鼓動

○久



「そういうこと、か。」
 友雅殿が目を細めて私の体を見た。
 人払いされた私の部屋。
 それほど明るいわけではない、蝋燭の火が燃える下で、友雅殿は検分するように私の肌を見つめる。
 きっと、この人にはわかってしまうと思っていた。
 だから、避けていたのに。
「誰と、だなんて野暮なことは聞かないでおくよ。」
 視線が冷たい。
 ああ、怒っているのだ。
 私は黙って首を横に振る。
「どうしたんだい? 鷹通。」
 冷たい声。
 私になど、もう興味を失ってしまったのだろうか。
「わからないのです。あの時は、飲みすぎてしまって…途中から意識がありませんでした。
気付いた時には客間で寝ておりましたし、あの場にいたはずの方に話しを聞いても、私は一人で寝所へ参ったと…」
 私は正直に話した。
 あの日、記憶には無いのに、体に残るけだるさと跡で、自分の身に何が起きたのか知った。
 いや、本当はぼんやりと覚えている。誰かと肌を合わせたこと。友雅殿の名前を呼んだこと。
 けれども、友雅殿はあの夜は宿直。宮中を抜け出せるはずもない。
 誰が―――?
 友雅殿には知られたく無かった。理由をつけて、避けて、避けて。
 情事の跡の消えにくい自分の体質までも恨めしい。
 けれど、こんな風に邸まで尋ねてこられてしまえば、もう避けられない。
 そして、見られてしまった。
 薄くなったとはいえ、この人が自分以外の者のつけた印に気付かないわけがない。

 私はうつむいて、言葉を待った。
「…そう。覚えていないんだね。誰ともわからない者と肌を合わせる…
今までに鷹通の浮名が流れなかったのが不思議なくらいだよ。」
 私は恥じ入って、さらにうつむいた。
 それでも声をしぼりだす。
「申し訳…ございません。私は…友雅殿だと………」
 最後のほうは消え入りそうな声になる。
 友雅殿だと思ったから肌を重ねた? その言葉は、言い訳のようであり、告白のようでもある。浅ましい自分の心を知られたく無いのに。
「君が誰と褥を共にしようとも、私に止める権利は無い。
けれど…他の者を私と間違えるのは、いただけないね。」
 友雅殿の声に冷笑が混ざる。
 私は、体に冷たい氷をあてられたように身をすくめる。
 では、友雅殿は私が誰と同衾しようと、構わないのだろうか。
 私は…貴方が誰かと共に夜を過ごすことを考えただけで、胸が痛いのに。
 きっと私の顔は青ざめていることだろう。
「鷹通は、酔ったくらいで私を忘れてしまうのかい?」
 別の響きが混ざる。
 なんだろう。この感じは。
「もっと…強く刻んでおくのだったね。」
 小さな声。
 ふいに重ねられる唇。
 構える間も無く、差し込まれる舌。
 巧みに与えられる刺激に、頭の芯が霞む。
 息もできないほど吸い上げられた後、暖かいものが流れ込んでくる。
 友雅殿の…。
 私はそれを飲み込んだ。それは、先ほどまで一緒に飲んでいた酒の味がした。
 …花の香りがするのは何故だろう…
 ゆっくりと唇が離される。
 腕が回されて、衣を解かれていく。
「酔っていて、体の自由が利かなかった…。では、こうしよう。」
 友雅殿は微笑んで、解かれた紐を手に取った。
「な、何をなされるのですか!?」
 後ろ手に腕を取られ、手首を紐で結ばれる。
「酔っていて、目も霞んでいた…。では、こうしよう。」
 私の言葉などまるで聞こえていないかのように、友雅殿は動く。
 今度は眼鏡を外され、帯と紐で目を覆われた。

