その口を塞ぐには 2 「おめぇらはアレか、いつから人間やめたんだ……」 サンジは、それはもう嫌なモノを見てしまったような目つきでルフィとゾロを交互に見た。他の仲間達も、同じように呆れて二人を見ている。 「ふぉんほごごへぇふぉ」 「いや、わかんねーよ。食いながら喋んな」 口いっぱいに肉を頬張りながらルフィが何か言う傍ら、ゾロもモゴモゴと口を動かした。 「しょうがねぇだろ、このスプーンじゃ食えねぇし」 口元にご飯粒やらソースやらをベタベタくっ付けながら口の中のものをゴクンと飲み込み、今度は舌でペロリと口の周りを舐めた。そして、開き直ったように目の前の皿に顔を突っ込むと、手を使わずに口だけでスープをズズーと吸う。 その姿はさながら犬、いや、それ以下かもしれない。そんな二匹の動物がそこにいた。 煮立った鍋を素手でキャッチするという大技を成し遂げた結果、両手に名誉の負傷を負ったゾロは、火傷した手を使うなという船医の言葉通り、あれからずっと大人しくしていた。鍛錬も終わり、それから特にする事がなかったのか、いつもの定位置で昼寝をしていたのだが、夕食を食べる時になって、ある事実に気がついたのだ。 包帯をがっちり巻かれた手では指を曲げる事が出来ない。つまり箸はおろか、スプーンも持つ事が出来ない。そうなると、メシが食えない。 そんなわけで、この場合は不可抗力という事で船医には許してもらえるだろうと、ゾロはスプーンが持てる程度に包帯を解く事にした。しかし、クルクルクルクルと調子よく包帯を解いていたら、調子に乗りすぎて全部解いてしまったのだ。 その現場を偶然発見した船医は、当然怒った。故意にした訳ではないが前科があるためか、わざとじゃないというゾロの言い訳もあまり信用されず、水脹れが良くなるまで絶対に取るなと念を押されると、結局また同じように包帯を巻き直されてしまった。 だが、これでは元の木阿弥で、箸もスプーンもフォークも持てない。メシが食えない。ゾロがそう訴えると、チョッパーは包帯を巻かれた手の上にスプーンを持たせ、その上からさらに包帯をぐるぐる巻いて固定して「これで食え」と言ったのだ。 なるほど、とその時は思ったゾロだが、それがもう、食べづらい事この上なし。手に固定されたスプーンは思うような動きをしてくれず、スープを掬おうとするものなら、掬った先から零れてしまうのだ。サンジがそれなりに気をきかせて小さく切った肉の塊も、スプーンに乗せることが出来ても、口に運ぼうとするとポロリと落下。実に不器用な男だった。 そんなに腹が減ってるわけではなかったが、目の前にあるのに食えないというのは非常に辛い。苛々ばかりが募るし、腹が立つと、その分腹も減ってくる。 そんな事を繰り返している内に、いい加減その苛々が頂点に達したのか、突然何を思ったのか、ゾロがガバッと皿に顔を突っ込んだのだ。そして、肉と言わず添えてある野菜もスープもご飯も、手を使わずに口で直接食べ始めたのだ。 全員が呆気に取られる中、平然として頬袋に食べ物を蓄えてもぐもぐするその姿は、どっからどう見ても動物だった。口の横からはクレソンがはみ出てる。 流石にその食い方には、問題ありだとサンジが怒鳴ったが、あれと大差ねぇだろと、ゾロはルフィを指差した。確かに大差はなかった。似たような格好で、肉に食いつく船長の姿がそこにある。 こうして、この船に動物親子二匹が誕生した。めでたし、めでたし。 「って、そうじゃねぇだろ、おめぇら! 俺様が作った料理をなんだと思ってやがる!」 「なら、どうしろってんだ。食わなきゃいいのかよ」 俺はこれじゃ食えないのだと、ゾロは包帯で固定されているスプーンをブラブラさせた。さっきから顔の横にご飯粒がついたままだ。 「そうは言ってねぇだろ」 「だったら、ほっとけ。食いたいように食わせろ。俺ァ腹が減ってんだよ」 「だからってだなぁ……」 横で色々言うサンジの言葉を無視して、ゾロはさっきと同じように皿に顔を突っ込もうとした。しかし、それをすかさずサンジが止めに入る。下を向いたはずの顔を無理矢理上向きにさせると、ゾロも負けじと、顔に力を入れて下を向こうとした。 「てめっ、何邪魔してんだ! 腹減ったって言ってんだろ!」 「だからって、その食い方をするのはヤメロ!」 「だったら、どうしろってんだ!」 「うるせぇ! わかったから、とにかくその食い方だけはするな!」 サンジは力任せにゾロの顔を押しやると、ゾロの手に括り付けられたスプーンを無理矢理抜き取った。そして、そのスプーンにゾロが食おうとしていた小さな肉の切れ端を乗せると、ぐいっとゾロの目の前に突きつけた。 「おら、口開けろ」 「あ?」 「あ、じゃねぇよ。食わせてやるからあーんしろ、あーん」 「ああ?」 途端、隣でウソップがブブッと噴出した。それに釣られたようにナミ達も一緒に笑い出した。 「ふざけんな!」 「ふざけてねぇよ、食わせてやるって言っただろ」 「勝手なことしてんじゃねぇ!」 「てめぇだって、勝手なことしたじゃねぇか」 その台詞に、ゾロがぐっと詰まる。 「だからこれは、勝手なことしたテメェへの俺からの勝手な礼だ。わかったら大人しくあーんしろ、あーん」 そう言って、口の端を上げて笑う男の顔を見て悟った。嫌がらせか、嫌がらせだな、コイツ。 「一人で食えるつってんだろ、余計なことすんな」 「余計なことじゃねぇだろ。俺が作った飯を犬みてぇな食い方しやがって」 「そうよ、ゾロ。折角なんだから食べさせてもらいなさい。駄々こねてないで、素直にあーんしなさい、あーん」 「そうだぞ、ゾロ、あーんだ」 「いいなぁ、ゾロ、食べさせてもらえて」 それから、また全員がゲラゲラと笑った。ご丁寧に指まで指して笑ってる。いい加減ブチ切れて、もう一度怒鳴ろうと口を開けたら、何かを口の中へ入れられた。なんだと思いサンジの方を見れば、こっちを見ながらさっきと同じようにニヤニヤ笑っている。口に何かが入ってて怒鳴れない。さっきの肉だ。わざとか。わざとやってやがるのか、テメェ。上等だ。 しかし、もぐもぐ噛み砕いて、怒鳴ろうと口を開けばまた口の中に肉を放り込まれた。額に青筋を立てて睨みつけると、余計に笑われる。 「おらマリモ、口開けろ。あーんだ、あーん」 その台詞にまた誰かがブっと噴出した。周りは、収拾が付かないくらい大爆笑だ。それにゾロが苦虫を潰したような顔をすると、サンジは大層満足そうな顔をした。 2004/05/30掲載 |contents|back|next| |