どんなことをして欲しいの僕に

○久



「どうして鷹通は、すぐにうつむいてしまうんだい?」
 月が綺麗な夜、白虎の2人が酒を酌み交わしている。
「それは…」
 鷹通は言いよどむ。なんと言えばいいのだろう。
 八葉に選ばれ、白虎として友雅と一緒にいることが多くなればなるほど、鷹通は自分の至らなさを思い知る。
 身分、才能、品格、体躯、人脈、持って生まれた華…、八葉としての力も、友雅にはかなわない。唯一、自分のほうが優れているはずの勉学に関しても、友雅が本気になれば、とうていかなわないのではないかと思ってしまう。
 ふとしたはずみに友雅が見せる才覚…。それを見るにつけ、鷹通の気持ちは揺れる。
『本当に、自分は天の白虎として、この人の隣に立っていいのだろうか?』
 努力だけではどうしようもない物があると知っていたはずなのに、友雅の隣に立つ自分の貧相な姿が悲しい。
「私は…とうてい貴方には及ばない…」
 鷹通は手元の杯をじっと見つめる。
 満月のはずの月は杯の中でゆらゆらと揺らめいて形をとどめない。
 小刻みに手が震えているのは、酔いが回っているからだろう。
 もちろん友雅に酒で勝つことも出来ない。
「何を言っているのか…私にはわからないね。」
 呆れたような冷たい口調。
 友雅にとっては、人に嫌われることも苦では無いのだろう。常に、非難の声より賞賛の声のほうが多いことを知っているから?…いや、人の評価など気にしないだけの強さを持っているから。
「今日はもう、失礼します。お招きいただきまして、ありがとうございました。」
 鷹通は杯を置き、立とうとした。
 その腕を友雅が掴む。
「待ちなさい。」
 その声は反論を許さないだけの強さを持っている。
 鷹通はどうしたらいいのかわからずに、膝立ちの状態のまま止まる。

「どうして鷹通は、そんなにも自分を卑下する?」
 下から鷹通を見上げる友雅の目は、平素からは想像できないほど厳しい。
「同じ白虎の八葉として、聞きたいと思っていたのだよ。
 対がそんな状態では、良い結果は出せないだろうからね。」
 鷹通はその言葉に、びくっと身をすくめる。
 やはり友雅も、自分のことを頼り無く思っていたのだろうか。
「申し訳…ございません。八葉に恥じぬ働きをするよう、精進いたします。」
 友雅と目線をあわさないように目を伏せて、鷹通は再び立ちあがろうと足に力をこめる。
 しかし、友雅は手を離さない。
「どうしてそこで謝るのだろうね。私は君が八葉として充分すぎるくらい働いているのを知っているのに、その君に精進されたら、私の立場は無いだろう?」
 友雅は苦笑した。
「友雅殿は、そのままで充分お強い。神子殿の心の支えにもなっていらっしゃる。それにひきかえ私は、何も…」
 怨霊と戦えないわけでは無い。術が使えないわけでは無い。けれども、その効果は他の八葉と比べれば弱い。小言の多い自分といるのは肩がこるのか、神子は鷹通を供に連れ歩くことは少ない。
 友雅は盛大なため息をついた。
「結局、鷹通は自分に自信が持てない…ということか。」
 鷹通は、体を固くする。
 見透かされる。一番知られたく無い人に、本当は卑小な自分を知られてしまう。
「君は…私には及ばないと言った。私のことは認めてもらってると思っていいのかな?」
 黙って頷く鷹通。
「では、その私が君を認めると言っても…?」
 鷹通は首を横に振る。
「同情はおやめください。自分のことは自分が一番よく知っています。」
 回りの目を気にして、理想の自分に近づくために努力してきた。けれど、努力だけではどうしようもない物があると気付いてしまった。
 たとえば…こんな月の夜、即興で作った歌と樂に感動すら覚えてしまった時、才能…いや、人としての格の違いを思い知る。
「やれやれ。かたくなだね。」
 友雅は、ようやく鷹通の腕を離した。
 捕まれていた場所が熱い。友雅の体温は自分より低いはずなのに。
 手を離されて、ほんの少し寂しい気がするのは、引き留めて欲しいと思っているからではないのか?
 …浅ましい…
 鷹通は自分の忌むべき心を振り払うように首を振った。

