素直な心って単にスケベなだけとどう違うんだよ!
連続して詐欺を繰り返していた出稼ぎ天人が一人の侍の協力によって捕まった次の日。百合は監察方ではなく、一般の隊士の詰め所で新聞を読んでいた。京に潜伏している攘夷志士たちを追っていたのだが、さっき江戸に戻ってきたのだ。
「ふぅん、あの天人捕まったんだ」
「変な侍によってな」
百合の独り言に応えたのは土方だった。土方はデスクワークに追われている。
「おい」
「なんですか副長」
「お前、大変そうな俺を見ながら新聞読むたァいい度胸じゃねェか。手伝えや」
「……あたし書類仕事向かないんだよねぇ」
くるりと土方に背を向けて新聞を読み進む。連続爆破事件の真相は闇、戌威星が江戸におけるテロ対策を強化する云々、と書いてある行を見ながらくわ、とあくびをした。
「イイ度胸じゃねェかてめェ。誰だよ、初っ端の書類仕事で慣れない俺らを徹底的に扱いたのはよォ!」
「……あたし」
書類仕事とは縁のなかったごろつきの集まりである真撰組に、百合が書類仕事のなんたるかを教えて扱き上げたのはずいぶん前の話だ。
「てんめェ…」
土方が刀を取り出したとき、詰め所の襖が勢いよく開いた。風にあおられて土方の前にある書類がはらりと落ちる。土方が額の血管を思わず筋立てたとき、山崎が入ってきた。
「またやられました!今度は茶斗蘭星です!」
「…お帰り山崎」
山崎は百合と土方に礼をして土方の机に詰め寄ってきた。山崎たち監察方はこのところ続発している大使館テロを調べるために動いていたのだが、捕捉かなわずテロは頻発していた。
「あまりにも短期間に起きていて、捕捉の仕様がありませんでした、すいません」
「すいませんで済むかァ!」
がばっと頭を下げた山崎を一度殴った土方だが、二度目に振り上げた腕を百合に捕まれる。
「あたしが長期に京に出てた間に大変なことになってるみたいね。部下の失敗はあたしの失敗よ。殴るなら山崎じゃなくてあたし」
「……ちッ」
土方は百合に捕まれた腕を振り払って、いらいらと煙草に火をつける。
「そんなら今度はお前が行って来いや。失敗はねェんだろ?」
「アタリマエでしょ?あ、副長」
「なんだ」
「戌威星の大使館、張っといたほうがいいですよ」
百合は笑って新聞を畳み、詰め所を後にした。
「……なんだありゃ」
土方は苦々しく首を傾げたが、戌威星の大使館を張る位置を調べるために江戸の地図を棚から取り出していた。
「テロをやってるのが攘夷党だけじゃないってのが面倒臭いことになってるのよねえ」
一つの党が動いているのであれば、捕捉もしやすい。しかし、どこで繋がっているのか、攘夷党以外にも廻天党や勤皇党、天狗党などがまるで示しあっているかのように事件を立て続けに引き起こしていた。百合は屋根の上を瞬時に移動しながら、攘夷派の宿屋の一つに忍び込んだ。二階の片隅から大勢の声がする。
「桂さん、上手く行きましたぜ!次はどこにしやすか!」
「もう始まっている」
「…なんと!」
桂、というからには攘夷党らしい。しかし、ちらりと覗き込んだ百合の目に映ったのは勤皇党の志士だった。やはり、繋がっている。
「そうだな…もうそろそろ、お人よしの誰かがテロを行うはずだ。私はこの目で確かめてくる。お前たちはいつものように散らばっていた方が安心だ。もしものときは池田屋で集合しよう」
「分かりやした!」
桂が部屋を出て、宿屋を出て行く様を眺めていた百合は携帯を取り出して土方に掛けた。
『早ェな』
「今からもうしばらくでテロが起きます。どこかはこれから探りますが、志士たちが逃げ込む場は池田屋です」
『……ほんとにてめェは』
