sinfulrelations


Overtrue


 今日も彼を待っている。
 愛していても、  愛情が通い合う関係でなくても構わない。
 自分の中に言い聞かせるように
 強く強くこの気持ちを抱きしめている。


 心臓がうるさいくらいに音をたてる。
 胸の高揚と同時に感じる鋭い痛み。
「…………青」
 彼のことを考えると切ない余韻が胸に響く。

 私はお茶の準備を始める。
 テーブルクロスをきれいに整えてカップとソーサーを並べて、お湯を沸かす。
 お茶を入れてくれるのは彼。
 優しい彼はいつも自らお茶を入れてくれる。
 だから彼が来るまでに、カップを温めて、
 準備を整えておかなければいけない。
 お菓子はさっき焼いた少し甘めのクッキー。
 味見を何度もして、納得いくまで作り直した。
 折角のお菓子が美味しくなかったら
 お茶の時間が、台無しになる。

 彼が落胆の色など見せたりしないことは分かっている。
 笑ってしょうがないなという風に髪を撫でてくれるだろうけれど。
 ぬかりがないようにしたかった。少しでも気持ちが届くように。
 クッキーを皿に並べて、何もする事がなくなった私は、
 ぺたんとテーブルの椅子に座り込み、頬杖をついた。
 本当に来てくれるのかな。
 彼を信じたい。
 必ず来てくれる。
 心に言い聞かせる。
 不安に駆られるのは、私達の関係が世間一般的な恋人同士とは違うから。
 刹那的に、貪り合っているだけの二人だから。
 耳をすませると車が止まった音。
 そっと窓の方を見遣ると白い影が颯爽と、車から出てくる姿。
 彼だ。
『今日は急な仕事が入ったから、行けるかどうか分からないが、
 それでも待っていてくれるか? 行けても遅くなるだろうが』
そんな風に聞いていたから、不安だったのだ。
 仕事で疲れた彼に無理を言うわけは行かないし、
 でも来て欲しい。せめぎあう想いが、私の中で広がっていた。
 そして願いが叶った。
 コンコンというノックの音。
 胸を撫で下ろし、椅子から立ち上がる。
 彼はチャイムは鳴らさず扉を叩く人だ。

 扉が開かれて、微かな気配が部屋の中へと入って来た。


「会えて嬉しい」
 思わず笑みが零れてしまう。
 彼の顔を見ると私は幸せな気分に包まれる。
 無邪気に呟く私に彼は緩く微笑んだ。
「約束してただろう」
「ふふふ」
 目を細め、笑う彼の顔は優しさで溢れていた。
「嬉しい」
「今日は何を入れようか」
 にっこりと彼が微笑みながら聞く。
 戸棚の中から紅茶を選ぶ。
 すべて一緒に揃えた紅茶類だ。
「貴方が選んで」
「了解」
 くすっと笑い、彼は紅茶の缶を取り出した。
 私は、温めたカップをテーブルに並べ、ポットを用意する。
 ふと気になって俯き加減で私は聞いた。
「ねえ。本当に来てよかったの?」
 無粋なことは聞かない方がいいのだが、やはり気になるのだ。
「何故そんなことを?」
「だって……」
 爪を噛み、上目遣いで彼を見つめた。
 子供じみた仕草。
 自分がこんな事をするようになるなんて……。
「お前に会いたいから来たんだ。
 それとも俺の言葉が信じられないのか?」
 真摯な眼差しに、どこまでも信じてしまいそうになる。
 きっとこれは真実で嘘なんだろう。
「……そんなことないけど」
 数秒思案した後、かぶりを振った。
 顔を朱に染めて、彼を見つめる。
「お前は何も心配することはない」
 彼が深い笑みを浮かべた
 私を惑わせるのに充分な魔力を秘めた微笑。
「はい」
 小さく頷いて私はカップに口をつけた。
 カップを傾けた時、ちらと彼のほうを見やる。
 落ち着いた仕草でお茶を口に運ぶ様子に、見惚れてしまう。
「どうかしたか?」
 柔らかな眼差しで彼が私を見た。
「何でもない」
 お茶の時間を終えて私達は静かに語り合った。
 一方的に喋る私を静かに見つめ、話を聞いてくれる彼。
 じっと真摯に見つめてくる彼。
 彼の中へと引き込まれてしまうから、
 見つめ返すだけで精一杯だ。
 愛用の煙草を咥え、紫煙を吐き出す。
 実は彼のこの姿を見るのが結構好きだったりする。
 憧れている大人そのものだから。
 私も何度か煙草を吸ったことがある。
 彼に似合う大人の女になりたかったから背伸びをした。
 自分には合わなくて、結局数日で止めたけれど。
 あの時、彼は笑ったんだっけ。
 無理することないって言ってくれたのだったかしら。
 私も自分に似合わないことをした自覚はあった。
 隣に並びたくて起こした行為でも、口に入れて咽るようじゃ駄目よね。
 結局、何だってそうよ、私は後一歩でたどり着けない。
 そうしていつしか。
 彼が吸い終わった灰皿の中の煙草を真似事で吸うことを覚えた。
 あの人は何も知らない。あの人が帰った後で、耽る行為だもの。



