秘密だ 4 サンジは男部屋の蓋を開けると、顔だけ出して中を覗いた。薄暗い部屋の中を見渡せば、動く人影が一つ。しかし、それが目当ての人物ではないと気づくと小さく舌打ちをした。 「おい、ウソップ。クソ剣士知らねぇか?」 「いや、見てねぇな」 「ったく、どこ行きやがったんだ」 半ば八つ当たりのように乱暴に蓋を閉めると、もう一度「どこ行きやがった」とぼやいた。あちこち探したが、サンジのお目当ての人物はさっきからどこにも見当たらない。こんな狭い船だ。隠れるところなど、そうそうあるはずがないのだが。 (ラウンジに倉庫……風呂とトイレ……格納庫……男部屋……あと見張り台……) とりあえず、見て回った場所を指折り確認する。 「……あと、ナミさん達の部屋しかねぇよな」 女部屋に隠れるということは、まずありえない。となると 「どこだ?」 もう他にはないはず。しかし、どこにも見当たらない。海にでも落ちただろうかと、青い地平線を眺めてみたが、いるわけがない。 いつもなら、甲板の壁を背もたれにして寝ているはずが、今日は寝る場所を変えたのか、その場所にゾロの姿はなかった。キョロキョロと甲板を見渡すが、どこにもいない。 仕方なく、サンジは一旦ラウンジへ戻ることにした。もしかしたら、見落としただけでラウンジのどこかに隠れているかもしれない。 その時、ふと目に留まったミカン畑。綺麗な緑色の葉っぱの中に不自然な緑が目についた。 もしやと思い、その緑へそうっと近寄ってみる。 (……これって、保護色のつもりかよ?) 思った通り。丁度、木陰になっている場所でゾロが仰向けで眠っていた。 くくっと起こさないように小さく笑う。自分から隠れるつもりでここに潜り込んだのか、単に太陽が眩しかったからか。 なんにしても、最近のゾロの様子からは考えられないほど、無防備に熟睡していた。 実はここ数日、サンジはあまりのもゾロの警戒が厳しいので、ゾロから少し距離を置いていた。 別に諦めたわけではなく、そうやって諦めたと思わせておいて、ゾロの油断を誘おうという、押して駄目なら引いてみろ作戦を密かに実行していたのだ。 それがまさか、こうも簡単にひっかかってくれるとは。しかも安眠しているところを急襲するという、かなりドッキリなチャンスだ。 所詮、藻類。人間様の知恵に敵うはずない。 悪人よろしくな顔で笑いながら、さて何をしてやろうと考える。鼻に煙草を差してそれから脇腹をこちょがして起こすというのはどうだろう。それとも、鼻と口を押さえてどこまで耐えられるか試してみるとか。 声に出して笑いそうになるのを堪えながら、サンジはゾロの顔の方へと近づいた。そして、口を塞ぐためにそっと手を伸ばす。 その時、小さくゾロが身動ぎした。 ピクっとサンジの手が止まる。 (起きたのか?) 息を止め、様子を伺う。 しかしゾロは少し寝返りを打っただけで、サンジの気配に気づいてないのか、また静かな寝息を立て始めた。 (ホントに、よく寝るヤツだな……) あと数センチというところで手を止めたまま、その寝顔をじっと見つめた。いつも縦皺が出来る額が今は平らで、気持ち良さそうに眠っている。 やがてサンジは、ゆっくり手を戻すと、なるべく音を立てないように身体を横へずらした。止めてた息を吐き出し、何度か深呼吸をする。 隣からは変わらず、穏やかな寝息が聞こえる。 頭をポリポリかいて、横目でもう一度その寝顔を見た。 「こんなはずじゃなかったのにな……」 小さな声で呟いた。 最初は、そう最初は。 本当にゾロをからかうだけのつもりだった。毎日毎日、楽しくない訳ではないが、代わり映えのしないといえばそう言えなくも日々で、それに少しだけ暇をしていた自分がいた。 そんな時、思いついたのがゾロへの嫌がらせ兼、悪戯大作戦だ。 どうして相手がゾロだったのかといえば、それにはいくつか理由がある。 一つ、ゾロだから。 二つ、クソ剣士だから。 三つ、毬藻だから。 まぁ、大した理由はない。単に、サンジの目についたのがあの緑色だったから。からかって楽しそうなのもあれだからと、面白半分に「惚れている」と言った。 勿論、それは今後へ繋がる伏線であって、ゾロがそのことを信じる信じないはどうでもよかった。何しろ、言うことに意味があったからだ。 告白した後、それを口実にしてからかう。見るからに素人童貞くさいコイツは、色恋沙汰など絶対に慣れているはずがない。だからきっと、慣れないことにオタオタして、それが自分の退屈を解消してくれるはずだ。 そして当初の作戦通り、サンジは暇になると、ゾロをアレコレけしかけてはその反応を見てこっそり楽しむ、そんな暇つぶしを始めるようになった。 例えば、ゾロの額に必ず出来る三本の皺とか。 ゾロの頭に手を乗せると、必ずゾロはこれでもかというくらい険しい顔つきになる。すると、自然と額に三本皺が寄るのだ。一本でも二本でもない。必ず額に三本。いくら自分が三刀流だからといって、皺の数まで同じにしなくても、と。