白の舞姫 第五話

空間の歪みを突き抜けると、そこは昔風の町屋並びのような建物が並んでいた。尸魂界の瀞霊艇内である。
「着いたぞ」
「ここが尸魂界…」
建物の作りが昔風なことを除けば、特に変わった様子はなかった。ただあちこちから様々な強さの霊気が漂ってくる。
「ようこそ、尸魂界へ」
松本は笑って百合に手を差し出した。百合も少し微笑んで手を取る。
「総隊長んとこ行くぞ」
「はーい」
日番谷の声に松本が返事をして、手を繋いだまま歩き出す。百合は一瞬戸惑ったがなんだか楽しい気分になってきたので手を握ったまま後ろについて歩き出した。
「あの…」
「なに?」
振り返った松本は眩いぐらいの笑顔である。
「お名前、なんて仰るんですか」
「ああ忘れてた。松本乱菊よ。乱菊って呼んで」
「分かりました、乱菊さん、私は秋月百合です」
瀞霊艇の町中から護艇十三番隊の建物街へと歩いていく。死神たちが不思議そうに百合を見やっては通り過ぎていった。
「百合ね。尸魂界について知識は?」
「おじいちゃんが少しだけ教えてくれました。死神の方は斬魄刀という武器を使って虚を退治すること、また魂を尸魂界に移す魂送を行っていること、尸魂界での死は現世への転生を意味すること。それだけです」
「肝は押さえてあるわね。元は現世にいた人間が暮らしているところだから、大体は同じよ。社会の仕組みが少し異なっているけれど」
さっき歩いていた町の中には店屋と思われる建物も何軒かあった。商業や流通が成立して、社会が成立しているところでは全く同じだ。そう百合は思って居並ぶ隊舎を眺めた。どの建物のなかにも死覇装を纏った死神たちがいっぱいいる。その中で白い着物の自分はけっこう目立つのかもしれない。
「ここが一番隊の隊舎だ。この先に総隊長がいる」
日番谷が立ち止まったので自然二人も立ち止まる。百合は軽く頷いて日番谷を見つめた。
「なんだ」
「日番谷さんは隊長さんなんですよね」
「……そうだ」
日番谷さん、と呼ばれたことに少しひっかかりを覚えた日番谷だが、何も言わずに頷いた。
「じゃあ他にも隊があって、隊長さんがいるってことでしょうか。そしてその下に普通の隊士がいる?」
「そういうことだな。隊は十三ある。大体の役目は一緒だが、特殊な役目を負う隊もある。隊長の下に副隊長がいて、その下は三席から席官が並び、その下は平の死神だ」
「普通の会社と一緒ですね」
会社、というのが日番谷にはなにか分からなかったが、とりあえず百合は納得したようなのでそのままにした。
「総隊長に会いに行くぞ」
「はい」
今度は百合が返事をして、一番隊の隊舎に入った。
「十番隊隊長日番谷だ。招来した人間を連れてきた。総隊長に面会したい」
「こちらです」
中にいた死神に案内されて、広い隊舎内を進む。百合はここ迷いそうだな…とぼんやり思った。
「この中にいらっしゃいます。お待ちかねです」
「そうか。ありがとう」
日番谷の声に死神は頭を下げて去っていく。日番谷は戸を手で軽く叩いた。
「総隊長。日番谷です。招来して参りました」
「入りなさい」
中からしゃがれた老人の声がして、日番谷は戸を開ける。さすがに松本は繋いでいた手を離した。
「来なすったか。わしが護艇十三番隊総隊長山本元柳斎じゃ」
「秋月百合です」
ちょうど対面する位置に通されたので、真向かいで総隊長と向き合った。抑えてはいるのだろうが、確かに力強い霊力を感じる。
「日番谷、松本、ご苦労じゃった」
「はい」
「さて。これから隊首会を開くでの、お前さんにも参加してもらう。なに、顔見せじゃよ」
隊首会というのが何なのか百合には分からなかったが、大人しくはい、と答える。総隊長はかかと笑った。
「勇人殿にお会いしたのがついこの間じゃと思っとったが…その孫娘に会えるとはのう」
