■fine today■


−1−


 俺の親父は刑事だ。
 役職は警部。

 部下からは慕われ、仕事は迅速に。
 どんな事件も解決する。
 勿論、上司からも一目置かれている。
 まさに理想の刑事。

 ―――とは、親父の言だ。
 まるきり間違っているとは言わないが、過大評価も甚だしい。
 俺に言わせれば、ただのはた迷惑な親父だ。
 被害を被るのは常に俺なんだから。




「環(たまき)君、無事!?」
 駆け寄ってくる貴子(たかこ)さんに、俺は手を振り、
「無事ですーっ」
 ……なんとかね。
「はあ、もう。寿命が縮んだわよ」
 服の汚れを払ってくれる貴子さんに感謝しつつ、俺は体力の限界を感じていた。
「貴子さん、俺……ちょっと休みます」
「本当に大丈夫? まったく、無茶するんだから」
「それは親父に言ってくださいよ……」
 俺はげんなりして貴子さんを睨んだ。
「ごめんごめん。でも助かるわ、環君がいてくれると。格好良かったわよ〜さっきの」
「それはどうも」
 そう言われては反論も出来ない。
 俺にとっては命がけだったってのに。
 それもこれも、全っ部親父が悪い。
 毎回毎回、かり出される俺の身にもなれってんだ。
 しかも手柄は全部親父のもんだし。
『どんな事件も解決する』が聞いて呆れるよ、ホントに。
 そう俺が憤っていると、親父がへらへらとこっちにやってくる。
「いやあ、お疲れ、環。俺は鼻が高いよ」
 うんうん、と、俺を見下ろしている親父の足を思い切り踏みつけると、親父は足を押さえてうずくまった。
 あまりの痛さに声も出ないらしい。
「警部、大丈夫ですか?」
 貴子さんが慌てて親父の背をさする。
 そんなことしなくて良いのに。
「ああ、すまない。……環、ひどいじゃないか」
「どっちがだよ。俺は危うく死ぬところだったんだぞ!」
「大丈夫、環は頑丈だから。さすがは俺の息子だ」
「よく言うよ、体力無いくせに」


 俺は、親父の仕事の手伝いをしている。
 と言えば聞こえは良いが、実際は手伝いなんてもんじゃない。
 親父に出来ないことが、俺に回ってきてるだけなんだ。
 そもそも刑事の仕事を息子の俺に手伝わせる親父が、おかしいんだ。
 しかも、俺の仕事の大半は力仕事だ。
 今回だって、逃走した容疑者を取り押さえるように言われた。
 結果、容疑者は取り押さえたが、俺はもう少しで死ぬところだった。
 別に容疑者が刃物を振り回して抵抗したわけじゃない。
 乱闘になったわけでもない。
 逃走した容疑者は捕まると焦ったのだろう、赤信号なのに車道に飛び出したのだ。
 それを助けるために俺も車道に飛び出し、容疑者を突き飛ばした。
 が、勢いをなくした俺はそのまま車道に取り残され、前方からはトラックが走り込んできて。
 あわや、というところで何とか避けたんだ。
 ホントにヤバかった。
 親父は俺を頑丈だと言うが、いくら頑丈でもトラックと喧嘩して勝てるわけない。
 今までに何度、親父のせいで死にかけたことか。
 ホントよく生きてるよなあ、俺……。


「じゃあ環君、私たちはこれで。いつもありがとう」
「あー、はい。どうも」
 貴子さんと親父が容疑者を連れて行く。
 俺は、何故か貴子さんには弱い。
 親父もそれを見越して、俺が必要な時はいつも貴子さんを連れてくるんだ。
 そんな親父に腹が立つ。
 ……腹は立つが、貴子さんがいなかったらやる気も半減するからな。
 でも貴子さんは親父の部下って立場をどう思ってるんだろう。
 まあ嫌そうには見えないけどさ。
 そんなことをぼんやりと考えながら、俺はのろのろと立ち上がった。





 翌日の月曜日は最悪だった。
 車を避けて地面を転がった時の衝撃が強かったらしく、身体中擦り傷だらけだったからだ。
 はっきり言って休みたかったが、テストが近いのでそういうわけにもいかない。
 気持ちよさそうに眠っている親父に腹を立てながら俺は家を出た。



「休日出勤ご苦労」
 教室に入ってすぐに聞こえてきた声に、俺は脱力した。
「藤吾〜……」
 恨みがましい目で、その声の主―――藤吾(とうご)を睨みつける。
「……貴子さんに聞いたんだ?」
「おう。環の勇姿をな」
「勇姿って……」
 そんな立派なもんじゃない。
 大げさにため息をつき、机に鞄を置く。
「ま、冗談はおいといて。……大変だったな、昨日」
「……まあね。折角の日曜だったのにさあ」
「警察の仕事に日曜も何もないからな……あ、そうだ、姉貴から伝言」
「え? 何?」
「“昨日は本当にお疲れさま。昨日の今日で学校に行くのは大変だろうけど頑張ってね。無理はしないようにね”……だってさ」
「貴子さんだけだよ、そんなふうにねぎらってくれるのは……」
 深い感謝を込めて呟く。
「……俺だって心配してるぞ」
「解ってるよ。そうじゃなくて親父のこと言ってんの。軽口叩いてばっかで……」
「姉貴はそこらへんしっかりしてるからな。フォローは忘れないし」
 そう。
 貴子さんはよく気が付く人だ。
 視野が広いというのか。
 周りを気遣って、さりげなくフォローしたりしてくれる。
 ……親父とはえらい違いだ。
 それに、俺は藤吾も貴子さんと同じだと思っている。
 人のことからかったりするけど、根は貴子さんと同じなのだ。
 さすがは姉弟。
 親父にも見習ってもらいたいよ。


 藤吾―――二ノ宮藤吾(にのみや・とうご)は、中学の時からのつきあいだ。
 中学では同じクラスになったことがない藤吾と俺が知り合ったきっかけは、親父と貴子さんだった。
 俺は中1の時から親父の手伝いをしていて、中2になった時に貴子さんを部下だと言って紹介された。
 以来、貴子さんとよく話をするようになり、同じ学校に弟がいることを知った。
 藤吾とは気が合い、すぐに友達になった。
 で、現在もこうやって仲良くやってるわけなんだけど。
 藤吾といると余計な気を遣わなくて良いから楽なんだよな。
 この2人に出会えたことだけは、親父に感謝だ。


「環、保健室行くぞ」
「へ?」
 唐突に言われ、首を傾げると、藤吾は俺の腕を掴んだ。
「……ってえっ!」
 途端に掴まれた場所がズキズキと痛みだし、声を上げてしまった。
「やっぱり、怪我してるんだな。ちゃんと手当てしたのかよ?」
 そうだ、藤吾はこういうことに良く気が付くんだ。
 制服を着てるから怪我の事なんて解らないはずなのに。
「姉貴の話から大体想像付いてたんだよ」
 俺が言う前にそう言われ、ちょっと感心してしまう。
「で? 手当は?」
「……傷口洗って、消毒液つけた」
「それだけ?」
 頷くと、藤吾はため息をついて俺を保健室へ連れて行こうとする。
 俺は保健室に行きたくはなかったけど、こういう時の藤吾は何を言っても聞かない。
 渋々、藤吾の後についていった。



2002/12/23



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