■聖夜の贈り物■ −前編− 色鮮やかなイルミネーションが夜の街を彩る。 大音量で流れるクリスマスソング。 周りを見ればクリスマスイヴに浮かれる街や人たちで溢れかえっている。 カップルや家族連れ。 ひとりで歩いている人はまばらだ。 そのひとりで歩いている人も、ケーキの箱やプレゼントを持って忙しげにしている。 家族や恋人が待っているだろう場所へ行くために。 そんな光景を眺めながら、上総(かずさ)はひとり街をゆっくりと歩いていた。 何処へ行くという目的もなく、何をするというわけでもない。 人を捜したり待ったりしているわけでもない。 ただ、クリスマス一色に染められた街を歩くだけ。 上総は女の子と付き合っても長続きしたことがなかった。 短い時は1週間足らずということもあった。 そして、何故か謀ったようにクリスマス直前に別れたり、クリスマス前後に付き合っている人がいなかったりで上総はクリスマスを恋人と過ごしたことがなかった。 だからといって、クリスマスのために彼女を作ろうという気にはなれず、上総は恋人と過ごすクリスマスを今年も半ば諦めていた。 聖なる夜にひとり街を歩いてみるのも良いかもしれない。 そう思って外出したのだ。 だが結果は、後悔の二文字だった。 「はあ……」 ため息をつくと、白い息が街の明かりに消えていく。 「こんなことなら家にいた方が良かったかな……」 こうも楽しそうな人ばかりだと、自分が虚しくなってくる。 ふと時計に目を遣ると、針は8時35分を指していた。 「……もう帰ろうかな」 だが、このまま帰るのも何となく癪だ。 「どうしよう……」 上総はしばらく考えた後、行き先を決めた。 ここからそんなに遠くない場所だし、そこならひとりでいても大丈夫そうだ。 少なくとも、ここにいるよりは人に会うことはないだろう。 そう思ってそこに向かおうとした時。 突然、肩に重みを感じた。 驚いて振り返ると、20歳くらいの男が上総の肩に手を置いていた。 「ひとり?」 「え……?」 「ずっとひとりで歩いてただろ? 俺もひとりなんだ」 「はあ……?」 「俺、廉(れん)っていうんだけど、一緒に歩いていいかな」 上総はきょとんとして廉と名乗った男を見た。 「駄目? ……あ、名前なんて言うの?」 廉は矢継ぎ早に話しかけてくる。 「上総……」 言うつもりはなかったのに勢いで名乗ってしまった。 「上総か。じゃ、歩こう」 ……名乗っただけで、一緒に歩くといった覚えはないのだが。 どこへ行くつもりなのか、廉は足早に歩き出す。 上総はそれについては行かず、ぼうっと突っ立ったまま廉を見ていた。 いくらか歩いた頃、上総がついてこないのに気づいたのであろう廉が、立ち止まって後ろを振り返った。 「どうしたの?」 声をかけられても上総は廉の所へは行かなかった。 黙って踵を返す。 後ろで廉が何かを言っているのを無視して、上総は行こうと思っていた場所に向かって歩きだした。 しばらくして後ろを振り向くと、そこに廉はいなかった。 「はあ……」 ほっと安堵の息をつく。 さっきのは何だろう? ナンパ? だったら性別を間違えていないか? それに、そんなにひとりで寂しそうに歩いていたように見えたのだろうか。 自分では意識していなかったけれど、もしかしたら。 諦め切れていなかったのかもしれない。 恋人とクリスマスを過ごすことを。 「でもだからって、あれは違うだろっ」 恋人は恋人でも、それは男ではないのだ。 可愛い彼女と過ごしたかったのに。 「何で男にナンパされなきゃいけないんだよ……」 「別にナンパのつもりじゃなかったんだけど?」 「うわあああっ!!」 耳元で突然囁かれ、上総は後ろに飛び退いた。 「な、な、なっ!」 言葉にならない声が、意味もなく出る。 「そんなに驚かなくても」 いつの間に来たのか、現れた男はさっき上総に声をかけてきた廉だった。 「急に正反対の方向に行くから驚いたよ。こっちに行きたかったんならそう言えば良かったのに」 「ち、違うっ!」 勝手に誤解している廉に、上総は慌てて否定した。 「俺はあんたと一緒に歩くつもりなんてないっ。