土方がまだ喋りそうだったのだが、桂が動き出したので百合は一方的に通信を切って桂を屋根の上から追いかけた。隊服は黒く、しかも百合の動くスピードは常人ではないため、一瞬鳥が飛んでいるのか、何か動いているのか、ぐらいにしか世間の人には分からない。
桂はゆっくりと表通りを歩き、やがて戌威星の大使館前についた。横にそれて潜伏する。いつも隠れるときの、法師姿だ。
もう一度土方に通信を取ろうとした百合だが、土方は戌威星の大使館を張っているはずなのだから、百合の仕事はもうない。後、桂がどこへ行くかを調べるだけだ。
三人連れが小荷物を持って大使館前に表れ、大使館の職員ともみ合った末に小荷物が大使館の領内に入る。入った途端、それは爆発した。百合が見た感じでは、三人はテロリストに見えなかった。自分たちが何をしてしまったかに驚いているぐらいなのだから、無関係な市民を使ったのだろう。この方法では捕捉するのも難しいはずだ。攘夷志士なら顔を知っているが、巻き込まれた一般市民を使っているのだから、性質が悪い。
高いビルの窓がきらりと光ったのでそちらに注視すると、隊士らしき人物が何人かいるのが分かった。あそこで張っていたのだろう。
「さてと」
一般市民を捨て置くかと百合は思っていたのだが、桂は意外にも出てきて、一緒に逃走し始めた。少し先を行きながら追う。着いたところはやっぱり、池田屋だった。屋根から飛び降りて真撰組がやってくるまで居る階を調べようとしたら、山崎に出会った。
「あ」
「百合さん」
山崎とは小声で喋っている。壁を挟んだ向こうに攘夷志士と巻き込まれた市民がいるはずだ。何か話している。
「山崎は下に行ってみんなをここまで誘導してきて。私はここで張ってる」
「分かりました」
山崎は音も立てずに歩いていく。百合はいくつかの忍具を取り出して、耳を澄ませた。
「天人を掃討しこの腐った国を立て直す。我等生き残った者が死んでいった奴等にしてやれるのはそれぐらいだろう。我等の次なる攘夷の標的はターミナル。天人を召還するあの忌まわしき塔を破壊し、奴等を江戸から殲滅する。だがアレは世界の要…容易には落ちまい。お前の力がいる銀時。既に我等に加担したお前に断る道はないぞ。テロリストとして処断されたくなくば俺と来い。迷う事はなかろう。元々お前の居場所はここだったはずだ」
桂の声だ。銀時、というのは昔の仲間らしい。誰かの弱々しい銀さん…という呟きが聞こえたとき、外に複数の気配がした。来たのか。
「御用改めである!神妙にしろテロリストども」
土方のよく通る声が響く。百合が潜んでいるのとは逆方向の襖を蹴破っていく音がした。
「さーて、あたしはどうしようかな」
戦闘に参加したいのは山々だが、如何せん狭い場所に人数が多すぎる。百合一人なら狭い場所で大人数も相手に出来るが、真撰組の隊士も大勢いるので、あまり人数が増えてもやりにくいだろう。あの市民は放っても捕まるだろうから、桂の行く先を捉えたほうがいい。そう決めた百合は桂の声を頼りに屋根裏に忍び込んだ。角の部屋に立てこもっているようだ。
「うす汚れたのは貴様だ銀時。時代が変わると共にふわふわと変節しおって。武士たるもの己の信じた一念を貫き通すものだ」
「お膳立てされた武士道貫いてど−するよ。そんなもんのためにまた大事な仲間失う気か。俺ァもうそんなの御免だ。どうせ命張るなら俺は俺の武士道貫く。俺の美しいと思った生き方をし、俺の護りてェもん護る」
緊迫した空気であるのが分かった。桂の昔の仲間ということは、攘夷戦争のときの仲間か。変な爆発頭をしているが。
「銀ちゃん…コレいじくってたらスイッチ押しちゃったヨ」
