欲しがる人々 4 どちらも一度目の射精は終えていた。 射精したら駄目とは言っていないから、それはまぁ別にいいとして、問題はそっから先だ。 射精はしたが、やるべき事は終わらない。勝負の行方は決まらない。唾液だか汗だかわからないベタベタした身体を、手や舌で何往復もして、奉仕且つ慈愛の精神を総動員し、言葉巧みに攻め合い、たまに答えたフリをする。 頑張っていた。我慢していた。 お互い、ペニスの先から涎みたいな透明な糸を垂らしているのに。 「早く突っ込みてぇって言え!」 「てめぇが突っ込んで下さいって言えばいいだろが!」 意見は未だ、平行線を辿っていた。やはり、ここまで来たら自分から言うわけにはいかず。なけなしのプライドがそうさせるのか。とにかく二人は必死だった。何に必死なのかわからないくらい必死だった。バカなくらい必死だった。 いや、バカなのだ。 ただ、必死になればなるほど時間は長引いて、時間が長引けば長引くほど、気持ちもだんだんとダレてくる。場の空気もどこか冷めてきていた。 おかしいな……と、サンジは枕に顔を突っ込んだまま首を捻る。こんなはずじゃなかったと、もう十回以上は心の中でボヤいてる。 もっとこう、あれなのだ。こう、我慢し過ぎて真っ赤になったマリモとか、切羽詰まってハァハァ言ってるマリモとか、そういった感じのことを想像していたのに。 それなのに、この馬鹿ときたら、てんで余裕そうな顔してアレコレしてくる。 おかしい。 おかしいといえば、さっきから身体が重い。 ゾロが自分の上に圧し掛かってるからとか、そういう意味ではなく。気分的に重いだ。一回自分で出してきて、さっきも自分の手ではないが射精という行為を済ませている。 なのに、重いというかどこか物足りなくて仕方がないのだ。 (入れて欲しいんだろうな……) 多分、自分が予想していたよりも身体はゾロを欲しがっている。あのギチギチとした充足感を味わいたい。そういうことなんだろう。 男で、しかも入れる場所でもなんでもないそこへ入れて欲しいなどと、我ながらどうかしていると思う。けれども、身体は正直なほど求めていた。中へ入れて、思いっきり締め付けてやりたい。あれの存在を感じながらイきたいのだ。 だから、何度射精しても物足りない。 当然、そんなことは口に出して言いやしないが。 ゾロなしではいられない身体なんて、微塵も認める気などないが。 ただ、相手はどう思っているのか、それだけが少し気になった。太腿をしつこく撫で回している相手が。 (ん?) ふと気がつけば、太腿を撫で撫でしていた手が止まっていた。どうしたのかと、首だけ捻って後ろを振り向けば、さっきまで自分の太腿を撫で撫でしていた男が、じっとサンジの尻を凝視していた。 穴が開くんじゃなくかってほど、じーっと見ている。いや、穴をじーっと見ている。 (馬鹿だ、コイツ) 自然と口元が綻んだ。 相手がどう思っているのかなんて、今更考えることもない。わかりきってる。 同じだ。きっと、この馬鹿も自分と同じだ。 笑えてくる。自分達のやってることも笑えてくるが、口を半開きにして締まらない顔をして人のケツばかり見てる男が、一番笑えた。 「突っ込みたくなったか?」 そう声を掛けると、ハッとしたようにしてゾロが顔を上げた。こちらを見た顔は、非常にバツの悪そうな表情をしている。 それが、余計にサンジを笑わせた。 「お前から突っ込ませて下さいって言えば、俺に異存はないぜ」 異存はまったくない。 だから早く言えとばかりに、サンジはほら、と尻を突き出してみせた。 「……テメ、それやめろ」 「やめたら言うか?」 言わないだろうなとわかっていたが、調子に乗って腰もクネクネさせてみた。それを見て難しそうな顔をするゾロが面白いのだ。自分が欲しがっているのと同じくらい、それ以上欲しがってるいるような顔が。 ゾロがぐるると唸った。 唸って、何をするのかと笑いながらサンジはその様子を見ていた。そうそう、こういう顔が見たかったのだと。 