nono sogno

 

ツナたちが学校に行っている時間。ユリはイタリアから来たメールを読みながら、パソコンの前でエスプレッソを飲んでいた。もちろん、たっぷり砂糖が入っている温いエスプレッソだ。
部下から送られてきたメールには、最近の情勢が書かれておりユリの指示を仰ぐ言葉で締めくくられている。カジノの経営はまあまあ良かった。この分なら問題ないだろう。気になるのは対抗ファミリーの情勢だが、こればかりはユリの一存でどうにかするわけにはいかない。九代目の指示を待つしかないが、指示を待つ間にもすることはたくさんある。担当しているエリアだけでも情報を集め、地域住民に被害が及ばないように彼らを守る策が必要だ。ユリは細かく指示を書き、メールを返信する。
他にもいくつかのメールを読んでいると、携帯電話が着信を知らせた。通話ボタンを押すと、聞こえてきたのはリボーンの声だった。
「リボーン!どうしたの?」
「会わせたいヤツがいるんでな。ちょっとこっちに来てくれ」
「ツナのお家ね?いいわ、すぐ行く」
「待ってるぞ。じゃあな」
誰が来たのか聞くべきだっただろうか。リボーンが会わせたいというのだから、ジャポネマフィアかもしれない。ユリは簡単に化粧をした後、着替えて家を出た。ユリの家からツナの家まではそう遠くない。ツナの家に近づくに従って、ユリは眉間の皺を深めていく。ツナの家の周りに、複数の人間が潜んでいる気配がするのだ。ツナの家を張っているのだろうか。だとしたら同業者のはずで、ユリは手を下そうかしばらく悩んだが、リボーンが気づかないはずはないと判断して、そのままツナの家に入った。
「こんにちは、マンマ」
「こんにちは、百合ちゃん。リボーンちゃんならツナの部屋にいるわ」
「ありがとう」
二階のツナの部屋のドアを開ける。リボーンは窓際に座って、秋風に吹かれていた。
「だいぶ風が冷たくなってきたな」
「リボーン、あんまり風に当たってると風邪ひくわよ」
ユリの言葉にリボーンはぴょいと飛んでツナのベッドに着地する。隣に腰掛けた。
「会わせたい人って誰?家の周りにたくさん人がいたみたいだったけど、関係あるの?」
「関係あるな。おい」
リボーンの声に、ユリがたった今閉めてきたドアが開く。そして、そこにはユリのよく知った人物が立っていた。
「ディーノ!」
ユリはリボーンが何か言う前にディーノのところへ駆け寄って、抱きついた。
「お、熱烈な歓迎だな」
「こっちに来てたの!?いつ!?」
興奮しているのか、イタリア語でまくしたてている。
「ついさっきだ。ユリを驚かせようと思ってな、黙って来ちまった」
「嬉しい、会いたかったんだもの」
ユリが会いたかったのは両親やファミリー、そしてディーノのような「故郷であるナポリ」に関するものすべてだったのだが、ディーノは思いっきり誤解して鼻の下を伸ばした。
「お前がそんなこと言うの珍しいな、ユリ。いやー来て良かった」
腕を解いて、互いの頬にキスを落とす。そしてユリはまたディーノに抱きついて思い切り匂いをかいだ。確かに、イタリアの匂いがする。イタリアの、ナポリの。
「そろそろ話進めるぞ」
「ええ」
身体を離してもなお、ユリはディーノの傍から離れようとしない。ディーノはへらりと笑いながらユリの腰に手をまわす。
「ディーノが日本に来たのは半分仕事だ。フゥ太が日本に来てるって情報があったからな」
「そうだったの。…?残り半分は?ツナを見に来たの?」
フゥ太から情報を買い取るのが仕事だとしたら、残り半分は何だろう。弟分にあたるツナを見に来たのだろうか。ディーノは笑った。
「違ぇよ、お前に会いに来たんだ。もう三ヶ月以上会ってなかったんだ、足りねーよ」
「…何が?」
