欲しがる人々 1 「あ……アッ」 という声に反応して、ゾロが顔を上げる。その拍子に額から汗がスルリと落ちた。 これ以上ないくらいムッツリしているその顔は、声を出した相手を見ると、さらに表情を険しくした。 相手は、乱れた髪に顔を半分埋めるような形で横たわっている。長い前髪で表情はわからないが、無駄に色気を振りまいているのは確かだ。事実、濡れた唇が小さく喘ぐように開き、その隙間から赤い舌先がちらちら顔を出すだけで、ゾロ的にはかなりクる。 しかも、ゾロが手を放した乳首の周りを自分の指で弄って、まるで自慰でもしてるかのような真似までしている。自分の乳首を円を描くようになぞり、それからその指を舐める。見せつけるようにクチュと音を立てながら。何かを連想させるような動きで何度も何度も。 自分の指で口内を犯し、サンジはまた「あ……」と小さく声を立てた。 「おい……」 ずっと、険しい表情のままそれらを見ていたゾロが、そこにきてようやく一言、呟いた。 「白々しい」 途端、その色気振り撒き中の相手の目が、くわっと開いた。 「あぁ?!」 「ああん」ではない「あぁ?!」だ。先程までの甘い吐息を吐き出してた口が、驚くほど語尾を荒げ凄んできた。 「どこがだ!」 「いつもはそんな声出さねぇだろ」 「今日のはサービスだ、もっとありがたがれ!」 「いらねぇよ、そんなサービス」 「んだとコラ、俺のメロリンラヴな声じゃ不満だって言いてぇのか」 言われてゾロは押し黙る。 不満はないが、今ここでその声を出すのは卑怯だろうと思う。大体、普段から声を出せと言っても我慢する男に、故意とはいえ積極的に声を出されたら、問答無用で喜んでしまう。下半身が。 頭では、相手がそんな手を使って自分を煽っているであろうことは、わかっている。わかっているが、悲しいかな、本能は忠実にそれを喜んでしまう。 どうしようもない。 と、本来なら本能に従って諦めそうなものだが、今日ばかりは簡単に諦めるわけにもいかず。仕方なしにゾロは何か打つ手はないかと、本能以外の部分で考えを巡らしてみた。 喜ぶようなことをするなと、遠まわしに牽制する言葉を。 「―――気色悪ぃ」 「よく言った……ブッ殺す」 そして、お約束のように、一瞬でサンジの顔が凶悪になるのだった。先程まで厭らしく「あんあん」言ってた男と同一人物とは思えないほどに。言葉どおり今にも暴れ出しそうなほどに。 しかし、ゾロも負けじと睨み返す。 お互い裸で、傍から見ればホモがじゃれあってるとしか思えないのに、纏う空気は険悪そのもの。行き場のない欲望の捌け口は、いつの間にか相手への怒りに摩り替わっていた。 なんでこんなことに。 言いたくないが、怒りに任せて叫びたい。 しっとりと身体に汗を浮かばせて、互いの身体を触りあい弄りあう。前戯にしては十分過ぎるくらいの時間をかけた。だが、肝心の挿入には未だ至らず。既にどちらも限界であるのに、半ば意地になって、中途半端なまま結構な時間を過ごしていた。 もう一度言いたい。 なんでこんなことに。 そこへ突然、甲高い喘ぎ声が二人の耳に飛び込んできた。 「なんだ?」 「隣か?」 何事かと思えば、隣の部屋から聞こえてくる声だった。壁が薄いせいか、ハッキリとその声は二人の耳に届く。 声を上げてるのは勿論女性で、気持ち良さそうに「ああ」と「いい」を繰り返していた。つまり隣もお楽しみの最中らしい。ベットの軋む音まで聞こえてくる。 「……」 「……」 何故か二人は、黙ってそれを聞いていた。別に聞きたくて聞いてるわけではなく、そのことに突っ込みを入れるタイミングを失っていただけで。 どこかぼーっと遠い世界の出来事を見てるような心持ちで、声のする壁を眺める。 自分達と同じことが目的でこの宿に入ったであろう二人。向こうは、事が始まったばかりらしいが、それはそれは楽しそうにしている。「ああん」他に、たまに笑い声もするのだ。気持ちに余裕があるというか ―――隣に声、聞かせてやれよ ―――やだぁ…… 余計なお世話だ。聞かせてもらわなくても、十分聞こえる。 実に腹立たしかった。自分達はこんな状態だというのに。その内聞こえてきた「入れてぇ」という声、「お願いぃ」という声など特に。 (羨ましい……) 二人、同時にゴクリと喉が鳴った。 そこから間を置かずして、予想通りというか期待通りというか、隣からはさっきより一際大きく喘ぐ声がしてきた。「すごい」とか「大きい」とか。「壊れちゃう」なんて聞きようによっては、笑えてくる台詞まで。 しかし、今のゾロとサンジは、隣のこの陳腐で滑稽な台詞に笑う余裕などない。むしろ、逆に殴りこんでやりたい。 何しろ、自分達は結合したくたって出来ない。いや、自分からは結合しようにも出来ない事情を抱えていたからだ。 *** 船が島へと着いたのは二日前。 冬島であるその島は、今が丁度短い夏の終わりだったらしく、冬島には珍しく雪がなかった。これから徐々に寒くなるとはいえ、割合に穏やかな気候で、その気候同様、島には穏やかな町並みが広がっていた。 この島に着く数日前、船はほんの少しばかりの食糧難に襲われていた。 普通に食べれば次の島まで持つくらいの食料はあるが、船長の腹を満たすだけの食料はなくなっていた―――という意味での食糧難だ。 そのことで他のクルー達が支障をきたすことはなかったのだが、当の船長はものすごい我慢を強いられた。何しろ、いつも腹八分目。ルフィの八分目とは、空腹を表す数値で、この食事制限が始まってからずっと腹の虫が鳴りっぱなしだった。 そんなこんなで島へ到着すると、ずっと限界を超えた我慢をしつづけていたルフィは、制止するナミの声を無視して雄叫びを上げながらメシ屋へと突入して行った。 慌ててナミ達も後を追いかけたが、駆けつけた時には既に遅く。待っていたのは、今まで我慢してきた分を取り返すほど食べて、いたく満足そうな顔をした船長と、高く積み上げられた皿の山。そして数字がずらりと並んだ高額の請求書であった。 島到着からわずか数分、船の経費の約半分近くが食事代へと消えた瞬間だった。 翌日、改めて島へ上陸する時、強制的に居残りを命ぜられた船長は仲間達からボコボコに殴られ蹴られた。昨日の一件のせいで、各クルー達に支給されるはずのお小遣いが大幅に削減されたのだ。原因を作った船長に至っては、お小遣いなしだ。久々の上陸で浮かれていた気分を台無しにされたクルー達は、それでも限られたお小遣いで何か買おうと、船長で憂さを晴らした後、各々の目的の店へと散らばっていった。 それから一時間後。 ゾロとサンジは、町の暗く細い裏路地を二人並んで歩いていた。夜になればそこそこ華やかそうなその場所は、昼間見ると廃れた建物がただ並んでいるだけのひっそりとした場所だった。 まだ時間的に早いせいか、辺りの人影はまばらで、時折気だるそうに壁に凭れかけた娼婦が二人に視線を送っている。 ちらちらと建物の看板を眺めながら歩いていた二人だったが、手頃そうな建物を見つけると早々に中へと入っていった。 勿論、約一週間ぶりに「仲良く」するために、だ。 2005/05/26掲載 |contents|next| |