か細い呻きを上げる御剣。少し前からそれに気がついて起きていた糸鋸が心配そうに見つめている。
仰向けの御剣の両目の端から涙が一筋こぼれて、そして御剣はようやく目を開けた。
「…」
「怜侍クン」
まだ夢うつつの御剣の無表情な瞬き。糸鋸が掛けた声に目を見開き、今自分が糸鋸の部屋にいる事に、そして今の悲しい出来事が夢だった事に御剣は気がついた。
糸鋸はそっと背中を抱いて御剣の体を起こすと、その背中をさする。
「あの夢ッスか」
真実を知ってからの御剣があの悪夢に苦しめられた姿を糸鋸は見ていない。
だが心に負った傷はふとした瞬間に開くだろう。それは糸鋸にも想像がついた。
「違う」
だから糸鋸は、膝を抱え込む御剣の言葉に驚いて、背中を撫でる手を止めた。
「キミが、結婚すると言ったんだ…」
背中を丸めてうつむく御剣に、糸鋸は呆気にとられて声を掛けられない。
「それなのに私はキミに、本当に良かった、などと言っていた」
この人が、自分を失った夢を見て泣いている。まるで自分の方が夢を見ているような気持ちで糸鋸はかぶりを振る。
「キミは、見た事も無い笑顔で私の前に立っていて…そして…」
膝に掛かっている布団に御剣の涙が落ちる。
「異議を唱えたいのに声が出ない。体が動かない。それでも」
肩を震わせてしゃくり上げる。
「私は笑顔でキミを見送ろうとしていたんだ…!」
糸鋸は御剣の背中を覆うように抱いて、胡座の中に御剣を置いた。
「絶対に認めるものかと今なら言える。それなのに、夢の中の私ときたら…」
肩の震えを抑えるように腕を回し、御剣の頭をぽんぽんと叩く。
「相手は誰だったッス?」
「知らない!出てこなかった…」
「なら良かったッス」
大きく息をつくと、糸鋸は頬擦りする。
「相手は怜侍クンに決まってるッス」
どうしてこの人は、自分がいなくなると思えるのだろう。ずっと、何年も、夢中で追いかけてきた自分の事がまだ分からないのだろうか。
「けどまだ自分、甲斐性無しッスから待ってて欲しいッス」
ましてその不安に夢を見て泣くなんて。そういう時にはロジックがつながらないんスね、怜侍クン…糸鋸が御剣の目の端にくちづける。いつかの涙と同じ味がした。
泣かせてすまねッス。自分がまだ頼りないからッスね。でも…
「きっと幸せにするッスよ」
御剣は後ろから抱えられたまま目を閉じる。そうだ、夢の中でキミは確かにそう言った。だが夢と違う部分がある。キミは今私を抱いて、耳元でその台詞を言っている…私はもうとっくに幸せになっていると気づきもしないで。
御剣は振り返って糸鋸にしがみついた。
「今日はどこに行くッス?」
「キミに…ついて行く」
糸鋸はようやく嗚咽の治まった御剣をもう一度きゅっと抱きしめる。
「お茶淹れるッス。その間に昨日のカレーを温めて。食べたらお出かけッス」
「…ウインナー」
「もちろん付けるッス!」
少しヒゲの伸びた糸鋸の頬擦りはいつもの朝と同じように、御剣をくすぐった。
※思いがけずプロポーズっぽく。けど正式なプロポーズはきっともっと先の話。そして続きは雰囲気変わりすぎたのでおまけな感じでこちらから■