「ユリっていう成分が」
「なにそれ」
ユリは笑っているが、ドアの向こうにいるロマーリオやボノは違うんです…!!と言いたげに首を振った。ユリが日本に行ってからしばらくは平気だったのだが、一ヶ月も経つと仕事をしながらユリの名を呼んだりしまいには仕事放棄までしそうになったりした。(放棄したらユリさんが怒りますよ、と部下総出でなだめすかした)もうどうせなら日本に行ったほうが仕事をしてくれるのではないか。そう思ったロマーリオの策によって、本来なら部下がやるべきフゥ太探しの仕事をボスであるディーノを連れてやることにしたのだった。
「そういえば、ディーノどこに泊まってるの?この家の周りにいるのは、あなたの部下なんでしょう?」
「おう。泊まってるのはどこだったかな…。ロマーリオ、どこだったっけ?」
ドアが開いて、ロマーリオとボノが姿を見せた。ユリのciao、という返事に頭を下げる。ユリは同盟の盟主であるボンゴレの大事なカポであり、自分たちのボスがとても大事にしている女性だ。
「フォーシーズンズホテルです」
「素敵ね。あそこなら食事も美味しそう」
ユリは頷いて、にっこりと笑った。フォーシーズンズホテルのメインダイニングはイタリアンで、ミラノテイストの味だがとても美味しい。
「ユリも来るか?スイートなんだし、一人ぐらい増えても平気だろ」
「お越しになりますか?もう一部屋お取りしますが」
いくらボスが望んでいるといっても、同じスイートに泊まらせるわけにはいかない。ロマーリオの言葉にディーノはちえ、と舌打ちした。
「ディーノ、いつまでこっちにいられるの?」
「へ?いつまでだっけ?」
「情報屋フゥ太に会うまでですよ。会わないと話にならないんですから」
ユリはロマーリオの言葉に頷いて、それなら、とディーノたちを見やる。
「いつまでかかるか分からないんだし、落ち着かないホテル暮らしより、しばらくこっちに住んだらいいじゃない。あたしのマンション、たくさん部屋空いてるし。どう?」
「いいのか!?」
ディーノの頭の中ではユリの部屋に泊まる発想になっているのだが、ユリはもちろん、隣の部屋ぐらいにしか思っていない。
「あたしは構わないわ、後はあなた次第」
「よし!っつーことで、さっそく買い物行くぞ!」
「ちょっと待って。リボーン、用は本当にこれだけだったの?」
リボーンは頷いて、好きにしろ、とだけ言って寝てしまった。
「…寝ちゃった」
「ユリ、行くぞ」
「はーい」
リボーンを起こさないようにそっとツナの部屋を出て、沢田家を後にした。



一度ホテルに戻った後、ロマーリオたちの行動は早かった。ぽやっとしているボスについているとそうなるのかもしれない。コンシェルジュに相談して家具を取り扱っている店を紹介してもらい、ユリとディーノをそちらに送った。ユリとディーノは紹介された店で、さまざまな家具を見てはディーノがはしゃいでいた。
「ディーノ、どんなのがいい?」
「そーだな…あっちだと骨董みてぇな家具が多いから、あっさりしたやつがいいな」
「B&Bなんかいいかもね。すっきりしててモダンだし」
店にはカッシーナ、ドレクセルヘリテイジ、チェコッティ、B&B、アルフレックスなどヨーロッパ輸入家具がたくさん揃えられている。
「あ、これ」
ディーノが声を上げたので、今までダイニングテーブルを見ていたユリがそちらに目を移すと、ディーノが見ているのはレモンのあしらわれたシャンデリアだった。
「可愛いじゃない。部屋につけるの?」
「いや、ユリにどうかなと思って」
「あたしに?…でも本当に可愛いわね」
たくさんあるシャンデリアの中から、レモンをあしらったものに目がいったのは南イタリア人ならではなのかもしれない。単純な美しさだけでいうなら、他にも美しいものはたくさんある。
