デリヘルじゃなくてデリエロとでも名乗りやがれ
銀時と新八が今日の仕事を終えての帰り道、二人揃って首を横にスライドさせる出来事があった。ものすごい美人が横を通っていったのだ。着物を身につけ、長い髪を揺らしながら歩いている。豊満な身体つきに銀時と新八だけでなく、道行く人が振り返っていた。
「…おい追うぞ」
「えぇ!?あんたもついに近藤さんの仲間入り!?」
「ばっか、ちげぇよ。あんな可憐なお嬢さんがこんな危険な町中歩くたぁ、なんかわけアリだぜ?もし不貞を働く輩あればこの銀さんが…」
銀時が滔々と喋りだしたので新八は向こうを指差した。
「あの人もうずいぶん先に行ってますけど」
「それを早く言えっつの!」
すぐさま二人してこっそりと追いかけ、女性の少し斜め後ろにぴたりと張り付いた。
「…銀さん」
「ァんだよ」
「あの人、どこ行くんでしょうね。このまままっすぐ行くとかぶき町を出て真撰組の屯所ですよ」
「あんなむさ苦しいとこに美人は用無しだ。…いや待てよ」
銀時がきらりと目を輝かせる。真撰組の門が見える位置に二人して張り付いた。女性はまっすぐに歩いていく。そして門の前で立ち止まった。
「あれ、本当に真撰組に用があるみたいですね」
「デリヘル…」
「あんた、人様の背中に何卑猥な言葉投げ掛けとんじゃァアア!」
新八のアッパーカット付きツッコミにめげない銀時は新八の肩をがしっと組んだ。
「まあ待てや新八。だってお前考えてもみろや。あんな素敵なオネーサンが、お前にあんなことやこんなことしちまうんだぜ?すげえだろ?」
「お前はその卑猥な妄想から離れろやァアアア!」
銀時と新八が騒いでいると、不意にその女性が振り返った。
「………」
横顔もかなりの美人だったのだが、振り返った姿もまた美しい。二人して黙りこんで女性を見つめる。彼女はにこ、と二人に笑いかけると姿勢を戻した。真撰組の門番と言葉を交わしている。
「すげえ美人…」
「きれいな人でしたね…」
「つうかあの仲良さそうなのが気に入らねえな。いかにも常連って感じで。いや待てよ、真撰組は三十人近くいんのに、あんな細腰のオネーサンが一人で相手を!?そんなハッスル姫に俺が付き合えるか?上層部だけだとしても十人弱だぞ?どっちにしても大したハッスル姫だよなあ」
銀時の妄想を止めさせることが出来ないと踏んだ新八は心内で女性に頭を下げる。
新八が門に目を移したときにはもう女性の姿はなかった。銀時が妄想大爆発でハッスルしていたときに中に入ったらしい。
「ほら、もうあの人もいませんし帰りますよ。神楽ちゃんだって帰ってるでしょうし」
「いや待てよ?一度に相手は無理でも、長逗留して順番にってなやり方もあるよなァ?それなら銀さんでも何とか…」
「いい加減にしろやァアアアアア!」
百合は屯所の中に入り、行き交う隊士たちに挨拶を返しながら局長室へ急いだ。
「局長」
「おう百合か。帰ったのか」
「はい、ただいま戻りました」
そう言いながら百合は音も立てずに障子を開ける。中では隊服姿の近藤が書類仕事をしていた。
「調査ですが、読み通りでした。やはり決行するようです」
「そうか…。ところでトシには?」
「まだですが」
百合がそう答えたところで、隣との襖が開く。
「その必要はねェよ」
「副長」
百合は土方にも目礼をして、一歩下がる。
「どうする近藤さん。決行する期日まで間がねェし、今日にでも行くか」
斬りかからんばかりの土方を近藤は手で制して首を振った。
「いや。改めるのは明日だ。準備がいるしな。ご苦労だった、百合」
「はっ」
百合は礼をとって頭を下げる。そのまま自室に戻ろうとしたところ、土方に腕を掴まれた。
「なんでしょう」
「調査が気づかれた可能性は?」
