カラフル
件の事件の後、エースの態度が変わったかといえば、そういうわけでもなく。
相変わらず女の尻を追いかけては撃沈していた。
ゲドに対しても、その態度は変わらない。
変わる時は・・・ゲドと二人きりになった時。
12小隊は今、任務によりカレリヤを離れ、さらに辺鄙な村に来ている。
宿屋があるのが奇跡のような小さい村だ。
この村を拠点に、街道沿いに出没するという小さな盗賊団の壊滅が目的で、はっきり言ってゲド達のようなA級の隊が行くまでも無い任務なのだが、なにせ12小隊は金喰い小隊だ。ちょうど金が底をつきかけていたとこだったので、小さい仕事でも引き受けたのだ。
街道の見張りにはクイーンとジョーカーが詰めている。
発見したら宿屋に報告に来ることになってはいるが、案外二人でも殲滅できるのではないかとゲドは睨んでいる。
そして、宿屋の部屋にいるのはゲドとエース。
「たーいしょっ!」
エースが満面の笑みを浮かべながらゲドを呼ぶ。
この小さな村に、さすがに酒場までは無かったので、寝るには健康的な時間に二人は部屋にいて、寝台の上に座っている。
「・・・」
ゲドは黙って、目線だけをエースに向けた。
任務のために体を休めるのが上等の状況だから、ゲドもエースも寝間着代わりの薄手のシャツとパンツという簡単な格好になっている。
ゲドがいつもの格好に準じた黒一色なのに対して、エースはスカイブルーのパンツにアイボリーのシャツ、赤いリストバンドという、やけに爽やかな色合いである。
普段のアースカラーは、傭兵という職業を意識して色味を抑えた結果なのだろうか。
それでも腕や篭手に暗い赤ではあるが違う色を配してあるあたり、実は洒落者なのかもしれない。
「大将?」
値踏みするかのようなゲドの目線に気づき、エースは怪訝そうに首をかしげた。
「なんだ?」
ゲドは目線をエースの顔に向ける。
髪と目は暗めの茶色。日に焼けた健康そうな肌の色。
普段は気にも留めない自分の周りの色彩が、何故か目につく。
「へへ。」
エースはくしゃっと、子供のように笑う。
口元の赤、覗く歯の白。
エースは笑みを浮かべたまま、ゲドに近づいて隣に座り、その体を抱きしめた。
「なーんかね、嬉しいんですよ。」
くすくすと笑いながら、エースはゲドを抱きしめる腕に力を篭めた。
ゲドの目線の先にあるのは部屋の壁。白茶けた壁は、エースのシャツと同じ色のはずなのに、どこか味気ない。
大人しいゲドの反応をどうとったのか、エースはゲドの首と肩の間の滑らかな肌に唇を落とした。
ゲドの体が小さく動く。
「止せ。」
ゲドの声は低い。
「何故?」
エースの声は意外そうな響きを持つ。
「俺は女の代わりじゃない。」
確かにあの時は肌を合せてしまったが、男と寝るのが趣味なわけでは無い。
エースはこの村で女と寝ることが出来ないから、ゲドに手を出しているのだ。
代用品のように使われるなど、御免だった。
「何言ってるんすか。女に大将の代わりが出来る訳無いじゃないですか?」
「・・・?」
微妙に論点がずれている気がして、ゲドは体を離し、エースの目を見つめた。
アンバー、はしばみ、深い琥珀・・・どれもエースの瞳の色を表せそうで表せない。光の当たり方や見る角度、あるいは感情によってエースの瞳は色を微妙に変える。
グラスの中、揺らめくバーボンの色・・・。それが一番しっくりくるだろうか。
「・・・やだな大将。そんなに見ないで下さいよ。照れるじゃないですか。」
エースの頬に朱色が差す。
「俺は、女の代わりでは無いと言ったんだが?」
エースの頬の陰影が深い。朱色と肌色の影が微妙に混ざっている。
「だから、女は大将の代わりにならないでしょ?」
ゲドとエースはしばらく無言で見詰め合う。
突然、エースが何か了解したように微笑んだ。
「あ。もしかして大将、俺が女の代わりに大将にちょっかい出したんだと思ってます?」
まさに、そう聞いたはずなのだが。
「嫌だなぁ。大将は特別ですよ。」
大げさに肩をすくめたエースに、ゲドは目線だけで先を促す。
「大将はね、俺に色をくれたんです。」
「?」
「あの、無彩色の夢、この間も見たんですけどね。驚いたことに、俺の隣に大将がいるんですよ。
大将はいつもの黒尽くめの服だから、一瞬、大将も死んでるのかと思っちゃったんですがね、
ちゃんと、肌や唇に色がついてるんですよ。」
エースはその光景を思い出そうとしているのか、目を細めている。