「なら決まりだな。これから世話になるし、プレゼントってことで」
「ありがとう。でも、ディーノの家具を買わないと」
「ユリが選んでくれよ」
ユリがこちらに住むことになったとき、すべての手配をしてくれたのはディーノだった。ユリは頷いて、店員を呼ぶ。シンプルなベッドを指差した。
「このベッド、クイーンサイズで。サイドテーブルにこれを、あとこっちのダイニングセットを」
てきぱきと指図をするユリを、商品のソファに座ってディーノは眺めている。ロマーリオたちがいたら、ディーノがあまりにもでれでれしているので、げんなりしそうだ。現に、今護衛としている部下の数人は、ディーノの表情のだらしなさに目配せしあってため息をついている。
「後は他に何かいるかしら…。とりあえずこれだけあれば暮らせるわよね」
配送の手続きをとり(日本語がかけないので多少手間取った)、会計をブラックカードで支払う。たくさんいるディーノの部下の分は、ユリの部下が手配している。ディーノと一緒に住むだろうロマーリオたちの分は、ユリがまとめて買った。
「ディーノ、買い物終わったわ」
「おう。んじゃ、お姉さん、これくれ」
レモンをあしらったシャンデリアを指して、ディーノはそう告げ、その場で包ませた。もちろん支払いはブラックカード。シャンデリアをディーノの部下に抱えさせ(部下は絶対に壊すことが出来ない緊張で顔面蒼白だ)、ユリの車に積み込んだ。車はユリの部下であるルカがここまで運転してきたもので、赤のフェラーリF430だ。ユリは熱狂的ではないが、フェラリスタでもある。カルチョならばもちろんナポリ。
「これからどーすんだ?」
「細かいものがいるでしょう?それを買いに行くわ。ルカ、先に戻ってて。部屋にそれを飾っててね」
「分かりました。失礼します」
ルカは頷いて窓を閉め、エンジン音を鳴らして去っていった。そこで初めてディーノがあれ、と声を上げる。
「どうしたの?」
「っつーか、オレ、家具の金払ってない気がするんだけど」
「だってあたしが払ったもの」
ユリは平然とそう言ってにっこりと笑った。ユリにしてみれば、自分の部屋の手配をしてくれたのがディーノなので、そのお礼ぐらいにしか思っていない。
「マジか!」
ディーノは頭を抱え込んで、道端に座り込んでしまった。
「ディーノ?だって、あたしのときはあなたが全部やってくれたじゃない。だから今度はあたしの番だと思ったんだけど。気を悪くした?」
ユリもしゃがんで、ディーノに目線を合わせる。ディーノは俯かせていた顔を上げた。
「違うよ、ユリ。ぼけっとしてたオレ自身に驚いてんだ。何やってんだってな」
好きな女に、しかも長年妹みたいに可愛がってきた女に金を出させるなんて、という言葉は胸にしまう。本当に不甲斐ない自分に腹が立つが、いつまでもこうしているわけにもいかない。すっと立ち上がるとディーノはユリに手を差し出した。
「…ありがとな、ユリ」
「お互いさまよ。ね、買い物行こう?」
ユリはディーノの大きな手に自分の手を重ねる。ぐい、とディーノが引っ張り上げてそのまま腕を取って手をつないだ。ユリは笑っただけで、手を解こうともしない。もとより、ディーノとスキンシップするのは慣れているのだ。生まれてからずっとだ、慣れもする。後ろに部下を数人引き連れて、ユリとディーノは次の店へ向かった。







たくさんの買い物を終えて、ディーノはホテルには戻らずにユリの部屋を訪れた。セッティングしたのは自分だがどうなっているかは写真でしか見ていなかった、というのもあったが、ユリと離れたくなかったのが大きな理由だった。
「やっぱりきれいね」
