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閉じた瞼の裏側に、透ける赤い光。
腹の底に響いてくるような、リズム。
朗朗と響く、幾重もの歌声。
鼻腔をくすぐる、花のような香り。
フワフワと空中を漂っているような奇妙な感覚が、ボクを包んでいる。
頭の芯が、甘く痺れるような…何だろう?凄く…気持ちいい。
至福感、とでも言うのだろうか。このまま、この甘い快楽の中に、ずっと沈んでいたいとすら思う。
ボクは一体、どうなっちゃったんだろう…?
此処は、何処なんだろう…?
僅かな不安が、小さな針のようにチクリと心に突き刺さる。
その痛みも、めくるめく快楽の波に危うく押し流されそうになるが、ボクは気力を振り絞って、重たい瞼をこじ開けた。
ぼやける視界に最初に映ったのは、赤い布地。
どうやらボクは、この布の上にうつ伏せで寝かされているらしい…と、うまく思考が回らない頭で、かろうじて理解する。
そして傍らには、中から煙を発している素焼きの器…どうやら香炉らしい。先ほどから感じる花のような甘い香りは、この香の煙のようだ。
もっとよく状況を把握しようと、必死で首を持ち上げて見れば、そこには異様な光景が広がっていた。
激しく力強く太鼓を打ち鳴らしながら、耳慣れぬ歌を大声で歌う男たち。
奇妙で派手でキワドイ衣装を身に纏い、豊かな乳房を露わに踊り狂う女たち。
キャンプファイヤーか何かかと見紛うような、赤々と燃え上がる巨大な焚き木。
向こう側で、木の実やら果物やらと一緒くたに、長方形の台に乗せられているのは…もしかして、ボクを襲ったジャガー???
(な…何なんだ…これは)
混濁気味の意識の中で、何とかして現状を理解しようとするのだが、考えれば考えるほど、ワケがわからなくなってくる。
えーっと、ボクは…ワニから逃げて、アップルデリーさんとはぐれて、ジャガーに襲われて…それから…それから…。
現状に至るまでの経緯を、懸命に思い返そうとするボクの目の前に、誰かが立ちはだかった。
ハッと視線を上げると、そこに居たのは……。
(ひっ、ひぃいぃいぃいぃ!!??)
全身にくまなく、不可思議なボディペインティングを施した――――――全裸の男。
股間の立派なイチモツが、ボクの頭上で…その、何と言うか、天に向かって聳え立っている……。
(☆※▽†×→◇♂◎∂!?!?!?)
ボクの混乱は、ますます激しくなった。
この状況は、一体何――――!!??
ボクの目の前に立ちはだかった全裸男は、何やら意味の解らない言葉を大声で叫びながら、その場に跪き、何かに平伏すような仕草で深々とおじきをする。
そして、ボクの身体をゴロンと転がして仰向けにすると、そのままボクに覆い被さるようにして、上に乗っかってきて……。
「ん・むっ!?」
ボクは、あまりの衝撃的な出来事に、目を見開いて呻いた。
き、き、き、キスを…いきなりキスをかまされた!!
「むーーーっ、んむぅうぅっ!」
歯列を割って滑り込んでくる舌の感触に、必死で抵抗しようと身体を捩り、相手を押し退けようとするが、思うように力が入らない。
それでも目一杯じたばたしていると、相手は唇を離し、傍らに置いてあった香炉を手に取った。
そして、ボクの顔にそれを近づける。
(あ…?)