百合はにやりと笑って手元を動かした。すぐさまクナイが土方の首筋にぴたりと寄り添う。
「ありませんよ。あたしがやったんだから」
「上等」
土方も笑い返して百合の腕を放す。百合もクナイを持っている手を元に戻した。
「…お前たちはどうしてそう物騒なのかな。肝が冷えてしょうがないよ」
近藤が胸をなでおろしている間に百合は局長室を去り、土方は煙草に火をつける。
「あんたが心配性なように、こればっかりは俺の性分でね。疑り深くできてんのさ」
土方はそう言うとふーっと長い息を吐く。
「ただでさえ百合は口より足、口より手が出るやんちゃ娘なんだから、心配もするさ。それをトシが煽ってどうすんだ」
そう言われた土方は困ったように煙草を歯で噛んで頭をやたらに掻いた。
「…仕方ねェことだ。どれもこれもな」
土方が全てのことを疑ってしまうことも、百合が過激な手段にばかり出ることも。性分なのだからどうしようもない。
近藤・土方に報告を終えた百合はそのまま詰め所に移動して、調査の報告書を書いていた。ここは監察方だけの詰め所なので人数も少なく気が楽だ。
「あ、お帰りなさい百合さん」
「ただいま山崎」
詰め所で仕事をしていたのは山崎だけだった。後はみんな別々の調査のために出ている。詰め所には調査に必要なあらゆるものが置かれていて、変装のためのものもある。
「調査どうでした」
「んーそれ自体は楽勝。あ、でもさっき変な人がいた」
「え?」
百合はさきほど隊所の前で見た二人組みを思い出す。白いパーマ頭の変な格好した侍と眼鏡。
「なんかね、人の背中に向かって『デリヘル』っていきなり言うんだから失礼よね。適当に愛想振りまいといたけど」
それは失礼の次元を超えているのでは…。百合の性分を知っている山崎は百合がそこで実力行使に出なかったことが驚きだ。
「真撰組に女性がいることってあまり知られてませんし。監察方だからそう見回りもしませんしね」
「そうねえ。それにしても変な人だった。だって白いパーマ頭の侍よ?」
山崎はなんだかその外見に見覚えがあるような…と思って気が遠くなった。白いパーマ頭。侍。
「…百合さん、その話他の人には」
「まだしてない。どうでもいいことだし。あーやっぱあそこで撃っといたほうが良かったかなあ」
いやいやいや。山崎は慌てて首を振る。百合が撃つということは即死を意味しかねない。町中でそれはまずい。
「聞きやしたぜ」
詰め所の襖がいきなりぱしーん、と開かれて、そこには拡声器を持った沖田がいた。
「姉御に失礼なこと言った侍が居ると、しかとこの耳で聞きやしたぜィ」
「あー。ただいま」
「おかえりなせぇ」
沖田は満足そうに頷いて後、拡声器を外に構えて息を吸う。
「あーあーあー。さっき百合の姉御に向かって『デリヘル』なる言葉を吐きかけた白パーマ頭の侍がいるらしいですぜェ」
「百合さんなんで隊長を止めないんですか…」
沖田がこう言ったということは、今いる隊士のほとんどが知った、ということになる。そしてその中には二言目には「斬る」を口癖にしている土方も当然含まれる。土方とその侍の相性は驚くほど、悪い。
どどど…と足音が連なって詰め所のほうに向いてくる。百合はあくびをしたが、山崎はそれどころではない。
「百合!ちょっと今のなんだ!」
「お前本当かそれ!」
なぜか先頭に近藤と土方がいる。そのほかにも隊士詰め所にいたであろう、大概の隊士が集まっていた。
「本当よ。さっきかぶき町通ってたら、その町中でいきなり尾行けられて。幼稚な尾行け方だったからほっといたんだけど、隊所の門にさしかかったとこで『デリヘル』って言われた。そのほかにも『いかにも常連』や『一人で相手を!?』など」