ルカはリビングにシャンデリアを飾ったようで、帰ってすぐにディーノたちの目にはレモンのシャンデリアが入ってきた。ディーノはユリの言葉に頷いて、リビングのソファに腰掛ける。部下たちはディーノのすぐ後ろと窓際、玄関近くに待機している。
「この部屋、こんなふうになってたんだな」
ぐるりと辺りを見回す。出来るだけ落ち着いたトーンになるように、それでいて出来るだけ日本ぽくならないようにディーノは部屋を選んで家具を手配したのだった。あまりにも日本らしい部屋だったら、最初のうちは良くても、しばらくしたらユリがイタリアを恋しがるかもしれない。外は日本でも、部屋の中ぐらいイタリアに近かったら、少しでも安らげるかもしれない。そう、思っていた。ディーノの目算通り、ほとんどアパルタメントの一室、という風になっている。もちろん、一人暮らしのアパルタメントにしてはずいぶん広いが。
「思ったとおりだった?」
ユリはエスプレッソマシーンに粉を入れている。
「いや、それ以上だな。ずいぶんきれいだし」
「きれいなのは家政婦さんのおかげ。あたし、掃除はあんまりやったことないんだもの」
料理が好きなので、それに伴う片付けぐらいは出来るが、他の家事はほとんど出来ない。掃除も洗濯も屋敷にいるメイド任せだったので、全くやり方を知らないのだ。家政婦を見つけるまでは途方に暮れていたが、わりとすぐに見つかり、それ以降は任せきりだ。
「それもそうだな」
「ディーノたちのところにも行くように頼むわね。彼女、とっても良い人だしとても綺麗好きだから助かるわよ」
エスプレッソを持ってきたユリにディーノは首をすくめてみせた。
「男ばっかりで大変だろーけどな。散らかすのが目に見えてる」
「彼女たちはプロよ、気にしないわ。はい、ディーノ」
ディーノは砂糖をしっかり三杯入れてから、エスプレッソに口をつける。ユリは部下の分もテーブルに用意してから、自分のエスプレッソに砂糖を入れた。ユリは二杯。
「ユリ」
「なぁに?」
「ツナヨシ・サワダはどんなヤツだ?」
ユリはエスプレッソを一口飲んで、カップをソーサーに戻す。
「とても可愛いわ。ちょっと勉強が苦手みたいだけど、根はとても良い子。あまり争いごとが好きではないみたいだけど、やるときにはやるって感じね。ボスならそれぐらいでいいのよ」
ディーノは隣に座っているユリがツナを『可愛い』と形容したので拗ねて唇を尖らせている。
「んじゃあ、ツナヨシのファミリーはどんなだ?スモーキン・ボムがいるってのは話に聞いてるが」
「ハヤトね。ハヤトはしっかりしてるし、頼りになるわ。日本のことにも詳しいし。まあ、ケンカのやり方と手加減を覚えたほうがいいのは確かね。タケシもとても頼りになるわね。でもタケシはマフィアのことを本当だとは思ってないみたいだけど」
「本当だと思ってない?」
ユリは頷いて、エスプレッソカップを持ち上げて一口飲んだ。
「なんていうか独特な子でね、リボーンが銃持ち出してるのに、おもちゃだと思ってるの。あたしがマフィアだってことも知らないと思うわ。ツナがとても頼りにしてる友だちだから、本当のことを言わないでおこうと思って、何も言ってないけど」
だってツナは安全なほうがいいでしょう?とユリに尋ねられ、ディーノはとりあえず頷いておいた。
「ああ、あとビアンキがこっちにいるわ」
「げ!」
何度も殺されかけたディーノは一気に顔を青ざめさせる。さっきツナの家にいたときには会わなかったのだ。
「リボーンを追ってきたみたい。ツナのお家で一緒に暮らしてるわ。ポイズンクッキングは残念ながら進化中」
「マジかよ…」
ディーノはがっくりとうなだれて頭を乱暴に掻いた。
「他にもランボって子が暮らしてるわ。ボヴィーノファミリーって知ってる?」
