principe sogno
ツナと山本が夏休みの補習から沢田家に帰ってくるなり、リボーンが出かけると言い出した。
「出かける?どこにだよ」
「空港だぞ。ファミリーの出迎えもボスの仕事だ。もう獄寺も呼んである」
「だからボスにはなんないって…」
リボーンはツナのボヤキを放って、出かけるために着替えをしている。そのとき、玄関から声がした。
「十代目、リボーンさん!用事って何スか!?」
「行くぞ」
「何か分かんねーけど、オレも行こうかな」
リボーンに続いて山本が階段を降り、仕方なく続いてツナが降りた。獄寺は玄関先でツナの母親と立ち話をしている。
「十代目、補習お疲れ様ッス」
「うん…」
ツナは獄寺に返す言葉も小さくなってしまっている。
「で、リボーンさん、誰が来るンすか?」
「行きながら話すぞ」
空港に向かう電車の中で、リボーンがやってくるファミリーの話を始めた。ツナは山本がいるのにマフィアの話が始まりそうなので、気が気ではない状態だ。
「そいつはな、八代目の孫なんだ。遠い遠いツナの親戚だな」
「でも八代目の孫なら、そいつも十代目候補になるんじゃないすか?」
獄寺の問いにリボーンは頷いて窓の外を眺めている。
「もちろんそうだが、九代目はもうツナを十代目にする気だしな。そいつが継がないことはボンゴレの総意だ」
「マフィアごっこも何だか規模が大きいなー」
山本の発言にイラっとした獄寺がダイナマイトを持ち出しかけたが、ツナに制されて渋々ダイナマイトを納めた。
「十代目候補が狙われ始めてから、そいつはキャバッローネに預けてたんだが…」
リボーンの話の途中で電車は成田空港に到着した。
「で、待ち合わせとかしてるんだろ?どこだよ」
「いや、してねーぞ」
「はぁ!?」
ツナがリボーンに呆れている時、獄寺が一つの視線に気づいて目を留める。やたらエキゾチックな外見の女がじっと自分たちを見ているのだ。髪の長さがなんとなく姉を思わせて、思わず眉間の皺が深くなる。
「十代目!」
攻撃を阻止しようとツナと女性の間に入った獄寺だったが、ダイナマイトに火をつける前に、リボーンの声によって妨げられた。
「ちゃおっス、ユリ」
「リボーン!やっぱりリボーンなのね!」
獄寺は警戒を解かずに、未だツナを庇う形で立ち塞がっている。女がスーツケースを転がして近づいてきた。
「それで?ファミリーはどこ?」
「こいつらだぞ」
リボーンはぴょーんと飛んで山本の肩に飛び乗った。にこり、と女が笑みかける。
「Piacere」
「Piacere mio…あんた…いや、あなたが八代目ボンゴレのお孫さんですか?」
「ええ。ユリ・アキヅキよ」
獄寺の会話にツナと山本はついていけない。
「ツナヨシ・サワダは?」
「…オ、オレだけど…」
獄寺の後ろからひょっとツナが姿を見せる。ユリはにっこり笑って手を差し伸べた。つられてツナもユリの手を取った。
「Piacere、ツナヨシ」
何を言われたのか分からないツナに、獄寺が耳打ちする。
「Piacereは初めまして、です。初対面の人にする挨拶ッス」
「は、初めまして」
ユリはにっこり笑ったまま、手をゆっくり上下に振った。ツナはやや引きつった笑顔を見せる。
「あなたたちが、ツナヨシ・サワダのファミリーね?」
「そうっす!獄寺隼人っす」
獄寺はぴん、と背筋を立たせて声を張った。
「ハヤト…スモーキン・ボム、会うのは初めてね。話だけなら聞いているわ」
「ご存知だったンすか!いやー嬉しいなー」
八代目の孫に自分の存在が知られていると分かった獄寺は、にやりと笑みを零した。ユリはスモーキン・ボムの名を知ってはいたが、それは手のつけられない悪童としての獄寺で、今の姿ではない。手のつけられない悪童として有名なスモーキン・ボムが十代目の第一のファミリーだと聞いて心配していたのだが、この分では心配はなさそうだ。
「あなたは?」
「山本武っす、お姉さん」
「タケシね。他のファミリーは?」
「いや山本はオレの友だちだし…」
ユリはツナの言葉を聞かずに、きょろきょろとあたりを見回している。十代目のファミリーなのだから、もっと多いと思っていたのだ。
「ツナの家に行けば分かるぞ。ユリ、荷物はこんだけか」