なのに、何でついて来るんだよ!」 拒絶の行動をどうしてこうも自分に都合の良いように解釈できるんだろう。 「あれ、そうだったんだ? 俺はてっきり……でももうついて来ちゃったしさ」 勝手についてきたくせに、廉はそう言って笑った。 「……ナンパするなら相手をちゃんと見ろよな」 上総は不愉快を露わにして言い放つ。 廉は心外だというように大げさにため息をついた。 「さっきも言ったけど、別にナンパしてるつもりはないんだけどな」 「これがナンパじゃなくて何だって言うんだよ」 「違うって。俺はただ、上総がひとりで歩いてたから同じひとり同士仲良くしようって思っただけなんだから」 「それを世間ではナンパって言うんだ!」 そう言った途端、廉は吹き出した。 「なっ、何だよ! 何笑ってんだよ!」 「……っ、だって面白いんだもん、上総。……あははっ」 「こっこの……っ」 いつまでも笑い続ける廉に上総の堪忍袋の緒が切れた。 「いい加減にしろよな、お前っ! いきなり声かけてきていきなり笑い出して! 俺はお前に付き合ってるほど暇じゃないんだよっ!」 廉の笑い声を上回る大声で怒鳴ると、廉はぴたりと笑うのをやめた。 「……クリスマスにひとりで街を歩いていて暇じゃないなんて言うんだ?」 「う……」 それを言われると返す言葉もない。 「な、何だよ、だったらお前だってひとりで街を歩いてたんだろ! 同じじゃねえか」 「そ、暇なんだ。だから上総に声をかけたんだよ」 苦し紛れに捲し立てた上総の言葉をさらりと交わすと、廉は上総の肩を抱き寄せた。 「何すんだよっ!」 慌てて引きはがすと、上総は廉との距離を広げた。 「そこまで露骨に嫌がられると結構傷つくよ」 「勝手に傷ついてろ、俺は知らないからな!」 これ以上、廉に関わりたくない。 街を楽しそうに歩く人々を見た時よりも、今の方がもっと外出したことを後悔した。 こんなわけの解らない男に絡まれるくらいなら、家にいたほうがよっぽどましだった。 「仲良くする相手が欲しいなら他当たれよ、俺は帰る」 「え? 上総、帰るの?」 「もう用事ないから」 「でもどこかへ行くつもりだったんじゃない?」 「別に、絶対行きたいわけじゃない」 ひとりでいても大丈夫そうなところに行きたかっただけだ。 もう家に帰ると決めてしまえば行く必要はない。 ……とはいえ、ちょっと行ってみたかった気持ちもあることはあった。 「そう? 行きたいって顔に書いてあるよ?」 「えっ?」 上総は慌てて顔に手を遣った。 「ぷっ」 その様子を見て、廉がまた吹き出す。 「また笑ったな!?」 「だ、だって……本当に書いてあるわけじゃないよ。考えてることが表情に良く現れてるって言ったつもりだったんだけど……っ」 言い終えた瞬間、また笑い出す。 「う、い、今のは別にっ」 真っ赤になって苦しい言い訳をする上総を見て、更に廉は笑った。 「やっぱ面白いよ、上総。声かけて正解だったな」 「う、うるさいなっ」 からかわれて笑われて。 怒りよりも恥ずかしさのほうが上回る。 「で、どうする? 行く? 俺で良かったら付き合うよ」 「…………行く」 考えるよりも先に言葉が出てきた。 そんな自分の反応に驚く。 「そう。良かった。で、上総はどこへ行きたいの」 廉がにっこり笑うので、上総は自分が言ったことを否定する気にはなれなかった。 実際、行きたいことは行きたいのだ。 ひとりでも2人でも本当はどちらでも良かった。 それがこの廉だということには躊躇いの気持ちがあったが。 だが、上総は気づいたのだ。 言った言葉とは裏腹に、自分が廉のことを嫌いではないということに。 好印象だとはとても思えないが。 それでも、まあちょっとくらい一緒にいてもいいかな、と思ってしまったのだ。 すっかり廉の言動に流されてしまっている上総だった。 「海……」 上総は静かに言った。 夜の海を。 クリスマスイヴの夜の海を見たい。 そうして、上総と廉は夜の海へと歩き出した。 2002/12/24
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