人の条件
2
「どういう…ことなのですか?」
鷹通は眉間に指を置いて、額を押さえた。
「話せば長くなるのだが…泰明、鷹通にも説明してくれるかい?」
友雅が泰明を促す。泰明はひとつ頷いた。
「私は神子のために人間になりたい。そのために性欲が知りたい。だから友雅と鷹通の交わりを見たいのだ。」
無駄な言葉を嫌う泰明の説明は、あまりにも簡潔すぎて、鷹通は疑問を解決するための質問を整理した。
「泰明殿。あなたは人間では無いのですか?」
「そうだ。私は晴明様に作られたモノだ。心は無い。無いと思っていた。」
「でも、神子を愛してしまった。」
「愛するという感情がどのような物かはわからない。だが、神子のことを考えると、胸が苦しくなる。『いとおしい』という感情だとお師匠はおっしゃった。」
「人間になるためには、何が必要だと?」
「私には感情が無い。いや、あるのかもしれないが、自分で理解できない。神子の想いもわからない。神子に近づくために感情が欲しい。」
「何故それで性欲などを。」
「友雅に聞いた。人間の感情は欲から来るのだと。他の欲は感じないまでも理解は出来ると思う。だが、性欲だけはまったく判らない。」
「そもそも、何故友雅殿に相談を?」
「八葉の中で一番年齢を経ているからだ。」
鷹通はため息をついた。経過はわかったが、泰明は人選を誤りすぎだ。
「友雅殿。人としてあるために必要なのは、義務と責任ではないでしょうか。」
きつい調子で友雅をとがめる。
「おやおや。それでは聞くがね。泰明は今まで八葉としての義務も責任も果たしてきた。それでも彼には感情が無い。何が足りないのだと思う?」
「そ、それは…まだわかりませんが…感情が欲から来るというのは、間違いだと思います。」
「そうかな?」
「静かに響く樂の音に心を落ち着かせ、美しい自然に感動して歌を読む貴方がそのようなことを言うとは、意外です。」
「静かな樂に心を引かれるのは、自分がそれを欲している時だけだよ。鷹通だって、自分を追いたてて仕事をせねばならぬ時に静かな樂が流れてきたら、気勢をそがれないか? 歌を読むのは、そうだな…」
友雅は言葉を切って鷹通の顔を見つめた。
「君の気を惹きたいたいという欲から来るのかもしれない。」
「またそのようなことを…」
「なんにせよ、性欲は大切だよ。子孫を残すための重要な儀式のための欲だ。泰明が神子殿と想いを通わせたとして、泰明に何もそのような感情が無いのでは、神子殿も困るだろう。」
「それはそうですが…」
「変に知らないでいるよりは、知ってしまったほうが対応できると思うがね。」
「………それは………はい、認めましょう。」
鷹通はうつむいた。
「しかし! 何故それが、私と友雅殿の契りなどという方向に行くのですか?」
鷹通はキッと顔をあげ、友雅を正面から見つめた。
「百聞は一見にしかずというだろう?」
「それならば、誰か女性を相手になさればいい。」
「泰明に、神子以外の女性の濡れ場を見せるのかい? どうしたって比べてしまうだろ? 存外君も失礼な輩だね。」
「絵合でもなんでもあるではありませんか。何故私達がそのようなことをせねばならぬのです。」
鷹通の声に怒りが含まれている。
「…そんなに嫌なのか。」
「嫌です。」
間髪をいれずに鷹通は答える。
「…仕方が無いね。泰明、感情から来る体の反応を教えてあげたかったが仕方が無い。体から来る感情を教えてあげよう。」
友雅が泰明に視線を向けた。
手が泰明の頬に近づく。
いとおしげに目を細め、右頬から右首筋に手を滑らせていく。
…いつも鷹通にするように。
「やめて下さい。」
止めたのは鷹通だった。
友雅はくすくすと笑った。
「…じゃあ、鷹通が相手をしてくれるのかい?」
「…………………は……い………」
うつむいた鷹通から小さな返事が聞こえた。