【 花より色は26 】
ようやく落ち着いた三治を、新之助は少しずつ引き寄せる。母にはガバッと行くように言われたが、し慣れない新之助には無理だ。こうしてジリジリと体を寄せるのが精一杯だった。新之助の動作に逆らわず、三治は体の力を抜いて新之助に寄りかかるような形になった。新之助はその肩をそっと抱いた。触れたところから三治の体温が伝わってきて、新之助を陶酔させた。
「新之助様」
三治が小さい声で言った。
「うん」
「・・・お母上様は、もしかして、この事を」
「・・・うん。母上は私の気持ちをずっとご存知だったのだ。母上も苦労されたから、もう家の事で振り回されるのはうんざりだったのだろう。私が幸せになれるならそれが一番いいと仰って、背中を押してくれた」
「・・・そうだったのですか。ではお母上様は、私の気持ちも」
「うん、知っているようだったよ。だが私は確信が持てなかった。だから時々に苛立って、お前に当たってしまった」
「いいのです。新之助様はあんまり自分に厳しすぎるから、私に位、当たってくださってもいいのです」
「いや、もうしない。三治、それよりさっき、お前の気持ち、と言ったね。もう一度きちんと私に言ってくれないか。私はお前に無理強いはしたくない」
「無理強いだなんて、そんな」
「無理強いでないと確信を持ちたいのだよ。私は宗二郎殿と同じことは決してしたくないのだ。宗二郎殿と同じだと思われる位なら、一生お前に触れられなくてもいいと思っている」
「し、新之助様・・・」
三治の顔が赤らんだ。触れると言う言葉に、今更ながら反応してしまう。互いの気持ちを確かめ合って、その先にあるのは確かに触れ合うと言う行為だ。幾度となく新之助の体に触れる夢は見たし、妄想もした。だがそれはあくまでも実体のない想像で、三治にも本当に宗二郎のように触れられた時自分がどうなるかは確信が持てなかった。だが今こうして新之助と寄り添っていることは三治に幸せな気分だけを与えていた。
「・・・新之助様、私が新之助様をどんな風に思ってきたか知ったら軽蔑されるでしょう」
「まさか、そんな事はしない」
「言い切れますか?いえ、それでもいいのです、後ろめたいままではいられませんから。私はずっと新之助様の事だけを想っていました。報われるはずもないと分かっていたのに、宗二郎様に酷くされた後、新之助様が私の顔に触れて下さった事がございました、あの時の痺れるような感覚だけで永らえてきたのです。新之助様が色町へ行かれた時も、蕗様がお嫁にいらした時も、体が千切れるかと思うほど妬み苦しみました。蕗様がご実家へお戻りになっていなければ、私はここには残らなかったでしょう。そんな人間です」
「・・・三治」
新之助は手を伸ばし、もう片方の肩を抱き寄せた。三治がおずおずと背中に手を回してくる。
「お前の本質がそうだとは私は思わないよ。お前の苦しみは、全部私が与えたものだ。すまなかった。そんな事で私がお前を軽蔑するなら、私が考えていた事を知ったらお前は逃げ出すだろう」
「いいえ、言って下さい。知りたいのです」
「・・・お前はあの『妹背近松』を覚えているか。お前のお染姿を見て、私はお前を意識し始めてしまった。それを父母に知られたからお前は宗二郎殿に差し出されたのだ。私がそんな想いを外に見せなければお前はあんな目には合わずに済んだのに」
「そんな事はありません。新之助さまの気持ちがどうあれ、いずれああなっていたでしょう。お屋敷の女子(おなご)たちがそんな目に合うよりも、私が代わりに差し出されたのは良かったのです」
「宗二郎殿とお前をかけて勝負をする前、母に誓わされた。あの時はまだ、母も武家の女としてしなければならない事をしただけだったのだろうが、私には辛かった。三治に邪な気持ちを抱かないと、武家の嫡男として、嫁をもらって子供をもうけると約束した。使用人としてのお前を失うよりいいと思ったのだ。だがそれからもずっと私はお前を忘れる事ができなかった。お前に触れたくて、宗二郎殿と同じことはしたくないのに、お前と体を合わせる夢ばかり見ていた。お前には辛い思いをさせたが、色町で欲だけでも吐き出す事ができたのは救いだったのだよ。女を抱いていても、お前の事ばかり考えていた」
「・・・もういいのです」
「すまない。そんな話は聞きたくないな。私もお前とカヨが恋仲だと聞いて、どれだけ嫉妬したか分からない。カヨをやめさせるにはどうしたらいいかなど真剣に考えた事もある。お前がカヨとは何の関係もないとはっきり言ってくれた今も、カヨにいい思いを抱けないでいる。私もお前も同じだ」
「・・・はい」
「私を軽蔑するか?」
「いいえ。嬉しいだけです」
「それなら私がお前を軽蔑するわけがない事も分かるだろう」
「はい」
新之助は腕を解き、三治と間近で見つめあうように体を起こした。新之助の指が、三治の顎に触れ、ゆっくりと辿りながら唇へ辿りつく。
「・・・私もあの日お前のここに触れた時、体が痺れるような気がした。もう一度触れる日が来るとは」
「新之助様」
「・・・もっと、触れてもいいか。お前に接吻したい」
「して下さい。私も新之助様に触れたい」
二人の唇が重なった。味わうように、新之助は何度もそれを押し付ける。確かめるような口付けに焦れた三治の方から唇を押し付けた。口付けは深くなり、新之助は三治をかき抱くようにしてからゆっくりと床に下ろした。上から何度も口付ける新之助に、三治も応える。新之助の息が荒くなり、知らず着物の上から三治の体をまさぐっていた。その手が着物の裾を割り、直接肌に触れると三治の体がビクリとして硬くなった。
「・・・三治」
見れば、三治の目に微かな恐怖が浮かんでいる。新之助が動きを止めたのを見て、三治は恐怖を振り切るように新之助を引き寄せようとした。だが、新之助の手がそれを止める。
「新之助様」
不安げな目をしながら、三治は体を起こした。三治とて新之助と体を合わせたいのに、三治の体が勝手に惨い記憶を思い出してしまう。新之助は優しく押し返すようにして言った。
「無理強いはしたくないと言っただろう。お前が酷い目に合った事は良く分かっている。応えられないからと言って責めたりはしない」
「いいのです、無理にでも、して下さっていいのです。私は男です。そう簡単には壊れません」
「壊れなければいいと言う問題ではない。体が壊れなくても、心の方は傷つくだろう。私は互いに喜べなければそういう事をする気はない」
「ですが、私も新之助様に触れたいのです。新之助様が欲しい。今すぐ欲しいのです」
「三治・・・」
新之助は三治をじっと見つめた。庭で焚いている草が、微かにパチッと跳ねた音がする。新之助は一旦庭に目をやってから、すっと立ち上がった。そのまま新之助は寝室の襖を開け、それから蚊帳を吊り始めた。その中に布団を二組並べる。三治は黙ってそれを手伝った。新之助が襖を閉めると、漏れてくる月明かりだけが頼りの、薄暗い部屋だ。
新之助は蚊帳をめくり、三治を誘った。
「三治、おいで」
「はい」
三治は逆らわずに蚊帳の中へ入った。蚊帳の中はたちまち静かで、密度の濃い空気に満たされる。三治は微かに新之助の汗の匂いを嗅ぎ取っていた。さっき汗を流してきたのに、それ程熱くないこの夜、新之助はもう汗を流している。涼しい顔をしているが、どれだけ我慢してくれているかが判る気がして三治は胸が詰まった。
「三治、私は動かないから、お前の好きなようにしてごらん」
「新之助様」
「触れたいと言ってくれただろう。私もお前に触れてもらいたい。さあ、お前のやりたいようにしてくれればいいのだよ。今の私たちは主人と下男ではない。ただの男同士だ。互いに好き合っている、ただの男だ」
「・・・」
新之助は布団の真ん中に、背中を伸ばして正座をしている。目を閉じ、引き締まった口は軽く閉じている。三治は彫像のように整った顔が微かな月明かりに浮かび上がるのを羨望の目で見つめた。この整った男らしい顔に、どんなに恋焦がれてきた事だろう。新之助が三治の全てだった。藩きっての伊達男と言われている宗二郎も、美濃屋で言い寄ってきた町の色男も、三治には美男だとは思えなかった。新之助だけが三治を惹きつける。その新之助の、どこに触れてもいいと言われて新之助は震えるほど興奮していた。新之助の斜め横に膝を突き、震える手で新之助の頬に触れる。ピンと張った若々しい肌に、三治はそっと指を這わせていく。
新之助は目を閉じて、三治の動きを感じていた。目を閉じても三治が何をしようとしているか分かる。全身が神経になったような感じさえした。三治が頬に触れた時、新之助の全身に震える程の喜びが走りぬけた。三治に任せたのは正しかったに違いない。忍耐力には自信がある。三治がたどたどしく触れてくるその指先から、気でも発しているのかと思うほど新之助は感じていた。
三治は顎の線から鼻へと指を滑らせる。形のいい、通った鼻筋に、きりりとした眉。閉じた目の、長い睫がかすかに震えている。おでこから生え際へ指を辿らせると、新之助が微かに眉を寄せた。嫌だっただろうかと見つめる三治の目に、新之助の唇が薄く開いたのが見える。新之助が感じている。そう思うことで三治は自分が触れられている以上の快楽を感じた。三治の中の男が目覚めていく。三治は躊躇わず、新之助の髪の生え際に唇を寄せた。新之助が驚いたように目を開けたが、三治は構わずに新之助の顔に口付けて行った。たちまちどこもあまさず触れたくて、三治は新之助の首筋から合わせの間へ手を滑らせた。
「・・・脱ごうか」
不意に新之助が言った。三治のしたい事が分かるのだ。
「はい、あ、いいえ、私にさせて下さい」
「うん」
三治は興奮と緊張に震える手で新之助の帯を解いた。子供の頃新之助の背中を流していた、それ以来このような貧乏暮らしになっても、新之助と共に風呂へ行く事もなかったから新之助の肌を見るのは何年ぶりだろうと三治は思う。
帯を抜くと、自然に前が肌蹴た。その間から手を滑らせる三治の陶酔したような表情を、新之助はじっと見つめている。
「・・・いいな」
「何が、ですか」
「お前に脱がせて貰うのもいいな。お前の手はとても気持ちがいい」
「新之助様の肌も、とても心地いいです」
三治は新之助の着物を肩からすっと落とした。無駄な肉のない、鍛えられた体が現れる。浅黒い肌が、漏れる月明かりに所々光っていて、良くできた彫像のようだが触れる肌の弾力は確かに生身である。三治は憧憬に目を見開きながら指先で新之助の肩から胸へと指を走らせた。
やがて三治は新之助の肩を両手で押し、布団の上に横たえた。三治の目の前に横たわる裸身は完璧で、どこから触れていいか迷うほど美しい。
「・・・三治、おいで」
新之助が手を伸ばした。三治はおずおずと新之助の上に覆いかぶさる。引き寄せられるようにして唇を合わせると、三治はすぐに夢中になった。顔中に唇を這わせ、手の届く限り触れて回った。新之助は時折くすぐったそうな笑い声を上げる。その笑い声はどこか子供じみていて、三治に愛しい思いを深くさせた。三治の唇は、次第にに大胆になっていく。新之助の頭を抱えるようにして耳に口付けると、新之助は小さく肩をすくめて目を閉じた。新之助が感じているのが嬉しくて、三治は新之助の耳に跡を付けるようにわずかに場所をずらしながら唇をつけた。
そうして三治が夢中になっていると、いつしか三治の着物の裾も乱れて足と足が絡まるように触れている。新之助は肌が触れている事にますます昂ぶりながらもただじっと三治のしたいようにさせていた。体の中心にある昂ぶりは、褌の中とはいえ張り詰めていて、新之助の腿の辺りが触れるたびに血が逆襲するような感じさえする。耐える事に慣れているとは言え、ここまで昂ぶったのは生まれて始めての事で、新之助は限界の先にある未踏の地で必死に耐えていた。このまま一気に体勢を入れ替え、三治の体の一部に擦り付けて出したい。それしか考えられなくなった時、新之助の異変にようやく気づいたらしい三治が体を持ち上げて新之助を見た。
「・・・新之助様。苦しいのですか」
三治の言葉に、新之助は素直に頷いた。これ以上されていたら、情けない事になりかねない。どうにかして一度この昂ぶりを治めてこなければと新之助は思った。
「三治、すまない。私の修練不足だ。ちょっと、どいてくれるか。その、これを、一寸外で何とかしてくるから」
「・・・」
三治は新之助の顔をまじまじと見つめてから、そっと首を振った。
「・・・嫌です。新之助様。これを解いてもいいですか?」
三治の指が新之助の褌にかかった。それだけで、敏感になった新之助の体が跳ねるほど感じている。
「だが、三治」
「私に見せてください。私に、させて下さい」
「大丈夫か」
「大丈夫です。これは、新之助様のものですから。新之助様は動かないで」
「うん」
三治が神妙な顔をして新之助の褌を解いた。しゅるしゅると抜き去るその布の刺激だけで、新之助は耐え切れなくなりそうで必死に堪えた。
「・・・」
新之助のそれが顕になると、三治は黙ってそれを見つめた。宗二郎のそれと比べたわけではない。宗二郎のそれは、三治には凶器だったからまともに見ようとも思わなかった。その凶器を口に押し込まれ、えづきながら抽送させられた時も、どんなものだか見ようとしなかった。新之助のそれは、すんなりと長く、硬く天井を向いてそそり立っていた。自分を欲してこうなったと思えば、三治には宗二郎と同じそれが凶器とは決して思えない。三治はそっと、その肉棒に両手を添えた。
「う・・・」
半分体を起こしていた新之助が、後ろに手を付いたまま目をぎゅっと閉じる。三治の手が触れていると思うだけで新之助は達してしまいそうだった。だが、男の矜持がそれを許さない。三治がたどたどしくそれを上下に擦ると、下半身の熱が一気に全身を突き抜けた。これ程と思うほど、激しい快感の波が何度も襲い掛かる。三治は真剣な顔つきで一心にそれを扱いていて、男の矜持と耐えていてもその姿にさえ煽られて我慢の淵が切れた。
「くっ・・・!」
「!」
三治の手の中で、新之助の欲が一瞬膨張した後、ビクンビクンと痙攣して白い欲望を吐き出した。三治は一瞬目を見開いた後、手の中で数回新之助を優しく扱いた。全て出し切ると、新之助は肩を上下させ、息を整えた。
三治はそんな新之助を見つめながら、自分の体が熱くなっていくのを感じていた。自分にも触れて欲しいと思う。新之助に触れられたら、どれだけ気持ちがいいことだろう。
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