香炉から立ち上る煙を吸い込んだ瞬間、ボクの全身から力が抜けて、フワフワと空中を漂うような感覚と、頭の芯が痺れるような甘い快楽が、より一層強まる。
途端にクタリと大人しくなったボクに、男は再び唇を重ねた。
「ん…う…っ」
ぬめる舌で口内を深く探られると、背筋にぞくりとしたものが走る。
腰から脇腹、そして胸へと、男の右手がボクの肌を滑り…初めて自分も全裸だった事に気付いた。
服どころか、いつも愛用しているメガネすら無い。
「ん・くぅっ」
深いキスをしながら、男の指先が胸の突起を弄び始める。
刺激を与えられる度に、自分の意識とは無関係に、ビクビクと身体が反応する。
見知らぬ相手に、こんな事をされて…しかも、たったこれだけの刺激なのに、何故か身体が酷く熱くて…自分の中心に、あっという間に血液が集まるのが解る。
「ひぁ…ぁんっ!!」
首筋に唇を這わされながら、固く立ち上がった自分自身を掌に包み込まれ、ボクは悲鳴を上げた。
「はっ…あ、ぁ…ん、いや…だ、ぁっ」
そのまま上下に扱かれると、まるで電流が走ったかのように腰が跳ね上がる。
頭では、本気でやめて欲しいと思っているのに…本当にイヤなのに…。
(何で…マジ、気持ちイイ…っ)
「あぁ、っ!あっ…ダ、メっ…イっちゃ…あぁあぁ!!」
扱かれ始めてから、まだ僅かな時間しか経ってないというのに、ボクはあっという間に昇り詰めて白濁した体液を滴らせる。
「はぁっ、ふぁ…あぁんっ」
解放後の疲労感に脱力する暇も無く、男はボクの体液で濡れた指を後孔に埋め、ゆっくりと中をかき混ぜ始めた。
「ひぃ、んっ…やぁあぁ…っ」
身体中に広がってゆく快感に、たまらず身悶える。
内壁を擦るように刺激され、そこが徐々に…熱く解きほぐされてゆく。
やがて男は指を引き抜くと、ボクの両足を抱え上げ…そこに、自身を当てがった。
「……!!や、やめ…っ」
必死で抵抗しようとするが、身体が言う事を聞かない。
見知らぬ男に犯されるという恐怖に、ボクは身体を固くして、ぎゅっと目を閉じる。
(イヤだ…助けて…っ)
「アップル……デリーさぁあぁんっ……!!」
名前を叫ぶ―――会いたくて、恋しくて仕方ない相手の名を。
………………………。
………………。
………。
―――――――――静寂が落ちた。
(…………?)
妙な沈黙に違和感を感じ、そろそろと目を開けると…。
「何だ、こんなところに居たのかね?随分探したぞ」
見慣れた男が、そこには立っていた。
ボクが河のほとりに置き忘れてきてしまった、大切な機材を抱えて。
「…………」
ボクも、ボクを犯そうとしていた男も、周囲で歌ったり踊ったりしていた人たちも、みな呆然と彼を見つめている。
「……どうやら、邪魔をしてしまったようだな」
珍しくバツの悪そうな表情で、彼は…アップルデリーさんは言って、頭を掻いた。
「あ……アップル…デリーさ……」
ぼろぼろぼろっ。
ボクの両目から、途端に大粒の涙が溢れる。
(来てくれたんだ……ボクを探しに……!)
「おいおい、一体どうしたんだ?」
「ボクにも…ワケがわかりませぇんっ…」
キョトンとした表情でボクを見るアップルデリーさんに、涙を流しながら答える。
「******」
ボクを犯そうとしていた男は、ボクの知らない言語で何事かを呟いて立ち上がり、その場から離れた。
「あっぷるでりーさぁあぁんっ…」
今までの不安や恐怖や心細さが一気に爆発して、抱き締めて欲しくて仕方なくなって…ボクは情け無い涙声と共に、アップルデリーさんに向かって両手を差し出す。
アップルデリーさんは機材を地面に置くと、ボクに歩み寄り、差し出された手を取って、がっしりとした腕で抱き締めてくれた。
「もう大丈夫だ。しっかりしたまえ……マッケンタイア君」
優しい瞳で囁かれ…ボクの目から、ますます沢山の涙が零れ落ちる。
(やっと…やっとボクの名前、覚えてくれたんだ…!)
「アップル…デリーさん…ッ」
逞しい首筋にしがみ付き、嗚咽を漏らす。
名前を正しく呼んでもらえた…他人から見れば、馬鹿馬鹿しい事この上無いかもしれないが、たったそれだけの事が…この瞬間が、ボクにとっては最高の至福の時だった。
他の誰も、ボクの名前を覚えてなんてなくていい。
ただ、あなたにだけは覚えて欲しかったんだ。
変化し続ける地球の地図を描き残すのと同じように、あなたの中に、ボクの名を刻み込んで欲しかったんだ。
ボクとあなたが一緒に居る時間を、その軌跡を、あなたの中に残して欲しかったんだ…。
アップルデリーさんは、泣きじゃくるボクの背中を、まるで子供を宥めるかのようにポンポンと優しく叩いた。
ボクが泣き止んで落ち着くまで、ずっとそうしていてくれた。
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