甘い夜

○久


「お待たせいたしました。」
 ちらりと鷹通を見てから丁重に置かれたそれをみて、正直鷹通は驚きを隠せなかった。
 器を入れれば高さ30cmはあろうかという、巨大な…生クリームの塔。土台はアイスクリームだろうか? クリームの表面には、縦に2つに切った苺がところ狭しと貼りつけられている。
「と、友雅どの…これは…」
 鷹通は何か訴えるような眼差しで友雅を見た。
「苺パフェさ。期間限定品でね。とても美味しいと評判なんだよ。」
 友雅は自分の前に置かれたコーヒーを持ち上げて、その香りを楽しんでいる。
「いえ、それは見れば判るのですけれど…何故私が…」
「おや? 鷹通は甘い物は嫌いだったかい?」
「そういうわけでは。友雅殿、いい店があるとおっしゃっていませんでしたか?」
「いい店だろ? 地下鉄のすぐ側のビルにある割に、入り口が判りづらいから、ほどよく空いている。けれどコーヒーと甘い物は上等。」
 鷹通は店内を見まわした。確かに、渋い緑を基調とした店内はこのような大きすぎるパフェが出てくるとは思えないほど落ちついた佇まいである。
「ええ、確かに…けれど…」
 鷹通は腑に落ちない表情を浮かべる。
「嘘は言って無いよ。いい店があるからと君を誘って、君が応えた。注文は任せてもらったけど「君には飲ませない」という約束も守っているだろう?」
 友雅の顔にはいつもの微笑み。
「ほら、早く食べないと、溶けて傾いてしまうよ?」
 鷹通は慌てて目の前のスプーンを巨大なパフェに差した。
「美味しい…」
 思わずこぼれた感想。甘すぎないけれど、ちゃんとコクのある生クリームが舌の上で溶ける。
 友雅は満足そうに頷いた。
 鷹通は律儀に、バランスよく色々な方向からパフェを攻略し始めた。

 事の始まりは夕方。
 大学の授業を終えて、校内の前庭を横切る鷹通の目に、見なれた人影が映った。
 Tシャツに白のパンツ、紫色のジャケットというラフなのに人を選ぶ色をさり気に着こなして、京の頃そのままに長く波打つ髪を下ろし、微かな微笑みを浮かべて立つその人は、間違いようも無く橘友雅。
「どうなされたのですか? 友雅殿」
 鷹通はアイロンプレスの筋が眩しいサーモンピンクのシャツにきっちりとエンジのネクタイを締めて、やはりプレス跡のついたクリーム色のパンツ。ちょっと難しい配色ではあるが、眼鏡の優等生の雰囲気を和らげる効果があった。
「いい店を見つけたんだが、これから付き合わないか?」
「これからですか? お仕事は?」
「今日は休みさ。」
「朝はそのようなことはおっしゃてませんでしたが…」
「休みだと言うと、遊びに連れて行けとうるさい奴がいるからね。別に休みかと聞かれた訳では無いし。」
「…………。私は明日も授業があるのですけれど。」
「2講目が休講なのだから、ゆっくりできるだろう?」
「何故そのようなことをご存知なのですか?」
「さて…ね。 で、どうする? 付き合ってはくれないのかい?」
「まだ6時ですよ…。」
「もう6時さ。」
「…いいですけれど。私はこの世界では飲酒の許されない年齢ですから。」
「ああ、判ってる。君には飲ませないよ。」
 …そんな会話を交わして、友雅と鷹通はこの喫茶店に来たのであった。
 席に案内されて、差し出されたメニューを友雅が受け取った。
「ここは私に任せてくれないかな?」
 友雅は鷹通に断わって、ウエイトレスに小声で注文を耳打ちした。