「では、失礼いたします。」
 鷹通は立ちあがった。
「鷹通? 帰ろうとしている君に頼むのは悪いのだが…」
 友雅が鷹通を見上げる。何かを企んでいるような、それでいて人を惹きつけずにはいられない笑顔で。
「何か?」
「どうやら飲みすぎてしまったようでね。一人で立てそうにないのだよ。
 肩を貸してくれないか?」
 あまりにも白々しい嘘だった。
 友雅の酒の強さはあたりに知れ渡るほどであるし、顔色を見ても、酒の影響などまるで出ていない。
 それでも、そのように頼まれれば、招かれた身として断われるわけもない。
「珍しいこともあるのですね。」
 鷹通は友雅の側に膝をつき、腕を肩に回す。
 ふわりと、侍従が香った。
 自分も好んで付けている香なのに、微妙に香りが違う。
「立ちますよ。」
 友雅の重さを支えつつ鷹通は立ちあがり、歩く。
「ここまででよろしいですか?」
 来客が入ることなど無いであろう寝所まで鷹通は付き合わされた。
 すぐそこにととのえられた帳台。
 友雅が夜を過ごす場所。
 一瞬、秀麗な顔を惜しげも無くさらして眠る友雅の姿を想像してしまい、鷹通は頭を振る。
 …どうかしている…
「寝かせてくれるかい?」
 どこまでも、わがままな姫のように振舞う友雅。
 その真意が見えないままに従う鷹通。
 自らも膝をつき、友雅を横たえて、立ちあがろうとして…首に回された腕に力が込められて…友雅の上に倒れこむ。
「何をなさるのです。」
 友雅は下から鷹通の体を抱きしめる。
「ねぇ、鷹通? 君は私のことをどう思ってるんだい?」
 くすくすと、笑いながら友雅が尋ねる。
「お戯れはおやめください。」
 友雅の腕からは力が抜けない。
 鷹通は抜け出そうと試みて、諦める。
「どう思う?」
「…尊敬しております。同じ八葉としても、内裏に勤める者としても。私はまだ地下人ですが…」
 友雅と鷹通の身分の差は、ほんのわずかなように見えて、とても遠い。
「それだけ? 君が私を見る時、どんな目で見ているか、教えてあげようか?」
 鷹通はどきりとした。
「とても…切ない目をしている。情欲でも嫉妬でも崇拝でもない。憧れているのに、自分から諦めてしまっているような、とても寂しい、切ない目。
 ねぇ鷹通? 君にとって私は、桃源郷の月なのかい?」
 抱き寄せられて、鷹通の目の前にあるのは友雅の首筋と耳。それと同じように、友雅の前には鷹通の耳があるのだろう。聞こえる声はとても優しい響きを持っている。
「やはり、友雅殿にはかないません…。ええ、私は貴方に…憧れて…焦がれていました。
 貴方のようになりたかった…。けれど、なり得なかった。それはとても悲しいことで。
 友雅殿が羨ましくて、自分が悔しくて、辛くて…。
 同じ白虎として、私のような者が貴方と肩を並べていいものか…ずっと考えていました。」
 酒のせいなのか、それとも友雅の言葉のせいなのか、鷹通は何故か素直に気持ちを話すことができた。
 鷹通の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。
「…そんな情熱的な言葉で口説かれたのは初めてだね。」
 友雅の腕から力が抜ける。
 鷹通は、友雅の言う意味がわからずに、驚いて体を離す。口説く? 自分が? 友雅殿を?
 友雅は微笑んで、鷹通の目元をそっと指で拭った。
 その指を自分の、形のよい口に含む。
 鷹通の顔が朱に染まる。
「お戯れはおやめください。」
 鷹通の顔を見て、友雅はくすくすと笑う。
「そうだね…。鷹通には、今日はわがままを聞いてもらったし、素敵な言葉も聞かせてもらった。
 だからね、今度は私が鷹通の言うことを聞いてあげるよ。
 ねぇ、鷹通? 私に、どんなことをして欲しいの?」

「え…?」
 虚を衝かれたように、鷹通は呆然とする。
 今まで、友雅に憧れて、自分がそうなりたいと願うばかりで、友雅に何かして欲しいと思ったことは無かった。
「じゃぁ少し言い方を変えようか。
 どんなことをしてみたいの? 私に。」
 友雅は笑った。その笑みは鷹通が今まで見たこともないくらい扇情的で、心臓が大きな音をたてて鼓動を打つ。
 体中の血が逆流するような高揚感に、鷹通はめまいを感じた。
 友雅に憧れて、自分がそうなりたくて、でもなれなくて…。それならば…自分のものにしたい? 
 それとも。ただ、見たいのかもしれない。いつでも余裕の笑みを浮かべる友雅の、違う表情を。しどけない姿を。自分の手によって乱れる友雅を。
 ぴったりと合わさっている体の、微妙な変化を気付かれないうちに友雅から離れようとする鷹通。
「かまわないよ…鷹通。」
 なにもかも見透かしたように、友雅は声をかける。
「体を重ねるのは嫌いじゃない…。それが気に入ってる者とならなおさらね。」
 友雅は鷹通の頬に手をあてて、自分の体を起こした。鷹通が距離を取れないように片手は鷹通の頭の後ろに回し、頬にあてた手を顎にすべらせて鷹通の顎を持ち上げて、自分の唇を鷹通に重ねた。
 ひんやりとした感覚に、鷹通は一瞬身を引こうと力をこめる。けれど、友雅の腕に止められる。
 熱いものが鷹通の唇をなぞる。それが友雅の舌だと気付いた時には、すでにそれは口中に入りこんでいた。
 上顎を、歯列を刺激されて、鷹通は固く目を瞑る。
 舌に絡まれて、何かが鷹通の中ではじける。
 むさぼるように、自分からも舌を絡めて…友雅に導かれるままに友雅の口中にさしいれて、夢中で友雅を追いかける。
 どのくらいそうして、お互いにむさぼりあうような口付けを交わしたのだろう。
 どちらからともなく唇が離される。
 鷹通はすっかり息があがっている。
 友雅は、苦しげに息をついている。
 新鮮な空気で鷹通に理性が戻る。
「も…申し訳ありません………」
 椿よりも赤い顔をして、鷹通は逃げるように友雅から離れる。
「ふふ。いいよ、鷹通。」
 友雅は薄く笑って、自らの衣を落とす。
 鍛えられた体躯が惜しげもなくさらされる。
「はじめよう?」



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