■fine today■


−9−


「高野君は、まだ!?」
「さっき電話しました。容疑者の特徴だけ話して、来る途中で見つけたら連絡するようにって」
「……そう。じゃあ、私たちも分散しましょ」
「あ、俺、ひとりで大丈夫ですよ。貴子さんは親父と行ってください」
「え、ええ……じゃあ、後で」


 貴子さんが行ってしまうのを確認して、俺はほっと息をつく。
「何だかなあ……」
 慌ただしい。
 先程、貴子さんの携帯にかかって来た電話。
 盗難事件が起きて、その犯人と思われる人物が、この辺りに逃げて行ったという目撃証言があった。
 その人物を捕まえろ、と。
 そして、その人物の特徴を述べて電話は切れた。
 応援が遅れるそうなので、それまでなら俺も手伝えるからと、こうやって外に出たのだ。
 で、ひとつ迷ったことがあった。
 高野に連絡するかしないか。
 連れて行くと言ったし、親父もそれを許してくれた。
 でも……あまり高野に関わって欲しくないと思う。
 危ないから……。
 結局、散々迷った末、俺は高野に電話して伝えた。



 俺はここで容疑者が通らないか見ながら、高野が来るのを待っている。
 途中で容疑者を見つけたら電話するようにとは言ったものの、本心では見つけないようにと思っていた。
「……遅いな」
 実際は電話してからたいして時間は経っていなかったけど、もう何時間も待っているような気になる。
 時計と、周囲とを交互に見る。
 高野も容疑者も、まだ現れない。
 待ちながら、俺は高野の言っていたことを思い出す。
 盗難事件――
 高野と俺が初めて会ったのも、盗難事件の時だった。
 まあ、俺は、高野に気付いていなかったんだけど。
 今回――高野が一緒の事件も盗難事件だとは。
 1年前とは全然違う“手伝い”でも、元はどちらとも盗難事件だということが変な感じだった。

 長身で髪は茶色。サングラスを掛けた20代後半くらいの痩せた男で、グレーのスーツを着ている。
 それが、容疑者の特徴だった。
 今の俺は、高野でも容疑者でもどちらでもいい、とにかくどちらかにここに来て欲しかった。
 とにかく、高野に容疑者を見つけて欲しくない、それだけだった。
 ……自分が高野を呼んだくせに――

 しばらく経った頃。
 ふと視線を右端の方へ向けると、高野が走ってくるのが見えた。
「た……」
 呼びかけようとして、気付く。
 高野の前方に、グレーのスーツを着た男の姿が何かに追われるように急いで走っていることに。
 もしかして、容疑者……?
 で、高野はそれを追いかけている?
 ……何で?
 連絡するように言ったのに!
 目の前で、起こって欲しくなかったことが、起こっている。
 高野と容疑者の距離が少しずつ縮まっていく。
 それを遠巻きに見ている人々。
 ……そして自分。
「た、かの……!」
 小さく叫んでも、声が届く距離ではない。
 行こうと思うのに、何故か動けなかった。
 高野と容疑者を見ているだけだった。

 高野が、とうとう追いつく。
 容疑者を追いつめる。
 そして――


 