「ええ。他はディーノが用意してくれたのがあるはずよ」
山本の肩からユリに飛び移ったリボーンは、ユリに抱きかかえられている。ユリは片手でリボーンを抱え、片手でスーツケースを転がしていた。
「アキヅキさま!オレが運びます!」
獄寺がほとんど奪い取るようにしてユリのスーツケースを運び出した。ツナと山本が後ろに続く。
「ありがとう」
ユリの言葉に獄寺が照れているとき、後ろではツナが山本に説明するのに必死になっていた。
「で、あのお姉さんはツナの親戚なのか?」
「親戚っていうか…いや親戚になるのかな…?」
初代のボンゴレから血が繋がっているツナと、八代目の孫であるユリは遠い遠い血筋だが、親戚にはなる。
「美人だよな」
「う、うん…」
山本は素直な感想を述べ、にこにこしながら歩いている。ツナは、これから何が起きるかと胃を痛くしていた。
ユリの家としてディーノが用意していたのは、ツナの家にも近い、高層マンションだった。
「すげー…」
「ディーノったらやりすぎ」
揃えられていた家具を見て、ユリは長いため息をついた。ダイニングはチェコッティだし、リビングにあるソファはカッシーナだ。この中で価値が分かるのは育ちの良い獄寺と、リボーンだけだった。
「…アキヅキさま?」
呆れていたユリが携帯を取り出しているので、獄寺は首を傾げた。ディーノといえば、ボンゴレの同盟ファミリーでも有数のキャバッローネのボスのはずだ。
「ちょっとディーノ!今、日本の家についたんだけど」
『おー、ユリか。どうだ、良い部屋だろ。ちょっと狭いけどな。まぁジャポネだし』
「こんなに高いもの、まさかあなたのポケットから出したんじゃないでしょうね」
イタリア語が分かるのは獄寺とリボーンだけなので、ツナは首を傾げている。山本はさっそく部屋の中を探検していた。
『そりゃオレのプレゼントだよ。…お前にはいつも助けられてばっかりだから、たまにはカッコつけさせろ』
「もう…。でもありがとう。大切に使うわ」
『そりゃ何よりだ。十代目たちと仲良くな』
「ええ。もし、何かあったら知らせるわね」
『…何かなくてもユリの声が聞きてーな、オレは』
「……もう!いいわよ、たまにはちゃんと電話するから、大人しくボスやってるのよ」
『モチロン。じゃあな、愛してるよ』
「ええ、あたしも愛してるわ」
最後の言葉を聞いて獄寺はばっと顔を朱に染めた。意味が分かっていないツナは相変わらず首を傾げている。山本は部屋の探検から戻ってきた。
「ディーノ何か言ってたか」
「ツナヨシたちと仲良くって。…ちゃんとした自己紹介がまだだったわね。座って」
ダイニングではなく、奥のリビングでユリは席を勧めた。ツナの右隣に獄寺、左に山本、そしてリボーンはユリの膝の上にいる。
「ユリ・アキヅキよ。ボンゴレ8世の孫になるわ。といっても、九代目の妹の子どもなんだけどね」
「アキヅキって日本ぽいお名前ですけど、ひょっとして」
獄寺の問いにユリは頷いた。
「ええ。あたしはジャポネとのミックス。父が日本人よ。ミックスっていう点ではハヤトと一緒ね」
「リボーン、最初に会ったときにオレ以外後継者がいないとか言ってたけど、アキヅキさんがいるんじゃないか」
「ユリは確かにファミリーだし8世の孫だが、ボスにはなれない」
ツナの言葉にリボーンが首を振った。
「なんでだよ。8世の孫とかいうなら、九代目によっぽど近いじゃないか」
「それは…」
リボーンの言葉をユリが遮った。
「いいわ、あたしが話す」
「あたしにはある力があって、人を守ることが出来る力だけれど、自分のことだけは守れないの。だから、あたしの身を案じたおじさま…ボンゴレ9世が、ボス候補からは外してくださったの」
「ユリの力は、かなりの体力と精神力を使う。しかもいつ発動するか分からねぇ。商談の最中だろうと抗争の最中だろうと、だ。そんな危険なファクターがあるヤツをボスにはできねえ」
「…それは分かったけど、日本に来たのは何でなんですか?暮らす準備までばっちりですよね、これって」
「十代目候補が狙われだして、危ないからってあたしはキャバッローネに預けられたの。でも、十代目候補を狙うヤツらから見れば、あたしも十代目候補には変わりないわ。ボス候補から外したことを知ってるのは、ボンゴレのファミリーと少しの同盟ファミリーだけだもの」