「嫌です。何をなされるのですか?!」
 私は必死で抵抗しようと試みるけれど、なんなく押さえ込まれてしまう。
 突然、胸に刺激を感じて私の体は跳ねる。
 指で、先端を摘まれているようだ。
「くっ。」
 ひねるような刺激に、声が漏れてしまう。
「ちょっとしたお仕置きだよ。鷹通が私を忘れないようにね。」
 耳元で声がする。
 その声も突然すぎて、私は驚いて体をすくませる。
 自分の意志で目を閉じているのとは違う。
 まったく見えないのだ。
 どこに友雅殿がいるのかも、どんな格好をしているのかも、どんな表情をしているのかも…自分がどんな格好をしているのかも、わからない。
 いつ、どんなことをされるのかもわからない。
 怖い。
 純粋に恐怖を感じた。
「取って下さい。お願いです。友雅殿。」
 私は懇願する。
 何か違う。こんな…こんなことは、違う。
「ダメだよ…鷹通…」
 今度は、少し下…首元あたりで声がした。
「あっ。」
 舌が、首筋を這う。
 やんわりと後ろへ押し倒される。
「痛っ…」
 縛られたままの後ろ手に体重がかかる。固い床と背中の間で、血が止まりそうなほど押しつけられて、痛い。
「解いて下さい…お願いです…」
 なおも懇願する。どこかで、きっと無駄だと思いながら。
「ダメだと、さっきも言っただろう?」
 今度の声は腰あたり。
 紐を解かれただけで、まとわりついたままの指貫の間から手がさし込まれ、中心を握られる。
「やっ…」
 まだ立ちあがっていないその場所を探られるのは、とても恥ずかしい気がした。
 臍のあたりに滑る舌の感触。胸まで一気に舐め上げられて、腰が浮いてしまう。
 腰が浮いた分、両手首への痛みは減る。
 胸の突起を執拗に舐め上げる舌と、体の上を蠢く指の感触。
 湿った音だけが響く。
「嫌…あぁ!」
 私が懇願しようが、体をひねろうが、友雅殿は黙ったまま私の体をまさぐる。
 次第に、私の頭に奇妙な恐怖が広がる。
 私の上にいるのは、本当に友雅殿なのだろうか? 
 何も確かめる術は無い。見ることもできず、その髪に触ることもできず、声すらも、聞こえない。
「友雅殿…お願いです。何か…声を…お聞かせくだ・さい・・」
 切れ切れの言葉。
 一瞬、手が止まるけれど、何も無かったように動きだす。
「友雅殿…?!」
 怖い。とても………ただ………怖い。

 泣いていたことに気付いたのは、目許をぬぐう優しい指の感触があったから。
 ああ…この指は、友雅殿だ。
 何故か素直にそう思えた。
 触れられる指に意識を集中させる。
 自分よりいくぶんか低い体温。長い指。指先が少しだけ固いのは、琵琶を奏でるせい。大きな手のひら。触れるか触れないかの位置で焦らした後、突然与えられる刺激。
 そう、これは友雅殿の手…。
 少しだけ安心する。
「覚えたかい?」
 突然、耳元にささやきを落とされて、身がすくむ。
 聞き間違えようも無い、友雅殿の声。
 低く、甘く、艶めいて。
 ふいに唇が重ねられる。
 友雅殿の唇。友雅殿の舌。友雅殿の味。
 今まで意識すらしてなかった小さな事柄を、自分に刻む。
 2度と間違えないように。
 小さく笑う気配を感じると同時に、体が返された。
 膝を立てられる。けれど、腕が使えないので肩だけで体を支える格好になる。
「嫌っ」
 屈辱的な格好に体をひねろうとするが、友雅殿の手に背中の中心を押さえつけられる。
「やめ・・て・・くださ・い。」
 片手で私を押さえながら、もう片方の手は私を刺激している。
 こんな屈辱的な格好をさせられているのに、快感を拾ってしまう自分の体がたまらなく嫌だった。
 滴りを何度も塗りこめられて、意識が遠くなる。
 肩の痛さよりも強い痺れが体の中心に向かって集約されてゆく。
「ん…」
 意識がそこに集中していく。もう、耐えられないと思った瞬間、不意に手が離れた。
「!…」
 思わず追いかけるように動いてしまった自分が恥ずかしい。
 けれど…行き場を失った熱が体中を巡って…熱い。
「とも・まさ…どの…」
 先ほどとは違う懇願。
「おや? 鷹通。やめて欲しいのでは無かったのかい?」
 楽しそうな口調。
 私はふるふると首を振ることしか出来ない。
 友雅殿の指が、つい、と、私の後ろに回って滴を塗り込める。
 次にくるであろう衝撃に私は身構える。
 腰に手をあてられて、友雅殿が入ってくる。
 体を裂かれるような痛み。けれど、待ち望んでいた刺激。
「くっ あっ・」
 頭の芯が霞む。
 体の中の甘い痺れが、再び集まってゆく。
 けれど、友雅殿はそのまま動かない。
 刺激を欲していた私の体は、私の意志に反して快楽を拾おうと動こうとする。
 また、背中を手で押さえられ、身動きが出来ないようにされる。
 体のなかにわだかまった熱で、どうにかなってしまいそうだ。
「と・も・・まさ・ど…の・」
 動いて欲しい。刺激が欲しい。もう、達することを許して欲しい。
「お願い・・です…」
 雄の本能が体を焼く。ほんの少しの刺激でもいいのに。
 それでも友雅殿は動かない。

