迷い 1
 


「……はい。はい。……いや、今は正直、その気はありません。
……はい、ご期待に添えなくて申し訳ありませんが。失礼します」

黒澤は電話を切ると、いつになく気怠そうに深い溜息をついた。

「……どうしたの?」
美香はベッドの中で半身を起こした。
裸体の胸は上掛けで覆われている。
「なんでもない」
黒澤はキッチンに向かって美香に背を向けた。
背中が、これ以上ないほどに会話を拒絶している意志を見せる。
冷蔵庫から出したスポーツドリンクを出し、ペットボトルに口をつけて
一気に煽る。
「……シャワーを浴びてくる」
一度情事を済ませたあとでかかってきた電話に、彼は相当に気分を
害してしまったらしい。

苛ついている様子が彼の態度からもありありとわかる。
彼をそれほどまでにさせた電話の主は、誰だろう。
慇懃な受け答えの仕方から、まさか女性ということは考えにくい。
だけど、それもあり得ない話ではない。

そうだ。
美香は唐突に思いついた。
ナンバーディスプレイを見れば、相手がわかる……
美香は彼のシャツを素肌にまとうと、そっと立ち上がって電話の
モニターに近づく。
これがわかれば……
美香は着信履歴のボタンを押した。
見覚えのない番号。
それはもっともだった。
黒澤の交友関係で、彼女の知らない人間などまだいくらでもいる。
「…………?」
その番号の局番から後を見て、美香の胸に疑念が湧いた。
それは「0110」という数字の列。
どこかで見たことがある。これはどんな意味合いの番号だったのか。
美香は記憶の糸を懸命に手繰った。


その閃きは美香をひどく驚愕させた。
これは……
確か、警察署に使われる番号だ。
110番という数字がつけば、それは地域にある警察署の番号である
ことがほとんどだった。
警察署から、黒澤に何を言ってきたんだろう。
なにか警察沙汰に絡むような問題でも起きたのか。
探偵という仕事柄、そんなことは幾らでもあるはずだ。
でも、黒澤のあの不快そうな素振り、そして「今はその気がない」と
電話口で言った意味深な言葉は、何を指し示していたんだろう。
美香の胸に言いしれぬ不安の雲が立ちこめてきた。

どうしたらいいんだろう……。
彼に今問いつめるようなことをしたら、彼を怒らせてしまうような気がする。
かといって、このまま素知らぬ振りでいるのも辛い。
彼の気持ちが落ち着く頃合いを見計らって、その時にさりげなく聞いて
みよう。
美香はそう決めて、心が静まるように自分に言い聞かせた。
彼が浴室から出てくる気配を感じて、美香は慌ててベッドにもぐる。
「おまえも入るか」
黒澤の声はもう平静に戻っていた。
「ううん。いいの……」
ベッドに入ってきた黒澤は、熱い唇を彼女に押し当ててきた。
「あ……っ」
美香は肩口を強く吸われて、思わず喘いだ。
キスマークがつくんじゃないかと思えるほど、きつく吸い付かれる。
痛みを感じるとともに、その中に美香の腰の奥に欲望の火をともす
快さもあった。
「……少し……痛いわ」
美香は自分の声が甘く溶けているのがわかった。
「少し、か」
黒澤は笑いながら美香の乳房に唇を移した。

乳首を吸われて、美香はたまらずに彼の顔を抱きしめた。
「あ、あん……」
だんだんと、彼の唇の吸う力が増してくる。
快感に、チクチクと棘が刺さるような小さな痛みも混じってくる。
けれど決して苦痛には感じない。
美香の脚の間に、黒澤の手が入り込んでくる。
黒澤は低く笑った。
「もう濡れてるじゃないか」
指先についた彼女自身の液を、唇にこすりつけられる。
「欲しくなってきたんだろう?」
片頬に微笑を浮かべる彼に見下げられて、美香は一度は完全に
醒めたはずの欲情の炎が、また燃え上がってくるのを知った。

腰を抱えられて、うつ伏せにさせられる。
背筋のへこみに、彼の唇が当てられる。
腰近くからだんだんと、舌と唇がぬめりを伝えながら、ゆっくりと
肩へ這い上がるようにしていく。
「あっ……あ、はぁっ……」
妖しいざわめきが、美香の身体を小刻みに揺らした。
優しい動きで、こうして美香を焦らしてくる。
そしてまた強くキスされて、彼女の感覚は吸われる場所と、密かな
部分に集中していく。
彼の舌が太腿の間に移動していた。
柔らかで、滑らかな舌の感触が美香の官能を刺激しぬいていく。
犬のように這わされて、四つん這いになった姿勢のまま、彼の
淫らな愛撫に応えて声をあげ続けている。
やがて彼が、美香の最も望む部分へと愛撫を加えてくる。
乳房を手で掴まれながら、同時に快楽の源泉へ、愛の蜜をこぼす
その場所へと柔らかな舌先が入り込む。
「ああ……ああ、あっ!ああっ!」

