白雪道

○久

 ある城に、鷹通という若者がいました。
 男でありながらその容姿はとても美しく、肌は雪のように白かったので、周りからは「白雪道」と呼ばれていました。
 鷹通の継母も美しい女性でしたが、自分の美貌を常に称えられていないと気が済まない性格でした。
 継母は、魔法の鏡に今日も問い掛けます。
「鏡よ、この世で一番美しいのは誰だい?」
 鏡の精がポツリと答えます。
「そうね…貴方だと思うわ…」
 継母は手を口元にもってゆき満足げに高笑いをしました。

 しかし、ある日のことです。
 いつものように継母が鏡に問いかけると
「今は…白雪道ね…」
 という答えが返ってきたのです。
「なんだって? あいつは男じゃないか。男でもいいならアクラム様のほうがよっぽど綺麗だよ!」
「………鈴の音が聞こえる…もう帰らなきゃ………」
 答えの返らない鏡を見つめながら、継母は赤く長い爪を噛みました。

 腹をたてた継母は猟師に白雪道を殺してくるように命じました。
 しかし、強面の外見の割に性格の優しい猟師は、白雪道を殺すことが出来ません。かと言って城主に恩のある身では継母に逆らって白雪道を連れ返ることもできないのです。
 猟師は人気の無い森へ白雪道を連れて行き、今までの説明をし、「何処か遠くで幸せにくらすといい。」と白雪道に自分の貯めた金を渡して別れました。

 聡明な白雪道は城へ帰ることは諦め、隣町へ向かうため森を抜けようとしました。
 しかし、城でいつも勉強ばかりしていた白雪道には体力が無く、森の途中で疲れきってしまいました。
 そんな鷹通の目に、ひっそりと立つ小屋が目に入りました。
 鷹通は一晩の宿を借りようと、小屋の扉を叩きました。
 返事はありません。
 悪いとは思いつつも、鷹通は小屋の中に入りました。
 中には7組づつ揃った小さな食器や寝台がありました。
 その小屋はとても暖かくて居心地がよく、疲れきっていた鷹通は気が揺るんだのか、ついその場に座り込んで眠ってしまいました。

 7人の小人達が自分の小屋へ戻ると、見知らぬ人が壁にもたれて眠っていました。
「だ、誰かいるっ!」怖がりの詩紋が天真の後ろに隠れます。
「あぁ? 誰、コイツ。」天真は目を細めて白雪道を見ます。
「武器を身につけてはいないようですが。」頼久が検分します。
「特に無くなった物も無いみたいだぜ?」イノリが机の上の食べ物を確かめます。
「何処かで見たような・・・。そう、城主の家族の似絵で見ました。」高貴な出身の永泉が記憶を呼び起こします。
「その者から邪悪な気はたっていない。問題は無い。」首飾りを手に気を集中させていた泰明が呟きます。
「それにしても美しい・・・」友雅が白雪道の顔を覗き込みます。
 伏せた睫毛が白い肌に影を落としています。
 上質そうな服に負けない高貴な雰囲気を纏って眠る美しい白雪道のことを、7人の小人は一目で気に入ってしまいました。
 小人達は目を覚ました白雪道から事情を聞いて、一緒に暮らそうと提案しました。
 白雪道は「私などでお役にたてるなら…」と承諾し、家事全般を受け持ちました。
 そして白雪道と7人の小人の奇妙な共同生活が始まりました。


 しばらくは平和な日々が続きました。
 7人の小人同士は喧嘩しながらも仲がよく、鷹通はそんな小人達のことをとても好きになりました。常に忙しく働いていることが好きな鷹通は、世話を焼けることが楽しいのです。小人達も素直で健気な白雪道のことを、もっと好きになりました。
 本の虫だった白雪道も、食事や洗濯の都合状、外に出かけることが多くなり、その白すぎる肌にほんのりと健康的な色が宿り、その美しさは以前にも増して輝くようでした。
 そんなある日。
 城の継母は再び鏡に尋ねました。
「鏡よ。この世で一番美しいのは誰だい?」
「…そうね…人生に意義を見出して心身共に充実している白雪道かしら………」
「なんですって? あいつは死んだはずだよ?」
「…ああ、私の中が黒く染まる…止めて、もう呼ばないで………」
 相変わらず質問に答えない鏡に継母はきつい眼差しを向けました。
「他人はあてにならない。こうなったら私が自ら始末してやろうじゃないか…」
 継母は呟いて、怖いくらい綺麗な微笑みを浮かべました。

