あ!もっと……あ!ああ、イクっ……」
快楽のあまりに悶え狂う美香は、言われるまま淫らな行為を男に見せた。
そんな彼女を、黒澤は薄く笑いながら見ている。
恐怖と混乱の最中にいるだろう船村の顔と、美香の痴態とを見比べている……。
乱れた息をつきながら、美香は黒澤から離れてベッドに倒れ込んだ。
「まだ、ダウンするには早いぜ」
黒澤は笑って言いながら、ぐったりと力を抜いている美香の脚を掴んで開かせる。
「あ…………」
うっすらと汗を浮かべながら、彼女は欲情に潤んだ瞳を黒澤に向けた。
「俺はまだ、イってないんだ。もっと俺を愉しませるまでは、許さない」
「あ、いや……いやぁっ……」
美香は無造作に両足を抱え上げられながら、嬲りを加えられ始めた。
なかなか、挿入しようとはしない。
先端部分だけを浅く入れたかと思えば、すぐに引き抜かれる。
「いやぁ……ああ、ああ……んっ……」
拒否の意味の言葉さえも、黒澤に対する媚びで満ちていた。
「嫌じゃないんだろうが。え?声と一緒に、ここもとろけてるぜ」
「あ……あん……だめぇ……」
ぬかるむ秘所をまさぐる男の指を、押しのけようとする。
本音は、すぐにでも入れてほしい……。
「ううん……」
甘く喉を鳴らしながら、美香は黒澤に唇を寄せた。
それが重なった瞬間、同時にやっと待ち望んでいたものが分け入ってくる……。
「あ……うっ!」
叫ぶ声までも、唇で塞がれてしまう。
せめて彼の身体に腕を廻し、しっかりと抱き止めたい。
それは美香を焦らすように、ゆっくりと刻むようにして蠢く。
執拗に追ってくる唇から逃れ、「ああ……」と大きく息をつく。
それでも、黒澤は美香の休息を許さない。
抽送の速度が徐々に増していき、彼女の声も切迫したものになっていく……
「あっ……あ!ああ!」
しゃくりあげるような泣き声に近い声を絞り、美香は目を閉じて自分の
中に迫る快楽に集中しようと思った。
傍らで、絶望感に苛まれて座り込む船村の存在も忘れている。
自分の中のひどく淫らな女のエゴを剥き出しにして、ただセックスの陶酔にのみ
浸って、なにもかも忘れたい。
このまま狂えたら、と幾度も繰り返し思えた至福の瞬間……
その時が、もう間近になっている…………
「あああっ…………!」
美香は絶頂を訴えることもできず、ただせつなげに叫んだ。
黒澤の首に廻した腕をしっかりと抱きしめる。
脳を灼き尽くすような眩しい光と、やや白みがかったグレーの光が、交互に明滅
する。
美香の意識は浮遊感に襲われ、そこで記憶が途切れた……
暫く静寂で満たされていた部屋に、船村の悲鳴が満ちた。
その声で、美香はようやく現実に立ちかえった。
彼女の霞む瞳が捉えた光景は、船村の錯乱を生むのに十分だった。
黒澤が、さきほどまで手にしていたHDを壊したのだ。
データの漏洩を恐れるなら、HD自体を直接破壊すればいい、と何かの記事で
読んだ覚えがある。
粉々になったガラスのようなHDの欠片を、床にばら撒く。
船村の作品の数々は、最近はCGを駆使した人工的で無機質なものが
大半を占めていた。
画材を使うまでもないのに、必要もない消耗品を求めに美香の元へ通って、彼女を
狙い続けていたのだろう。
頭を抱えたいだろうに、肩から関節を外されたその腕は動かせない。
「ほんとに、バックアップもなにもしてなかったようだな?」
下着だけをつけた、半裸の黒澤がそう言って嘲った。
「いいじゃねえか。これからいくらだって取り戻せるんだからな」
笑いの混じった顔で、船村の背後に立つ。
