■fine today■ −7− 「それで? 何があったんだ?」 藤吾の部屋に着いて、すぐにそう問われた。 俺は、隠すことなく全て話した。 高野が家に来たこと。 親父と貴子さんが話があると言ってきたこと。 高野が親父と貴子さんに、俺の恋人だと言ったこと。 貴子さんに聞き返され、思わずただの後輩だと言ってしまったこと……。 動けずにいた俺に貴子さんが追いかけなくても良いのかと言ってくれて、高野を追いかけた。 そして、慌てて探し回ったことを……。 「俺、高野のこと、傷つけた……」 藤吾は黙って聞いてくれていた。 「あんなにきっぱり否定しなくても良かったのに……」 「環」 不意に、藤吾が呟く。 俺は藤吾を見遣った。 「お前は何で、親父さんに訊かれた時は何も答えなかったのに、姉貴にはきっぱり否定したんだ?」 「何でって……誤解されたくないし……」 「何で、誤解されたくないんだ?」 「それは……」 何でだろう……? 「お前は何で、高野のことを慌てて追いかけたんだ?」 「それは、俺が傷つけたから……」 「それだけか? 傷つけたから追いかけただけなのか? 校門の前での環の様子はそんなもんじゃなかったぞ」 「と、藤吾……?」 常とは違う藤吾の様子に、俺は戸惑った。 校門前では確かに、半ば途方に暮れていたけど……。 「環。もう答えは出てるだろ? お前が自覚していないだけで」 「何だよ、それ……全然解らない」 「逃げるな。逃げるなよ、環」 逃げる……? ……ああ、そうか。 確かに逃げているのかもしれない。 高野の気持ちからも藤吾からも。 自分の気持ちにさえ。 解らない、それを免罪符にして、逃げているだけ。 さっきから自分でもそう思っていたことだ。 それを、他の人から……藤吾の口から聞くと、ああやっぱり、と思うんだ。 思ったんだ。 はっきりと。 解らないだけじゃ、何も解決しない。 自分の気持ちと向き合わなければ。 藤吾は自覚していないだけだと言った。 だったら、俺は。 逃げずに向き合えば、答えが出ると、自覚するというなら。 「……解った、藤吾。考えてみるよ、ちゃんと……」 逃げずに。 藤吾は、僅かに表情を緩めて俺を見ていた。 でもひとつ、問題がある。 それは高野のことをどうするかということだ。 傷つけたことを謝りたくても、まだ俺は自分と向き合えていない。 だったら謝っても、高野には届かないんじゃないかという気がする。 でも今のまま、高野を傷つけたまま放っておくことはもっと出来ない。 どうすれば良い? そんな俺に答えを示してくれたのは、やっぱり藤吾だった。 『今の環の気持ちをぶつければ良いんじゃないか? 答えは出ていなくても、言えることを言えば良いんだ。後は高野とお前次第』 藤吾はすごい。 どうしてそんなことを言えるんだろう。 俺に、藤吾の半分でも――……いや、俺は俺だよな。 藤吾は藤吾。 今俺に出来ることは、高野に会うこと。 それなのだから。 「しまった……」 俺はいつも着く時間に校門前にいた。 高野を待つためだ。 でも、どれだけ待っても来ない。 どうしようかと思っているところに、思い出したんだ。 高野は昨日、『明日から部活に出る』と、そう言っていた。 ということは、高野は既に学校に来ているということで……。 いくら待っても、校門には現れない。 「……放課後まで待つか……」 ……いや、放課後も部活はあるだろうから……。 昼休みに高野の教室へ行こうと決める。 「あ、駄目だ……」 俺は高野のクラスを知らない。 高野は言わなかったし、俺も聞かなかったからだ。 今頃、聞いておけば良かったと後悔したが、もう遅い。 ……仕方がない。 1年のクラスの階に行って、聞いて回ろう。 昼休み、俺は朝考えたとおり、高野のクラスを探した。 それはすぐに見つかり、高野の教室の前に立つ。 近くにいた生徒に、高野を呼んでくれるよう頼んだ。 