 7人の小人の帰りを忙しく働きながら待つ白雪道のもとに、老婆がりんごを売りにきました。
「美味しいりんごだよ? ひとつ食べてみないかい?」
 白雪道は首を振ります。
「そんなこと言わずに。りんごは小人達も好物なんだよ? うさぎさんに剥いてあげると、喜ぶよ。」
 その言葉は嘘なのですが、まだ小人達のことを全て知っているわけでは無い白雪道は、そう言えば詩紋あたりは喜ぶかもしれないと、素直に信じてしまいます。
「そうなのですか…。それでしたら、1つ頂きましょう。お代は…」
「ああ、いいよいいよ。気に入ったらまた来た時に買っておくれ。」
 老婆は半ば無理矢理、白雪道の手にりんごを押しつけます。
「ほら、綺麗だろう? 一口かじってみたくなるだろう?」
 老婆の目がキラリと怪しげに輝きます。白雪道はその目を見た瞬間に、頭にもやがかかったようにぼぉっとなってしまって、老婆の言うままに、手の中のりんごをかじります。
「…あっ………」
 白雪道の体が倒れます。
「ふっ。他愛も無い。これでこのアタシが一番美しいってことだね。」
 老婆は継母の変装だったのです。
 特殊な力を持つ鬼の一族である継母は、その能力で白雪道に術をかけて、お手製の毒入りりんごを食べさせたのです。
「でも油断しちゃならないね。美しさには磨きをかけないと。」
 高笑いをしながら継母は城へ帰っていきました。

 7人の小人が仕事から帰ると、白雪道が倒れていました。
「白雪道!」
 7人が駆け寄って白雪道を揺すりますが、心臓が鼓動を打つことはなく、その白い肌はますます青白く、冷たく変わっていきます。
「あーん。白雪道が死んじゃったよぉ。」 泣き出す詩紋。
「泣くなよ…。泣いたって死んだ者は生き返らないんだから………」うっすらと涙を浮かべるイノリ。
「そういうイノリ君だって…」
「うるさいっ!」 怒り出すイノリ。
「あー。もー。お前ら、ただ泣くなら外でやってくれよ。」呆れている天真。
「誰か来た気配がありますね。」慎重に床を調べる頼久。
「ああ、香りが残っているよ。とても甘い…腐りかけの果実のような匂いが…。美しくないね。」眉をしかめる友雅。
「泰明殿、式を使ってこの気配を追えないでしょうか?」うろたえながらも気丈にふるまう永泉。
「ああ、やってみよう。」無表情な泰明。
 7人7様の反応を示しながらも、7人の心は嘆きと悲しみと怒りで一杯でした。
「とりあえず、白雪道をガラスの棺に入れて花で飾ろう。もしかするとなんとかなるかもしれない。」
 7人も知っている昔話によれば、姫は王子のキスで目が覚めると相場が決まっています。
 美しい白雪道のことです。同性ということを気にしない王子がいるかもしれません。
 7人は急いで白雪道の亡骸を飾りました。

 表へガラスの棺を運び、人目を引くようにという計算も込みで7人の小人が棺に取り縋って泣いていると、白馬に乗った、いかにも王子様然とした少年が通りかかりました。
「何を泣いているんだ?」
 馬から降りもせず、ぶっきらぼうにその少年は尋ねました。
「白雪道が死んでしまったのです。」
「ふーん、そう。」
 そのまま少年は馬を進めようとします。
「あ。ち、ちょっと王子様?」
「興味無いね。僕はアクラム様にお仕えするんだ。後妻ったって、もう年じゃないか。僕が行ったからには大きな顔はさせない。待ってて下さいアクラム様っ!」
 勝手に一人で盛りあがって、少年は馬を走らせて行ってしまいました。
 7人の小人は集まって顔を見合わせます。
 しばらく小人達は話し合っていましたが、何か決意したようにひとつ頷いて、真剣な顔をして円陣を組みました。
「さいしょはグー。じゃんけんぽんっ! あいこでしょっ! あいこでしょっ!」
 気迫のこもった声が森に響きました。