すると、急にガシッと尻を鷲掴みされた。そして、お? と思う暇なく 「尻を齧るな!」 そう、尻に噛み付かれた。 「なんでケツ齧ってんだよ! やめんか! つうか、前握るな、前を! なんで……おい!」 自分で招いたこと故、抗議してもあまり意味がない。ゾロは尻に噛み付いた他に、遠慮なくサンジのペニスを掴んで、ガシガシと前後に扱いてきた。 長すぎる前戯で精神的には疲れきっていたが、感覚は敏感になっていく一方で、だから、これ以上アレコレされたら本番を迎える前に倒れてしまいそうだというのに。 「こ、このっ、卑怯ものが!」 「何が卑怯だ!」 「うるせぇ、インポ毬藻!」 そのままインポインポと連呼して、上へ逃げるようにズリ上がっていくと、がばりと身体を反転させられた。 そしてまた、ペニスを扱かれる。さっきより、しっかりとした動きで。 「痛ぇって」 強めに握られた挙句、萎えて余ってる皮も強引に引っ張られる。それに対して痛みを訴えたにもかかわらず、手の動きはどんどん早くなる。亀頭の先も指でぐりぐりされた。 尻に噛み付いていたはずの口が、いつの間にか乳首に噛み付いてくる。もう何度も吸い付かれ、真っ赤になってぷっくりしているそこに。 「痛ぇ、痛ぇって!」 なのに、ゾロはサンジの乳首から離れようとしない。じゅっと思いっきり吸って、噛み付いて引っ張る。痺れるような痛みが走ってどうしようもないのに、ペニスの方は何故かまた固くなり始める。痛くて、それから気持ちいい。強引に引き出される快感にクラクラしてきた。 (クソォ……) この状況をどうにかしたくて、サンジはクラクラしながらも考える。考えて、とりあえずゾロの乳首を思いっきり掴んで引っ張ってみた。 「痛ぇー!」 「俺も痛ぇっていってんだろが!」 俺の気持ちがわかったかと、もう一度ゾロの乳首を力いっぱい引っ張ってやった。 危なく、妙な開発されそうになっていた。痛いのが気持ちいいなどと、冗談じゃない。 「やめろったら、やめろよな。いい加減、セコイ真似してねぇで負け認めろってんだ。さっさと素直に言え、緑ハゲ!」 「それはこっちの台詞だろうが、いい加減負け認めろ! アホ眉毛!」 「テメェが認めろ! つうか、いつまでこんなことしなきゃなんねぇんだ!」 「テメェから言ってきたんだろうが!」 「だから、さっさとテメェが突っ込ませて下さいって頭下げりゃいいんだよ! みろ、隣なんて第二ラウンド突入してんじゃねぇか」 そうなのだ。先程まで静かだった隣から、またアンアンと同じ喘ぎが響いてきたのだ。 向こうは一度合体して、さらに二回目に突入しようとしているのに。その間、ずっと二人は無駄な根競べをしていた訳で。 「ったくよ……なんで、こうなるんだよ。時間だって、こんなチンタラやってるほどあるわけでもねぇし。夕食は皆と食わなきゃならねぇし、もうちょいしたら出かけなきゃならねぇし。ホントなら、今頃やることやって、一眠りして起きて、すっきり爽快。ナンパと買い物して、足取り軽やかに船へ戻ってるはずだったのによ」 「……」 「大体、しつけぇんだよ。男ならもっとあっさりすっきりやらせてくださいとかって言えよ。たかがゲームじゃねぇか。何、拘ってんだよ。勝負とかじゃねぇんだからよ、おめぇが一言言えば問題なく、まるっと納まるんだよ。本能に忠実であれ、って言うじゃねぇか。本能の塊みたいなくせしやがって。早く言えって。ネックレス買いにいきてぇんだよ。売り切れてたらどうすんだ。限定だったし、指輪も付いてくっから、絶対他のヤツとかも買うだろうし。ああー、こんなことやっててマジでなくなってたら泣くぜ、俺は」 「……おい」 「うるせぇ、俺は今な大事なこと話してんだよ。ちゃんと聞け、アホが、マリモが」 「ちょっと黙れ」 「ああ?! 黙れってなんだ、黙れって! フザケ……っんんんんん」 いきなりゾロの手が、がばっとサンジの口を塞いできた。 「うううううっ!!」 塞がれたまま、サンジが唸るように抗議の声を上げると、しーっと子供に言い聞かせるみたいにゾロが口に指をやる。 