尾けられているのを感じた。
背中に他人の視線が突き刺さる気配。
長年の勘がそれを鋭敏に伝えてくる。迫る危険のシグナルを。
振り切るために、洗いにかかる。
どうするか、ひといきに行くか。それとも小刻みに動くか。
俺は自宅まで間近に迫っている状況から判断する。
ここは細切れに移動するしかない。
 
視線は相変わらず追ってくる。
ゆったりと降りていくエスカレーターを尻目に、俺は迷わず空いている
階段を駆け下りる。
奴が慌てる様子が目に浮かぶようだ。
まさか俺の歩調に合わせて、派手に動く訳にもいくまい。
俺は駅前でタクシーを拾う。
幸いロータリーに客待ちの車がいた。
タクシーでワンメーター、自宅とは正反対の方向を指示する。
運転手は嫌な顔もせず小気味いい返事をした。
合格だ。ここで舌打ちでもしようものなら、引きずり下ろしてやりたくなる。
無論そんなことはしないが。
俺は小心者だから、尾行を洗う最中にそんな乱暴な真似は出来ない。
手間がかかるし、なにしろワンメーターというのが少々情けない気は
するが背に腹は代えられない。
俺を乗せたタクシーが走り去ると、尾行者は悔しそうにロータリーで左右を
見回していた。
ご苦労なことだ。
 
 
 
指示した場所で降り、さらにタクシーを乗り継ぐ。
大通りに面しているので簡単に拾えるのだ。
もう相手はいないが、やはり習慣で二度乗り換えることにする。
今度はまっすぐに自宅の方向へ、但しマンションから300mほど手前の
地点で降りて歩く。
これも降り立った場所から自宅を特定されない為の苦肉の策だ。
さらに尾けられていた場合に、また巻けるようにする用心でもある。
暗闇の中を、もう誰の気配を感じることのない中を独り歩き続ける。
街灯がひっそりと照らす路面に、長く伸びる自身の黒い影。
それは俺自身。
まるで引きずるように長々と、俺の後ろにつきまとう。
取り払えない、忘れ去れない昔の暗い影が俺を悩ませる。
今更どうしようというのだ。
彼女を危険に晒すつもりか。
いや、俺自身についてはいくらでも対処できるし、その自信はある。
問題は美香だ。
やっと平穏な時を過ごせるようになった彼女を、また置いていくことに
なりかねない。
美香の心を護ってやることが出来るのかどうか。
おそらく不安に怯えることになるだろう。
彼女の身辺については大丈夫だが、一番の問題点は彼女の心の中だ。
 
一人きりで置き捨てられるというのを、彼女が果たして耐えられるかどうか。
少なくとも、俺を取り巻く環境は激変していく。
その変化の渦に、彼女が持ちこたえられるか。
このままの関係を保ちたければ、必然的に美香を巻き込むことになる。
あの時電話でああは言ったが、俺はまだその時点では胆を決めかねていた。
だが、今は…………
 
俺は深い闇に溜息を吐き、家路に向かう。
灯りがともる自室を見上げ、眩しさに目を細めた。
暗闇との鮮やかな対比が目に痛い。
いつまで俺を照らし続けてくれるだろうか。
俺の眩しい明かりは。
 
 
俺は出口のない思考にケリをつけきれぬまま、インターホンを押した。
「ただいま」
「お帰りなさい」
嬉々とした美香の声が聞こえる。
気がつくともうとっくに日付が変わっているのに、彼女は笑顔で俺を
出迎える。
俺はつられて笑顔を作る。
まだ、悩みは尽きそうになかった。
 
 
 

迷い1

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