■fine today■


−3−


 1日の授業が終わり、俺は帰ろうとしていた。
 いつもは藤吾と一緒に帰るけど、今日は委員会があるので先に帰ることにした。
 藤吾は美化委員をやっているのだ。
 今日は、掃除点検の日らしい。
 委員会に行く藤吾を見送って、校舎を出る。
 ……と、校門の傍に立っている高野を見つけた。
 近づくと、高野は笑顔で俺の方に駆け寄ってきた。
「藤倉先輩、ちょっと話がしたくて。……付き合ってくれませんか?」
 俺はしばらく考え、頷いた。
 今日は特に用事もないし、早く帰ってもすることもない。
「ありがとうございます、じゃあ行きましょう!」
 飛び跳ねそうな勢いで、俺の腕を引くと早足で歩き出す。
「わっ、そんな引っ張らなくても付いてくって!」
 俺は高野の歩調に合わせて早足で歩いた。




 向かった先は学校からは少し離れた、喫茶店だった。
 一番奥の窓際の席に座ると、コーヒーを注文する。
 高野は水を一杯飲むと、徐に頭を下げた。
「すみません、先輩!」
「え?」
 意味が解らず、問い返す。
「俺、自分のことばっかりで……先輩も怪我してるのにペラペラ喋ってて……それなのに俺の怪我の心配までしてくれて。……あの、大丈夫ですか?」
 俺は思わず吹き出してしまった。
「ど、どうしたんですか? 変なこと言いました?」
 狼狽する高野を見て、更に笑ってしまう。
 ……だって、そんなことで謝るなんて思ってもみなかった。
「そんなの、俺は気にしてないから。高野も気にすんな。な?」
「で、でも……」
「ほら、大丈夫だから。藤吾に手当てしてもらったしさ」
 制服の袖を捲って見せると、手当てされた傷を見て高野は眉を寄せた。
「……本当に大丈夫なんですか? たくさん怪我してますけど……」
 あちこち擦れてるから、怪我の数が多いのはしょうがない。
 傷は……まあ少しは痛むけど、今朝ほどじゃなかった。
「大丈夫大丈夫。藤吾って手当て上手いから」
「藤吾って、俺の手当てしてくれた人ですか? ……確かに、上手かったですけど」
「だろ? はい、もうこれでその話は終わり」
 俺がそう言った直後、注文したコーヒーが運ばれてきた。
 高野はまだ納得してないような顔をしていたが、俺がコーヒーを飲むのを見ると高野もカップを手に取った。
 高野がコーヒーを飲むのを見ながら、話ってこれのことだったのかと思う。
 何もそのくらいのことでわざわざ謝りに来る必要なんてないのに。
 律儀というか心配性というか……。
 ……でも結構面白い奴かも。