「高野っ!」
 俺は、慌てて高野に駆け寄った。
「何やってんだよ、連絡するんじゃなかったのか!?」
「すみません、先輩。……でも」
「と、とにかく怪我がなくて良かった」
 衣服は汚れているものの、特に目立った傷などはなかったため、俺は安堵した。
 高野が容疑者を取り押さえてから、しばらくの時間が経っていた。
 最初、容疑者は抵抗していたが、高野が必死で押さえていたため、すぐに大人しくなった。
 俺は、それまで、この前の俺のように車道に飛び出したりしたらとか、容疑者が刃物を持ってたりしたら、とか、そんなことを考えながら高野のことを見ていた。
 高野が俺に気付き、遠くから身振り手振りで親父に連絡しなくて良いのかと、俺に伝えてきた。
 それまで黙って見ているだけだった俺は、ようやくポケットから携帯を出して親父に連絡を取った。
 そして、すぐに親父と貴子さんが来て、容疑者は連行された。
 俺はその間、高野の近くに行くことが出来なくて、今、ようやくここまで来られたんだ。
「あんまり……心配させるなよ。頼むから……」
「先輩……俺……」
「うん?」
「先輩に告白して、試しでだけど付き合って……その日はつい嬉しくていきなりキスしたりして」
「あ、ああ……」
「でも自分から言っておきながら、どうしたら良いか解らなくて、結局、いつも通りに振る舞うことしかできなかったんです。……これじゃあ駄目だって思って、思い切って先輩の家に行ったのは良かったんですけど……」
「あ……、その、あれは悪かった、ごめんな」
「いいえ、良いんです。それよりも……俺、あれから考えて……決めたんです」
「…………」
「先輩に、今度手伝いをする時は俺も連れて行って欲しいって言ったのは、俺自身が変わらないといけないと思ったからなんです。先輩を見てて思ったことを、思ってるだけじゃなくて実行できれば、変われるんじゃないかって……」
 そういえば、高野は言っていた。
 1年前もこの間の時も、見てるだけで何もしなかったと。
 だから?
 だから、今度は見てるだけじゃなくて、自分で動きたかった……?
「でも駄目ですね。上手くいかない……」
「そ……ない……」
「え……?」
「そんなことないよ。高野は頑張ったよ、頑張ったから……」
 俺は、高野の肩に頭を乗せて、呟いた。
 俺だって、同じ気持ちなんだ。
 さっき、俺は何も出来なかったから。
 見ているだけだったから。
 あの時の高野と同じ思いを、俺はしたんだ。
 だから良く解る。
 何も出来ないってことが、どんなに辛いかということが。
 でもそれでも、高野は自分の力で頑張ったじゃないか。
 俺は訴えるようにして、それを言葉にする。
「先輩……」
 高野のこと、放っておけないと思ったのは。
 親父みたいに子供みたいだからとか危なっかしいとか、そういうことじゃなくて。
 一生懸命で、ひたむきで。
 俺のこと、好きだって言ってくれて。
 そんな高野を、見ていたいと思って。
 放っておけないのは――ただ、俺が高野をずっと見ていたい、それだけだから。
 放っておけないというよりも、目を離したくない。
 そういうこと、なんだ――
 ……でも、今回みたいにひとりで無茶やるなんて、やっぱり少し危なっかしいかもな。
 そう思ったら、笑いがこみ上げてきた。
「先輩?」
 高野の声が、訝しげになる。
 俺……。
 俺は、高野のこと……。
 それが恋愛感情かどうかなんて解らないけど。
 でも、思う。
 恋愛感情が何なのかなんて、考える必要なんてなかったんじゃないかって。
 考えて答えが出なくても良いんじゃないかって思う。

 そんなもの考えなくても、俺は、別の答えを見つけられたんだから……。

「先輩……?」
 ますます困惑したような声で、高野が俺を呼んだ。
 当然だ。
 自分でも自分の行動に驚いていた。
 俺は、気付いたら高野を抱きしめていたんだから。
「俺、恋愛感情が何なのか、未だに解らないんだ。貴子さんのこと好きだったのも、恋愛感情なのかどうか良く解らない……でも好きは好きだった。誰かがそれが恋愛感情なんだって言えばそうなのかもしれない。そんな曖昧なものだけど――俺は今、高野のことずっと見ていたいと思ってる。一緒にいると楽しいし。そういうのじゃ駄目か? これは恋愛感情って言わないのか?」
 貴子さんと親父を祝福できたことを後悔しなかったのは、きっとこういうことだったんだろう。
 俺の中での高野の存在が、貴子さんを上回ってしまったんだ。
「せ、んぱい……」
 抱きしめているから、高野が今どんな表情をしているのか解らない。
 でもその声から、驚きだけではないことを知る。
「俺は、高野のこと、好きだよ――」
 俺の精一杯の気持ち。
 恋愛なんてしたことがないから全然解らない今の俺の、精一杯の真実。
 考えて考えて、結局出なかった答え。
 でも、高野が好きだと言う気持ちは、どんなものであれ真実。
 少なくとも、友達や後輩に対しての“好き”とは異なった想い。
 ……そして、貴子さんに対する想いとも、どこか違うような気がする。
 それが、俺が今出せる精一杯。
「先輩、先輩……」
 高野の腕が、俺の背中に回って、抱きしめ返してくれる。
 こんな風に触れたのは、初めてだった。
「十分です、俺……先輩のその気持ち、すごく嬉しいです」
 高野の高揚した声が、俺の耳元で聞こえた。
 高揚しつつも、いつもとさほど変わらない高野の声に、どうしようもなく安心感を覚える。
 抱きしめ、抱きしめられながら、俺はそっと目を閉じた。


2003/2/14


→あとがき


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