そして、その指が隣の部屋の壁を指す。 なんのことだと、怪訝な顔で指差した壁をみれば、第二ラウンドに突入していたはずの隣から、喘ぐ声ではなく、ぼそぼそと話し声がしてきた。 ―――ねぇ……本当に大丈夫なの? ―――ああ、借金取りの連中はとりあえずあの場で撒いた。後も付けられてなかったはずだし、大丈夫だ。 ―――そうじゃなくて、宿なんかに入ってどうすんの? 出る時、お金ないじゃない。 ―――そのことなら、心配するなって。前と同じとこにちゃーんと抜け穴があるからよ。 ―――ホントに? ここの人はそれ知ってるの? ―――知らねぇだろうな。前、組織で使っていた建物だって。前の持ち主は夜逃げしたって言ってたからな。だから、抜け穴もそのまんまってわけだ。 どうやら隣の二人は借金取りから逃げてる途中らしい。それでここに逃げ込んだという話だったが、問題とすべき点はそこではなく 「組織で使っていた抜け穴? なんの組織だよ」 「知るか……」 「抜け穴って……この宿にか?」 ―――ここの階段を下りるだろ。そしたら、その下に…… 二人同時に、バッと壁に張り付いた。じっと耳を済ませて、隣から聞こえてくる言葉を必死に拾う。隣の男はご丁寧にも、こと細かくその抜け穴について語ってくれた。 抜け穴は仕掛け扉になっているとか、ある一定の場所を順番に叩いていかなければならないとか。その順番と方法を、隣の会話が終わるまで二人は黙って盗み聞きしていた。全裸で壁に耳を張り付かせているという、実にマヌケな姿で。 やがて、隣の会話が終わると、またアンアンという声が始まった。そこで、ようやく二人は、壁から離れた。そして、どちらからともなく顔を見合わせる。 突如、降って湧いたような話に二人はどこか呆然としていた。 つまり、これはどういうことかというと。 ここの宿代を折半にすることなく、全額払うことなく済ませる手段がある。ということは、欲しいものがどちらも買える。ゲームの意味はなくなる。 ということは 「そこを通って外に出ちまえば……」 「宿代払わなくてもいいってことだ」 「だよな。どっちも金払わなくていいってことだよな」 「おう」 「あ、おい。ちゃんと順番と方法を覚えたか?」 「お前は?」 「大丈夫だ」 コクリと、二人頷く。それから、それはもう嬉しそうにニヤリと笑った。目的が一致した。問題解決。 ならば、するべきことはただ一つ。 「よっしゃー、ヤるぞオラァ!」 サンジが叫んだのを合図に、待ってましたとばかりにゾロがサンジの両足首を掴んで、がばーっと景気よく足を開かせた。 「うおっ、いきなりか」 「ったく、そういうことなら早いとこ話しておけってんだ。色々無駄にしちまったじゃねぇか」 「だよなぁー、だよなぁー」 「しかも、またうるせぇし」 「そういうことなら、まかせとけって。俺が負けねぇくれぇ、アンアン言ってやるからよ」 「おう、言え言え」 「あ、それからちょい待った」 「もう待つか!」 「そうじゃねぇって」 すると、肩に乗せたサンジの足がぐいっとゾロの身体を押し倒してきた。そして、すぐさま、倒れた身体の上に乗ってくる。ゾロのペニスの根元をぎゅっと握って、何をするのかと思えばその上から腰を下ろしてきた。 「おい、何してんだ!」 「だから、俺がしてやるから、テメェは寝てろ」 「冗談じゃねぇぞ、俺が入れてやるから、テメェが寝てろ」 「俺が自分で入れるっつってんだろうが」 「俺が入れるんだよ」 「俺だ!」 「俺が!」 サンジの足がゾロの身体を踏みつけて上に乗っかってくれば、それをゾロが押し返す。するとサンジが負けじとそれを押し返す。それをゾロが、と終わりが見えない。 入れたいのか、入れたくないのか。結局、同じ事を繰り返す。 窓の向こうでは太陽が沈んで、変わりに月が顔を出し始めた。だからもう、そのぐらいにしておけと、出てきたお月様が笑っていた。 2005/06/16掲載 ※妥協を知らない二人 |contents|back| |