「ベクトルの行方   1」






「ひどい顔だな、リー」
「うるせぇ……」
からかい混じりに投げかけた言葉と、吐き捨てるような応答。
二人の会話はいつもこうして始まる。深道とリーの付き合いは、意外と長い。
平日の昼間ということもあり、店内の客は少なかった。
深道とリーを除けば、入り口付近にサラリーマン風の男がいるだけで、店員の数の方が多かった。
二人が会うのは大抵、リーの自宅から程近いこの喫茶店だった。
リーは自分の頬を撫でてみた。只でさえこけている頬が、此処数ヶ月で余計こけたような気がする。
ひどい顔だと、深道に揶揄されなくても十分自覚していた。
事実、減量をしてるわけでもないのにウエイトは随分と落ちた。
今日着ているスーツは気に入りだが、裾がだぼついて仕方がない。
「で、どうなんだよ実際」
「あぁ……?」
テーブルから身を乗り出した深道は、何を期待しているのか嬉しそうだった。
素っ気無くはぐらかしたリーだったが、深道がどんな言葉を欲しているのかは理解していた。
理解したうえで、はぐらかした。
主語はなくても二人の会話は成立した。
付き合いが長い所為もあるが、それだけが理由ではなかった。
二人しか分かりえない話題。今日二人が会った理由は、そのことについて話し合うため……もとい、
そのこと……リーからの近況報告、と言ったほうがいい。
「……別に、……」
既に空になったカップを弄びながら、リーは小さく溜息をついた。
「俺の顔をみりゃ分かるだろう、実際どうなのか」
言葉で長々と状況を説明するよりも、リーの顔が全てを物語っていた。
「……皆口由紀と上手くいかないのか? リー」
深道の心配したような顔を見て、リーは口の端で笑った。
わざとらしい、と。
「上手くいくはずなんかなかったんだよ、最初から」
「坂本ジュリエッタはエアマスターと上手くやってる」
「俺は坂本じゃねえ。アイツは、エアマスターじゃねえ……」
そう、最初から上手くいくはずなど、きっと無かったのだろう。
坂本ジュリエッタとエアマスターのように、上手くいくはずなど。
ベクトルの方向は、最初から違いすぎていたのだ。





他愛ない会話を交わしながら、結局小一時間ほどその喫茶店でいた。
深道は帰り際、「次はいい話を待ってるよ」と言い残し、二人分のコーヒー代を払って先に店を出た。
お代りをしたコーヒーを半分ほどカップに残し、リーも店を出て帰路についた。
リーの住むマンションは裏通りにあり、リーを含め外国人が多く住んでいた。
大家は二年で三人替わった。そのたびに家賃が上がった。今の大家は一目でその筋の人間と分かる、恰幅のいい、 関西訛の激しい男だった。
お世辞にも綺麗とはいえない、狭い2LDKのマンション。
そこで「彼女」は、リーの帰りを待っていた。





「待たせたな……」
薄暗い、彼女の部屋の扉を開ける。
ぬいぐるみが多く並ぶ少女趣味な部屋。彼女の為に集めたものばかりだった。
その部屋の中央にある、ダブルのベッドの上に彼女はいた。
「遅かったのね、……寂しかったわ」
潤んだ瞳で、入って来たリーを見上げた。
彼女……由紀は、衣服を一切身に着けていなかった。
生まれたままの姿で、リーの帰宅を待っていた。
豊かな長い黒髪と、瓜実の顔。そして、熟す前の果実のようにしなやかで白い肢体。
動くたびに、桃色の尖りを持つ二つの胸が揺れ、黒髪が流れる。
「ねぇ、もう……何処にも行かないで、リー」
由紀は言い、ベッドの脇に立つリーにすがりついた。
「……由紀、」
二つのふくらみがちょうどリーの股間に、ボトム越しに押し当てられる。
「由紀、……っ」
声が上ずってしまう。冷静を装うことなど、出来はしない。
その感触に、どうしようもなく反応してしまう。男の悲しい性なのだろうか。
「リー……したいの……」
由紀は自らリーのボトムのジッパーを下ろすと、固くなり始めたリー自身を取り出し、すすんでそれを口に含んだ。





薄暗く、湿っぽい室内。
枕元のランプシェードの仄かな明かりだけではあまりに物足りない。
けれどその明かりの僅かな様は、由紀の裸体に、エロティックな陰影をつけ、 雰囲気を知らずに後押ししていた。
由紀によるリー自身への奉仕は、いつも長かった。
唾液と先走りの液体で口許と両手を汚しながら、喉の奥深くリー自身をくわえ込み、 うっとりとした表情でそれを続けていた。
「……ン、……ぅ……っ」
黒ずんだ竿の部分を擦りあげながら、敏感な先端を舌と口腔内全体で愛撫する。
リーの知らない誰かに教え込まれたその技術は、リーの思考と理性を狂わせ、 ただの獣にしてしまうには十分だった。
「……由紀、……由紀ぃ、」
由紀の髪を撫でながら、快感に眉根を寄せて、リーは与えられる快感に溺れた。
「ん、もっと……舐めさせて……おねがい……」
潤んだ瞳で見上げられ、懇願する由紀の顔。
今すぐにでもこの顔に、欲望をