同等と同列

                                                  〇久



 光伸は、いつもの倉庫の中で、ぼんやりと空間を眺めながら煙草を吹かしていた。
 傍らには、分厚い封筒。
 中には、ここ最近、寝る間も惜しんで書き上げた、金子光伸の初作品が納まっている。
 1本を吸い切り、光伸は次を吸おうと懐に手を伸ばした。
 つられて下がった視線の先に封筒を見つけ、光伸はそれをにらみつける。
『本来なら、もう投函してるはずだったんだがな。』
 投函を誰かに見届けて欲しいなど、女々しいことをよくも考えたものだ。

 元々、それこそ入学してすぐのストームの時から、土田のことは視界に入っていた。奴が誰を見ているかも。
 なにやら一人、悶々としているようだったし、なにより面白そうだったから、あのメートヒェンに、自分もちょっかいをかけてみた。
 その結果、手痛い報復をくらいそうになったりもしたが、結果的にはギリギリで何事も無く、その後話した結果、要が綺麗な外見の割に強い心の持ち主だということが判り。
 憲実がこのまま悶々として、ただ夜の剣道場で竹刀を振るばかりで、要に気持ちを打ち明けないようならば(傍目に、彼らは実際、ぎくしゃくしてるように見えた)案外、本当に要を手に入れたいなぞとも思い始めた矢先。
 どうやらあの二人は纏まってしまったようだった。

 そう宣言されたわけではないが、それこそ1年以上も視界に入っていた土田の変化くらいわかる。
 憑き物が落ちたようにさっぱりとした顔をして。
 試しに話を振ったら「要は〜」ときた。
 「要」だと?
 いつの間に「あの人」が「要」になったんだ?
 そして要は要で土田のことを「憲実さん」と言っているのが聞こえてきた。
 二人の雰囲気が突然変ったことや、呼び名の変化で、聡い奴にはまるわかりだ。
 奴らは、できている。いや、できた。というべきなのかこの場合。

 面白くない。
 光伸は、傍らの封筒から自分の原稿を取り出した。
 要の言動に影響をうけて、つい書き始めてしまった原稿。
 書くほどに、自分がどれだけ未熟か、そしてどれだけ書くことが好きなのかを思い知った。
 それに気づかせてくれた要に、結末を見届けて欲しかったし、もしも自分が作家としての道を歩む決意をしたならば・・・
 勝手な言いぐさだとわかってはいるが、要に傍に居て欲しかった。
 それは結局・・・

 小さくため息を吐いて、光伸は首を振った。
 あり得ない。所詮自分は家から逃れられず、親の決めた婚約者と家庭を築く。
 一時の気の迷いだ。
 要への、要を気にする土田への、原稿への傾倒は、逃げにすぎない。
 光伸はライターに火をつけた。
 その火をまとめられた原稿に近づけて、ふと気づく。
 さすがに、この、燃え易いものが多い倉庫で、紙の束に火をつけるのはまずかろう。

 光伸はタイトルの書かれた、一番上の原稿用紙を左手で持ち上げた。
 右手に持つライターで、それに火をつける。
 半分以上燃えたところで、空中に投げる。
 空中で燃え尽きた原稿は、黒い灰になって、倉庫の床に落ちてくる。

「なかなか、綺麗な光景じゃないか。」
 光伸は気に入って、その作業を続けた。
 1枚。また1枚。
 舞い上がる炎。黒い雪。
 誰にも読まれることなく火葬される己が作品。
 せめて、自分だけはその死を悼んでやるべきだろうか。
 いや、その美しさを賞賛するべきだろうか。
 ぼんやりと、光伸は自分が作り出す光景に魅入っていた。



「何やってるんですか金子さんっ!」
 突然かけられた要の声で、光伸は我に返った。そして同時に土田に両腕を掴まれる。
 ふと光伸が視線を巡らすと、いつの間にやら倉庫の中には要と土田がいて、要は残りの原稿を抱えて通しの頁を確認しているし、土田は土田で人の右手を痛いくらいに握り締めている。
 光伸は痛みに眉をしかめて、ライターを取り落とす。
 土田が、あからさまにほっとした表情を浮かべる。
「何をする。」
 憮然とした表情と口調で光伸は呟いた。
「それはこっちの台詞ですよ。あーあ。原稿、2/3は焼いちゃったんですね? もったいない。」
「俺の原稿を俺がどうしようが勝手だろう。」
「だが、こういうやり方は良くない。」
 土田が、光伸に負けず劣らずの憮然とした声を発する。
 視線が、光伸の手に注がれる。
 光伸の右手の親指は、ライターの擦り過ぎで皮が剥けてしまっていたし、左手は、燃える原稿を離す頃合を間違えたのか、所々、軽い火傷を負っている。
 まったく自分では気づかなかったのだが。

「そうですよ。どうしてこんな・・・」
 要が涙ぐむ。
「何故そこでメートヒェンが泣くのか、俺には理解出来ないんだが。」
「馬鹿ですか貴方はっ!」
「馬鹿かお前は。」
 土田に、両手首を強く握り締められて、光伸は痛みに眉をしかめる。
「痛いぞこの馬鹿力。」
「金子さんのことを心配してるからに決まってるでしょう!」
 要の声が高くなる。
「心配?」
 それこそわからない。 こいつらはもう、自分達の世界を確立してしまったはずで、光伸が心配されるいわれは無い。まして、花喰ヒ鳥などという、大事も解決していないだろう。

 光伸の怪訝そうな声に、土田がため息をつく。
「お前は全く・・・頭がいいんだか悪いんだかわからんな。」
「何だと?」
「俺も要も、お前のことが心配だと言ってるんだ。 お前が俺や要のことを心配してくれたみたいに。」
「はぁ? 俺がいつ、お前のことを心配したんだ?」
 要と土田は顔を見合わせて、肩をすくめた。
「金子さん、貴方・・・ほんっと、いい人ですよね。そうは見えませんけど。」
 呆れたような要の口調と、最後に足された一言に、光伸は憮然とする。
「言い方を変えよう。気にかけた。これでいいか?」
 土田がゆっくりと言葉を選ぶ。

 そう言われれば、最近は要や土田のことを考えていた時間が多かった。
「お前が俺を気にかける程度に、俺もお前のことを気にかけている。
 今日はお前の様子がどこかおかしかったし、出席重視の授業にも出てこないからな。要に心当たりを聞いて、ここに来たんだ。」
 土田の言葉に、光伸は心の中で反論する。
 俺が気にかける程度に? それこそ、お前は馬鹿か。
 俺がお前を気にかける程度に、お前が俺のことを気にかけているはずが無い。
 同じ程度だというなら、お前は・・・俺のことを・・・
「倉庫の前に来たら、なんだか焦げ臭い匂いがするじゃないですか。凄く慌てたんですから。」
 光伸の思考は、要の言葉で遮られた。
「まさか原稿を燃やしてるだなんて・・・あんなに、熱心に書いてらしたのに・・・。」
 要が光伸の原稿の残りを大事そうに抱える。
 それが光伸の欠片だとでもいうように。

「もう、要らないんだ。」
 そっけなく光伸は答える。
 そう、要らない。原稿も、要も、土田も。
 どうせ自分の傍には残らないものは全部。
「そんなことありませんっ!」
 独善的で偽善的な要の言葉に怒りさえ覚える。
「なんで君がそんなことを言える。」
 土田とできてしまったくせに。自分から離れてゆくくせに。
 余計なことはしないでくれ。俺の未来の予定に関るな。一時の好奇心だけで、俺に構うな。
「僕だって金子さんのこと気にかけてるんですから。」
 それも違う。
 光伸はまた、心の中で反論した。
 要が俺のことを気にかけているのなら、要は俺と一緒に・・・
「自分が選んだ道は、突き進むべきだと俺は思うぞ。」
 土田が静かに光伸の両腕を離した。
 光伸の前であぐらを組んでいる土田の目線の高さは、光伸とほぼ同じ。
 真摯な視線が痛かった。
 光伸が自由になった腕を振ると、今まで気づかなかった指先の痛みを感じた。
 うざったい。
 痛みも、要も、土田も。
 大体、俺が想うままに行動すれば、困るのは貴様らでは無いか。
 お家騒動だ、世を忍ぶ恋だ、前途多難な新進作家としての生活だ、と、とかく面倒臭い事象へ巻き込むことになるから、こぢんまりと纏まってしまった貴様らはそれはそれで置いておこうとしていたのに。

 何かが光伸の中で切れた。
『何故、俺がこいつらに遠慮なぞしなくてはならんのだ?』
 迷惑がられようと構わないではないか。
 実際、こうやって、こいつらは迷惑なことをしているのだし。

「じゃあ、言わせてもらう。」
 光伸の目は座り、口調はあからさまに変った。
 一度立ちあがって、要に近づいて、正面に座る。
「メートヒェン。こんな朴念仁と付き合うのは止めて、俺に乗り換えろ。」
 光伸は左手で要の顎を持ち上げて、右手で要の頭を固定して、要の唇に自分の唇を重ねた。
「?!」
 茫然自失している要の顎を引いて、開いた歯列の隙に舌を潜り込ませる。
「んっ」
 要の体が小さく反応する。
「貴様、何を。」
 血相を変えた土田が、要と光伸を引き離す。
「自分が選んだ道を突き進めばいいんだろ?」
 揶揄するような光伸の口調。
「俺は、メートヘェンが好きだ。だから、メートヒェンに、俺の恋人になって欲しい。」
「は・・・?」
「な・・・」
 要も土田も呆然としている。
 光伸は少し、気分が良かった。

「ええと・・・。金子さん。僕のことが好きだというのは、そういう意味で?」
 まず、この場に対応したのは要だった。
「ああ。もちろん。それでなければ恋人などとは言わん。」
「沢山いらっしゃるじゃないですか。恋人。」
「あれは恋人なんかじゃない。メートヒェンだけだ。」
「でも、僕は男で・・・」
「そんなことは最初から承知だ。家を捨てる決意が中々つかなかったが、今、吹っ切れた。
 燃えた原稿を書きなおして投稿し、俺は作家として生計をたてる。」
「あの、金子さん?」
「ここの唐変木よりも処世術に優れてる自信はある。どうだ、乗り換えないか?」
 まるで水を得た魚のように、光伸の言葉は途切れることがない。
 先ほどまではどこか虚ろだった目が、今は輝いている・・・ようにも見える。
「幸せにする。いや、幸せになれる。二人なら。」
 本気で口説きにかかる光伸の声は、甘い。
 光伸の整った容貌の中でも、ひときわ強い印象を放つ瞳で見つめられ、要は我知らず顔を赤くする。

「ちょ、ちょっと待て。」
 だいぶ間をおいて、土田が対応した。
「ダメだ。要は俺が・・・」
 慌てる土田。
「やったから。とか言うなよ。」
 光伸の一言で、土田が赤くなる。
「なっ! そうじゃ無くっ!」
「男同士で、婚姻を交わしたわけでも無し。好きになるのに順番は関係ないだろう?」
 光伸の、余裕を感じさせる微笑。
「それはそうだが。・・・そう、俺も要を好きなんだ。」
 ようやく答えを見つけたという風な土田。
「それくらい、承知だが?」
「お前はっ。」
 また、言葉を失う土田。
「お前が昔からメートヒェンのことが好きで、ずっと気にしていたってのは知ってる。
 俺がメートヒェンに惚れたのはつい最近だが、だからといってこの気持ちが浅いわけじゃない。
 自分の決めた道を進め、というお前の提言は、遠慮するなという意味だと解釈したが?」
 まだ言葉を見つけられずに慌てている土田を見て、光伸は溜飲を下げた。
 ここ2、3日のわだかまりが嘘のように消えている。
 先ほどまでの、投げやりな感情も。
 やはり人間、思う様に行動するのが一番らしい。

「あの・・・」
 控えめな要の声に、光伸と土田は揃って要を振り返る。
「僕の意思というものは・・・」
「もちろん、あるに決まってるじゃないか。」
 光伸はにっこりと微笑む。
「僕は、憲実さんが好きなんですけど・・・」
「メートヒェン・・・」
 光伸は悲しそうな顔で頭を振る。
「君は、特殊な環境に置かれたせいで、状況判断力が鈍っているんだ。
 それに、男同士で恋人になるだなんて恋愛経験は無いわけだから、色々間違えやすい。
 選択肢は多い方がいい。もっと広い目で回りを見るべきだ。」
「ええと・・・」
 要は光伸に反論する言葉を見つけることが出来ないようだ。
 ここはたたみ掛けるに限る、と、光伸はほくそ笑んだ。
「俺のことも恋愛対象内として見て、土田と比較して、それでも土田のほうが好きだというのなら諦める。
 だが、ただ単に、もう土田とできてしまったから、なんていう理由で俺を退けないで欲しい。
 これは断言できるが、絶対俺のほうが得だ。乗り換えろ。」
「どこからそんな自信が・・・」
 要は少々呆れているようにも見える。
「経験と実力だ。」
 光伸は言い切った。
「困りましたね・・・」
 要は、土田を見た。

 土田は相変わらず憮然としている。
「俺は・・・。」
 何か言わなければと、土田は言葉を捜す。
「俺は・・・要が幸せになれば、それでいい。相手が俺じゃ無くても。」
「憲実さん!」
「だが、俺は要のことが本気で好きだし、その・・・大事に、幸せにすると己に誓っている。
 俺以上の奴でなければ、要はやらん。」
 土田が光伸の目を見据える。
 いい目をする。
 一時の、迷いあぐねて自分を見失っていた頃とは全然違う。
 強い意思の篭る土田の瞳。
 光伸は、気分が高揚していくのを感じた。こうじゃなければ土田じゃない。
「それは、俺と勝負するという意味か?」
「必要とあらば。」
 光伸と土田は互いに、互いから視線を外さない。
 高まる緊張感で、体中の細胞が目を覚ましてゆく。それが心地良い。
 そうだ。ずっと、土田と真正面から向き合ってみたかったのでは無いだろうか。
 己の卑小さを恥じること無く。対等の立場で、こうやって。

「あのっ。だからっ。僕の意思はっ。」
 要の一言でその場の緊張が解ける。
「メートヒェン・・・」
「要。」
 二人が見れば、要は顔を赤くしている。
「僕が当事者ですよね。僕を無視して、勝手に決闘とかしないで下さい。」
 怒っている・・・のだろうか。
「金子さん。」
「ああ。」
「僕が、ちゃんと光伸さんのことを見て、考慮して、それでも金子さんを選ばなかったら、金子さんは作家になる夢を諦めるんですか?」
 そういえば、さっきから要は焼け残った原稿を離さない。
「僕を、作家という夢へから逃げるための口上に使ってるんじゃ無いでしょうね?」
 下からねめつけるような要の視線。
「ああ。それは無い。なんだか色々、一度に吹っ切れたからな。
 たとえメートヒェンに振られても、俺は俺の道を行くさ。」
 具体的には、作家だろう。こんな、遠慮しない奴らばかりの世の中で、どうして自分だけが大人しく、作られた枠に収まっていなくてはならないのか。
 家にこだわっていた頃の自分が、いっそ馬鹿に思える。
 要のように、家を捨てる強さがあれば・・・あるいは、土田のように常識を振り切ってしまえる強さがあれば、なんとでもなるのだろう。
「そうですか。」
 要はほっとしたように微笑んだ。
 綺麗な造作の形作る、綺麗な微笑み。光伸は思わず見惚れる。
「わかりました。では、これから、金子・・・いえ、光伸さんのことはそういう風に見ることにします。」
 要の、光伸に対する呼称が変ったのは、彼の中での光伸の位置が変ったからなのか。
「ああ。そうしてくれ。」
 光伸も、ほっとしたように微笑んだ。些細なことだが、土田と同じ土俵に立てた気がする。
 なんだかんだで前髪の落ちてしまっている光伸の笑顔は、実は年相応で可愛らしくさえある。本人にそんなつもりは毛頭無いが。
「・・・」
 憲実だけが複雑な表情を浮かべている。
 無理も無い。両想いになったと喜んだとたんにこれだ。
 悪いとは全く思わないが。

「これ・・・完成させて下さいね。」
 要は、光伸に燃え残った原稿を差し出した。
「そして、今度こそ、完成させたら読ませて下さい。」
 受け取った原稿は、紙の枚数こそ少なくなってしまっていたけれど、何故だか焼ける前よりも重く感じられた。

 一度書いた作品だから、記憶を元に書き直すのはたやすい。
 だけれども。試しに投稿、というレベルでは、すでに話は納まらない。
 土田と同等の存在になるために。要にとって同列の存在となるために。
 なにより、自分が自分らしく、決めた道を進むために。
 そのために、書き始めよう。
 もう一度。



                                    了(2003.0531)
                                    極性と慣性に続く。

考察に含ませてるSSもどきじゃ納まりませんでした。
やっぱり私は週末好き。(金、土、日を纏めて週末と呼称。造語)
これはこれで終わってるけど、続きは書く気満々。
っていうか、イラスト見て「うがーー。」言ってたのはこの後だし。
あ。書きながら「うがー」だったのは、金子の要呼称。
この時点だと「要」って言わないんですよ奴は。
すっかり忘れてて。がーーーーーーっと書いてから気づき、後で「君」だとか「メートヒェン」に修正。

↑とか書きつつ、要の金子呼称統一してないことに、アップしてから気づく。
馬鹿?>自分。
一応、この時はまだ「金子さん」なんだけど、土田が「憲実さん」で金子が「金子さん」だと、
なんだかあからさまで可愛そう(?)なので、途中から「光伸さん」にしましょう。
友人と恋人の境? どうなんだろう。微妙ですね呼び方は。
地の文が「要」「光伸」「土田」なのは、一応、金子視点だからであるつもり。
私、完全な神の視点な三人称は書けない奴なので・・・。

ちぎれちゃってる金子、私は好きです。(笑)
吹っ切った男前な土田も心配性な要ちゃんも。
っつーか、3人とも好きだから、こんなドリー夢があっても・・・ダメ? びくびく。

ところで。
「喧嘩をやめて〜 二人を止めて〜」と歌いながらキーボード打ってたってのは内緒です。(笑)

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