■滅びの国■
−prologue(1)− 雲ひとつない、真っ青な空。 穏やかな風に揺れる緑の木々。 街を見下ろせば、活気溢れる賑わいを絶え間なく感じられる。 街の外に広がる森林は瑞々しく、心地よい緑の匂いを街に運んでくる。 特に、この日はそれが顕著だ。 降り注ぐ太陽の光を浴びて、この世界に存在するもの全てが輝いて見える――、今日この日に相応しい光景に、国中は湧き立っていた。 (――まったく、気が重い) そんな周囲の陽気さとは裏腹に、今日の主役であるはずの青年は、椅子に身体を預け、深々と溜息をついていた。 人々の浮かれた様子や喧噪が、青年の居る部屋からでも十分に窺える。 その事自体は良い。 ――ヴァリスタ王国、第21代国王の戴冠式。 それが今、国中を湧かせているのは無理からぬことだと、新国王となる青年とて承知しているのだから。 ヴァリスタの歴代の国王は、建国当時より善政をしいてきたことで諸国でも有名だ。 数ある国の中でも、20代800年近くにも渡って災害にも見舞われず戦争もせずに存続できた国はこのヴァリスタ以外にはない。 それだけに国民の王家に対する信頼・尊敬は並のものではなく、王が退位する時はそれを惜しみ感謝を捧げ、新国王の戴冠には国をあげての式典となる。そう、今のこの陽気のように。 生まれた時から次期国王として育てられた青年自身、そのことに対する不満はないし、国と民を護り慈しむ善き王であれるよう務める覚悟でいる。 青年の溜息の原因は、そのこととは別にあった。 戴冠式の後にあるもうひとつの儀式――問題は、それだった。 「ラディス様、そろそろお時間です」 「……解っている」 臣下のひとりが戴冠式の始まりの時間を告げたのを機に、青年――ラディスは椅子から立ち上がり、毅然と前を見据えた。 心にわだかまる懸念を、ひとまずは振り払って。 喜びに溢れるヴァリスタの民のざわめきが、その色を微妙に変えていく。 無事に終わった戴冠式での、新国王の堂々たる姿をその目に焼き付けた人々は、これから行われる儀式が始まるのを今か今かと待ち侘びているのだ。 これが、ラディスには不快でならない。 (良いことばかりとは限らないというのに――) 期待感に湧く民に対して、酷く不安感を覚えて仕方がない。 (こんな儀式はもう止めるべきではないのか――?) もう何度、そう思ったか解らない。 だからといって、建国以来続いてきたこの儀式を止めることは、国王であるラディスにもできはしなかった。 ……いや、国王であるからこそ、止められない。 たとえ、その儀式の在り方が、長い年月の中で変化していようとも。 しかし、ラディスは自分の判断をすぐに後悔することになる――。
2006/02/01
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