「キャバッローネのボスは構わねぇと言ったが、ボンゴレのことであまり迷惑をかけるわけにもいかねえ。んで、どうせなら一緒くたにしようってんで、オレが呼んだんだ」
リボーンはいつのまにか缶のエスプレッソをすすっている。
「一緒くたって…」
つまりは、自分も危険だということだ。もしかしたら、ユリ狙いの殺し屋も来て、二倍危険かもしれない。ツナはそれを思ってはーっと長いため息をついた。
「で、お姉さんはいくつなんすか?」
山本が、全く脈絡のない質問をしたので、ユリは一瞬あっけにとられた。
「え…19よ。九代目にはずいぶん年下の妹がいて、それがあたしのお母さんなの」
「日本語上手いっすね」
「ええ、昔お父さんに教わったから。日本に来ることになるとは思ってなかったけど」
「へー…」
山本はにこにこして会話しているが、獄寺は緊張しっぱなしだった。九代目の姪であるユリは、獄寺が知る限り、一番九代目に近い人物だからだ。獄寺はボンゴレに入ったものの下っ端だったので、九代目に会う機会などないままリボーンに呼ばれて日本にきていた。
「ちなみにユリにも家庭教師手伝ってもらうからな」
「ええ!?」
「あたしに出来るのは護身術ぐらいのものだけどね。家庭科はもういるんでしょう?」
ビアンキのことだ。ツナはうっ…と言葉に詰まる。出来れば安全そうなこの人に担当してほしいが、この人がポイズンクッキングの使い手でないとも限らない。
「護身術には組む相手がいるしな。第一、こん中じゃユリが一番強ぇ」
「え」
「はぁ!?」
「お姉さんが?!」
リボーンの言葉にツナだけでなく、獄寺と山本まで声を上げた。
「十代目候補がイタリアで狙われ出して、生き残ったのはユリだけだ。日本にいるツナのことはまだ知られてなかったしな」
「ひょっとして、アキヅキさんも殺し屋とか言わないですよね…」
ツナの恐る恐るの質問に、ユリは笑って首を振った。
「あたしはヒットマンじゃないわ。身を守るために戦うことが出来るだけ。必要に迫られて身につけただけよ。リボーンは大袈裟なんだから」
「いや本当だぞ。ユリ、コーヒー淹れてくれ」
「いいわよ。あなたたちもいるでしょう?」
三人が頷いたので、ユリは台所に立った。すっかり、暮らしているかのように設えてある台所で、エスプレッソメーカーに粉を入れている。ユリが日本に来る日取りは分かっていたので(そもそも航空券を取ったのはディーノの指図だ)、日本にいる部下がすぐに暮らせるように支障なく整えてあった。
「でもさー、この家すげーのな。さっき見たんだけど」
「アキヅキさまの家を勝手に覗いてたのかテメーは…」
獄寺は一旦ダイナマイトを出しかけたが、ここを爆破するわけにはいかないと気づき、苦々しく息を吐いた。
「なんかすごい金持ちの家って感じでさー。映画とか見てるみてぇ」
「ディーノはユリのこと可愛がってるからな」
リボーンの言葉に山本は首を傾げた。獄寺はさっきのユリの「愛してるわ」を思い出して赤面した。
「ディーノって誰だ?足長おじさんか?」
「バカかお前!ディーノって言ったらボンゴレの同盟ファミリー、キャバッローネのボス、跳ね馬ディーノのことだ」
「ふぅん?」
そう獄寺に言われても、山本には何のことだか分からない。
「お待たせ。五つともイタリアンで淹れちゃったけど、良かったかしら」
ユリが持ってきたのは小さなカップに入ったエスプレッソで、砂糖壺をローテーブルに置いた。
「やっぱエスプレッソすねー」
笑っているのは獄寺と頼んだリボーンで、山本とツナは勝手が分からない。獄寺はかなり砂糖を入れて、リボーンはちょっとだけ砂糖を入れてエスプレッソを飲んでいる。
「ごめんなさい、日本の人はアメリカンを飲むって分かってたんだけど…カフェマキアートにしたほうがいい?」
「カフェマキアートって何すか、お姉さん」
山本は小さいエスプレッソのカップを持って、鼻に近づけて匂いをかいでいる。
「エスプレッソにミルクを入れたものよ。そっちのほうがきっと飲みやすいと思う」
「よく分かんねーけど、そっちでお願いします。な、ツナ」