 深い眠りから覚めるように、意識が深い所から戻ってきて、白雪道は目を開けました。
 ぼやける視界が次第に鮮明に変わって、最初に認識したのは…誰かの伏せた目。
 唇に押し付けられた柔らかい物が唇だと思考が回復して、白雪道は身じろぎしました。
「ああ。気がついたんだね…。」
 そこには、友雅がいました。けれど、白雪道が知っている小人の友雅ではなく、鷹通と同じくらい、いえ、それ以上にたくましい、男性の体を持っていました。
 体を起こそうとして、白雪道は口の中の異物感にむせました。
 けほけほと咳をすると、りんごのかけらが口から落ちました。
「良かった…。これでもう、大丈夫だね。」
 友雅は優しく微笑みます。
 小人の頃は見なれていたはずなのに、大きくなってみるとその整った顔に浮かぶ優美な微笑みは引き込まれそうなくらい魅力的で、鷹通は頬を赤くします。
「私は…どうしたのでしょう? これはいったい…」
 うつむいて鷹通は尋ねます。
「君は、継母の作った毒りんごを食べて、意識を失っていたのだよ。ああ、継母には泰明が呪を打っておいたから心配ない。」
 今、にっこりと笑って告げられた内容は、そんなに穏やかでは無いように白雪道には感じられました。
「あ、あの、では他の方々は…」
「私達はね、7人の心をひとつにすれば、一人の人間の姿を取ることができるのさ。誰が表面に出るかは話し合わなければいけないけどね。…君を救うには、これしか方法が無かった…」
 友雅の顔が曇る。
「え? で、では、他の6人の小人さん達は…?!」
「この中にいるよ。大丈夫。また7人に戻ることも出来るから。」
 友雅は自分の胸を指差しました。
 その言葉を聞いて、白雪道はほっと息をつきました。
「でも今は…私だけの白雪道でいてくれないか?」
 友雅は、白雪道の目を見つめたまま、白雪道をゆっくりと押し倒します。
「や、やめて下さい。何を?」
 白雪道は抵抗しますが、体格に勝る友雅にあっさりと押さえつけられてしまいます。
「私は、ずっと君を抱きしめたいと思っていた。この腕で、この体で。」
 友雅は白雪道の唇に、自らの唇を重ねます。
「…んっ」
 白雪道の顎が引こうとするのを許さずに、執拗に求められる口付けに、白雪道の息があがります。その瞬間に友雅は白雪道の口内に舌を差し入れて、何度も何度も角度を変えて刺激を与えます。
「…ふ…・ぁ」
 次第に白雪道の抵抗が弱まります。
「可愛いね……私の白雪……」
 友雅は綺麗に微笑んで、白雪道の服をはだいてゆき、そして…………


