■伝える言葉■


−1−
 

「話があるんだけど」
 放課後。
 そう言って、俺は、今日クラスメイトになった小倉宏也(おぐら・ひろや)を学校の裏庭に連れて行った。
 小倉は、良いとも嫌とも言わず、ただ引かれるままに俺の後をついてきた。
 小倉と向かい合って俺は口を開く。
「話っていうのは……」
 大きく息を吸い込んで、はっきりと告げる。
「―――好きだ」




 今日は高校の入学式だった。
 体育館で校長の話を聞いている時、俺はふと斜め前のほうに視線を向けた。
 その席に座っている生徒。
 俯いて、校長の話を聞いているのか聞いていないのか良く解らない。
 俺は、その時、校長の話なんか耳に入っていなくて、ただその生徒を見ていた。
 顔はよく見えないのに。
 特徴のある背格好でもないのに。
 何故か、目が離せなかった。

 結局、式が終わるまで俺は、ずっとそいつを見ていた。
 退場する時にはさすがに見ているわけにはいかなかったけど。
 相手の名前も解らないけど、別に良かった。
 そいつの座ってた席のクラスは、1年3組―――俺と同じクラスだったからだ。
 少なくとも、教室でまた会える。
 だから俺は、体育館から出た後、すぐに教室へ向かった。


 俺が教室へ入った時、まだ僅かな生徒がいるだけだった。
 目的の人物は、まだ来ていなかった。

 それからしばらくして、続々と生徒たちが教室に入ってくる。
 でも、ほとんどの席が生徒で埋まり、チャイムが鳴っても、肝心の人物が来ない。
 まさか。
 まさか、同じクラスじゃなかった?
 ……そんな筈ない。
 確かに1年3組の席に座っていた。
 だから、待っていればここへ来るはず。
 絶対に。

 そんな俺の祈りにも似た想いが通じたのか。
 前のドアから入ってきた先生のすぐ後ろに、そいつはいた。
 俺の、待っていた人物が。
 先生が教壇に立つと同時に、そいつも空いている席につく。
 俺はその様子を、じっと見ていた。
 体育館では、俯いてよく見えなかった顔。
 今も俯いていて、よくは解らないけど、席に着くまでの間は立っていたせいか体育館でよりはよく見えた。
 感情を表さない表情。
 整った顔をしているけど、あまり顔色は良くない。
 笑ったらきっと、可愛いんだろうなと思う。

 先生が名前を言ったり、学校のことを話したりしているのを聞きながら、でも視線は先生ではなくそいつに向けていた。
「じゃあ、出席を取るから」
 そう言って、先生は出席番号順に名前を読み上げていく。
 返事する生徒、手だけを軽く挙げる生徒。
「小倉宏也」
 その名前が呼ばれた時、俺の視線の先で、そいつの肩が震えるのを見た。
 そして、おずおずといった感じで右手をゆっくりと挙げる。
 先生は、それを確認すると、少し笑いけて次の生徒の名前へと移る。

 ―――小倉宏也。

 それが、そいつの名前。
 小倉。
 手を下ろした後、唇を噛み締めて更に俯く小倉。
 近くで見たわけじゃない。
 だから、気のせいかもしれない。
 でも、小倉の瞳が、辛そうに揺れたような気がした。

 俺はいてもたってもいられなかった。
 この気持ちは何だろう。
 小倉のあの瞳と表情が頭にこびりついて離れない。
 目を閉じても、浮かぶのは小倉ばかりだった。
 信じられない。
 信じられないけど。
 でも、そう。
 俺は、小倉のことを……。

 一目惚れなんて、本当にするとは思わなかった。
 しかも相手は、小倉は男で。
 話をしたこともなければ、目があったこともない。
 初めて会った相手に、こんな気持ちになるなんて信じられなかった。
 でも。
 好きになったものはしょうがない。
 俺は、それを黙っていられる性分じゃない。
 ……告白しよう。
 断られると思う。
 男に告白されるなんて、気持ち悪いって思われると思う。
 でも、それでも。
 俺は、自分の気持ちを黙っていられない。
 思い立ったら即行動。
 それが、俺の持論なんだ。

 そして、放課後。
 俺は、小倉を呼びだしたのだった。




 小倉は俺の告白に、その無表情な顔を崩すことなく、そこに立っていた。
 言葉は返ってこない。
「俺、小倉が好きなんだ。……一目惚れした」
 俺はもう一度繰り返す。
 何度でも言うつもりだった。
 何かを返してくれるなら。
 何かを返してくれるまで。
「今日会ったばかりだけど、でも、お前のこと気になってしょうがないんだ」
 小倉はまだ黙っている。
「本気なんだ」
 微動だにしない。
「付き合ってほしいんだ」
 動いた。
 足が。
 小倉は黙って踵を返すと、来た道を戻っていく。
「ま、待てよ!」
 俺は咄嗟に、小倉の肩を掴んでいた。
 途端、はじかれたように顔を上げ、俺を見る。
 その表情からは何も読みとれないけど、触れた肩が、俺の手を拒絶しているのは伝わってきた。
 それでも俺は、掴んだ手を離せなくて。
「返事、聞かせてほしい」
 そう言うと、俺の手を小倉が掴んだ。
 え、と思って小倉の手を見ていると。
 その手が、俺の手を肩から退け、そのまま走り去っていった。
「ちょ……っ」
 慌てて追いかけた俺の手は、でも、何も掴むことはなく。
 聞こえるのは、遠ざかっていく小倉の足音だけで。
 俺は、反射的に、その後を追っていた。