「一応知ってるが、そんな小さなとこがどーしたんだ」
「ボヴィーノの刺客らしいのよ、ランボは。リボーンがターゲットみたいなんだけど、リボーン相手だから全く歯が立たなくて。今じゃ普通の子どもみたいに暮らしてる」
「ずいぶんにぎやかそうだな」
ディーノの言葉にユリはくすりと笑った。確かに、にぎやかだ。この前のバースディパーティもとてもにぎやかだった。
「本当にね。ファミリーって感じがするわ」
イタリア育ちのユリにとって、ファミリーとは暖かく自分を受け入れてくれる、とても居心地の良いものだ。家族の絆がとても強いといわれるイタリア人だが、もちろんマフィアのファミリーも結束が固い。ボンゴレは大所帯で、末端の構成員はどうか分からないが、ユリの周りの人たちはいつもユリにとって暖かな存在だった。
「…ナポリに帰りたいか?」
ディーノは小声でユリに尋ねた。ナポリ訛りの、イタリア語で。ユリはしばらく黙った後、首をゆるく横に振る。
「本当はすごく帰りたいわ。あたしの家はあそこなんだもの。でも、仕事だから。仕事を投げるわけにはいかないわ」
ユリが正式に仕事を始めて五年になる。ディーノは昔のユリを思い返して、ふっと笑みを浮かべた。
「ずいぶん頼もしくなったな、mia principessa」オレのお姫様
「…そりゃあ、大人だもの」
イタリアでは18歳で成人とみなされる。今年で19歳のユリは、もう立派に成人していることになるのだ。
「そうだったな。でもオレにとっちゃ、いつまでもお前はオレのお姫様のままだよ」
ディーノは手を伸ばしてユリの髪を幾度も撫でる。ユリの髪は肩口まである薄オリーブ色で、ゆるくウエーブがかっている。その髪を一房手にとって、口づけた。もう片方の手はユリの腰に回っている。
「愛してるよ、ユリ。元気そうで本当に良かった」
「ツナもツナのファミリーもみんな良い人たちばかりだから、元気でいられるのよ。…寂しい思いをしたことも少しはあるけど、あなたやマンマ、パパ、おじさま、みんなの声を時々聞いてたから、平気」
ユリの言葉にディーノは目を細めて頷いた。家族と離れてたった一人で異国にいるというのに健気なことだ。頼りになるだろう部下を連れてはいるが、ファミリーであっても家族と同じ感覚までは共有できにくい。
ディーノの部下たちは、なんで自分たちのボスがいい年になっても愛人の一人どころか恋人と呼べる人がいないのか、をとてもよく理解した。この調子では仮に恋人を作ったとしても、恋人よりユリを優先して恋人を怒らせてしまいそうだ。無論、本国でもこの調子ではあったのだが、しばらく離れていたことや異国にいるということでより顕著になっている気がする。
くだらないジョークでユリを笑わせていたディーノだったが、急に真顔になって腹に手を当てた。
「ディーノ?お腹痛いの?」
ユリが不安そうに眉を寄せると、ぐぅぅ…という音が聞こえてくる。ユリはそのまま顔を上げてディーノを見やった。
「……はは」
ディーノは明らかに照れて頬をかいた。腹の虫が聞こえてきたのだ、ムードもへったくれもない。
「お腹空いたのね。そういえばもう夕飯の時間だわ。あなたたちも食べていくでしょう?」
「え、いや…」
お前らファーストフードでも食って来い!というディーノの念が聞こえたのか、部下たちは一様に慌てて首を横に振る。ユリは笑って台所に立った。
「遠慮しないでいいわ。たくさん作るほうが美味しく出来るしね」
「お前ら…」
固辞しなかった部下にディーノはイラついて彼らを睨みつける。部下は身体を固くしたが、自分たちのボスがみだりに手荒な真似はしないことを知っているので、なんとなく態度に余裕があった。それがまたディーノをイラつかせる。
