花より色は7
 次の日もその次の日も、三治は新之助のところへ来なかった。代わりにイシが三治の代わりを努めてくれた。イシはすっかり口数が少なくなっていた。少し痩せたようだ。声をかけることもはばかられて新之助は言い出せなかったが、三日目にようやく勇気を出して新之助はイシに三治のことを聞いてみる事にした。

「イシ、その」
「なんでございましょう」
「その、三治なんだが、体のほうはどうなんだろう」
「・・・」

イシは名前どおり石のように押し黙った。新之助は辛抱強く待った。やがて、イシはふっと息を吐いて言った。

「・・・申し訳ございません。もう奥の方では働いておりますのですが、あまり遠くまで歩くのが辛そうでしたので私が代わりに」
「そ、そうか。いいんだ。イシと歩くのも久しぶりで私は楽しいから」
「新之助様」
「うん」
「こんな事をお願いするのは差し出がましい事は重々承知しておりますが、どうか三治を迎えに行ってやってくださいませんでしょうか。三治はもう新之助様のお世話はできないと泣きながら言いますので」
「何?どうしてだ。そんなに傷が酷いのか」
「いえ、もちろん傷のほうは酷いものでございました。あれではしばらく動くのも辛いでしょう。ですが三治はきちんと働いておりますです。ですが、自分で新之助様のお世話はもうできないと」
「どうしてなんだ。もしかして、三治を助けてやれなかった私のことを怒っているのだろうか」
「まさか、何を仰います。そんな事はございません。本当は三治も新之助様のお世話をしたいのでございます」
「ならどうして」
「・・・それは、私の口からは。こんな事をお頼みするのは気持ちが引けるのですが、新之助様がもしまた三治がおそばにいてもいいとお思いなら」
「当たり前だ。早く戻ってきて欲しいと思っていたんだ」
「そうでございますか」
「ああ、そういうつもりじゃない、イシに世話してもらうのも悪くないよ。だが、イシも忙しいだろう。母上のお世話もあることだろうし」
「新之助様」

イシは新之助を優しく見て笑った。

「新之助様がそのようにお優しいから、私も三治をお仕えさせようと思ったのですよ。新之助様のおそばなら安心です」
「い、いや、だが、私は・・・私のせいで・・・」
「何を仰ってるのです?三治は新之助様のおそばに来られてとても幸せにしているのです。陰間なぞになるより、ずっと良かったでしょう」
「だが、陰間になったほうがましだったのかもしれない」
「何を、新之助様、そんな事を思ってらしたのですか」
「うん・・・」

イシは新之助をじっと見つめた。

「新之助様、三治を迎えに行ってやって下さいませ。何もかも、ちゃんと元通りになりますですよ。乳母やはそう信じております」
「・・・うん」

イシに励まされ、新之助は思わずじわりと涙が浮かぶほど嬉しかった。もう二度と以前の楽しい時は戻らないのではないかと思い始めていただけに、イシの言葉は心強かった。そうだ、自分さえしっかりしていれば、きっと元に戻れる道もあるはずだ。まずは三治を迎えに行こう。新之助はそう決意しながら藩校からの帰り道を急いだ。



 新之助は帰って剣の稽古を済ませると、三治を探しに屋敷の奥へと回った。屋敷の裏手では、使用人や女中たちが忙しく働いている。みな新之助の顔を見ると頭を下げた。屋敷の裏手に来る事はあまりないが、それでも三治を呼びたいときは自らここに来る事もあったから勝手はわかっている。だが、いつも新之助がここへ来るとすぐに複数の使用人たちがどこかで働いている三治を呼んでくれると言うのに、今日に限っては何も言ってくれない。頭を下げたままあちらのほうを向いてしまったり、さも忙しそうにどこかへ小走りに行ってしまう使用人もいて、誰も何も言わないが責められているような気分がしていたたまれない。そこへ、よく知った使用人が通りかかり新之助に声をかけた。

「新之助様、どうされました。このような所で」

新之助はほっとして言った。

「三治はどこだろう。三治が、その、もう起き出して働いていると聞いて来てみたのだ。昨日は勉強の日だったのに来なかったし、それに、その、色々と用も頼みたいのだ。三治はいるか?」
「はあ、おる事はおりますが」
「なんだ、どうしたのだ」
「まだ体の方が元通りとは行かないようでして。新之助様の用はイシ様がされていると聞きましたが」
「うん、そうなんだが、三治はそんなに酷いのか?もう働いていると聞いたのだが」
「もちろんでございます。一日いてくれるので奥では随分重宝しております」

新之助の問いには答えず、のらりくらりとかわしているような使用人の態度に新之助はイライラした。

「三治に会いたいのだ。奥で仕事ができるなら私の用事もできるだろう。三治は私の使用人だ。すぐに呼んできなさい」
「はあ」

使用人は思案顔で黙り込んだ。じっと新之助を見つめ、それから辺りを見回した。

「左様でしたら、何とか言い含めて新之助様のお部屋へ参るように伝えましょう。今三治はカヨがつきっきりでおりますので、お部屋へもカヨがお連れします」
「カヨが」
「はい。こんな事を申しては差し出がましいですが、もし三治が門田様の床へ呼ばれなければカヨが呼ばれるところだったのでございます。あの祭りの日までは、幾度となく裏へ現れてはカヨをからかって死ぬような思いをさせておられましたから」
「・・・」
「いや、余計な事を申しました。それでは、新之助様はお部屋でお待ち下さい。外で立ち話では三治が可哀想でございますので」

ようやく使用人の意図がわかって、新之助は頷いた。新之助はあの夜のことを三治に問いただすと使用人は思ったのだろう。そんな話を、誰が聞いているともしれない外でするのは、三治も嬉しいはずがない。

 新之助はおとなしく部屋に戻り、それから三治を待った。だが、三治は中々やって来なかった。イシの言っていた事を思えば、三治は新之助に会いたくないと思っているのかもしれない。さっきの使用人が上手く説得してくれればいいがと思いながら、新之助は辛抱強く三治を待った。
 やがて半時もしてからようやくカヨの声が廊下から聞こえた。

「新之助様、三治をお連れしました」
「うん、入ってくれ」


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