船村は怯えた顔で、黒澤が何をするのかを目で追おうと必死で首を廻す。
船村の左腕をおもむろに掴むと、またいやな音をさせる。
そして残る右腕も、同じようにしてやった。
「外れていた関節を、元に戻した」
言いながら、さらに船村の両足首を繋いでいた足枷を外しにかかる。
両足を自由にさせたところで、黒澤は船村の腕に触れた。
「どうだ。動くだろう」
その言葉に誘われて、船村は腕をおそるおそる廻してみせた。
「拘束されて、身体の自由を奪われた気分はどうだ?」
黒澤の、やけに静かで優しげな口調が美香の中でひっかかる。
なぜ、わざわざ身体を動くようにさせてやるんだろう。
当然ながら、そんな疑問が起こる。
「おまえ、一応それでも男の端くれだろうが」
黒澤は少し声を高くさせた。
「悔しいとは思わないのか?惚れた女をさんざん目の前で犯られて、それでも
無抵抗のままでいられるのか」
船村の唇の端が、痙攣を起こしたように蠢いた。
元来、プライドの高い男なのだろう。
その歪んだ自意識故に、自分に振り向かない美香に陵辱の予告ともとれるビデオを送り、拉致して犯し、さらに猥褻な写真までも送りつける。
今黒澤の暴虐に耐えているのは、突如暴力の世界に放り込まれて、抗う術を
知らない彼の、唯一の解決法だった。
「無抵抗の野郎を嬲る趣味はない。女もそうだが、少しくらい抵抗してみせるくらいの方がいい」
そう言うと、黒澤はゾッとするほど冷たい眼差しで唇に笑みを浮かべる。
「腰抜けが。床に座って、ザーメンじゃなく小便でも漏らしてるのがお似合いだぜ」
黒澤はせせら嗤ってみせた。
「敵わないまでも、一発くらい俺に入れてみようとも思わねえのか?」
執拗に、船村を言葉で挑発することをやめない。
「元のツラは、見るに耐えない不細工。だからって整形までして、ツラを売り物にして女姦して。
強いのは、眠らせた女にだけか」
それを聞いた途端、船村の蒼ざめた頬に一瞬赤みが差した。
素早くベッドサイドに駆け寄ると、手には鋭く尖ったペインティングナイフが
握られていた。
「うわあああぁぁ!!」
狂乱して叫びながら、それを黒澤の胸元に振り下ろそうとする。
「いやあああ!!」
同時に、美香の叫び声もこだまする。
それでも、黒澤の顔には笑いの表情が張りついていた。
船村の右手は、あっさりと黒澤の力強い掌に制圧されていた。
手首を捻り上げると、握られていたナイフが床に落ちた。
そして、ぼそりと呟く。
「こんなもので、俺を殺れるとでも思ったか?」
不気味なほど静かな口調が、部屋を氷の冷気で満たした。
「商売道具を、こんな扱いするようになっちゃ、もうお終いだな……」
美香の胸は、まださきほどの驚愕から醒めずに激しく脈打っている。
「終わらせてやるよ」
腕を捻ったまま、船村の痩躯を軽々と床にねじ伏せる。
また、関節が外れるいやな音がしたと思うと船村の口から絶叫が出た。
「や、やめてくれ!やめてくれぇ!!」
黒澤はそれに構わず、右腕を捻り上げたままで立ち上がった。
そのまま、容赦なく肘から先を蹴り砕く。
鈍い、なんともいえない不快な音が響いた。
今度こそ、骨が折れた音だろう……
美香はそう思った。
同時に、船村の口から耳を覆いたくなるような潰れた苦鳴が漏れる。
断末魔の悲鳴というのがあれば、この声はおそらく船村の画家生命を
断ち切ったものだろう……
さらに、黒澤が船村の顔面に足を乗せているのが見えた。
カーペットが朱に染まり、流れ出た血が、まるで生き物のようにゆっくりと
周囲に広がりはじめる……