 自分の、あられもない呼吸音とやけにはやい鼓動の音だけが耳につく…。
 …いや、それだけでは無い。
 自分の中に、自分とは違う早さで打たれる振動を感じる。
 友雅殿の…鼓動。
 肩口に頭をあずけて寝る時に感じる鼓動よりも、早い。
 貴方も、感じているのですか…?
 体の中にある友雅殿の形。
 意識を向ければ、わかってしまう。
「あっ…」
 何もされていないのに、確かに今、友雅殿が私の体の中にいるという事実だけで痺れを感じてしまう。
「・・ぅ」
 友雅殿の小さな、小さな声と共に、質量が増した。
 …刻まれて行く。友雅殿の全てが。
 すでに私は、以前の私には戻れないのだろう。
 貴方が私を変えてしまった。なのに、私はそれを喜ばしいことにすら感じてしまう。
 貴方を体全体で感じることができて、嬉しいと感じてしまう。
 目に見えるものだけでなく、耳に聞こえるものだけでなく、肌に感じるものだけでなく、舌に味わうものだけでなく、鼻に香るものだけでなく。

 不意に、背中の圧迫が消える。
 首筋に、回される指。
 宝玉を確かめるように横になぞる。
 ぞくり、とした。
 異質な感覚。
 今までの熱が一気に冷めるような冷たい感覚が体の内側を走る。
「とも…まさ…殿…」
 恐れ。この人は、何を今、しようとした?
「鷹通…。」
 声と共に、体が持ち上げられる。
 座った友雅殿の上に座らされたようだ。
「鷹通…」
 耳元に熱い声をかけられて、先ほどの冷えた感覚は消える。
 下から突き上げられる刺激に、また意識は白濁してゆく。
「友雅殿…」
「鷹通…」
 お互いの名前を呼びながら、高められていく。
「んっ…」
 手が、前にも回される。いつ達してもおかしくないくらい屹立したものに、手が添えられる。
「そんな…も・ぉ…」
 耐えきれずに熱を吐き出して、体がひきつる。
 甘い痺れが体を支配する。
 ほぼ同時に、私の中にも私以外の熱を感じる。
 それは友雅殿の熱…。
 動かせない腕にあたる友雅殿の体も汗ばんでいることに、今更ながら気付く。
 互いの汗と、侍従が混ざった妙に甘い香りがただよう。
 これは、友雅殿の香りというよりは、2人の香りなのかもしれない…などと思う頃、不意に腕が自由になる。

 目かくしも外された。汗ばんだ肌に空気が冷たい。
 友雅殿のほうを向くように体を返された。
 そっと目をあけると、心配そうに笑う友雅殿の顔。
 見えなくても、心に浮かべることが出来るほど、刻み込まれている表情。
 手を伸ばして、友雅殿の体に抱きつく。
 抱きしめた感触を、刻んでおこう。
「大丈夫かい? 鷹通。」
 友雅殿の声。誰とも間違えようも無い、人を酔わせるその声。
「はい。大丈夫です。」
 常と違う行動の裏に何があるのか。
 私は…自分を買かぶってもよいのでしょうか? 貴方に…嫉妬されていたと。
「ふふ、鷹通は可愛いね…。」
 腰よりも少し下、臀部の辺りを鷲掴みされる。
 体の中に入ったままの友雅殿が、再び質量を増す。
「え? あ・」
 揺り動かされて、しがみつくことしかできない。
 いつのまにか上向けに寝かされて、うわごとのように名前を呼んで…。
 そのまま、また熱にうかされる。


 そして、夢うつつで聞いたのは友雅殿の胸の鼓動。
 ひとつひとつを数えながら、私は眠りに落ちて行く。



了2000.0830


 お仕置きお仕置きっ(嬉しそうだ>○久)
 後ろ手に縛るのは基本でしょう?(そうか?) できればあの部分も紐でしばってみたかったのですが(笑) 目隠しで我慢しておきました。
 だって、最初に読んだ友鷹で、まさにそこを縛ってたから(爆) その文章がとーーーっても綺麗でえっちで、逆立ちしたって私には書けないから、違う方面からせめてみました。
 それは、とってもチャレンジャーな受け一人称(核爆) 疲れたぁ。
 色っぽく無くなってしまったなぁ(^^;;; あう。修行不足。(でも、こんな修行は嫌だぁぁぁぁぁ(笑))

 当初の予定はここで終わりだったのですが、キリ番リクの「嫉妬する友雅」をつらつら考えていたら、続きが出来てしまいました(^^; ちょっとダークというか、友雅壊れます。
 とてもとても、あんな軽いノリではじまった話とは思えません(笑)
 あ、このシリーズは「目指せエロ」なので、毎回エロになる予定です(爆)
 せっかくチャレンジャーなことしてるので、毎回、誰かの一人称で行きます。(無謀)

 次は「聖書」。岡村靖幸ファンは「バイブル」と読むべし! 「僕のほうがいいじゃない?」という天真x鷹通。
 その次が「虜囚」でこの「鼓動」の友雅バージョン。で、次が…と、一応決めてはいるけど、いつ書けるかわからないのであんまり風呂敷広げないでおきます。

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