「……凄いのね……」
幸実はまだ少し虚脱したような、夢見るような表情で言った。
「……え?」
俺は言われた意味がよくわからなくて聞き返した。
「貴方の身体……凄いわ。こんな身体をしてたのね」
幸実は俺の胸板を両手でさすった。
俺は筋肉がつきやすい体質だが、ナチュラルに鍛えているせいで
いわゆるプロレスラー系やボディビルダー系ではない。
「着痩せして見えるのね。知らなかった……」
寝たことで、幸実は俺に甘えてくるような柔らかい口調になる。
「意外だった?」
俺は彼女に訊いた。
「……ええ。でも……」
彼女は一旦言葉を切った。
「好きよ……」
小さく呟く幸実に、俺はまた欲望を刺激された。
言うべきか迷ったが、彼女は気付いていなさそうなので言ってみる
ことにする。
「……俺、幸実が初めてだったんだ」
彼女が目を丸くする。
「嘘……」
「……ほんとだよ」
驚きに見開かれていた幸実の目が細くなる。
「嘘じゃないの?……だって……」
「だって?」
彼女の沈黙を畏れて、自分から切り出したことを少し悔いた。
「だって、……あんなに………… よかったのに……」
幸実は耳まで紅く染めて、そんなことを言った。
年上の女性だが、こんなところが可愛らしいと思った。
俺との行為をよかったとまで言ってくれたのも、嬉しい。
「ねえ、……シャワー浴びましょう」
そういえば、お互いにシャワーを浴びてはいなかった。
俺は家を出る前には済ませていたし、幸実もそうだろうと思った。
エアコンがよく効いているし、汗を滲ませても不快に感じなかった。
それほど夢中で貪りあっていたのだと、今更ながら気づいた。
幸実はすっと立ち上がると、胸と秘所を隠してシャワールームに
消えた。
どうするか少し迷うが、悪戯心を起こした俺は、あとから彼女に
ついていくことにする。
俺は彼女の身体の中に直接射精してしまったのだ。
後始末をしないといけないのだろう。
好きな女の身体の中に、自分の分身と言えるものを注ぎ込む。
独占欲と、支配欲を満たした気分になれる。
“あなたのものにして”
幸実が羞恥に耐えながら俺に告げた言葉を思い出す。
“一度でもいいから”
いや、そんなことは無理だ。
一度だけでは済む筈もない。
もう一度、もう一度と何度でも繰り返し求めたくなるだろう。
こんな快感を味わってしまっては、……やめられるわけもない。
抜き差しならない、愛欲の泥沼へと足を踏み入れてしまった。
だが、それはあまりにも甘美な罠だった。
たとえ行き先が深く暗い底無し沼でも、それとも闇夜の中に
迷い込み、やがては行き止まる洞穴でも。
今はまだ、見えない出口のことなど忘れ、手探りで突き進んで
行こうとしていた。
7 唇 へ
5 奔流 へ
エントランスへ