教室の中をちらっと覗くと、高野がこちらを向いた。 一瞬、驚いたような顔になって、すぐに立ち上がる。 「せ、先輩……? 何で……」 足早に、俺の前にやって来る。 俺が何故、ここまで来たのか解らないみたいだった。 そんな高野を、俺は屋上に連れて行った。 「昨日は、ごめん」 まずは謝る。 それから俺の今の気持ちを。 答えは出ていなくても、今の時点の俺の気持ちを話した。 高野は俺の顔は見ずに、それでも話は聞いているようだった。 「傷つけてごめん。俺、貴子さんに誤解されると思って、それだけであんなこと言ったんだ」 全て言い終わると、俺には高野が何かを言ってくれるのを待つことしかできない。 黙って、高野を見ていると。 いくらか後、高野は俺の顔を見返した。 「……本当は解ってました、俺。先輩の気持ち。昨日はそれを再確認させられたっていうか……それで逃げるように帰ってしまって。俺の方こそ、すみませんでした」 「高野が謝ることは……」 「いいえ。俺が悪いんですよ。先輩の気持ち、知ってたのに……先輩の気持ちが別の人に向いていても絶対こっちを向かせてみせるって……思っちゃったんですよ、ね……だから恋人だなんて言ってしまって。先輩が否定するのも当然ですよね」 「高野……」 「でもそれでも、俺は先輩を諦められませんから」 会話をしている間、俺は高野の言葉に首を傾げてしまう部分があった。 高野は、俺の気持ちが別の人に向いていても、と言わなかったか? 俺の気持ちって……。 藤吾も高野も、俺の気持ちが解っているのだと言う。 当の俺が解らないのに、何故、解ってしまうのだろう……? 俺は考える。 俺の昨日の行動。 藤吾との会話。 そして今、高野が言ったこと。 俺が貴子さんに対してあんなにきっぱりと否定してしまったのは、誤解されたくなかったからで。 それは、つまり――― つまり俺は、貴子さんのことが――? だったら……高野が恋人だと言ったのは……親父に対して言ったのではなく……。 貴子さんに、言った……のか……? 何故? それは、俺の気持ちが貴子さんに向いているのが解っていたからで……。 「俺……」 今頃、気付くなんて。 「俺は」 貴子さんが、好きなのか――― 「先輩、ようやく気付いたんですね。……俺としてはちょっと複雑ですけど」 俺が自覚する前から、藤吾も高野も解っていた。 それは、俺を見ていたから……? 俺が遠慮がちにそう言うと、高野は頷いた。 「そうです。あの時、先輩は貴子さんは恋人じゃないって言ってましたけど、でも貴子さんと話している時の先輩は、遠くから見ていただけでもすごく楽しそうで」 そうだったっけ? 俺はあの時、疲れていて良く覚えていないけど。 高野から見れば、楽しそうだった……? でも、それだけで俺の気持ちが解るなんて。 それだけ高野は俺を見ていてくれた……? 俺は……。 何だか、胸の奥が熱かった。 俺も高野も、何も話さない時間が過ぎる。 沈黙を破ったのは高野だった。 「先輩、お願いがあります」 「お願い?」 何かを決心したように、真剣に、強い瞳で、俺を見る。 「はい。今度……今度、お父さんの仕事の手伝いをする時、俺も連れて行ってください」 「なっ!?」 「お願いします」 お願いしますって……。 そんなの、簡単にOK出来る筈がない。 「駄目だ……そんなこと、絶対に」 俺は、いつになく強い口調で言った。 「先輩」 「何て言われても、駄目なものは……」 「先輩!」 高野が俺に対して声を荒らげるのなんて、初めてかもしれない。 つまり、それだけ、本気だということ。 「高野……」 「俺、譲れませんから。絶対に、行きますから。だから、ちゃんと連絡してください、お願いしますっ」 そう言った時の高野の目は、絶対に引かないという強い意志を示していた。 2003/2/7
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