完璧に百合を商売女を勘違いしている。しかもそのような風俗は禁止だ。
「…百合。相手は白パーマの頭一人か?」
百合は土方に問われて小首を傾げる。白パーマの頭の後ろに眼鏡がいたような…その眼鏡は必死こいてツッコミをしつつ止めていたような…。
「白パーマの頭の侍が全部そういうこと言って、後ろの眼鏡は頑張って止めさせようとしてた。いろいろ頑張ってた」
ツッコミとか。
「その白パーマ頭、服装は覚えてるか」
「んー?なんか黒の上下に白い着流しみたいなのを着てて、片袖は脱いでた。あ、木刀持ってた。このご時世なのに。前に池田屋で見たやつにそっくりだったけど、頭は爆発してなかったしなぁ」
百合は池田屋事件のときに銀時を見ているが、そのとき銀時は爆発した頭をしていた。
そういうからには、もう誰かは決定だ。山崎は一人頭を抱える。
「おう。どうやらあいつしかいねえようだなァ」
土方の目が光ったのを見間違いだと思いたい山崎である。こんな場合はろくなことがない。
「明日の予行演習と行くぜェ。まずは万事屋のヤロウんとこに行くぞ!」
「……は?」
百合一人、事態を分かっていなかった。
その後、全員で行くと大事になる、と判断した近藤が幾人かだけを選りすぐって派遣することになった。近藤、土方、沖田、山崎、百合、五人で万事屋の前に立った。百合は着替えるのが面倒だったので着物のままだ。
「総悟やれや」
「あいよ」
土方の言葉に応えて沖田がバズーカを構える。万事屋に銀時がいるのか謎のままだが、百合が新八の言葉を聞いている(百合はあらゆる五感の訓練を受けている)ので帰ったものと踏んだ。
「くたばりなせぇ旦那ぁ!」
バズーカは火を噴き、そのままスナックお登勢二階、万事屋銀ちゃんの看板を直撃する。直撃して、窓の向こうをぶっ壊した。
「出て来いや万事屋ァア!」
土方の声に出てきたのは、百合が見た白パーマの頭…銀時だった。
「あ、あの人だ」
百合の言葉に土方の目がきらりと光り、沖田は空恐ろしい笑みを浮かべる。近藤と山崎も無論怒ってはいるものの、どちらかというと民間人に被害が及ばないようにはらはらしていた。
「えー、多串くんどーしたの、っていうか弁償しろよこれ」
「ほォ…ずいぶんな言い様だな、テメェ」
銀時は土方がなぜ怒っているのかが分からぬままに、爆発の煙をおしやると、そこにはさっき見た美人が立っていた。
「おい新八!さっきのオネーサンがいっぞ!」
オネーサーン、と手を振られたのでとりあえず振り返してみた百合だが、土方は即刻刀を抜いた。
「とっとと刀抜けや。うちの隊士バカにしてくれた礼を直々に返してやるぜ」
「え、隊士、は?だってそのオネーサンは素敵なことをしてくれる俺らの天使じゃ…」
銀時は最後まで喋ることが出来なかった。顔のすぐ横を鉛弾が通り抜けていったせいだ。小型のトカレフを構えた百合はあら、といってもう一度構え直した。
「え、ちょ、ストップ。銀さん意味が分かんないんだけど!」
「…だから素敵なことしてあげてるでしょ。…逝っとけ」
百合が喋りながら放った弾はまっすぐに銀時の心臓を狙っていたが、傘に阻まれる。
「何するアル!銀ちゃん襲うヤツ許さないアル!」
「あ、可愛い。あのねお嬢ちゃん。あの人がね、私に向かって『デリヘル』なんて言ったから皆怒ってるの」
「『デリヘル』って何アルか?」
神楽の耳元で新八が言葉の説明をしてやると、神楽はうさんくさそうに銀時を見上げた。
「お姉さんは『デリヘル』アルか?」
「ううん。真撰組の、隊士よ」
それを聞いた神楽は銀時が百合にいかがわしい言葉を投げつけたと判断し、傘の照準を銀時に合わせる。
「ええ、お姉さんマジで天使じゃなくて隊士!?俺の素敵な日々は!?」
「知らない」
