■聖夜の贈り物■


−後編−


「海だ……」

 夜の海。
 水面は黒くてよく見えないけれど、穏やかな波の音が聞こえる。
 思わず、上総は感嘆のため息をついた。

 ここには街の明かりも喧噪もない。
 人も自分と隣にいる廉の2人だけ。
 まるで別空間のようだった。

「なんか今日がクリスマスイヴとは思えないな……」
 そう呟くと、上総は水面へと手を伸ばす。
「冷た……」
 だがあまりの冷たさに、すぐに手を引っ込める。
 上総が触った分だけ、水面が揺れたのが解った。
 

「何笑ってるんだよ」
 廉が後ろで小さく笑っているのに気付き、上総は後ろを振り返った。
「子供みたいにはしゃいでるなと思って」
「な、俺は子供じゃない!」
「そういうとこが子供なんだって」
「ば、馬鹿にすんなっ」
「馬鹿になんてしてないよ。可愛いな〜と思って」
「かわ……っ!? ふ、ふざけんなよ……っ」
「ふざけてないふざけてない」
 廉はそう言って上総の隣に来ると、その場に座り込む。
「上総も座らない?」
「…………」
 上総は黙って座った。
 明らかに不本意だというように。
 それに苦笑すると、廉は上総に尋ねる。
「海、何で来たかったの?」
「別に……ただ夜の海ってどんなんだろうって思っただけ」
「見たことなかったんだ? 俺はよく来るよ」
「嘘!?」
「……何で嘘なの?」
「だって……海なんて見に来るようには見えない」
「ひどい言われようだな……」
 そう言いつつも、廉は楽しそうに笑っていた。
 上総もつられたように笑う。
 本当、調子が狂うと思いながら。


「……残念」
「何が?」
 不意に言われて、上総は聞き返した。
「夜の海ってさ、月が出てるともっと綺麗なんだ。こう、水面に月が映って揺れて……」
 今日は雲に覆われて月が見えない。
「月か……でもいいんだ、俺、こんな真っ暗な海も好きだから」
 月も星も見えない空を見上げながら言う。
「今度は月が見える時に来れば良いし」
 上総にとっては、夜の海を見られたことが新鮮だった。
 昼の海は何度となく見ているのに、夜に海に来たことがなかったから。
「そっか。でも、今日は月が見えない代わりに、良いものが見られるかもしれないしね」
「え? 良いものって…………っ!?」
 急に引き寄せられ、上総は喉を詰まらせた。
「何やってんだよ!?」
「んー? 寒いだろうと思って」
「寒くないっ。寒くないから、離せよ!」
「今12月だよ? 本当に寒くないの?」
「う……っ」
 上総は言葉に詰まる。
 ここに来る前といい、今といい、どうして廉に言い負かされてしまうのか。
「こうやってると温かいと思うけど?」
 温かい。
 確かに温かい。
 だがそれを認めてしまって良いのだろうか。
 そんなことを考え、上総が悩んでいると。
 廉が更に上総を引き寄せた。
「お前、何やってるんだ……?」
「何って……こうしたほうがもっと温かいと思って」
「……温かいよ……でも……でもなあ俺は嫌だぞ! 離せ降ろせっ」
「痛っ……人の膝の上で暴れるのやめようよ」
「うるさい! 降ろせ〜っ!!」
 廉の膝の上で、上総は暴れまくった。
 だが上総を抱え込んでいる腕がそれを阻む。