「じゃあおじいちゃんが会った死神さんて総隊長さんだったんですね」
「もうだいぶ前の話じゃが。何か訊ねたいことはあるかの」
百合は真正面から総隊長を見つめた。聞きたいことは一つだけだ。
「なんで私がここに呼ばれたんですか」
「……お前さんの力が強すぎるせいじゃ。現世にいるには大きすぎる力での」
「じゃあ私はずっとここに居ないといけないんですか」
そんなこと聞いてない。ちょっと招かれた程度にしか百合は考えてなかったし、第一夏休みが終わったら学校がある。
「そのことはこれから協議する。何、悪いようにはせん」
総隊長はそう言って笑ったが、百合は納得がいかずに不躾なまでに総隊長を見つめた。まるで睨むかのように。
「総隊長。家族から夏の間までだと期日をつけられましたが」
「…夏の間か。それぐらいには結果も出るじゃろう」
日番谷が口を挟むとすんなり夏の間、という期間は定まった。あっさり決まったので百合はやや拍子抜けしたぐらいだ。そんなにこの人の権限は大きいのか。百合が訝しんでいたとき、外から戸が叩かれた。
「総隊長、朽木です」
「入れ」
外には他にも隊長たちがいて、ずらっと入ってきた。松本は外に出てしまい、日番谷が残ったものの百合は総隊長の隣に引き寄せられた。ぐるっと総隊長を囲むようにして白い羽織が十三人。
「揃ったようじゃの。隊首会じゃが…この子が例の人間じゃ」
部屋に入ってきたときから何度も視線を投げかけられていたが、ここぞとばかりに視線を浴びる。百合はいささか居心地の悪い思いをした。なんだか悪いことして怒られてるみたい。
「へぇずいぶんキレイな子ぉなんやね」
市丸があっさりと感想を述べると近くに立っていた藍染も眼鏡を指で押し上げながら頷いた。
「ほれ、自己紹介しなされ」
「秋月百合といいます。よろしくお願いします」
百合がゆるやかに頭を下げると、そのままにしていた髪がはらりと揺れる。何人かの隊長がその姿に息を飲んだ。
「お主らもせい。この子はしばらく瀞霊艇の中におるでの」
「二番隊隊長砕蜂だ」
「三番隊隊長市丸ギンやで」
「四番隊隊長卯ノ花烈と申します」
「五番隊隊長藍染惣右介です、よろしくね」
「六番隊隊長朽木白哉だ」
「七番隊隊長狛村 左陣と申す」
「八番隊隊長京楽 春水。美人さんは大歓迎」
「九番隊隊長東仙 要」
「…十番隊隊長日番谷冬獅郎だ」
「十一番隊隊長更木 剣八」
「十二番隊隊長涅 マユリ」
「十三番隊隊長浮竹十四郎だよ」
一気に十三人から自己紹介を受け、百合は名前を覚えるだけで必死だった。誰がどの隊かまではいまいち分からない。
「総隊長この子どうしはるんですか」
市丸の質問に総隊長は手で顎をしゃくった。
「協議の結果が出るまでは自由行動じゃな。誰の世話になるかじゃが……」
総隊長が全員の隊長を見渡す。が、なぜか総隊長は戸の外に向かって声をかけた。
「松本。主でどうじゃ。同じ女性とあらば世話も行き届くじゃろう」
日番谷は頭を抱えた。松本が世話をするならば、当然十番隊の世話ということになる。
「異存ありません」
戸の向こうから松本の緊張した声が返ってきた。決定である。
「協議というと…中央四十六室の?」
藍染の言葉に総隊長は頷く。
「全てはその協議次第。夏の間はここにおることになるじゃろう」
「どうでもいいが総隊長」
「なんじゃ更木」
「そいつ強いんだろ。戦わせろ」
百合はそう言い出した更木をじっと見つめていた。この人はなぜ私と戦いたいんだろう。何のために。
総隊長は首を横に振る。
「ならん。本より秋月の一族は死神と争わぬ。手出し無用」
「ちっ」
更木は舌打ちしてつまらなそうに顔をそむけた。百合は不思議そうに更木を見つめ続けていた。