 夜は怖い。
 自分が別人になってしまうから。
 生々しい女という生き物が目を覚ます。
 彼を求めて独り占めにしたくて、背中に指を這わせる。
 恍惚に酔いしれる。
 痴態さえ曝け出し彼を求め、受け入れるのだ。
「はぁ……っ……せい」
 彼の名前を囁く。
 陶酔。
 溺れ過ぎて何もかも分からなくなる。
 ……それでも良い。
 この時間は彼を独り占めできるもの。
 心以外は全部まるごと。
 手に入れたいといつも願いながら未だ手に入らないみたい。
 それでも私は耐えられた。
 本気には足りない想いでも、私を求めてくれる彼がいる。
 こうして彼に抱かれているのは私一人。
 私が抱かれるのも、遊びじゃないと言ってくれた青だけ。
 まだ私は彼と一緒にいても大丈夫だ。
 心ごと彼が私の物になる日までまだ待てるわ……。



 偶然出会い、惹かれ堕ちて、ありえないような現実を過ごして、私はもう彼しか見えなくなった。
 麻薬のように彼が体中に浸透していく。
 否、麻薬というより毒薬だわ。
 体中があなたの毒で麻痺してあなたなしではいられない。
 堕ちた私も罪だけれど、それだけ酔わせたあなたも罪深い人。
 あなたと過ごした二度目の夜の睦言を忘れない。
 あれは、他の女性の名前だったのではないかと嫌な想像が膨らむばかり。
 私はもうあの頃には戻れない。
 あなたにとっては単なる遊びでも、愛される悦びを知った今は。
 何も知らなかった少女には戻れないわ。
 愛してくれなくてもいい。
 体だけ求めていいの。
 私があなたを愛し続けることだけ許して。
 たった一つの切なる願い。
 彼が求めてくれることが、何よりの悦び。
 口づけられ、抱きしめられて、私はまたあなたを好きになる。
 名を呼ばれるとそれだけで、気がおかしくなる。
 あなたの心だけが何処にあるのか見えなくて掴めなくて。
「青……」
 窓を開けて煙草を吹かしていた青が振り向く。
 驚いているような表情をした後、口を開いた。
「沙矢、今度海へ行こうか?」
「ええ、連れて行って」
 気づけば頬が緩んでいた。
それとは裏腹に涙が頬を落ちる。
 ベッドに戻ってきた青に抱き寄せられ、耳元に甘い囁き。
「嘘じゃない」
 彼の言葉は唇から零れて、真実になる。
 彼の背中に腕を回して、瞳を閉じた。
 涙をぬぐうようなキスに、また体が震えた。




モドル ススム モクジ


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