ユリは忙しく立ち回って料理を作っている。ディーノは部下をねめつけるのを止めて、ダイニングの椅子に腰掛けてユリの後姿を見やった。料理するということで一括りにされている長い髪が揺れている。忙しなく動くそれを掴みたいような気がしたけれど、とりあえず大人しく座っていることにした。怒られて夕飯お預けになったら嫌だし。
「ディーノ、お腹すいてるんだから、何かつまんでて?冷蔵庫につまみになるようなもの入ってると思うし」
部下の人たちと飲んでていいよ?とユリは促したのだが、ディーノはゆるく首を振って足を組みなおした。ディーノと同じく腹を空かせていた部下たちは揃ってがっくりとうなだれる。
「いや、せっかくだから一緒に食べようぜ。そのほうが美味いだろーしな」
「分かった。じゃあ、もうちょっと待っててね」
サンマの香草焼きをオーブンに入れ、トマトソースで煮込んでいる鶏肉の味を確かめる。もう一つのコンロにはたっぷりの湯が沸いており、中ではリガーティが茹でられている。リガーティのソースはナポリ風ラグーだ。
「ユリが嫁に来たら幸せだろーなー」
ディーノの呟きに、ユリはくすりと笑った。
「何言ってるの。あたしの料理なんかより、キャバッローネのお城でシェフが作る料理のほうがずっと立派で美味しいじゃない」
ズッパ(スープ)なんて本当に美味しい、とユリは言ってラグーソースを味見する。少しだけ塩を足した。
ユリは三年ほどキャバッローネに預けられていた過去があるので、キャバッローネの城暮らしにも詳しい。シェフとは仲良くなって、いくつかメニューを教わったほどだ。
「いや、そーじゃなくてな…」
ディーノは乱暴に頭を掻いた。料理が立派とか美味いとかじゃなくて、好きな人が作ってくれる、というのがずっとずっとディーノにとっては重要なことだった。ずっと一緒にいてくれるという証としての結婚。
なにせ生まれたときからの知り合いだ、ユリはディーノに遠慮も容赦もしない。異性同士という空気すら希薄だ。ディーノがいくらスキンシップをしてもキスをしても、まるで兄弟とするようにユリは受け止めて返してくる。それが最近のディーノの不満だった。
茹で上がったリガーティをソースの入ったフライパンにあけ、チーズをすりおろして絡ませる。オーブンが電子音を立て、焼きあがったことを知らせた。大皿にリガーティをあけて、オーブンを開ける。焼いた香草とパン粉、青魚の脂特有のにおいが辺りに立ち込めた。
「…美味そうだな」
「ディーノ、ワインを選んで。もうすぐ出来上がるから」
「オッケー」
ワインセラーの前にしゃがみこんで、ディーノはワインを一つずつ見ていく。ユリがこちらに来るときにディーノが揃えさせたワインは半分ほど残っており、残りはこの前送ったワインが入っている。ラディーチ・タウラージを開けることにし、瓶を取り出してダイニングテーブルの上に寝かせる。赤ワイン用の丸みを帯びたグラスを二脚取り出してテーブルにセットした。ユリが大皿を両手で持って運んでくる。
「はい、出来上がり」
ラグーソースのリガーティ、鶏肉と野菜のトマト煮込み、サンマの香草焼き。簡単だが、どれもナポリ風の料理だ。そしてディーノが合わせたワインもナポリのもの。
「早く食べようぜ」
ディーノは席についているが、待ちきれないといった感じだ。ユリはにっこりと笑う。
「Buon appetito!」どうぞ召し上がれ!
「altrettanto」あなたもどうぞ
そう返したディーノはワインセラーのそばに置かれていたソムリエナイフでラディーチ・タウラージを開けて、真っ先にユリのグラスに注いだ。グラス半ばほど満たして、自分のグラスを満たす。
「salut!」乾杯!