自分の声が、まるで他人の知らない女のような叫びに聞こえる。
もっと、もっとちょうだい……
気持ちいいの、感じるのよ……
そんなことを男に知らせる意味も含めて。
「ああ……あ、だめっ……ああ、あっ!」
止めのひと突きが、美香を昇りつめさせた。
顔をよじり、ベッドに突いた両手と両脚を突っ張らせる。
その動作が、黒澤に彼女がイったことを教える。
ベッドに身体を投げ出そうとする彼女を抱きかかえ、黒澤はまた
美香に命令した。
「まだそのまま這っていろ」
美香はゾクゾクするような期待をこめて、遠慮がちに目を伏せて
彼を振り返る。
「欲しいか?」
黒澤が、わざと美香に見せつけるように彼女の顔の方に移動し、
その白い頬に向けて怒張を握った。
「……欲しいわ……」
美香は隠さずにそのことを口にした。
「なら、どうすればいいか。わかってるな」

絶対者の命令には、従わなければならない。
自分は彼に従順でいなければ、快楽を味わうことが許されない。
なぜなら、私は彼の虜囚なのだから。

美香はゆっくりとうなずくと、自分に向けられた男の欲望を
その手でそっと包んだ。
彼の目をちらっと見る。
黒い瞳が、切れ長の鋭さを帯びた眼が、今は欲情に濡れたような
光を浮かべている。
この男のこんな瞳に見つめられると、もう自分が自分でなくなる
ような気持ちになる。
身も心もすべてを許して、魂さえも根こそぎ奪われて、吸いこまれて
いきそうなほどだった。
この人を、愛している……
美香は欲情と愛情の相克に惑いながら、あるいはそれらの入り交じった
感情のままに彼のものに唇を這わせた。
彼に歓んでもらえるなら、いくらでもしてみせる。
誰にもしたことのないことを、彼が望むのなら、それも許す。
全身を男の欲望に奉仕するために捧げる。
黒澤の口から、せつなげな呻きが漏れる。

彼が感じていくのが、先端から次々に湧き出る液でわかる。
彼の欲望の源が、美香の口内で固さと熱を増していく。
美香は思うままに唇に収めたものに舌を躍らせ、絡みつかせた。
押し殺していた男の吐息が喘ぎ声へと変わる。
そんなセクシーな声を聞かされているだけで、美香はとめどなく
蜜を溢れさせていく。
もっともっと感じて、私に夢中になって。
あなたのこと、どうしようもないほど愛してる……
あなたに愛してもらえるなら、なんでもするわ。
私はもう、あなたなしでは駄目なの。
お願い、私を愛して。私を求めて。

美香は唇から、そそり立つ男のものが引き抜かれるのを感じた。
たった今まで彼女の唇に愛されていたそれは、鈍く光っていた。
黒澤が背後から、彼女の腰を掴んで抱きかかえる。
先端で、美香の潤んだ秘所を嬲る。
「はぁ……あぁん……」
美香は悩ましく悶えて尻をくねらせる。
きっと今、ひどくいやらしい表情をしているに違いない。
「どうだ。いいか」
黒澤の声が笑っている。
まだ焦らすつもりでいる。
「気持ち……いい……」
美香はとぎれとぎれにそう言った。
「だろうな。俺のをしゃぶってただけで、洪水だぜ」
くくっ、と満足そうに低い笑い声が聞こえる。
「フェラチオで感じるのか。舐めてるだけで」
美香は答えずに、首を振った。
早く、早く欲しいの。
あなたが欲しい……
お願い、入れてちょうだい、私を満足させて。

「どうして欲しい」
突き放したような声で、黒澤が言う。
卑猥な望みを美香自身から言わせて、それを聞いて愉しむ。
いつもの言葉の攻めだけれど、美香の性癖をも心得ている。
「入れ……て……」
「ちゃんと言え」
いつ言わされても、このあからさまな要求には美香を激しく羞恥
させる効果があった。
この男に初めて犯された夜から、一体幾度この言葉を口に
させられただろう。
美香が恥じらいに唇を震わせながら言う言葉を、黒澤は聞き終えると
「ご褒美だ」と言って美香の中に押し入ってきた。

濡れきったそこは、滑らかに男のものを受け容れる。
やっぱり自分はマゾなんだ、と美香は灼熱する快楽の中で
ぼんやりと考えた。
普通の愛され方だけでは満足できない。
優しく抱かれ、甘い愛の言葉をかけられるのも好きだった。
けれど同時に、こんな風に激しく欲望をぶつけあい、屈辱さえも
快楽を得るスパイスになるような、サディスティックな責めにも
心身が燃え上がるような異様な興奮を覚える。
時折彼が求める、拘束を伴うセックスにもひどく感じる。
腕を前に、あるいは後ろに縛られたり、手錠や紐で固定されて
身動きできない、抵抗もできない、なのに感じさせられて
レイプまがいに抱かれるというのも刺激的だった。
こんな風にされたのは、この男だけだから。
黒澤という男に魅入られ、強く強く惹かれた時から、もう美香は
男の手に墜ちてしまっていた。
もう戻れない。
彼の欲望の赴くまま、このまま突き進むしかない……
美香は歓喜の声をあげて、絶頂に達していく。
黒澤の熱いものが注ぎこまれるのを感じる。
女に生まれて、この男に抱かれる、この歓びこそが至上のものだった。
失いたくない、ただひとつの真実のもの。
美香の意識は、幸福感の中を漂いながら遠のいていった……







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