「あ」
「え?」
 ぴたりと暴れるのを止めると、廉を見る。
「雪だ」
「えっ!?」
 慌てて空を見上げると、暗い空中に小さな白いものが落ちてくるのが見えた。
 手を出すと、その上にふわりと乗る。
 それが消えるまでにも後から後から舞い降りてくる。
「さっき言ってた良いものって……雪?」
「そう、雪。ホワイトクリスマスになったな」
「……ほんとだ……」
 降る雪を感動して眺めていると、後ろで廉が小さな笑い声を漏らした。
「……何だよ」
 折角良い気分だったのに、と不機嫌になる。
「さっきまであんなに暴れてたのに、雪が降ってるって解った途端に大人しくなるんだもんな」
「……っ」
 さっきから、同じことを繰り返しているような気がする。
 またしても廉にやりこめられた上総は口を尖らせた。
「さっきから俺で遊んでるだろ、お前」
「やだなあ、遊んでなんかいないって」
「……大人がいたいけな少年をからかうなよ」
「いたいけって……」
「何だよ?」
「自分で子供じゃないって言ってなかったっけ?」
「あ……っ」
 廉はくすくす笑っている。
「別にからかってるわけじゃないんだけどなあ。それにさ、良いんだよ、俺も子供なんだし」
「子供って誰が?」
「俺」
「お前が?」
「そ。15だもん、俺。中3」
「ちゅ、中3!?」
「いくつだと思ってたの?」
「……20歳くらい」
「俺、そんなに老けて見える?」
 心外だと言いながら、廉は機嫌を悪くしたふうでもなく上総を見ている。
「嘘だろ……俺より年下……?」
 目を見開いて唸った。
 年下の廉にいいようにからかわれてたと知って愕然とする。
「中学生にからかわれた……俺、高校生なのに……17なのに……」
「あ、そんなこと言うんだ? 2歳しか離れてないのに」
 ぼそっと呟くと、廉は少し不機嫌に言い返してくる。
「だって……」
「人を年齢で判断するのは良くないよ?」
「本当にお前15?」
「本当」
「……俺ってそんなにからかいやすい?」
「うん……じゃない、からかってないよ」
「今、うんって言った」
 廉は言い返さなかった。
「どうしたんだよ……?」
 今まで何を言ってもさらりと返して、上総が言い返しても簡単にやりこめられていたのに。
「おい?」
 さすがに不振に思って振り向くと、廉の辛そうな顔が飛び込んでくる。
「ほ、本当にどうしたんだよ……?」
 首が痛かったが廉の顔を覗き込む。
「上総……」
「……へ?」
 ふわりと降ってきたそれ。
 冷たい雪ではなく、温かくて柔らかいもの。
「……っ!?」
 廉の唇だった。
 慌てて上総は首を前に戻す。
 抱きしめている腕も解こうとするが、いくら力を入れても外れなかった。
「お、おい……? またからかってんのか……?」
「からかってないよ」
「嘘、だってお前……」
「本気だよ、俺。本気で上総のこと……」
 熱っぽく囁かれ、上総は首をすくめた。
 心臓が、大きな音を立てる。
 何だろう、これ。
 何でこんなに、心臓が壊れそうなんだろう?
「お、おい、廉……?」
 声が上擦る。
「好きだよ、上総……」
「ちょ、ちょっと待てっ! 何でそうなる!?」
 廉の告白に、上総は慌てふためいた。
 男に告白されたというのもあるけれど、それよりも何よりも。
 言われた瞬間、一瞬、心臓が止まりかけたような気がした。
 そしてその後は早鐘のように動いて止まらない。
 そんな自分に慌てていた。
「何でって……そんなの最初から声なんてかけないよ、好みじゃなかったら」
「好みって……お、俺、男なんだけどっ」
「解ってるよ? それでも好きだって言ってるの」
「やめろやめろっ」
 それ以上聞いていられなくて、いや、聞きたくなくて両手で耳を塞ぐ。
 このままだと本当に、心臓が壊れてしまう。
「ちゃんと聞いてよ。ね、返事は?」
 だが、すぐに廉の手が上総の手を取り、耳から外してしまう。
 抱きしめていた腕が離れたため、上総は廉の膝から降りようとした。
「逃げないでよ」
 両手をきつく握られる。
「返事聞くまでは離さないから」
「だっ、駄目! 絶対、駄目っ!!」
「本当に? どうしても駄目?」
「どうしても駄目!」
「恋人欲しくない?」
 欲しい。
 だが、違う。
 彼女が欲しいのであって、彼氏が欲しいのではない。
 ……本当に?
 だったら、どうしてこんなに心臓が跳ねるのだろう。
 まるで。
「あ……う……え、えっと……」
 言葉になっていなかった。
 例え言葉になっていたとしても、何を言いたいのか自分でも解っていなかった。
「……解った」
「え」
 解ったって、何が?
 そう聞き返そうとして……できなかった。
「……っ」
 再び、廉に唇を塞がれたから。
 今度はさっきよりも深く。
 お互いの熱を、確かめるように。



「俺、断らなかったっけ……?」
 長いような短いような時間の後、ようやく離れた廉に向かって上総は言った。
「ん? 良いって言ってた」
「嘘だ!」
 そんなこと言っていない。
「言葉では断ってたけど、態度では良いって言ってたよ。耳まで真っ赤だった」
「な……っ!」
 本当に耳まで真っ赤になってしまった。
 上総が絶句していると、
「じゃ、認める?」
 廉が笑いを含んだ声でそう言った。
「…………」
 認めたくない。
 認めたくはないが。
 一方ではそう思っているのに、もう一方の心が勝手に否定する。
 ひとつしかないはずの自分の心が、2つに別れたような、不思議な感覚。
 その2つが争っているみたいだ。
 そして、そのどちらが勝っているかといえば。
「……解った、解ったよ! 認めるよ……っ」
 半ばやけくそで叫んだ。
 こんな自分をからかってばかりの廉なんか、と思う気持ちよりも、まあしょうがないかという諦めの気持ち。
 しょうがない、少しは惹かれている。
 ……多分。
「俺はっ。……俺は……お前のことっ……嫌いじゃ、ない……」
 言って急に恥ずかしくなって顔を伏せる。
「……好きだって言ってくれないんだ?」
「だ、誰が言うかっ」
「……まあ良いか。いつか言わせてみせるし」
 そう言って笑った廉の顔が、少し格好良く見えて、上総は焦った。
「す、少しだからな、少し……」
 少しだけ。
 そう、少しだけ格好良く見えた、ただそれだけなんだと自分に言い聞かせる。
「何か言った?」
「い、言ってない、何にもっ」
 振り回されて、からかわれて。
 ……それなのに、言葉ひとつに、笑顔ひとつにどきどきして。
 自分で自分が解らなくなる。
「そう? じゃ、そろそろ行こうか? 雪も良いけど、かなり冷え込んできたよ」
 廉に立ち上がらせてもらいながら、上総はぼんやりと考えていた。


 毎年冷たいサンタは、今年、とんでもないものを自分に寄越してくれたと。
 とんでもない、贈り物を。
 そう、贈り物。
 恋人、という名の贈り物を。


 手に温もりを感じながら、歩き出す。
 そっと、自分も温もりを返しながら。
  


2002/12/26



□あとがき□
 終わりました、後編はクリスマスに間に合いませんでしたが・・・
 前編よりも少し長くなってしまいましたし(危うく中編ができるところでした/汗)
 でも廉のようなつかみ所がないというかなんというか、な性格のキャラを書くのはかなり楽しかったです。
 上総は苦労しそうですが・・・でも上総も書くのは楽しかったです。
 このふたりは付き合っていってもずっとこんな感じだろうなあと思います。
 ……しかし、私は短編書くのが苦手だとつくづく思いました、この話を書いていて。
 本当は1話完結予定だったですし。
 ともあれ、終わってほっとしてます。
 読んでくださった方、ありがとうございました。
 そして、過ぎてしまいましたが、メリークリスマス!

 立花真幸 拝



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