その口を塞ぐには 3 どこに何を食べたのかわからないような食事をやっと終えて、ゾロは男部屋で横になっていた。 ゴロリと仰向けになって、手を天井にかざしてみる。今はもう痛みもなく、包帯だけがやたらと目についた。そして、思う。やはりこれは巻き過ぎだろう。 ふと、船が揺れた時のことを思い出した。 あの時―――当たり前だが、別にサンジのことを思って鍋を受け止めたわけではない。理由があるとするなら、鍋が自分の方へ倒れてきたからだ。目の前に飛んできたので、思わず手が出て掴んでしまった。そんな感じなのだ。だから、特に意味があってしたことではない。 だから、勝手にしたこととだと言えば、本当にその通りなのだ。 でも、一つだけ言うとするなら、鍋の向こう側に見えたコックの顔が、すごく焦ってるような、なんとも情けない顔をしていたからかもしれない。ヘナリと下向きになった、あの変な眉毛を思い出した。ついでに、さっきの食事の時の顔も思い出した。実に楽しそうに人へ嫌がらせをしている顔だ。思い出すと、自然とゾロの顔も険しくなる。 そこへ、ドンというデカイ音がして男部屋の入口の蓋が開いた。 「おい、クソマリモいるか?」 現れたのは今一番、見たくない顔だ。一番見たくないのに、何故かズカズカとゾロの方へ歩いてくる。 「お前、風呂どうする気だ?」 「あ? 入らねぇよ」 「だと思ったぜ……お前、汗かいた後もシャワー浴びてねぇだろ? 汗臭せぇよ」 「しょうがねぇだろ、この手じゃ入りたくても入れねぇんだから」 「だから俺が入れてやるって言ってんだ」 「は?」 ったく、おめぇはとんでもなく不潔な野郎だぜ、とサンジはぶつくさ言うとゾロの襟首を掴み、そのまま引きずるようにして風呂場へゾロを連行していった。 サンジが浴室のドアを乱暴に蹴って開けると、浴槽にはすでにお湯が溜まっていて白い湯気が昇っていた。 「ほれ」 ぼーっと事の成り行きを見てたゾロの腹巻をサンジが引っ張った。 「ボケっとしてんじゃねぇよ、脱ぐの手伝ってやるからさっさとしやがれ」 「……自分で脱げる」 「その手でか?」 ゾロは自分の手をチラリと見ると、溜息をついた。 「明日、チョッパーに頼んでなんとかしてもらえ」 「おう」 「よし、じゃ脱がせてやるから万歳しろ、バンザーイ」 「テメェは……メシの時といい、人のことなんだと……」 それでも、言われた通りゾロが両手を挙げると、サンジは上からずぼっとハラマキを抜き取った。それから、マリモが脱皮したと心底可笑しそうに笑った。 「なんつうか、てめぇを手の掛かるデカイ赤ん坊か何かだと思えば面白いもんだな」 「誰が赤ん坊だ」 ゾロの背中をわしゃわしゃ洗いながら、サンジが笑って言った。 「このまま頭も洗っちまうからな」 「そっちにシャンプーあるだろ、使えよ」 「めんどくせぇ、身体と一緒に洗っちまえば楽だろ。細けぇこと気にするような髪じゃあるまいし」 「ほっとけ」 「いっそのこと、坊主にでもしろよ。スキンヘッドでもいいぞ」 「するか、アホ」 よくわからないがサンジは機嫌が良さそうだった。マリモの全身丸洗いとか、頭を泡だらけにしてアフロだとか、そんなくだらないことを言っては笑っている。 相変わらずアホだなと言ってやろうとして、途中でやめた。さっきまでの気分は最悪だったが、今の自分はこういうのも悪くないと思っているらしい。 「……ありがとな」 後ろから小さくぼそっと言った声が聞こえた。 「言ったぞ、俺は礼儀を重んじる男だからな」 「おう」 返事を返すと、「さぁ〜て、泡でも流すか〜」と慌てたようにサンジが立ち上がった。よく見るとシャワーを取ろうと後ろを向いたサンジの項が真っ赤だった。耳も真っ赤だ。 とりあえず、あの時鍋を掴んでいて正解だった。そう思った。 「じゃ、流すからな。手濡らすなよ」 「おう」 しかし、サンジがシャワーを手にして振り返ると、何故か不自然にその動きが止まった。視線がゆっくりと下を向く。ゾロも同じように下を見た。正確には自分の股間を。顔を上げると、サンジがなんとも言えないような顔をしている。 「……なんで勃ってんだ?」 「いや、なんとなく」 「初めに言っておくが、ソレは自分でなんとかしろよ。俺は知らねぇからな」 「なんとかしろって、この手でか? ついでになんとかしろよ」 「ついでって何だ、ついでって」 「さっき礼儀は重んじるって言ったじゃねぇか」 「ソコに礼をしなきゃならない義理はねぇ!」 「あるだろ」 「アホか! むしろ礼を言ってもらいたいのはこっちだ! 毎晩毎晩、面倒みてやってんじゃねぇか」 「ほぉ……」 すると、いきなりゾロがガバリとサンジに抱きついた。突然のことにサンジはバランスを崩し、どさっとゾロの方へと倒れ込む。流す前の泡だらけの身体にくっついたもんだから、当然サンジの服にも泡がべっちょりとくっ付いた。 そのあまりなことに、サンジが顔上げて怒鳴ろうとすると、今度は包帯だらけのデカイ手に顎を挟まれた。なんだ、なんだ?と訳がわからず怪訝な顔をすると 「なら、ちゃんと礼をしとかないとな。さっきメシも食わせて貰ったし」 自分も礼儀は重んじる男だと言って、ゾロがニヤッと意地悪そうに笑った。 「クソコック、口開けろ。あーんだ、あーん」 で、いつも通り。 2004/05/30掲載 ※たまにはこういうのもアリかなと |contents|back| |