「あ、うん。オレも苦いの苦手だから…」
「分かった」
ユリは二つのカップを持って台所に戻る。牛乳を取り出してミルクパンで温める。新しく大きめのカップにお湯を入れて温め、エスプレッソに温かいミルクを注いでリビングに戻った。
「はい、どうぞ」
「あ、どもっす」
「あの、アキヅキさま」
「ハヤト、あたしに様はいらないわよ。あたしは十代目じゃないんだもの」
「でも…」
九代目の姪となれば、獄寺にとっては主人側であって、敬わないわけにはいかない。
「じゃあ何て呼んだらいいんすか、お姉さん」
代わりに聞いたのが山本だったので、獄寺はイラっと眉間の皺を寄せる。そのさまを見てツナがはらはらしていた。
「何でもいいわ。みんなはユリって呼んでるし、好きにして」
「じゃあユリさんで」
山本は自己解決に至って笑っているが、獄寺はずっと悩んでいた。本人が良いと言っても、ユリは九代目の姪で、いくら自分が十代目に仕えているとはいえ、ボンゴレの一員として名前を呼んでもいいものだろうか。
「深く考えすぎよ、ハヤト」
「あ…すいません」
反射的に謝ったものの、どうしていいか分からない。ユリは不意に壁にかけられている時計を見た。七時を過ぎている。飛行機がついたのは五時過ぎだった。
「あら、もうこんな時間。食事していく?」
「もらうぞ」
リボーンが三人より先に返事をしてしまったので、ユリはさっと立って台所に移動した。ポイズンクッキングをするのでは…と不安になっているツナと獄寺の顔色が失せてきている。
「大丈夫だ、ユリの飯は美味い」
「…良かった…」
「助かった…」
二人の心からの安堵に、山本は気づかない。
「簡単なものしか出来ないけど、いい?」
「もちろんっす!手伝いましょうか!?」
「ううん、大丈夫。すぐ作るから待ってて」
ユリが言う通り、二十分後にはパスタとアンティパストが出来ていた。
「はい。暑いから、冷たいのにしたわ」
出来てきたのは冷製のトマトパスタとブルスケッタで、変な煙も出ていなければ、不気味なものも入っていない。ツナと獄寺は改めて安堵の息を吐く。ユリに聞こえないように、こっそりと。
「ワイン…はあなたたちにはダメだったかしら、日本は」
「オレはもらうぞ」
リボーンがまたしても先制でそう言ったので、ユリは台所に戻った。台所に小さなワインセラーが置いてある。
「他にも飲める人いる?」
「あ、オレ飲めます」
「ハヤトはイタリアにいたものね。二人にはアイスティーでもいれるから」
獄寺は立ち上がって、食器棚の前に立った。
「…何を開けるんですか?」
「薄味のパスタだし、白にしようかと思って」
「分かりました」
並ぶグラスの中から、少し細めな白ワイン用のグラスを三つ取り出した。獄寺は、食器棚をあらかた見て、内心驚いていた。グラスは全てのワイン用のものが揃っているし、ほとんどがローゼンタールで中にはバカラもあった。ディーノというキャバッローネのボスがいかにユリにお金を使ったかが分かる。愛している、と言い合ったのも挨拶でなく本当のことなのかもしれない。
ユリはシャブリの白を取り出して、ソムリエナイフで栓を開けた。手伝おうとしていた獄寺は、手つきの鮮やかさに見惚れる。
「はい、リボーン」
「ありがとな」
リボーンが素直に礼を言ったことにツナは驚いて、口を開けている。
「すぐアイスティ淹れるから待ってて」
紅茶の缶をいくつか見比べていたユリは、一つの缶を開けて紅茶を淹れ始めた。獄寺は紅茶を入れるグラスを出してユリの傍に置く。
「はい、それじゃ食べましょ」
アイスティをツナと山本に用意して、ユリは席についた。
「乾杯!」
secondo sogno
いかがだったでしょうか。自己紹介編。長すぎた。明らかに長い。ごめんなさい…。
ディーノを絡めようとしたら、あんなことになりました。これ、オールキャラですから。ディーノ夢じゃないですから!(ディーノ夢のときもあるだろうけど)
イタリア人だし、親密な仲ではあるので、こう、挨拶程度に…と思って。獄寺は挨拶だと思っていましたが、ディーノがユリに対してあまりにも用意がいいので、本当なのか…と思っています。
お付き合い有難う御座いました。多謝。
2006 2 7 忍野桜拝