「やっぱり回りは色が無いし、死体だらけだし、俺の手は真っ赤なままなんですけど、
まぁいいや、とか思ってるんですよ、夢の中の俺は。」
前に夢のことを語った時は、苦しそうな顔をしていたのに、今、エースの顔は穏やかだ。
ゲドも、まだあの夢を見るが、エースのような変化は無い。
やはり回りは色が無いし、死体すら無いし、音も匂いも無い。
自分の真なる雷の紋章がエースに影響を与えているかもしれないと思っていたが、どうやら違うようだ。
「大将?」
ゲドは表情を無くしていた。
「どうしちまったんですか? 大将?」
エースが心配そうにゲドの顔をうかがっている。
「・・・いや。なんでもない。」
どうかしていた。エースは真の紋章の継承者では無い。
かつて共に戦った、自分と同等の者は、もういない。
「大将ってば。」
エースはゲドの肩を掴んで揺すった。
「どこ見てるんですか。今、大将の前にいるのは俺でしょ? 俺を見て下さい。」
相変わらず、エースはゲドの表情を読むことに長けている。
ゲドは視点を過去から現在に切り替えた。
エースの目の色が和らいだ。
「俺は大将に色をもらった。大将じゃなきゃダメだった。
でも大将は遠いから・・・時々確かめたくなるんです。その色を。その声を。その香りを。」
エースは再びゲドを抱きしめる。
傭兵として訓練された体は細身だがしっかりとした筋肉を持ち、そこにいるという確かな存在感をゲドに与える。
肩口の、シャツの白と、合間から見える肌の色。
少し埃くさいのは長らく使われていない宿屋のせいか、旅のせいなのか。
そういう自分も埃くさいのだろうが。
「誰も大将の代わりなんて出来ません。」
言いながら、エースはゲドの首筋に、自分の唇を押し付ける。
ゲドは動かない。
「俺はた・・・ゲドだからしたいんです。」
ゲドへの呼びかけが変わったのは、エースの中で今が情事の始まりだからだろうか。
「俺は、誰であろうとしたくない。」
ゲドは素早い動きでエースの腕を払いのけた。
ついでに、埃を払うように自分の腕を手で叩く。
エースは唖然としている。
「たいしょーーーー。つれないーーー。」
今度は上目遣いで拗ねた声で。
30男がやって決まるものでもない。
くすりと、ゲドの頬があがる。
「あ。大将笑った。」
エースがゲドの顔を指差した。
その瞬間、ゲドは元の無表情に戻る。
「言わなきゃよかった・・・。」
エースは残念そうに呟いて、そのまま寝台に横になる。
「お前がここで寝るなら、俺はそっちを使う。」
立ち上がろうとしたゲドの手をエースが掴む。
「えー。一緒に寝ましょうよ。」
「・・・・・断る。」
「ゲド隊長、冷たいーーー。」
「離せ。」
「大将がそっちいったら、俺もそっち行きます。戻ってきたら、俺も戻ってきます。
ぜーったい一緒に寝ますから。」
「・・・・・・・・・」
何故そこまでムキになるのか。
いっそクイーンと見張りを交代でもしたほうがよいのか。
「では俺は・・・」
「見張りと交代したら、俺も交代します。」
「・・・・・・・・・」
この分では、夜の散歩に行くと言ってもついてきそうだ。
ゲドは結局、打開策を見つけられなかった。
「好きにしろ。」
諦めてゲドは腕の力を抜いた。
「はい。じゃ、向こうの明かり、消してきますね。」
エースは反動もつけずに起き上がり、部屋の片側の明かりを消した。
ゲドがこちら側の明かりを消そうとすると、エースはそれを慌てて止めた。
「消しちゃダメですゲド隊長。」
「何故。」
半ば予想はついたが、ゲドは尋ねた。
返って来た答えは予想通り。
「だって、消したら顔が見えないじゃないですか。」
「顔を見ることに、何か意味があるのか。」
「あります。」
きっぱりと言い切ったエースには呆れるしかない。
「・・・」
もう、何も言わずにゲドは薄い布団の下へ潜り込む。
何時でも何処でも眠るのは傭兵の仕事のうちだ。たとえ明るかろうとも、暗かろうとも。
すぐにエースも布団の下へ潜り込む。
エースはゲドの左側にいるので、嫌でもその様子は目に入る。
寝台の頭の方にある明かりに照らされて、エースの髪は、今は明るい茶色だ。
炎の揺らめきに合せて揺れる瞳の色は、やはりバーボンと似ている。
エースの体温はゲドより少し高いらしく、左側がほんのりと暖かい。
・・・夢の中は変わらないが、そういえば現の中で、今まで気にしなかった色や音や匂いが五感に入るようになった。
それは、隣のこの男の影響なのか。
ゲドは静かに目を閉じた。