 深い眠りから覚めて、疲れきって重いまぶたをどうにか開けて、白雪道が最初に認識したのは赤い髪。
 驚いて白雪道は飛び起きました。
「あ、何? 白雪道起きたの?」
 裸の白雪道に寄り添うように、同じく裸で眠っていたのは、鷹通より小さな、けれど人の、少年の体を持ったイノリでした。
「イ、イ、イノリ? これはいったい…」
 白雪道ははずかしさに顔を赤らめたり、青ざめたりさせています。
「まったく、友雅ってばまったく説明しねーんだもんな。」
 イノリは頬を指でカリカリと掻きました。
「あのよ。俺ら7人は心を合わせると、一人の人間になれる。それは聞いたよな?」
 白雪道は頷きました。
「その、心を合わせるってのが、今回はその…白雪道、お前を助けたいってのと…お前を抱きたいって気持ちだったんだよ。」
 ちょっと照れたようにイノリは顔を赤らめました。
「ち、ちょっと待って下さい? ということは…」
 ひく白雪道。
「友雅ってばじゃんけん強えーのな。気合じゃ俺も負けてなかったんだけどさ。まぁ、2番手でもいーや。」
 イノリは邪気無くにっこりと笑います。
「あの…もしかして…」
「そ。俺ら7人が、順番に表に出てくるから。あ、ちなみに俺らって、ひとつになる時に決めたことやらないと、7人に戻れないから。」
 イノリは白雪道の髪に手を伸ばします。
「ずっと…この手で触りたかったんだよ。姉―ちゃんに似た白雪道の髪。
 白雪道って料理上手いしさ、あったかいし、ずっと一緒にいたいって思うんだ。」
 イノリは指にくるくると髪を巻いて、唇にあてました。
「好きだよ、白雪道。俺と一緒にいて欲しい。それが俺の幸せだから。」
 イノリは強い眼差しで白雪道を見つめました。
「あの…。私は確かに貴方のこと好きですけど、それはその…こういうコトをする感情では…」
 白雪道はためらいがちに断わりの言葉を口に載せます。
 友雅とは何がなんだかわからないうちにそういう関係になってしまいましたけど、やはり男である自分がそのような対象になることには違和感を感じます。
「命の恩人なのになー。俺ら。」
「え?」
 思いもよらない言葉に、白雪道は呆然とします。
「小人じゃダメだったんだ。誰か人が白雪道に口付けないと、お前死んだままだったんだぞ?」
「ええ?」
 白雪道は驚いて目を見開きます。友雅は意識を失って、と言いましたが、そうでは無く、死んでいたのでしょうか? それにしては体はなんともありません。
「だから俺ら、滅多にやんない合体までしたってのに…冷たいんだな、白雪道って。」
 拗ねたようにそっぽを向くイノリ。
「あの…イノリ?」
「まぁ俺はいいさ。このまま、大きいままでも生きてゆけるしな。でも他の奴らは可哀相だよな。ずっとこのままでさ、自分の思うようにならない体の中で生きるんだぜ。」
「戻れないのですか?」
 白雪道は悲しげに眉を寄せました。
「言ったろ、俺ら全員がひとつになった時の想いを遂げなければ戻れないって。」
 イノリは上目遣いで白雪道を見つめた。
「私に…皆と…その…そういうコトをしろと…」
 白雪道は顔を赤らめた。
「いーじゃん、友雅とはやっちゃったんだし。」
 あっけらかんと言い放つイノリ。
「イ、イノリ!」
「優しくするぜ? ちゃんと何処で白雪道が感じたか覚えてるし。」
「ああああ、あの、そそ、それはもしかして…」
「覗きは趣味じゃないけど、見えてっていうか、感覚共有してるから仕方ないんだよ。」
 白雪道はますます恥じ入って身をすくめます。
「大丈夫。綺麗だったぜ? 白雪道。」
 イノリは白雪道の体を抱き寄せました。
「今日は、俺の白雪。いいだろ?」
 いつもの乱暴な言葉とは裏腹に、優しく響くイノリの言葉に、白雪道はこくりと頷きました。自分のせいでこんな事態になったのだからという気持ちもありましたが、小さい頃から愛情を与えられずに育った白雪道には、自分に向けられる気持ちが嬉しかったののも本当で。
「やった!」
 イノリは白雪道を寝台に横たえます。
 噛みつくようなイノリの口付け。
 器用に体の線をなぞるイノリの指の温かさを感じながら、白雪道は目を閉じました。



 その後。
 森の小屋では、いつものように仕事に出かける7人の小人の姿がありました。
 白雪道は、小人達を見送った後、家の仕事に戻りました。
 片付け、洗濯、繕い物、その他色々。
 寝室の掃除をしようと部屋に入って、白雪道は顔を赤らめました。
 そこに、7つの小さな寝台と1つの大きい寝台はもうありません。
 あるのは、大の男が2人で寝ても余りそうな、大きい寝台がひとつだけ…。


                                


了 2000.07.30



 …あはははははは(乾いた笑い) なんつーかその、7股?(爆)
 ハーレムだねぇ、鷹通(核爆)
 ギャグです、ギャグ。怒らないでぇ(願)
 それにしても、城主アクラム、出番無し。あの城はあの城で面白そうだけど、 ストーリー追いかけるだけで精一杯ですわ。(それでも飛ばしてる場所あり)
 白雪姫マニアの方(いないって。いても読まないって)ゴメンなさい。
 書いてる本人は楽しかったです(笑) じゃんけんで勝つ順番を真剣に考えたりしてました。
 一番手は友雅で決定。一番運が無さそうで負けそうなのは頼久。間(というか、2番手)で悩みましたねー。案外運の強そうな詩紋? 無欲の勝利の泰明?
 でも結局、私の煩悩の中で一番鷹通に縁遠そうな(他ssで攻めさせ無さそうな(^^;)イノリ君に登場していただきました。こういう機会でも無いとイノリx鷹通は書けないでしょう。(ってをい(^^; これは友x鷹だったはずだがしかし)

 その後のその後とかつい考えてしまいますね(^^; 毎晩、誰が白雪道とするかで争ってたりして(笑) いや、せっかく7人いるんだから曜日で(爆) 鷹通の体がもたないって(核爆)

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