掲げたグラスを近づけて乾杯し、ユリはゆっくりとワインを口に入れる。南部のワインに共通していることだが、味がしっかりしていて野性味があり、何よりユリが親しんでいる味だった。飲み込んだ後、喉から鼻に独特のにおいが抜けていく。
「…美味しい」
「こっちも美味ぇぜ」
ユリがゆっくりとワインを味わっている間、すでに料理に手をつけていたディーノは口の端にソースをつけるほど勢い良く食べまくっていた。ユリがその様を見て思わず笑いをこぼす。
「ディーノ、ソースついてる」
「ん?」
こっち、と自分の口を指で示して教える。ディーノは子どものような手つきでソースをぬぐい、ぺろりとなめてしまった。
「ボス、しっかりしてくださいよ」
「これじゃユリさんとボスとどっちが年上なんだか分かりゃしませんぜ」
部屋に控えている部下にそう茶化される。ディーノは恥ずかしそうに唇を尖らせた。
「しょうがねーだろ、女のほうがしっかりしてるもんなんだよ」
「ボスがしっかりしてねえだけだろ」
「全くだ!」
ディーノの屁理屈を部下が混ぜっ返し、ユリは笑い出してしまった。ディーノはふてくされながらもフォークを口に運んでいる。
「まるでキャバッローネのお城にいるみたい」
ユリをディーノが預かっていた三年ほど、同じような光景が幾度となく繰り返されたものだった。従兄弟たちが次々と狙われては亡き者にされていった、その影でひっそりとユリはキャバッローネに守られて暮らしていた。
「当分こっちにいるんだ、また一緒に暮らすようなもんだろ」
「そうね。イタリア語を気兼ねなく喋るのがこんなに嬉しいだなんて思わなかったわ。日本語も嫌いじゃないんだけど」
「まー、ナポリ訛りのきったないイタリア語だけどな!」
「いいじゃない、あたし大好きよ、ナポリ。町も人も全部」
オレもだ、と返しながらディーノはユリの笑顔をそっと見て内心安堵の息をついた。ツナヨシの家で出会ったときのユリは本当に寂しそうで、どうして長い間(といっても三ヶ月ほどだが)離れていたりしたんだろう、九代目はなんで可愛がってるはずのユリを遠い日本になんてやったりしちまったんだろう、と思ったものだった。もう大丈夫そうだ。




食事を終えた後、ユリが呼んだタクシーがマンションのエントランスにつけられる。部下たちをタクシーでホテルまで帰してから、ルカの運転するフェラーリに二人して乗り込んだ。あれからチーズでワインをもう一本空けたので、ディーノはすっかり酔っ払っている。
「ディーノ、ここで寝ちゃだめ。ホテルのお部屋についてからにして」
ディーノはユリにしなだれかかるようにして寝息を立てている。日本に着いたばかりで疲れたのだろう。
「ユリさん」
助手席に座っているディーノの部下がユリに声をかけた。
「どうしたの?」
「ボスは…ボスは、本当にあなたのことが心配で、仕事が手につかないぐらいだったんですよ。日本であなたに会えると知ったときのボスの喜びよう、お見せしたかったです」
ユリは口の端を上げたまま、ゆっくりとディーノのやわらかい金髪を手で撫でている。
「あたしもディーノに会えなくて寂しかったわ。だから会えて本当に嬉しかった。ここはナポリじゃないけど、ディーノがいるとそれだけで落ち着くもの。ディーノはあたしにとって家族みたいなものだから」
寝息を立てていたはずのディーノがいつのまにか起きていることに、ユリは気がつかなかった。酔っているせいもあるだろうが、安心しているのが何よりの理由だろう。
ディーノは寝たふりを続けたまま、ユリの言葉で泣きそうになった。ユリにとって、ディーノはやはり家族だった。異性には…なれないのだろうか。いつまで家族でいられるだろう。






dieci sogno


いかがだったでしょうか。ディーノ登場編。ラブく…なったかな?これからディーノを書けると思うと楽しくてたまらん。
次回はディーノが獄寺たちを試すところか、ツナとディーノが出会うところです。


お付き合い有難う御座いました。多謝。
2006 4 17  忍野桜拝



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