三度目の弾はまっすぐに銀時の頭を狙って進んでいたが、木刀に防がれる。
「仕込み杖かしら」
百合がそう言っている間にも土方は二階に上がっていて、いつの間にか銀時と刀を交えていた。
「おう。うちの隊士に何言ってくれてやがんだこの万年発情ヤロー」
「あんな美人囲うなんて羨ましいっつの!」
「囲ってねェ!」
土方の猛烈な打ち込みを銀時はなんとかいなしていたが、狭い部屋では無理と知ったのか屋根に上がる。土方も屋根に上がった。
「ねえ総悟」
「なんですかい姉御」
「あそこであのパーマだけを狙うってことは出来る?でも弾が大きいから土方さんにも危険かな」
「了解でさぁ!」
沖田はどちらかといえば土方よりに照準を合わせた上でバズーカを発射させる。弾は当然土方に向かってきていたが、土方が身を返して位置を移動し、切り結んでいる銀時をその場におびき寄せる。総悟がちィ、と舌打ちしたときに銀時に弾が命中した。後を追うように神楽の傘も発射される。
「…あの人生きてるのかな。ま、どっちでもいいけど」
百合は身内にはとことん優しく甘いのだが、外の人間にはあまりにも辛らつだ。当然銀時は外の人間で、ああいったことがあるので尚の事心証は悪い。
「さ、これで気が済んだろう。そろそろ戻って夕食にしよう」
「土方さーん、帰りますよー」
なんとか民間人に被害が及ばなかったので山崎の声はやや弾んでいる。銀時には悪いが、百合に失礼なことを言ったのが悪いのだから自業自得だ。
「お姉さん!」
神楽が二階から飛び降りてきた。新八は階段を駆け下りてくる。
「あなたたち、あの人の家族?」
「…みたいなもんです。どうもすみませんでした。必死で止めてはいたんですが、如何せん銀さんの妄想が逞しくて…」
新八は土下座する勢いで頭を下げる。神楽は百合に近寄って顔を見上げた。
「お姉さん、何て言うアルか」
「名前?秋月百合よ。あなたは?」
「神楽アル。こっちの眼鏡は新一アル」
「新八じゃァアア!」
「神楽ちゃんと新八くんね。あの人に伝えてちょうだい。二度目はないからって」
百合の言葉に新八は身を硬くしてさらに頭を下げる。
「はい!絶対に!必ず!言っておきますから!」
「百合、百合、友だちなってほしいアル。強くてキレイ、神楽の理想アル!」
百合の論理で言えば神楽と新八は外の人間、しかも銀八側の人間なのだが、強くてキレイで理想だと子どもに言われて悪い気はしない。
「うん、じゃあ、今日から友だちね、神楽ちゃん」
小さな神楽の頭をかいぐって撫でる百合は優しく微笑んでいて、新八はぽーっと見惚れていた。
「こんな素敵なお姉さんが出来て神楽幸せアル!」
「あたしも可愛い妹が出来て嬉しいよ」
神楽の強さを知っている真撰組の面々は、とんでもねえ姉妹だ…と心の底で思うのだが、口には出さない。口に出した途端に百合のトカレフが、神楽の傘が火を噴くからだ。
「そろそろ帰らなきゃ。またね、神楽ちゃん」
「ばいばいアル!」
神楽は大きく手を振りながら新八は見惚れながら百合を見送っていた。
「おい総悟」
「へい」
「あんとき、お前俺を狙って撃っただろォ?」
「なんのことか分かりやせんぜ」
「白を切るつもりかお前ェ!刀抜けやァアア!」
「あー平和ー」
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いかがでしたか。初銀魂夢。銀魂を好きすぎでついに書いてしまいました。楽しかった。もうぐいぐい書いて二時間で書いた。あー楽しい。ハマってるってこういうことなんですね…。
戦姫は小型の武器ならなんでも扱えます。銃でも。
お付き合い有難う御座いました。多謝。
2005 11 25 忍野さくら 拝