 考えてみれば、あの時から何処かおかしいと気づくべきだったのだと鷹通は思った。
 幸い、この店はカップルだらけというわけでは無いが、コーヒーとパフェという組み合わせを男の2人連れが頼むというのは、かなり変なのではないだろうか。
 しかもウエイトレスは迷うことなく鷹通の前にパフェを置いた。
 そういえば置く前に、こちらをチラリと見ていたような気もする。
 そんなことを考えながらも、鷹通は一生懸命パフェを口に運んでいた。
 なにせ大きい。溶けたアイスクリームが、器の端からたれてきている。そんなもったいないことを許せるはずがない。
 この世界に来てまだ一ヶ月くらいだが、その食べ物の豊富さには感心するばかりだった。
 肉も魚も野菜も果物も、見たことも無い材料が見たことも無い調理方法で現れる。
 豊富すぎて残したり捨てたりする輩がいるということに鷹通は驚きを隠せなかったが、世界が違うのだからと、なんとか気持ちを落ちつけた。しかし、それと自分が食物をむげにするかとは、また別問題だ。

 この世界の食べ物の中でも、特に甘い物は京で食す唐菓子など比べ物にならないくらい種類があり、またその味も、比べ物にならないくらい甘い。
 変に甘すぎる菓子は口に合わなかったが、このパフェは甘さがさっぱりしているし(もしかしたら苺のせいかもしれないのだが)舌触りもいい。冷たいアイスクリームもまた、コクがあって味わい深い。
 本当に美味しい。
 つい、一口ごとに味わってしまう。冷たい甘さが口の中に広がって、なんとも言えない幸せな気分になる。
 そういえば京にいる頃も、お茶と干し柿があれば割合と幸せだったのではないだろうか、と鷹通は思った。
 鷹通がふと目を上げると、とても穏やかな目をしてこちらを見ている友雅と目が合った。
 自分が友雅の目線を忘れるほど目の前のパフェに熱中していたことに気づいて、鷹通は恥ずかしさに顔を伏せた。
「あの…友雅殿?」
 その場の空気を変えるために、おずおずと鷹通は口を開いた。
「なんだい?」
 応える友雅の声も、とても穏やかだった。
「コーヒーは、召しあがっていらっしゃいますか?」
 友雅は微笑を浮かべた。
「ああ。美味しいよ。鷹通の笑顔を見ながらだから、なおさらね。」
 鷹通は慌てて手で顔半分を覆った。
「笑って…おりましたでしょうか?」
「うーん、幸せそうな顔、というべきかな? 気難しい顔をされるより、よっぽどいいよ。」
「お恥ずかしい。」
「別に…恥ずかしいことでは無いだろう? 本当に、鷹通はおかしなことを言うね。」
 友雅は苦笑した。幸せそうに。
「甘い物で喜ぶなど、子供扱いされているようで。」
「酒が飲めないのでは、子供扱いされても仕方が無いだろう?」
「それはこの世界の話で。」
「では、この世界にいる間だけでも子供でいなさい。鷹通は色々なことにがんばりすぎるのだから。」
 諭すような声の響き。それは本当に鷹通のことを心配しているとわかってしまうから、鷹通は余計に恥ずかしくて下を向く。
「………」
「ほら、まだ残ってる。」
 友雅はスプーンでアイスをすくうと、鷹通の口の前へと差し出した。
「ちょ…、友雅殿。悪ふざけはお止め下さい。」
「おや、お気に召さないか。では私も一口。」
 友雅は手を返して自分の口にパフェを運んだ。
「うん。いい味だね。」
 にっこりと笑う。
 はたして、この一連の行動が、傍目にはカップルのじゃれあいとしか映らないことに、友雅は気付いているのかいないのか。

「鷹通と、こうやってゆっくりと時間を過ごすのも久しぶりだ。」
「夜の仕事を選んだのは友雅殿でしょうに。」
 鷹通の言葉には、拗ねた響きが含まれている。
「効率がいいからね。いつまでこの世界にいるかはわからないけれど、金はあって困る物では無いし…免許も欲しいしね。」
「免許? 車は?」
「くれるという人がいるから。あとは免許。」
「ずいぶんと、もてていらっしゃるようで。」
「仕事だよ。本当に気を惹きたいのはいつでも一人しかいない。」
 痛いほど真剣な眼差しで見つめられて、鷹通は困ったように顔を伏せた。
「そろそろ…行こうか。君の見たがっていた映画が始まってしまう。」
 友雅は伝票をつかんで立ちあがった。
「映画?」
「いい店を見つけたんだ。一つ目の店は、椅子にゆとりがあるし、一列一列を広く取ってあるからスクリーンも見やすいし、何より夜遅くまで上映してるいい店。二つ目の店も夜遅くまで営業しているのだが、その割には落ちついていてね。酒も美味いが、食事も大した物なのだよ。いい店だろう?  三つ目の店は部屋の種類が豊富な上に、部屋に行くまで人目に触れない構造になっていて、何より、男2人で入っても構わないといういい店。…付き合ってくれるのだろう?」
 くすくすと笑いながら友雅は鷹通の様子をうかがった。
 鷹通は何か言いたげに無音のまま口を動かしていたが、やがて諦めたように微笑んだ。
「嘘はおっしゃってませんからね。いい店を見つけて、私を誘って、私が応えた。いい店が何軒あるかなんてお伺いしませんでした。」
「そういうこと。」
 友雅は鷹通に、片目だけ瞬いてみせた。この世界で知ったウインクが、これだけ綺麗に決まるのは友雅だからだろう。
 友雅に促されて鷹通も席を立った。

