■fine today■


−8−


「駄目」

 珍しく硬い表情をして、親父ははっきり断りの言葉を言った。
 そう言うと思ったよ。
 俺だって本当は嫌なんだから。
 でも――

「俺だって親父の手伝いやってるんだし、良いだろ?」
「駄目だって。環は俺の息子なんだから別に良いけど、高野君は違うんだから」
 ……ちょっと待て。
 何か今、聞き捨てならないことを言われたような……。
「余所様の息子さんにそんなことさせられないよ」
 哀しいほど正論だけど。
「親父……自分の息子でも、させたら駄目だと思うんだけど」
 それに、余所様の息子だとか自分の息子だとか言う以前の問題だと思う。
 確かに俺は、どうしても断れなくて手伝ったりしてる。
 でも本来、刑事の仕事を高校生の息子に手伝わせるのはおかしい。
 それなのに。
「別に俺は構わない」
 親父のその言い様に、溜息をつく。
 俺が構うんだよ……。


 そんなやりとりを続けながら、思う。
 どうしようか……。
 次に親父の手伝いをする時に、高野も連れて行く。
 親父にそれを承諾させるためには、どうしたら……。
 自分自身、高野を連れて行きたくないのに、親父を説得できるわけないよな……。
 大体、高野は何で急にあんなことを言ったんだろう?
 あの会話の流れで、どうして……。
 そう思いながらも、高野の願いを叶えてやりたいという気持ちもある。
 だからこうして、親父と話をしているのだけど……。

「頼むよ、親父。高野、連れて行っても良いだろ!?」
 俺にはこう言うことしかできなくて。
 説得できるだけの材料は何もなくて。
 ただ単に、「連れて行きたい」と訴えるだけで……。
「……解った、良いよ」
「だから、連れて行っても……って、え……?」
 硬い表情のままで呟かれたせいで一瞬聞き逃したけど、有り得ないことを言われたような……。
 今、何て言った……?
「良いって」
 ……嘘。
 最初は渋っていたのに、まさか、あっさり考えを変えてくれるとは思わなかった。
 でも、何で?
 疑問の視線を向けると、親父は曖昧に微笑む。
「そんなに必死になって環にお願いなんてされたの初めてだから、まあ良いかって」
 ……それで良いんだろうか……?
 俺は、助かったけど。
 でも……確かに、自分から何かを頼んだことなんてなかったな。
 いつも俺が親父の我が侭を聞いていた方だったから。
「ただし、ばれないようにな。高校生に仕事を手伝わせたなんて上に知られたら、俺の首が飛ぶ」
「……解ってるよ」
 今だって、十分危ない。
 俺が手伝ってることも秘密なんだから。
 俺が、他の刑事がいるところで親父を手伝ったのはただ1度だけ。
 そう、あの1年前の盗難事件……あの時だけだった。
 あの時は、荒らされた部屋の片づけを手伝うことだったから。
 ……思えば、よく今までばれなかったものだ。
 幸運だったのか、不運だったのか……。
 ……でも、なんだかんだ言って、これで良かったのかもしれない。
 そう思ってしまう自分が不思議だった。




「本当に良いんですかっ? ありがとうございます……っ」
 俺が、親父の返事を伝えると、高野は飛び上がらんばかりに喜んだ。
 満面の笑みで。
「先輩、ありがとうございました」
「……俺?」
 高野が俺に御礼を言ったのに、驚いた。
「だって先輩が、お父さんに頼んでくれたんですよね? 俺のために……」
「…………」
 高野のために――
 その通りなのだが、何となく気恥ずかしかった。
 でも、何だか久しぶりに高野の明るい表情を見られたような気がして、俺は嬉しかった。
 高野が嬉しいと、俺も嬉しい――?
 自分の気持ちが解らなくて、俺は喜ぶ高野の顔をじっと見つめていた。





 あれから1週間。
 特に事件もなく、日々は過ぎていった。
 俺と高野の関係も曖昧なまま。
 だって俺は――
 貴子さんが好きだと自覚した以上、高野と試しにでも付き合うということに一層、罪悪感を感じてしまうのだ。
 俺、どうしたら良いんだろう……。
 さすがに貴子さんの弟の藤吾には相談できなかった。
 藤吾が俺の気持ちを知っていたとしても、俺が自覚したことを解っているとしても、できないと思うのだ。
 親友と姉の間に立たせることなんてできなかった。
 自分の気持ちを持て余す。
 本当に、どうしたら良いのか解らない……。
 貴子さんに告白することなど考えられなかった。
 高野とのことを曖昧なままにしておくのも気が引けた。
 この1週間、俺はいつまでも答えの出せない状態で、考え続けることしかできなかった。


