夢を見ていた。
心の奥底で願っていた。
平凡で飽いてしまいそうな日常から、
連れ出してくれる誰かに出会うこと。
その人にズタズタに引き裂き、ボロボロになるまで
何もかも壊されること。
退屈していたの。
痺れるくらいの刺激を欲するほどに。
愚かしい夢なんだと自分でも気づいてた。
それでも私はあの日常から脱出したかったんだ。
戻れない場所で、変わりたかった。
地味で目立たない自分から。
18年間の今までの自分とは別の自分になりたかったの。
自分ひとりで動き出せば、誰も傷つけやしなかったのかも
しれない。それでも……。
本当に偶然の出会いだのかな?
都合の良い思い込みかもしれないけれど、
私は用意された出会いだったように感じている。
はっと目が合った瞬間、足を滑らせて、
気付いた時には彼の腕の中で。
あの夜、抱かれて何かを失くし、新しい物を手に入れた。
永遠にも似た長い時間に思えたあの夜に……。
「……青」
せいは別の読み方をすると「あお」。
その名の通り水のように青くて深くて、掴めない。
貴方の海を私は泳ぎきることができない。
何度飛沫をあげて溺れても、尚、彷徨い続けている。
好きになるのに理由はいらなくて、
嫌いになる理由も浮かばなかった。
欲しい物をくれないかわりに、あなたはどこまでも優しい。
ねえ会いたい。
声を聞きたい。
またひとつに溶けあいたい。一瞬の交わりだとしても。
待つことだけが私の意思表示。
私は今日もあなたを想って自分を飾る。
薄い赤のマニキュアと、
爪先にぺティギュアを塗り、彼に愛される女になる。
少しでも彼に近づきたいからもっと大人の女になりたい。
昔から「かわいい」なんて言われるより、爪の形を「綺麗」と
言われた方が嬉しかった。だから自分でも自慢できるくらい
綺麗な爪を持ちたくて、磨いた。
かわいいも嬉しいけれど、素直に喜べなかったわ。
こんな私のどこが? といつも思ってたから。
暗くて内向的で、自信なかったのずっと長い間。
本当はただ自分を全て出してなくて抑えていただけだったのだけど……。
まだあなたに見せていない私がいるのよ青。
明るい笑顔と声で話すことだってできるんだから。
指で唇を彩る。
首に体に香水を纏う。
受話器を取り、ダイヤルボタンを押す。
登録された名前は『セイ』
トゥルルルル。
……。
「もしもし……ああ」
5回目のコールで、彼が出た。
「……今週の土曜日会える?」
声が震えた。
「……ああ行くよ」
大体私の部屋かホテルを使うのが常だ。
「きっとよ」
ガチャ
ツーツーツー。
念じるように呟いて、通話を切った。
彼は電話があまり好きではない。
虚しい電子音が耳につく。
人の声がない電話の音はとても寂しいと思った。
二週間会ってないことが不満だなんて信じられない。贅沢になったものだ。
毎週のように会って肌を重ねていたから、孤独を感じているのと、
あの夜が心と体に焼きついているから、より恋しいのだろう
一泊二日を海の側にあるホテルで過ごしたあの日。
あれほど激しかったのは、あの時が初めてで、暫く泣いてしまって眠れなかった。
寂しさをかわし合ったあの夜と朝が胸の奥で疼いている。
甘い痛みが駆け抜けている。
またあんな風に愛されたい。
言葉で伝えられない物を感じさせてほしい。
飽いてしまうまで側にいさせて。
不毛で矛盾している関係は行き先が見えない。
彼はただ耐え難い孤独を埋めたくて、私と過ごし、
私は愛しさゆえに離れられず。
それともこれは、思いこみなのだろうか。
嘘をついているのは私か彼か。
(これからもずっと一緒にいたい。
早く別れの言葉を聞かせて)
どっちが本心か自分でも掴めなかった。
体を辿る細長い指先、口づけをする唇。
そして……私の中へと入ってくる彼自身。
思い浮かべると体に火が灯る。
沸騰する。
「青」
私をどこまでも翻弄する彼は……今どこで何をしているのだろう。
瞼が震えて、涙が溢れ出す。
体が疲れて眠りを欲しても寂しくて眠れない。
せい……。
ぽろぽろと頬を伝い落ちては、シーツを濡らす涙。
痛い。
涙で化粧がはがれてしまった。
鏡見るのが辛いな。
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