「大将? 隊長? ゲド隊長?」
エースはゲドの耳元に小さな声を落とす。
反応は無い。
寝息・・・というにはあまりに静かな呼吸は、起きてるか寝てるか判断しにくい。
「・・・ゲド・・・」
エースはさらに耳の近くで囁く。
ほんの少し、ゲドの眉が動いた。
やはり寝ているのかもしれない。
エースはまじまじとゲドの顔を眺める。
不揃いな前髪が、ゲドの顔右半分にかかっている。
ゲドは寝る時も眼帯をはずさないが、この寝相の良さでこの前髪ならば、眼帯は必要無い気もする。
彫りが深いというより、痩せて削げた感のある頬のライン。薄い唇。日に焼けてはいるが、血の色をあまり感じさせない肌の色。
どこをどうとってもエースの好みの顔立ちでは無い。だけれども。
その頬が、笑った時にどんなラインを描くのか。その肌が、どんな風に上気するか。その唇がどんな風に開いてどんな吐息をつくのか。知ってしまったから。
「ゲド。」
エースは呟いて、唇を重ねた。
誰も代わりなど出来ない。性欲だけなら、女で紛らわせることも出来るけど。
エースはゲドの顎を軽く引き、開いた歯列の隙間から舌を差し込んで、ゲドの口中をまさぐった。
・・・こんなに近くにいたら、止められるわけがない。
ゲドは息苦しさに目を覚ました。
目を閉じてはいたが、本当に寝るつもりなど無かった。 けれど、つい眠ってしまったらしい。
傭兵としては失格なのだろうが、エースは敵では無いから緊張が続かなかったのか。
そんなことをぼんやりと考えている時、いきなり下肢に刺激を感じた。
「・・・!」
一気に覚醒し、布団をはがすと、案の定エースがゲドの股間の上でもぞもぞと動いている。
「・・き・・さま・・・」
低い声で諌めようとしたのに、ゲドの声は中途半端に切れ切れになる。
どうやら息苦しかったのは、呼吸が浅くなっていたかららしい。
こんな状態になるまで寝ていたとは。ゲドは我ながら不覚だと舌打ちをしたい気分だった。
「あ、起きちゃいました?」
へらっと笑いながらエースが顔をあげた。
濡れて明かりを照り返す唇がエースの行為を端的に表していた。
「あ・・たり・まえだ。」
感覚が全てそこへ集中してしまったかのようだった。
エースが軽く先端に触れるだけで、ゲドの体は反応を返してしまう。
「やっぱ起きると違いますね。ほら、大きくなった。」
エースは嬉しそうに手を上下に動かした。
ゲドの口から思わず吐息が漏れる。
エースはやはり嬉しそうにゲドのそんな様子を見つめている。
「好きにしろってゲド言いましたよね?」
エースの右手はそのままゲド自身をこすり上げ続け、左手はさらにゲドの奥へと伸びる。
「ばか。ちがっ・」
ゲドは言いかけたが、もたらされる刺激で言葉が止まる。
そして、エースの、人の言葉尻を勝手に解釈する性質を知っていたのに、釘を刺しておかなかったのは、確かに自分がうかつだったかもしれないとも思う。
「違いません。嫌いじゃないんでしょ?」
エースが左手の指を回す。
まだ狭いゲドの中は、それだけの刺激でも確実に捕らえてしまう。
「・!」
ゲドの腰が浮く。
「ゲド・・・。見せて下さいよ、あんたの色を。俺、あれからずっと見たかったんです。」
言いながらエースはどちらの手の動きも休めない。
優しく握り締め、容赦なくこすり上げる。ぬめる感触は、エースとゲド、どちらの体液なのか解らない。
奥にまで滴り落ちるぬめりを拾って、広げられてゆく。
「充分・・だろう・・・」
すでにゲドの息は上がりきっており、肌は上気して仄かに紅い。
たちこめる熱気の中には、燃える油と両者の汗と雄の匂いが混ざる。
「全然? 足りません。」
エースは再び、ゲドを口に含んだ。
濡れた音が淫靡に響く。
茎の部分を甘噛みしながら、先の部分を舌で刺激する。
左手の指が、内側から、固い部分をこすり上げる。
先端のへこみに添ってなぞり上げられて、ゲドは吐精した。
エースの喉が動く。
その動きに合せて色を変える喉の影を、ゲドはどこかぼんやりと見ていた。
エースは性急にゲドの足を開き、猛った自身をゲドの中へと穿った。
「くっ・・。」
放ったばかりの身体に、その刺激は苦痛でしかなかった。
「ねぇゲド。俺を見てます? 俺の色が見えてますか?」
ゲドの痛みには目もくれず、エースは己の腰を進める。
ゲドの腰に手をかけ、より深く繋がるように引き寄せる。
「・・・つ・・・」
痛みに強いのが傭兵であるが、この痛みはいささか質が違う。
