sinfulrelations


Love is chain 〜1〜



あっという間に月日は流れ、結婚式前夜。
ベッドに入っても中々眠れない。
隣には私の手を握っている青がいる。
こうやって穏やかな夜を過ごすのもロマンチックでいい。
体を交わすこともなく、手を繋ぎ寄り添いあって眠る。
さらりと青の髪が頬をくすぐった。吐息の音が聞こえるほど近い距離にいる。
「寝た?」
青の言葉はなく、代わりにぎゅっと抱きしめられた。
「お前も眠れないのか」
頭上に振る声は耳に心地よい低音。
「青も眠れないなんて、緊張してる?」
「緊張とは違うかもな。どちらかというと胸騒ぎの部類だ」
見なくても分かる。青は目を閉じたままニヤリと笑ってる。
「胸騒ぎかあ」
「大勢の前にお前を披露できるんだから胸騒ぎもするさ。俺は見世物になるのは嫌いだが、
沙矢が隣にいると思えば、我慢できる」
「え、またそんな。照れるでしょ」
だって私こそ青の隣に並んで立てるのが嬉しいのに。
「見せびらかして自慢したい女だよお前は」
青の言葉にますます眠れなくなりそうだった。
「言いたいこと全部言われたわ。余計興奮しちゃって眠れないじゃない。
うわあ藤城家での生活が待ってるんだ」
頭は急回転し次から次へと言葉を紡ぎだす。青はクククと妙な笑い方をした。
「いい加減寝ないとな?お前が寝れない大きな理由は気づいてるが」
「明日の夜が新しい始まりでしょ」
「絶景のスウィートルームを予約してるからな」
「よく考えれば贅沢なのよね……。こんなに幸せで良いのかしら」
「良いに決まってるじゃないか」
青は私の頭を引き寄せて撫でた。
「何も疑えなくなるわ。青ってば自信たっぷりなんだもの」
優しく髪を梳く手に酔いしれながら、私は瞳を閉じた。

腕の中の沙矢は笑顔を浮かべている。
どんな夢を見ているんだろうか。一度夢の中を覗いてみたいものだ。
「新鮮な気持ちなんだ。もうとっくに入籍済ましてるってのに」
苦笑して、沙矢の髪に指を絡める。柔らかい感触の髪は指の隙間からするりと抜けてしまう。
「お前の強さにこれからも救われるんだろうな」
肘をついて横顔を見つめると穏やかな気持ちが胸に広がる。
藤城の家に戻れば、色んな奴らの目に触れる機会が出てくる。
辛い思いをたくさんするかもしれない。
「だがその倍嬉しいことを作っていけばいい。俺はお前を守るから……」
額に頬に、唇に口づけをした。
新たな朝を迎える為に夜は過ぎていく。
このマンションで眠るのもあと僅か。
結婚式が終って、新婚旅行から帰ったら、藤城家での生活が待っている。
……今は考えるのをよそう。
「おやすみ」
もう一度頬に口づけを落とし、瞳を閉じた。
腕の中の沙矢を抱きしめながら。