年端のいかない子どもがそうやって球体を差し出した。表示されている時間が減っている、ということは時限爆弾だ。
「とんでもないな桂」
子どもに爆弾手渡すなよ。百合が呆れていると、爆発頭とその仲間と思われる二人が真撰組が構えている方に特攻していった。桂たちは階段の方に逃げている。
「…こっちだよね」
桂の足音を追って行くと、屋上に着いた。ヘリが段々近づいている。逃走用らしい。
どこか近いところでデカイ爆発音がしたとき、桂はすっと振り向いた。バレたのかと百合が身を潜めると、桂はヘリに乗って去っていった。方角は西、京にでも逃げるつもりか。
百合はヘリの行方を見守っていたが、やがて点でしか見えなくなったとき、鉤爪を使って外から下に降りた。パトカーの中にたくさん乗せられているのは逃げ切れなかった攘夷志士だろう。あのヘリは小型で、明らかに桂だけを乗せていった。
「おいお前どこにいたんだ」
一服している土方に詰め寄られ、百合は諸手を上げた。
「桂を張ってました。なんか爆発した直後に桂はヘリで関西方面に逃走。攘夷党には京都にも根城がいくつかあります。そこに行くと思われますが」
土方は百合が桂を逃がしたことで文句の一つでもつけようとしたのだが、逃走方面まで分かっていて、京都の根城も押さえてあるのでは、何も言えない。土方は深く煙を吸って吐いた。沖田が近寄ってくる。
「お疲れさんでさァ、姉御」
「んーん、平気。総悟もお疲れさま」
「俺はまた土方さんを殺りそこねましてねィ。残念でさァ」
「おっ前やっぱわざとか!剣を抜けェエ!」
土方の剣を沖田がバズーカで受けている様子を目の端で捕らえながら、百合は変な侍のことを思い出していた。あの頭はないわよ。なんていうか、思わず全員集合したくなるようなドリフ頭だったわね。
百合の中では銀時の印象は、爆発した頭の変な侍、だった。
真撰組の捕り物からしばらく、近藤さんが意気揚々と顔に傷を作って帰ってきた。もうとっくに日は落ちていて、隊士たちは夜の見回りを行っている。
「…局長どうしたの」
詰め所にいた百合は嫌々ながら土方の書類仕事を手伝っていたのだが(お前桂逃がしやがってと脅された)、鼻の穴に詰め物、少し鼻の軟骨曲がり気味の局長に思わず手を止めた。土方も怪訝そうに見ている。
「いやぁ、今日菩薩に会っちまってよう」
「菩薩?」
土方が尋ねると、近藤はへらりと相好を崩した。
「お妙さんっつってな、楚々とした美人なんだよ、全ての不浄を包み込む菩薩だ!」
「……そのお妙さんってどこの人?」
土方は仔細が分かったようで頭に手をやって、眉間の皺を深めている。また近藤さんふられたのかよ。近藤は百合の問いに生き生きと答えた。
「スナック『すまいる』の一等美人のお姉さんだ!」
「…あ、ホステスさんか」
「お妙さんはな、俺をケツ毛ごと愛してくれたんだよ!あの人しかいねェ!」
近藤さんがホステスのお妙さんなる人に惚れたのは百合でも分かる話だった。ならばなぜ怪我をしているのか。
「局長、その怪我は」
「何、お妙さんの愛の表れよ。照れ屋でな、お妙さん」
百合が面白半分に根掘り葉掘り聞いてみると、なんてことはない、しつこすぎる近藤に嫌気がさしただろうお妙さんに思い切りストレート決められて帰ってきたのだ。…真撰組局長が。
「ずいぶん過激な愛ね。…土方さん」
「ンだよ」
「…もしかして、こういうこと多いの」
近藤は一人でお妙の素晴らしさを絶唱している。気づかれないようにこっそりと土方に話しかけた。
「多いっつうより、毎回こうだな。近藤さんは惚れっぽくてしかも一途だからな。…まあ、怪我作って帰ってきたのは初めてだが」
