06 - 逃れられぬ運命


「よお、リグ。散歩にでも行ってきたのか?」
 入口をくぐるなり、バーのマスターは気軽に青年に声をかけた。
 一方、青年のほうは、何かを考え込んでいるらしい。彼はカウンターの席に着くと、顔を上げてマスターを見上げた。
「マスター……北の屋敷はここの有力者のモンだって聞いたけど、ありゃあ、何者なんだい?」
 いつものカクテルを頼みながら、そう問いかける。
「知らないのか? あれはエルハルド家のものだ。市長や議員にもあいつの息がかかってる。逆らわないのが身のためだぞ」
「そこには、14歳か15歳位の、少年がいるかい?」
 この質問に、マスターは首をかしげる。
「聞いたことはないが……当主のジェイクは、黒い噂の絶えないヤツだ。それに、私的な研究機関を持っていて、好みのアンドロイドを造っては悪い遊びをしているって話だ」
 肩をすくめながら、マスターは澄んだ緑の液体をグラスに注ぐ。
「身分の高いヤツらの中には、そういう連中も多くてね……っと、明後日だったか、エストランドホテルで、アンドロイドの品評会だか交換会が行われるらしい」
「そりゃ、本当か?」
 カクテルにも手をつけず、リグは身を乗り出した。
 マスターは周囲を気にしながら、声をひそめて答える。
「ああ。飲みに来た情報屋が口を滑らせたのさ。確かな話みたいだぞ。金持ち連中は、自分のところで造ったアンドロイドを自慢し合い、気に入ったのがあれば買い取ったりするらしい。エルハルド家の競争相手、ベネルヴィア家のライゴットもよく参加してるって話だぞ」
「そうか」
 人工生命体、アンドロイド。その容姿は大抵、自然に生まれる者よりも美しい。
 おそらく、あの少年――シャンル、と呼ばれていた彼もそうなのだと、リグは直感した。
「エストランドホテルか……」
 ようやくグラスを手にしながら、ほぼ無意識のうちに繰り返す。
 その様子に、マスターは何か不審なものを感じた顔をしたが、結局、止めるようなことは言わなかった。

 3日間眠り続け、目を覚ますと、シャンルをまた、激しい責めが待っていた。
 体内に違和感はあるものの、目覚めた後、痛みはひいていた。しかし、そんなことは忘れるほど、前より激しく、ジェイクとレイオスは少年をいたぶった。鞭を打たれ、縛り付けられ、焼印を押され、バイブを後ろに入れられ――そうして激しく責められても、鞭打たれた傷跡は翌日にはみみず腫れ程度に治り、焼印も薄く消えかかっていた。
 以前から薄々感じていたものの、シャンルは、自分が人間でないことを実感する。
 それでも、苦痛は、快感は、消えない。むしろ、普通の人間より敏感なのではないかとすら思えた。
「あああーっ!」
 ベッドの上で、白い裸身を躍らせる。それを、ジェイクとレイオスが楽しげに見下ろしている。
 悲鳴を上げて悶絶するシャンルの鈴口に、頂点から赤いコードを伸ばした、灰色の金属の棒が顔を出していた。白く滑らかな肌色から黒っぽい物がのぞくのは、酷く痛々しい印象を与える。
 実際、少年の内側を大きく広げたそれは、宿主に激しい苦痛を与えている。
「いや、いやあ――!」
 ベッドをきしませ、細い腰が波打つ。
 赤いコードは、ベッドの脇の机の上に置かれた、長方形の装置に続いていた。
 電撃が、体の内側に注がれる。シャンルは涙を流し、脂汗で肌を濡らしながら、悶え苦しむ。
「向こうは、もっと厳しいぞ」
 ジェイクはたびたび、『向こう』や『あちら』と口にするようになった。シャンルにはそれが何なのかわからず、それについて考える余裕もない。
「これくらい、耐えられなければ」
 装置についた、つまみが回される。
「ひっ――!」
 激痛に、腰が跳ねる。
「やぁああっはぁっ! うあああぁぁ! あっあああ――!」
 半ば正気を失い、意志に関わりなく、与えられる刺激に身体が反応する。筋肉が引きつり、腰が何度もびくりと突き上げられた。
「いや、うぅ! 痛い痛あぁ! あはあぁぁっ!」
 いつも、苦痛には、何かを握りしめ、あるいは噛みしめて耐えていた。しかし、全身の筋肉が痺れたような電撃の衝撃には、それもできない。
「ああぁぁっ! 助けて、誰かぁ! 死ぬ――!」
 少年の、無意識の悲痛な叫びに、ジェイクは嘲るように苦笑した。
「誰も助けになど来ないし、死ぬことなどできない」
 闇をのぞき込むような笑みを浮かべ、彼の声も届かない、少年の苦しみようを見下ろす。
 そしてまた、ゆっくりとつまみを回し、電圧を上げる。
「ひぁ、ひぃぃぃぃ……ッ!」
 シャンルのなかで、さらに大きな衝撃が弾ける。
 全身の神経が悲鳴を上げる。
「んっああぁっ――ああぁぁぁぁ……!」
 限界が訪れた。身体がビクビクと痙攣した後、急激に視界が狭まり、そのまま、意識が闇に閉ざされる。



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