「青、おはよう」
キッチンで白いレースのエプロンをつけて沙矢が微笑んでいた。
「おはよう」
口元が自然と笑みの形を作る。
「もう少し待っててね」
料理ができるのをテーブルで待つ。行儀が悪いが、テーブルに肘をついたりしながら
クスクスと笑う。穏やかで平凡すぎる日常はこれから少し変わってゆくだろう。
「青、誕生日おめでとう。ちゃんとプレゼントあるからね」
フライパンを振る沙矢が、こちらを一瞬振り向いた。
「もう別にめでたい年でもないけどな」
憎まれ口を叩いてみる。
「もう、青ってば可愛げない。素直に嬉しいって言ってよね」
沙矢が口元を吊り上げて悪戯っぽい仕草をする。言葉遊びだと知っているのだ。
「今までの誕生日で一番感慨深い日になりそうだ」
「そうね」
できた料理を皿に並べるのを手伝う。
高い戸棚にある食器を取ってやれるから、いつもは煙たがられるこの身長も悪くはないな。
テーブルについて向かい合う。
いただきますの合図で食事が開始される。
「ドキドキするわね」
「ワクワクの方じゃないのか?顔に書いてある」
「遠足に行く前の小学生じゃないんだから!」
「面白いやつ」
あはは。笑いあって食事を楽しむ。
「大勢の前で誓いのキスなんて恥ずかしい」
「いや、別にしなくてもいいんだぞ」
「えっ、しなくてもいいんだ」
拍子抜けした沙矢の顔を見ておかしくなった。
「お望みなら激しいのを交わそうか?」
「嫌!できるわけないでしょ。お父様もお姉さんも砌くんも見てる目の前で、何でそんな……」
沙矢の顔が見る見るうちに真っ赤になった。
「お前は可愛いな、表情をくるくる変えるから見ていて飽きないよ」
お茶を飲み干す時もわざと沙矢から視線を外さない。
「前途多難だわ」
「お前がいじめてほしそうな顔してるのが悪い」
「青ってば典型的ないじめっ子ね」
いい加減飽きないのかと思うくらい馬鹿なやり取りだと
自分達も思っているが、楽しすぎて止められない。
「知らない人が聞いたら随分シビアな会話に聞こえない?」
「どこがだよ。二人とも顔が笑ってるじゃないか」
沙矢が途端に吹き出した。
素を出している彼女は大人ぶっているわけでもなく、そのまま
大人で、だけどいい意味でいつまでも変わらない。
「そろそろ出るか?」
8時半までには式場に行かなければいけない。
今は7時半だが、ウェディングドレスを持ってきてくれる
沙矢のお母さんにも連絡とったり、まだまだやることはたくさんある。
「ええ」
「じゃあ先に車に乗ってるからな。忘れ物のないように準備して来いよ」
「わ、分かった」
言葉を交わし、沙矢は自分の部屋へ、俺は玄関へと向かった。
エレベーターで地下駐車場へと下りて、愛車の鍵を開ける。
シートにもたれて、ルームミラーに映る自分を見つめた。
最近、表情が柔らかくなったことに自分でも気づく。
険しい顔をせず穏やかな心でいられるのは他でもない沙矢のおかげだ。
彼女なしでは生きられなくなることが怖かった時もあるが、
今は違う。互いにとって不可欠だから生きられるのだ。
一人ではないから怖い物などない。
ふっと目を細めて窓の方を見ると沙矢が手を振ってこちらを見ていた。

手を振ると青は優しい目でこっちを見つめ、助手席のドアを開けてくれた。
私は、ウェディングドレスに着替えやすいようワンピースに着替えてきた。
手を引かれ、車に乗り込むとふわりとワンピースの裾が揺れた。
小さなバッグを膝に置いてシートに座る。荷物は既に式場にあるから小さなバッグ一つでよかった。
膝の上バッグを支える掌に青の掌が重なる。
「青」
「行こうか、俺の花嫁の姿を早く見せてもらないとな」
「俺の花嫁……?」
「ウェディング姿のお前以外に誰がいる」
「……照れる」
またドキドキしてきた。どうしよう。
掌を見せ合うと互いの指先で、キラリと結婚指輪が光った。
私の激しくなる動悸を余所に車は走り出す。