 そんな時だった。
 俺と親父が、貴子さんの家に招かれたのは……。


 そこは来慣れた場所のはずだった。
 何度も何度も、遊びに来た場所。
 でも……何かが違うような、そんな気がした。
 違和感、とでも言うのだろうか。
 目の前に親父と貴子さんが並んで座っていて。
 俺の隣には藤吾がいて。
 さっきから、重苦しい空気が流れている。
「……環君、急にごめんね。この前、環君の家に行った時に言おうと思っていたことを、今、言おうと思ってるの」
 この前――高野が家に来た時のことだ。
 親父がちょっと話があると、そう言っていた。
 それきりだったことを、今、言おうとしているのだ。
「環、藤吾君。これは二ノ宮君のご両親にはもう言ったんだけど――」
 親父がそこまで言うと、貴子さんが自分が話すからと言ってそれを制する。
 そして、真剣な表情で、でも少し言いにくそうに、話し出す。
「あのね、私――環君のお父さんと、結婚、しようと思ってるの」
「け、……」
 けっこん……?
「その……ずっと前から、付き合っていたんだ。再婚も考えていて……でも、環がどう思ってるか解らなかったから黙っていた」
 俺は、呆然と目の前に座る2人を交互に見ていた。
「そんな時に、二ノ宮君が、環が再婚は反対しないと……そう、言っていたって。だから、環にきちんと言おうと思ったんだ」
「再婚……」
 確かにそう言った。
 再婚に関して反対はしないと。
 それに、むしろ早く再婚してくれないかなと思っていたくらいだった。
 でも……でも、それが、その相手が、貴子さんだなんて――

「――姉貴」
 不意に、隣の藤吾が口を挟んだ。
 俺は、驚いて藤吾の顔を見遣る。
 まさかとは思うけど……言ったりしない、よな?
 俺の気持ち……。
「おめでとう」
 そんなふうに思っていた俺の耳に聞こえてきたのは、祝福の言葉だった。
「藤吾……」
 安堵と、少しの不安を抱えながら、藤吾の名を呼ぶ。
 藤吾は、俺を安心させるように僅かに笑うと、俺の頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「…………」
 複雑な気分だった。
 ショックも受けた。
 自覚したと思ったら、失恋した。
 そんな思いが、頭の中を駆けめぐる。
 でも今、俺が言えることは。
 言わなければならない言葉は。
「……おめでとう、親父、貴子さん――……」


 何で、こんなこと言っているんだろう、俺。
 何で、こんなこと言わなければならないんだろう――
 でも……どうしてだろう。
 確かに哀しくはあったし、衝撃を受けた。
 それなのに、どうして……。
 もっと震えたりするかと思っていたのに……「おめでとう」の一言を、平静に言えたんだろう。
 それを言うことに躊躇いはあったけど、言った後で後悔はしなかった。
 貴子さんが俺の義母になるのは変な気分だけど、嫌ではなかった。
 どんなにショックを受けても、失恋したと思っても。
 それでも、何故か、親父の再婚を受け入れている。
 親父と、自分が好きな相手との結婚を、受け入れることが出来ていた。
 それは、何故……?



 まだぎこちなさは残るものの、先程までの重苦しい空気は消えていた。
 親父も貴子さんも、俺の言葉を聞いて、安心したようだった。
 ふと、俺は貴子さんに訊いてみたくなった。
「……貴子さん。貴子さんは、親父のどこが良いんですか?」
 それは、嫉妬とか、親父とのことを認めないとか、そういう思いで出た言葉ではなく。
 ただ、純粋にそう思ったのだ。
「そうねえ……」
 しばらく考えて、貴子さんは口を開いた。
「放っておけないっていうのが1番かな。危なっかしくて、どっちが上司なんだか解らないし」
 その言葉に、咎めるように親父が貴子さんを見る。
 貴子さんは、笑顔でそれを返し、言葉を続ける。
「でもね、何だか安心できるのよ、一緒にいると。楽しいことも辛いことも、この人とだったら大丈夫って思えるの。……この人が嬉しいなら私も嬉しいのよ」
 貴子さんの言葉はまっすぐで、迷いがない。
 そう言い切れる貴子さんが、少し羨ましかった。
 それに……貴子さんが今言った言葉は、俺にも当てはまるのかもしれない。
 この前、確かに思ったから。
“高野が嬉しいと、俺も嬉しい――?”
 今なら、疑問ではなく、確信だと思える。
 高野が嬉しいなら、俺も嬉しいのだと。
 それがどういうことなのか良く解らないけど。
 貴子さんの親父に対する想いとは違うだろうけど。
 俺の高野に対する想いは、もしかして――
 俺の中で、何かが、少しずつ変わり始めているような、理解していっているような、そんな気がした。


「まあ、息子が2人出来たと思わないでもないんだけどね」
 貴子さんが笑いながら言うのに、場が和む。
「環」
 藤吾が俺を呼ぶのに、何かと思ってそちらを見ると。
「改めてよろしくな? 俺の甥っ子になるんだもんな、環は」
「――え」
 からかうように手を差し出す藤吾に戸惑う。
「俺の姉の、息子なんだから、俺にとっては甥だろ?」
「ええっ?」
 ってことは、藤吾は俺の叔父さんになるのか?
 クラスメイトで親友の藤吾が、俺の叔父!?
 ……いや、良い相談相手だとか保護者みたいだとか思ったりする時はあるけど……それとこれとは話が別だと思う。
「うっそ、そこまで考えてなかった! 親父、貴子さん、結婚取りやめてくれ!」
「それは無理」
 間髪入れずに、親父と貴子さんが同時に答える。
 藤吾は憮然とした顔で俺を見ていた。
「……冗談です」
 半分は。
 俺は心の中ではそう思いながら、言った。
 でも、最近、何かと悩むことや考えることがありすぎて。
 だから、今のような時間は、とても温かくて、心地良かった。
 こんな家族なら、きっと楽しいだろうと、そう思えた。


 でも、その時間は、1本の電話によって破られたのだった。



2003/2/11



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