「あの……先輩」
 しばらくして、高野がカップを置いて思い詰めたように口を開いた。
「え? 何?」
「その……」
 言い難そうに、俯く。
 しばらくそのままだったが、やがて、思い切ったように顔を上げた。
「昨日の、女の人……先輩の、恋人……ですか?」
 切れ切れに、小さい声で呟く。
「昨日の女の人……?」
 俺は何のことか良く解らず訊き返した。
「その……先輩が車を避けた後に先輩に駆け寄って行った女の人、なんですけど……」
 ようやく俺は思い当たった。
「ああ、貴子さんのこと」
「貴子さん……?」
 俺が言うと、高野はその名前を反復する。
「貴子さんは、俺の恋人なんかじゃないよ」
「え……でもっ、すごく心配そうにしてましたよ」
「上司の息子で弟の友達なんだから心配くらいするよ」
「上司の息子? 弟の友達……」
「そ。貴子さん刑事なの。親父の部下。で、俺と高野の怪我を手当てした藤吾の姉なんだ」
「そ、そうなんですか……?」
 高野は安堵したように、椅子に深く座り込んだ。
 硬かった表情も、柔らかくなっていた。
「じゃ、じゃあ、恋人とかいないんですか?」
「いないよ」
 何でそんなことを訊くのかと思いつつ、俺も疑問を口にすることにした。
「……あのさ、何で高野は俺が親父の仕事を手伝ってることを知ってたんだ?」
「あ、それは……あの」
 今度は顔を真っ赤にして俯く。
 ……百面相みたいだ。
 やっぱり面白い。
「ごめんなさいっ!」
「は?」
 顔を上げたと思ったら、いきなり頭を下げられた。
「あの、俺、先輩のファンだって言いましたけど、あれ違うんです」
 俺があっけにとられている間に、高野は話し出した。
「俺、まだ中学生だった頃に1度先輩に会ってるんです」
 え?
 俺に会った……?
 俺は高野のこと、知らないんだけど……?
「覚えてませんか? 1年くらい前のことです。俺の家の近所で……この喫茶店を南に少し行ったところなんですけど……盗難事件があったんです。その現場に先輩が来たんですよ」
「盗難事件……」
 記憶を辿る。
 一年前……そうだ、盗難事件があって俺も現場に行ったことがあったような気がする。
「……多分、行ったと思う」
「その時ですよ、先輩に初めて会ったのは」
「……でも俺、あの時は特に何もしてなかったと思うけど」
「俺も最初は何で刑事さんに混じって高校生がいるのかと思いました。実際、被害にあった人に事情を聞いたりして現場検証も終えて刑事さんが帰る頃になっても先輩は何もしてませんでしたから」
 そう、そうだった。
 俺も、何で親父についてこいと言われたのか解らなかった、その時までは。
 でも俺の仕事は、刑事が引き上げてからだったんだ。
「被害にあったのって、ひとり暮らししてるお婆さんで、部屋とか玄関とか荒らされてて……それをひとりで片づけるの大変だと思って、俺手伝おうとしたんです。でも、その前に先輩が……」
 刑事たちが引き上げてひとり残されたお婆さんを見て、俺は一緒に部屋を片づけたんだ。
 お婆さんは被害にあって混乱していたし、ガラスの破片とか危ないものもあったから。
「俺、すごく感動しました。刑事さんたちが帰った後にひとりでお婆さんと片づけて……お婆さんを励ましたりもしてました。……俺、あの時も結局手伝いに行けなかった……最初は行くつもりだったのに」
 高野は辛そうな顔をして拳を握りしめた。
「どうして手伝わなかったんだろうってずっと後悔して……でもあの時の先輩が忘れられなくて。その時からずっと……俺の憧れだったんです」
「あ、憧れって……俺はあの時、親父に頼まれてついていっただけで」
「知ってます。刑事さんが……先輩のお父さんが手伝うように言ってたの聞こえてましたから。それでも実際に行動できるっていうのはすごいと思います」
 う……。
 何か、この場にいるのが嫌になってきた……。
 そんな真顔で憧れとかすごいとか言われると……。
「俺、先輩と同じ高校行きたくて……合格して、学校で先輩を見かけた時は嬉しかったです。先輩、全然変わってなくて。その時一緒にいた人が先輩のことを呼んだから名前も解りましたし」
 ……高野はどうして臆面もなくこんなことが言えるんだろう?
「でもずっと話しかける機会と勇気がなかったんです。そんな時に、昨日のことがあって。格好良いなって思ったのと同時に、あの女の人に嫉妬しちゃいました」
「し……」
「俺ずっと、先輩に憧れてたんだと……そう思ってたのに、昨日のことで憧れだけじゃないってことに気づいたんです」
 口を挟む暇がない。
 何か言おうとしてもその前に高野が話し出してしまう。
「今朝は本当にびっくりしました、突き指してラッキーだったと思ったくらいで。それで舞い上がっちゃったんです。……でも偶然とはいえ話すことが出来て、確信しました」
 そこまで言ってようやく高野が話を止めた。
 そして俺の目をまっすぐ見て。

「俺、先輩のこと、好きなんです。好きだって、そう確信しました」
「……?」
 俺は固まった。
 高野の言うことが良く解らなかったせいもある。
 でも高野の口調があまりにも真剣で、声を出せなかった。
「先輩、俺と付き合ってくれませんか?」
「……はあ? 今、なんつった……?」
 その後の、さらりと言った言葉に、俺の緊張が僅かに解け、間抜けな声で返す。
 でもやっぱり高野の言っていることの意味を理解していたわけではなく……。
「俺、先輩が好きです。憧れとか先輩としてとかじゃなくて、恋愛感情の好きって意味で。俺と、付き合ってください」
 高野がもう一度繰り返して言うのにも、俺は反応できなかった。
 今度は理解できなかったわけじゃない。
 理解は出来るが……。
 そんな俺の困惑を感じ取ったのか、
「あのっ、返事今じゃなくても良いですから。いきなりこんなこと言って困らせてしまってすみません」
 申し訳なさそうに、でも何処か哀しそうに、高野は謝罪した。
「……今日は帰ります。でも俺、本気ですから! 考えといてくださいね」
 そう言って立ち上がると、足早に喫茶店を出て行く。
 俺は、呆然とその場に固まったまましばらく動けなかった。



2002/12/23



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