式場に着くと入り口の所にお母さんがいた。
「ありがとう」
お母さんが持ってる箱を受け取る。中身は純白のウェディングドレス。
「沙矢のドレス早く縫いたかったのよね。予想より早いから気分も複雑だけど」
「何言ってるのよもう」
「青くんは車の中なのね」
「うん、タキシード姿の青にすぐ会えるから」
「楽しみね」
「似合いすぎて怖いだろうなあ」
「ここで立ち話も変だから中に入りましょう」
母の声に促され式場の扉を開けた。
一流ホテルのロビー。
エレベーターに乗り、ホールへと向かう。
新郎新婦の控え室は両隣にある。
白い扉を開けて控え室の中に入ると白い部屋に大きな鏡とその前に白い椅子があった。
ドレスの入っている袋を床に置くと椅子に座る。後ろにはお母さんが立つ。
「あちらの方々、いらしたかしらね」
「青とどんな話してるんだろう」
「変な所に関心示すのね」
「お母さんは知らないから……ふふっ」
想像するととても楽しい。
お父様やお姉さんと青がどんな風にやりとりしてるのか。
ちょっと性質悪いかな。
「可愛いのかしら……」
「うんうんそういう感じ」
はしゃぎながら着替え始める。
ドレスはロング丈でスカートはふんわりとしたシルエット。
胸元には造花の花があしらってある。
「うわあ。仮縫いの時よりやっぱり気分違うわ」
「そう?」
「うん」
「髪結わなきゃね。後お化粧も」
今日だけ特別輝く私になる。
髪を結われ、化粧をされる度に鏡の中に別の私が映し出された。
「とっても綺麗よ。自慢したいくらい」
「って、青も昨日の晩言ってた。見せびらかして自慢したい女だって。
そんなこと言われて平常心保てるわけないじゃない」
「中々、真顔でさらっと言える人いないわよ」
「知ってる」
しみじみ頷いた。
「素敵な人と出会えて良かったわね」
母の言葉に涙が零れた。ポロリ。ドレスに落ちる。
「お化粧崩れちゃうでしょ」
しょうがないんだからと、ハンカチで拭ってくれる。
「今まで本当にありがとう。私、お母さんの娘だから
強く生きることが出来たのよ。ううん違う。お母さんに育てられたから強くなれたの」
「改まって言わない約束でしょ」
「でも言わなきゃ駄目だと思ったから」
今度は母が涙を零した。私は白い手袋でそっと拭う。
「これから頑張ってね。あっちでは色々勝手の違う所もあるだろうけど」
「頑張る。青と一緒に幸せを作るわ」
彼がいてくれるから私は大丈夫よ、お母さん。
「そろそろお願いします」
手を握り合っていると、扉が開かれ、係の人に呼ばれた。
「じゃあ行ってくるわ」
小さく手を振り、係の人の後ろについて行く。
ホールの前ではタキシード姿の青が待っていた。
「か、かっこいい。王子様みたい」
びっくりした。ここまでタキシードが似合うなんて。
「俺が王子ならお前は姫か」
青はクスっと笑いしながら、私の手を握った。
「姫なんて、そんな柄じゃ」
あたふた動揺してるとまたも青は追い討ちをかけた。
「だから俺が王子ならお前は姫でなきゃ駄目なんだよ」
お前が姫でなければ俺も王子じゃない。
「うっわあ」
「行こうか、沙矢姫」
「はい」
笑いを堪えるのが大変だわ。
私と青が手を取り合うと、横で係の人が二人がかりで扉を開けた。
拍手が巻き起こる。
真っ暗な会場の中、私達にスポットライトが当たった。
心臓が高く音を立てる。
不安を訴える私の胸。
青は強く手を握り締めて横目で微笑んでくれた。
こんなに大勢の人のまで堂々と夫婦であることを認めてもらおうとしてる。
入籍が先で式が後だなんて順番が少し違うけど、入籍した私の誕生日よりも
新鮮な気持ちになっている。青の誕生日、去年はクロスのチョーカーを贈った。
そして今年の誕生日は結婚式。
忘れられず記憶に残る日になる。
顔は笑顔なのに瞳には大粒の涙が浮かぶ。
掌を互いに重ね合わせて、ケーキに入刀すると、拍手がまた巻き起こった。
青がうちのお母さんに花束を渡し、私がお父さまに花束を渡す。
無事に式は過ぎてゆく。
浸っている私に、衝撃が走ったのはその時だった。
「……な」
あっという間の出来事で反応するのが遅れてしまった。
互いの父と母も並び、大勢の出席者が見ている中、青は私の唇を奪った。
「あらまあ」
お母さんが口に手を当てている。
「……さすが我が息子だな」
お義父さま、さすがって……。
「せい兄……」
砌くんは、絶句してる。
「あはは。すごい独占欲」
お義姉さんっ、恥ずかしいんです私。
「沙矢、さあ帰ろうか」
ぽかんとしてる隙に青に抱き上げられた。
「……ちょ、ちょっと」
抵抗しようとする私に新たなキスが降る。強引に舌が入れられた。
私は陶酔の表情を浮かべていたと思う。だって青はこっちを見て瞳で笑ったもの。
「今日はお忙しい中、ご出席ありがとうございました。
ということで私の妻は、治療が必要なのでこの辺で失礼します」
青は披露宴の司会の人からマイクを奪い取り捲くし立てた。
あまりの出来事に反論もできない。
視界が揺れる。お父様は顎をしゃくって意味ありげな視線をこっちに送ってる。
心地よすぎる腕に抱かれて、式場から退場(逃走)する。
全部終ってたからいいけど……って青、タイミング計ったのかしら。
「青らしいね」
お父様のそんな声が後ろから聞こえた。



モドル ススム モクジ


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