 一瞬、俺の頭の中に“ストーカー”という文字が浮かんだ。
 それを慌てて振り払うと、再び前方を走る小倉のほうに視線を戻す。
「俺はただ……ただ……」
 周りに聞こえないように呟く。
 そう、俺はただ、無視されたのに腹が立っただけで。
 こうなったら、意地でも返事を聞かないと引き下がれないって思っただけで。
 だから、追いかけてるだけなんだからなっ。
 別にストーカーしてるつもりなんてないんだからなっ。
「……何か、言い訳みたいだ……」
 みたい、ではなく言い訳だったのだけど、気になるものはしょうがない。
 俺は、小倉の後をついていった。


 どれくらい走っただろうか、学校からも俺の家からもそんなに離れてはいないところに小倉の家はあった。
 電柱の陰に隠れて様子を見ていると、門を開けて小倉が中に入っていく。
 入った後はきちんと門を閉め、そのまま玄関の扉を開け、家の中に消えていった。
 それを確認すると、俺は家の前まで移動することにした。
 昼間だからか人通りはない。
 でも学校帰りの生徒が通りかからないのを祈りながら、門の前に立つ。
 前方の玄関の扉は固く閉じられていて、開く気配はない。
 “小倉”という表札の横にあるインターホンを見て、指をそこに近づけた。
 押しかけて―――やめた。
 指を降ろし、行き場をなくして宙に彷徨わせる。
 何て言えば良いのか解らなかった。
 勢いでここまで追いかけてきたのはみたものの、ここにきてようやく俺のなかに躊躇いというものが生まれた。
 いきなり告白されて、家にまで押し掛けてきたクラスメイト。
 それを小倉はどう思う?
 しつこいと思われるか。
 呆れられるか。
 それとも、また無視か。
 ……それともそれ全部か。
 そう思ったら、勢いもなくなってしまった。
「らしくない……」
 本当、らしくない。
 思い立ったら即行動が持論だけど。
 でも一旦、勢いをなくしたら、行動を起こすのが難しい。
「……帰るか」
 ここにいてもしょうがない。
 小倉とは、また明日学校でちゃんと話をしよう。
 聞いてくれるかは解らないけど。
 もう一度、玄関の扉を見る。
 そこはまだ固く閉ざされたまま。


「……そこで何をしている」

 突然の低い声に、俺は反射的に身を竦めた。
 冷たい汗が、背筋を伝っていく。
 俺の今の状況。
 人の家の前でうろうろし、家の様子を窺い。
 周りから見れば、思い切り不審者だ。
 俺は言葉もなく、そろそろと後ろを振り返った。
 ぎこちなく。
「うちに何か用なのか?」
 声をかけた人物は、明らかに俺を不審な目で見ていた。
 俺よりも、年上の男だった。
 うち……ってことは、小倉の家族か?
 よりにもよって……最悪だ。
 そう思っている間にも、相手の視線が俺の上から下へと滑っていく。
 でも、段々と不審な目が消えていくのが解った。
 何でだろうと思っていると、さっきよりも幾分柔らかくなった声が耳に届いた。
「その制服……もしかして宏也の友達、か?」
 制服……そうか、小倉と同じ制服を着ているんだ、俺。
 だから、不審な目が消えたんだ。
 そのことに安堵し、でも、どう答えようか迷う。
 確かに俺は、小倉と同じ学校の生徒でクラスメイトだけど、友達かって聞かれると首を横に振るしかない。
 でもこの状況で友達だってことを否定したら。
「……そう、です」
 俺は、頷いていた。
 また不審者だと思われるのは嫌だったから。
「そうか……友達、出来たんだな、宏也……」
「え?」
「……いや。何でもない。名前は?」
「え。あ……槙村聡史(まきむら・さとし)ですけど」
「槙村君か」
 何、馬鹿正直に答えてるんだよ、俺。
 そう思ったけど、どうせ嘘を言ったって小倉の口からばれるだろう。
 だったら嘘なんかつかないほうが良い。
 ……多分。

 それにしても、この人は小倉とどういう関係なんだろう。
 親子ってことはないだろうし、やっぱり兄弟か。
「ああ、俺は宏也の……」
 俺の問いかけるような目に気付いたのか、口を開いてくれる。
 でも途中で、何故か言葉を切る。

「俺は宏也の……。宏也の……兄だ」
 躊躇うように、でも何かを振り切るように、時間をかけてそう言われた。
 ……兄。
「……それより、槙村君はこんなところで何を? 宏也に用なら入れば……」
「あ、いえ! その」
 焦った。
 不審者だと思われなくても、小倉の友達なら尚更インターホンも押さずに家の前にずっと立っていたら、余計に怪しいかもしれない。
「俺、もう帰りますから!」
 それだけ言うと、小倉のお兄さんの横を擦り抜け、一目散に駆けだした。
「あっ、おい!?」
 後ろで呼び止める声がしたけど、無視して。





 いきなり逃げ出して変に思われなかっただろうか。

 そんな考えに至ったのは、自分の部屋に入ってからだった。
 あの時は焦ってあの場を去ることしか頭になかったけど、もっと他に良い言い訳とかがあったかもしれないのに。
「やっぱ、らしくないよなあ……」
 座り込み、部屋の壁にもたれながら、さっきのことを思い返してみる。
 浮かんでくるのは、小倉の顔と態度。
 それから、お兄さんのあの言葉。
『そうか……友達、出来たんだな、宏也……』
 とても安堵したように紡がれた言葉。
 小倉のことをすごく心配していたんだと思う。
 小倉のお兄さんなんだから、それは当然なんだろうけど。
 でも……何でだろう。
 お兄さんの言葉からは、それ以上の何かが感じられた。
 そんな気がする。
 何かもっと、重いものが……。



2003/1/1



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