 支払いを済ませ、ビルの奥にある判りづらい階段を降りながら、(この判りづらさのせいで、喫茶店は穴場を保っているのだ)友雅は鷹通の唇に口付けた。
「と、友雅殿っ!」
 それは人目のいない場所での一瞬の行動だったけれど、鷹通の感覚からすればとんでもない行動だった。鷹通は友雅を責める眼差しを向けた。
「あんまり鷹通の唇が甘そうだったから…つい、ね。後でじっくりと味あわせておくれ。」
「知りません。」
 怒ってそっぽを向く鷹通。けれどその頬は赤く染まっていて。
「はいはい。」
 やれやれと首を振る友雅。けれどその顔は幸せそうに笑っていて。


―――――――――――甘い夜はまだ、始まったばかり―――――――――――――――



了 2000.08.01


 666キリ番記念。ナカムラシノ様に捧げます。
 「鷹通に甘いモノを食べさせてあげる友雅」というお題を最初に見た時、頭に浮かんだのは大きなパフェを幸せそうに食べている鷹通と、それを幸せそうに見ている友雅でした。
 ええ、この期間限定苺パフェは実在します。私のお気に入りの店のパフェです。ホント、でかい。最近ハーフサイズが出ました(笑)

 で。パフェ食べさせてるだけじゃ芸が無いよなー。と思って、甘い物を拡張解釈してみたのですが…なんだか説明的なセリフばっかりになってしまって……。大失敗?
 ともかく、甘い二人が甘い物食べて、甘い夜を過ごすんだぞ、って話のつもりです。
 ………書き逃げっ(脱兎)


おまけのオリジナル現代版補足説明

神子が竜神を呼ばずに、八葉の力で瘴気を払った後、現代への道が開いて神子と八葉全員が現代へ飛ばされます。
何のために呼ばれたのか、敵はいるのか、まるでわからない上に養ってくれる姫もいないので、とりあえず自力で生活する八葉(笑)
住民票や戸籍が必要な時は龍の宝玉が輝いてごまかしてくれます(笑) ってわけで、宝玉は有り。ただし一般人には見えない。泰明、イノリ現代エンディングに宝玉がなかったのは、すでに神子や八葉が一般人になってたから。この設定だと神子はまだ神子の役目が残ってるので宝玉を見ることができます。きっと五行の力も扱える。
天真、詩紋以外の6人共同生活。最初の生活費や敷金などは天真をはじめとする現代人サポートと借金(アコムかな?)
頼久、友雅は務め人。(友雅はホスト!) イノリ中学生(設定の15歳は数えということにしよう)、永泉高校生、泰明、鷹通大学生+アルバイト。家事交代制。
友雅がいい金稼いで借金返しました。免許取得と、あわよくば鷹通と2人での生活を狙っているらしい?
イノリ、永泉は学校の授業についていくのが大変なので、イノリは詩紋、永泉は神子に勉強を教えてもらっています。(イノリはさぼり気味。学校も勉強会も)
泰明、鷹通の学部、頼久の職業は決めてません(爆)

何故現代に八葉が呼ばれたのか? 竜神の神子の役目は終わっていないのか? どうすれば京の六葉は元の世界に帰ることができるのか? 現代の世界を狙う悪の組織とは? 謎が謎を呼んで次回に続・・・・・かないってば(^^;

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