隊首会解散の後、百合は松本と日番谷に連れられてそのまま十番隊隊舎に移動した。松本が世話をするとのことで、昼間は隊舎にいることになったのだ。案内された建物はどれも似たり寄ったりの建物で、絶対道迷う…と思いながら百合は大人しく後ろについて歩いていた。時折、さまざまな視線に出会う。好奇のもの、嫌悪のもの、畏怖のもの。
「ここが十番隊の隊舎だ。ここには客間があるから好きに使っていい」
「ありがとうございます」
「隊長、今日は仕事もうないですけどどうします?」
今日は一日招来に充てていたので、百合を無事招いた今はやることがない。
「しゃあねえな。ここいらを案内でもするか」
「じゃあついでに持っていく書類だけ確認してきますね」
松本は隊舎の中に入っていく。入り口にぽつんと二人が残された。
「おい」
「なんですか?」
「お前たちには死神を優る力があると聞いた。それは本当か」
「……優る、とは思いません。私たちの使う力はとても精神的なものです。祈りに近いものだから。その者に義なくただ欲のために使えば術は作用しません」
日番谷は一気に眉間の溝を深くした。術、と確かに聞こえた。
「術と言ったな、どんな術だ」
「細かくはお教え出来ませんが、神に祈り仏に願う術です」
この女はそういえば巫女だった、と思い出して日番谷は目の前の百合を半眼で見やった。神仏なんているのか。そう問えばこの女はなんと答えるだろう。いる、とでも言うのだろうか。
「その術で虚が倒せるのか」
「そうですね、虚を祓うことは可能です。他の霊も」
他の霊。そうたとえば死神も霊体だ。
「お前たちはなぜ死神たちと関わらず隠れ住むように暮らしている?」
「…それは私にもよく分かりません。生まれたときからこういう暮らしですから」
「そうか」
そこで話はしまいになった。松本が中から書類の束を持って戻ってくる。
「さ、行きましょう。あら、何話してたんですか」
「日番谷さんがいくつか私に質問をなさってて」
「私ったらお邪魔でした?」
松本が茶目っ気たっぷりにそう言うと百合は笑って手を振った。日番谷は黙している。
「そんなんじゃないですよ。私たち一族の話ですね」
「あら残念。隊長が女の子と話すことなんてあまりないから楽しみにしてたのに」
「松本っ!行くぞ!」
耐え切れなくなったのか、日番谷は先にずんずん進んでいく。松本は笑って書類を抱えなおした。
「それ、少し持ちますよ。私のために案内してくださるんですし」
「ほんと?ありがとう」
百合が書類の束を上から半分ほど取って両手に抱える。並んで歩きながら、松本はそうだ、と声を上げた。
「なんですか?」
「それ!その敬語よ!」
手がふさがっていなかったら、松本はびしっと指を百合に突きつけたに違いない。
「え…」
「隊長はともかく、私には不要よ。ずっと一緒なんだし」
「…分かった。これからよろしくね、乱菊」
百合が笑うと松本も笑った。
「お前ら何してんだ。ここが十一番隊の隊舎だ。更木の隊だな。戦闘に長けてるやつらが多い」
「あれーひっつん何しに来たの?」
声と一緒に薄ピンク色の髪の毛が百合の視界に入ってきた。日番谷より少し小さな女の子だ。
「こいつの挨拶周りみたいなもんだ」
「あー、君が百合ちゃん!?」
「ええ。そうです」
「あたし草鹿やちるだよ!」
書類を抱えている腕に上から飛び乗られて一瞬百合はびっくりしたが、特に体勢を崩すことなく受け止めた。
「やちるちゃんね。よろしく」
「よろしくね!」
「上から退け草鹿!」
日番谷の声にもやちるはめげない。いーっだ、と口を広げて見せさえした。
「おっ前…」
「何騒いでんだやちる」
「あー剣ちゃん!」
隊舎の入り口に現れた人影の方へ、やちるは一気に飛び移る。百合はやちるが飛んでいった先へ視線を移すと先ほどの更木が立っていた。
「なんだお前ぇか。そんだけ強い霊圧持ってて戦わないたあどういう了見だ」
「…私の中に、あなたと戦うだけの理由がないんです」
百合はまっすぐ更木を見上げる。目がきれいにかち合った。
「理由なんてもん要るかよ。戦いたいやつが戦えばいい。お前は戦いたくないのか」
「…義のため以外に戦うつもりはありません」
「つまんねぇ奴だな」
更木は興味を逸したようで、そのまま隊舎に戻っていった。むろんやちるも一緒だ。更木の背中をまっすぐ見送る百合の横顔を、じっと日番谷が見ていた。義のため。百合はそう言った。



→第六話


いかがだったでしょうか。ついにヒロイン尸魂界へ。これからは死神紹介の話ですね。ヒロインの話も少しづつ進んでいきます。

お付き合い有難う御座いました。多謝。
2005 10 18 忍野さくら拝




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