土方もこそっと百合に話しているが、近藤は気づかずにお妙の素晴らしさを誰かに喋っている。誰もいないが。
「強い女の人なんだ。単に情報収集してるだけの忍とかじゃないといいけど」
百合は情報収集のためにホステスの格好をして真似事をすることがある。自分と同じような人種かと百合が小首を傾げているときには、もう近藤はいなかった。土方に促されて自室に帰ったようだ。
「お妙…ねぇ…。誰かの偽名かなあ」
百合はお妙=忍説を捨てきれないようで、知っている忍の偽名かと尚も首を傾げていたが、その首を後ろから掴まれる。
「お前バカなこと考えてねェでさっさと仕事しろや」
「はーい」
土方と百合しかいない詰め所には書き物の音だけが響いていたが、不意に百合は顔を上げた。土方は書類を必死に片付けている。
「土方さん」
「アァ?」
「そう言えば、みんな彼女とかいないの?」
百合が真撰組に来てずいぶん経つのだが、百合が覚えている限りではみんなして女の影があまりない。商売女と寝ている奴はいるようだったが、どこかに別宅があってそこに女が住んでいる、という話は聞かない。沖田は十代だが、他は大概二十代だ。百合も含めて。
「健康な成年男子がそれでいいわけ?」
「……そっくりそのまま返してやるよ」
「あたしは別に処女じゃないし。彼氏作るの面倒だから作ってないけど」
処女、の時点で土方はぶほ、と息を吹いて書類が数枚捲れあがった。やや赤い顔をして書類を拾う。
「っ…お前ェなあ、事実でもそういうことを口にすんなよ、女だろーが」
「だって忍なんて商売で彼氏は作れないっしょ。仕事で寝るのは松平さまに禁止されてたしさ」
ペンをくるくる回しながらそう言う百合をちらりと土方は見て、一つ長いため息をついた。
「まさかお前、うちの仕事でやってねェだろうな」
「まだ寝てないけど。必要な場面なかったしね」
百合の口調は事務的で、必要があれば寝ることも厭わない、という感じだった。土方は頭を乱暴に掻き毟る。
「うちの仕事でも禁止だコノヤロー」
「えぇ?マジで?効率良いって聞くのにな」
「効率の問題かバカが。そんなこと近藤さんが知ったらどうする。激怒の上号泣だぞ」
一番年上の近藤は、自分より少し年下の百合を妹のように可愛がっている。妹が仕事のためとはいえ、あたり構わず男と寝ていたら近藤が怒るだろうことは想像に難くない。
「うーん、それは嫌かも」
「ンならそんな仕事の仕方はやめろ。金輪際止めろ」
「…まあ、あたし有能だから、寝なくても情報取れるしね」
一々癇に障る野郎だ…と土方はひくりと口の端を上げたのだが、百合が大人しく約束したので何も言わなかった。
近藤がお妙のストーキングを始めてから数日。見回りに行っていた土方がいっそう疲れた様子で帰ってきた。背中には近藤を背負っている。
「土方さん、近藤さんどうしたんでィ」
「河原に寝てた」
「…はあ。こんな寒空なのに無用心だねェ」
土方は近藤を局長室に寝かせてから縁側に座り込んで煙草に火をつけた。沖田は隣で横になっている。
「銀髪の侍と女を賭けて決闘したんだとよ」
ふーっと息を吐くと白い煙が上に上がっていく。沖田は愛用アイマスクを装着して眠っていた。
「見てたやつらによれば汚い手ェ使われて負けてたとか言ってたけどよ」
土方はそう言うと煙草を地面に落として火を消し、立ち上がって詰め所のほうへ歩いていった。残された沖田はむくりと起き上がる。片手には拡声器。
「あーあーあー。近藤さんが女を取り合って銀髪の侍に汚ねェ手でこてんぱてんにされたそうでさァ」
屯所全体に響いた声に、監察方詰め所に居た百合と山崎も顔を上げる。
「百合さん、この話」
「…うーん。近藤さんがお妙さんっていうホステスさんに惚れ込んでるのは知ってたけど、ついにそこまで行ったかぁ」
やっぱお妙さんってどこかの忍じゃ…いや忍なら自分でやるよな…。百合が物騒なことを考えているうちにも、定例会議の時間になった。が、会議は紛糾していた。
「副長ォオオオオ!!」
「局長が女にふられたうえ、女を賭けた決闘に汚い手で負けたってホントかァァ!!」
「女にふられるのはいつものことだが」
「喧嘩で負けたって信じられねーよ!!」
「銀髪の侍ってのは何者なんだよ!!」
血気盛んな隊士たちを土方は冷めた目で見ている。煙草の煙を長々と吐いた。
「会議中にやかましーんだよ。あの近藤さんが負けるわけねーだろが。誰だくだらねェ噂たれ流してんのは」
「沖田隊長がスピーカーでふれ回ってたぜ!!」
指差されてにやりと笑う沖田。
「俺は土方さんに聞きやした」
「コイツに喋った俺がバカだった…」
土方は頭を抱える。せめて秋月にしとけば良かったか。あいつならまだマシだったろうに。
「なんだよ結局アンタが火種じゃねぇか!!」
「偉そうな顔してふざけてんじゃないわよ!!」
「って事は何!?マジなのあの噂!?」
口々に言い募る隊士に土方がゆらりと立ち上がる。
「うるせエエエぁぁ!!」
会議室のでかいテーブルを一蹴りでぶっ飛ばしてしまった。湯のみなどが散乱している。
「あー、もう。女中さんが困るんだから」
百合はテーブルを元に戻しているが、気がつけば山崎に土方の刀がつきつけられている。
「あたしの部下に何すんの!」
百合が忍び刀で土方の刀を受けているときに、会議室の襖が開いた。
「ウィース。おお、いつになく白熱した会議だな」
そこに立っていたのは左頬を腫らした近藤だった。みんなの目が腫れている左頬に集中する。……やっぱやられてんじゃん。
「よーし、じゃあみんな今日も元気に市中見廻りに行こうか」
全員が黙って近藤の頬を注視する。
「ん?どうしたの?」
土方はため息をついて刀を収める。百合も刀を収めて山崎に無事を尋ねる。
「大丈夫、山崎」
「ありがとうございます」
「いいの。副長が血の気多すぎるだけだから」
「じゃあお前らいつも通りの分担で市中見廻りだ」
土方の号令に隊士たちが散っていく。百合と山崎や他の監察方は見廻りを行うことはない。顔が知られれば知られるだけ、監察の仕事がやりにくくなるからだ。
「とりあえず、元通りにしてから仕事ね」
土方の一蹴りで雑然とした会議室の掃除を終えて、監察方の詰め所に戻る。報告書を見ていた百合は小首を傾げた。
「転生郷の被害がちょっとシャレになんなくなってるわね。ここまで来て攘夷派が動かない方がおかしい」
「でも相手の海賊春雨は巨大組織ですよ?いくらなんでも江戸にいる攘夷派だけじゃ太刀打ち出来ません」
監察方の隊士の言い分に百合は頷いてみせたが、でもね、と続ける。
「太刀打ち出来ないなんて、あいつらには関係ないのよ。じゃなきゃ、ここまで天人が蔓延ってる世の中から天人を排除しようなんて考えない。はっきり言って天人を排除するなんて到底無理な芸当を目標に掲げてる奴らなんだもの、無茶でもなんでもやるときはやるわよ」
「まあ、攘夷派にも過激派と穏健派がいるし、それだけで括れない派閥もあるし、一様には言えないんだけど。こいつ…高杉みたいな過激派はやるときは江戸の町ごと巻き込みかねないわよ」
「一般市民も、ですよね」
山崎の言葉に百合は再び頷いた。
「攘夷党の桂が一般市民を巻き込んでテロを行わせたように、一般市民を使う手口も増えているし、あいつら目的のためならなんでもしてくるんだから。迷惑よね」