ゲドは身体を引き裂かれそうな痛みに、きつく眉を寄せた。
「目を閉じないで。」
不意にエースの動きが止まり、ゲドから痛みが引く。
熱い手がゲドの頬に添えられる。
ゲドがゆっくりと目を開くと、エースが揺れる眼差しで自分を見ていた。
揺れる琥珀。似ているけれど、違う。これはエースの色。
「エース。」
名前を呼ぶ。
エースは嬉しそうに笑った。
「はい。」
そして、今度はゆっくりと、だが確実にゲドを高めるように動き出す。
「・・・・・っは・・・・・ぅ」
ゲドが、抑えきれずに小さな声をあげる。
次第にゲドの雄が勃ちあがる。
エースの動きが速くなる。
エースの身体も上気して、肌に汗が浮かぶ。明かりを返す雫は銀色に煌いて。
「ゲドっ!」
ひときわ深く貫いて、エースは達した。
身体の内に熱さを受け取って、ゲドもまた、自らの精を放った。
「まったく・・・」
ゲドは軽くため息をつく。
結局、エースは全く悪びれず、情事の後始末をすると、さっさと寝に入ってしまった。
当然のように、ゲドの隣で。
歴史を重ねた樹木の色をした髪が、いく筋か額に張り付いている。
一度拭いたはずだが、寝汗でもかいているのだろうか。そういえばエースは体温が高い。
子供は体温が高いというが、見ればエースは口を開いて寝ている。
・・・子供というか、無邪気というか、自分勝手というか・・・。
結局自分はエースにいいように振り回されている気もする。
困るのは・・・それが案外、決定的に嫌というわけでは無いということだろうか。
「・・・」
もう一度、ゲドはエースの寝顔を見つめた。
エースはゲドの表情を読むが、ゲドはエースの表情を読む必要がない。
読む前に感情表現が豊かだし、自分から自分の機嫌を口にする。
まぁそれでも、いかにも傭兵らしく、肝心の部分は隠していたりもするのだが。
それは誰もが同じだし、無理に詮索する必要も無い。
見せたい部分だけを見せて、見えている部分だけを見る。
そんな風にしか人と関わらなくなって、何年経ったのだろう?
そんな風にしか現実と関わらなくなっていたから、いつまでも自分の夢は無彩色なのだろうか?
けれど。
何かが変わるのかもしれない。変えられるのかもしれない。
部屋の壁に映る影は、闇色の中に藍が混ざっているから。
今も燃える、部屋の明かり用のランタンからは、油の匂いが漂うから。
ランタンの芯が燃える小さな音と、気持ちよさそうな寝息の音が聞こえるから。
身体の左半分に、確かな温もりを感じるから。
了(2003.0326)
無彩色の続編です。前が無彩色だから、今度はカラフル。 丸久の頭は、至極単純です(笑)
一応、ちゃんと色を意識してますってば。無彩色の夢から逃れるには、色探せばいいんですよ。
前回は、エースを救うニュアンスのほうが強かったので、今回はゲドを救ってみました。
やっぱり書いてる最中に、最初に設定してた気持ちと変化してっちゃうなぁ・・・
エースxゲドは恋愛と違うようにしようと思ってたのに、ちょっとラブラブ?(笑)
どっちかっていうと「救い」なのかなお互いに。
エース→ゲドの気持ちが愛なんだか信仰なんだかエロなんだか。(苦笑)
ゲド→エースは、炎の英雄の面影に重ねつつも違ってて(エースの方が英雄より大人だ。)嫌いじゃないけど好きってわけでも無いような。微妙微妙。
うちとこのエースは、やけにゲドの気持ちに敏感ですから、多分ゲドが他の奴に惚れてることも充分承知でしょう。
(たとえパラレルだろうと、うちとこのゲドは英雄にラブラブなんだもーん。どういう関係かはそれぞれ違ってても)
っつーか、自分にとってゲドは「only one」なのにゲドにとって自分がそうでは無いからやっきになってる?
書いてる本人がキャラの気持ち掴みかねてるってどうよ。(ダメダメじゃーん)
とりあえず、こんな感じで、この二人はなし崩し的にセックスもしちゃう仲になっちゃったってのがmy設定かな。
気の向く時、あるいはタイミングが合った時(きっとゲドはこの後エースと二人っきりになるのを避けるはずだ)は、身体を重ねることもある。
で、この後ジャック拾って、幻想水滸伝3の本編が始まると。
本編始まって、ゲドが真の雷の紋章継承者だってわかるあたりから、また二人の関係が微妙に変わります。
ちなみに、エースが無彩色の夢見てたり、夢の中でゲドと一緒だったりするのは、myドリー夢的に伏線です(爆)
待ってて下さいねっ!(何をだよ。)