それが大いに可笑しかった。 風呂場に乱入してみたこともあった。 狭い浴槽で慌てふためく姿が、なんとも面白く。途中、バスルームでバトルというハプニングがあったものの、後でその姿を思い出して、何度も笑った。 耳元に息を吹きかけたりもした。 いつだったか、不意をついて背後からふーっと息を吹きかけたら、「ふお」とものすごい間抜けな声を上げたのだ。その時のゾロの顔といったら。 実にからかい甲斐のある男だった。 中でも一番面白い反応を返したのが尻を触った時だ。 自分が男にされたら当然蹴り殺すような行為だが、自分がする分にはあまり問題がない。何しろ、自分がされて嫌だと思うことをあの男にするのだから。しかも触るたびに、青くなったり赤くなったり怒ったりと、色んなリアクションが見れて面白いのだ。 とにかくゾロをからかうのは非常に楽しく、おかげで少々退屈だった毎日に潤いが出来た。 だから、そうやってある程度楽しんで、それから言ってやるつもりだった。 全部冗談だ。バーカ、と。 笑って言ってやるつもりだった。言ってやった顔も見物だと思っていた。そのはずだった。 それが――― 知らず、溜息をつく。 よくよく考えれば、男の尻など触っても楽しいことなど一つもないはずなのだ。それも、あの筋肉盛り盛りな男をだ。それが、現に楽しいと感じる。楽しいはずがないのに、自分に対してムキになる顔を見るとやはり楽しいのだ。 そもそもあの告白からして、どうかと思う。いくら嫌がらせだからと言って、自分にも嫌がらせになるような、男への告白、なんてものをやること自体おかしな話だった。一歩間違えばホモ決定だ。いや、男に触ること事態ホモくさい。でもそれは、からかうことが目的であって他意はなく……そんな言い訳は何度もした。 あの厳つい顔が「美味しかった」と自分に言う時もそうだ。 一度気まぐれで夜食を届けた時、たまにはゆっくり食わせてやるかと黙って食べるのを待った時があった。それからなんとなく、夜食の時だけはからかうのをやめて静かにしていた。ただ、あんまり静かだったので「美味かったか?」と尋ねてみると、ゾロは三回に一回、ぼそぼそっと横を向いて「美味かった」と答えた。 それが気恥ずかしいというか、嬉しくてしょうがないのだ。でもやっぱりその度に、そうじゃねぇだろ、と自分に言ってみた。 日々その繰り返し。 そして気がついたのだ。 「どうすっかなぁ……」 また溜息をついた。 どうするもこうするも、ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。 「毬藻取りも毬藻になるのかね……いやいや、俺は毬藻じゃねぇしな」 なんて一人でボケて突っ込んだ。 寝ているゾロの顔を、もう一度見下ろしてみる。 多分、この気持ちはそうなんだろう。本物だ。もしかしたら最初から。暇つぶしにからかうとか、それこそ口実で、触れたい、言いたい、という下地が自分のどこかにあったのかもしれない。 そう考えると、妙に納得もいく。 ―――不本意であるが。 そっと顔を近づけてみた。こんなに近くで顔を見るのは始めてだ。いや、前にも一度だけあった。ただ、前の時はすぐに目を開けてしまったので、よく見ていないだけで。 ゾロは、本当に穏やかな顔をして寝ている。こっちの気も知らないで、よくもまぁ……と。 (てめぇのせいでホモ決定じゃねぇかよ) 心の中で愚痴った。自他共に認める女好きがホモ。自業自得とはいえ、ちょっぴり切なくなった。 その時、パチッと音でもするようにゾロの目が開いた。 突然、目の前に現れたサンジのドアップに驚いたのか、ゾロはパチパチと何度か瞬きを繰り返すと、今度は口をパクパクさせた。 「な、な、な、なっ……!」 「目ェ覚めたか?」 サンジが顔を離すと、ガバッと勢いよく起き上がる。 「何してやがった!」 「べつに……」 何してやがったも、何も。そうだ、寝込みを襲おうとしてたんだと、思い出す。寝顔に見入っててすっかり忘れていた。 何もしてねぇよ、そう言いかけると 「おい、なんとか言え」 焦って何かを伺うような、そんな顔したゾロがこちらを見ていた。それを見て、吹き出しそうになる。強気一辺倒なくせに、たまにこういう顔を見せるから自分は参ってしまうのだ。 だから、自然と意地悪そうな顔つきになる。 「秘密だ」 そう言ってやった。 すると、やっぱりゾロの額にあの三本の皺が出来た。 それがおかしくておかしくて、ケタケタ笑うと、ゾロの顔がもっと険しくなった。額の皺記録更新か? と期待してそれを見守っていると、急に伸びてきたゾロの両手に頬っぺたを摘まれた。そのまま、みゅっと頬を上に引っ張られると、奇妙な笑い顔になる。 「あにすんだよ」 「……秘密だ」 触れた手が温かい。 でも、その意味がわかるのは、そう遠くない話。 2005/02/02掲載 ※前サイト40打リク「ゾロを襲って失敗するサンジ」奈留さんに捧げます |contents|back| |