ひらひらと報告書を空中で泳がせていた百合は手を止めて報告書を捲る。捲った先の報告書には桂が江戸に戻ってきているという報告があった。ヘリの行き先はやはり京で、京にいた監察方からの報告だ。
「桂も江戸に戻ってきたらしいし。また何かあるわね」
百合たち監察方が今後の調査方針などを決めて解散し、百合と山崎だけが詰め所に残った。報告書を整理していた百合は、まとめ終えた報告書を局長に提出するために局長室に行くと、そこには近藤だけでなく土方、沖田がいた。
「局長、今週の調査報告です」
「うむ。ご苦労」
近藤が報告書を改めている間、妙に晴れ晴れとした顔をしている土方が目に留まった。
「副長、なんかいいことあったんですか」
「いいことじゃねぇですぜィ。土方さん、例の銀髪の侍に負けたんでさァ。完敗さねェ」
「しょうがねえだろ、負けは負けだ」
そう言う土方の顔は妙にすっきりしていて、さっきまでの怒気はどこへやら、という感じだ。
「じゃあその銀髪の侍ってのはすごく強いんですね。土方さんが負けちゃうぐらいだから。総悟だとどう?」
「俺もやってみたいんでさァ。近藤さんは俺でも難しいって言ってましたがねィ」
「ふぅん…」
「池田屋のときに桂と一緒に逃げた銀髪、あれだ」
土方に説明されて、百合の脳裏にはぽん、と銀色の爆発頭が出てくる。
「ああ、あれ。強かったんだ。桂の昔の仲間っぽかったから、攘夷戦争の英雄かもしれないですよ」
「あいつが英雄だァ?」
「ええ。桂と対等に話してましたし、昔の仲間みたいだったし。十分考えられる線ですよ」
土方は百合の説明をいぶかしんで聞いていたが、否定することはしなかった。剣を交えた土方自身、感じるところがあったからだ。
「百合、来週の計画は分かったが、少し忙しすぎやしないか。他の監察方のようにもっと非番を取っていいんだぞ」
「今、いろいろ案件が持ち上がってきてて、ちょっと休める感じじゃなくて。今度の調査を終えたらお休みもらいますね」
次の百合の調査は江戸における攘夷派宿屋の洗い出しだ。攘夷派の浪士はちょくちょく宿を変えるので、定期的に調査することが必要になる。山崎は屯所に残って、もし事件が起きたときのために待機となる。
「桂が江戸に来ているという報告が気になります。では」
百合が局長室を後にすると、残った三人はなぜかため息をついた。
「あいつが一番働いてんじゃねェか。見習え総悟」
「百合の姉御はなんでも自分でやっちまうから、山崎なんかがミントンしてんでさァ」
「俺たちが出来ることは、百合が安心して帰れる場所を残して置くことだ。なに、そんなに無茶はしまい」
近藤はそう言うが、土方にはそう思えなかった。効率が良いのだから、必要とあらば誰とでも寝る、とそう考えているほど百合は仕事にひたむきで熱心だ。いつどこで無茶をやってもおかしくない。攘夷派の宿を調べるときだって、ホステスの真似事をして媚びへつらって情報を集めていると言う。女の身で出来ることをするだけ、といつだったか百合は言っていたが、心配している俺らの気持ちってやつはどこへいくんだ。素直ではない土方は、そう思うことの十分の一も言ってやれない自分に腹立って唇を噛んだ。
→next第三訓『デリヘルじゃなくてデリエロって名乗りやがれ』
いかがだったでしょうか。銀魂三作目で二話目(…)。逆ハーなのにあんまそうぽくないのは土方さんが硬派だから……たぶん。銀魂ほんと楽しいんだけど、原作沿いって難しいですね。ちなみに冒頭の詐欺の天人ってのはキャサリンのことです。
お付き合い有難う御座いました。多謝。
2005 11 27 忍野桜拝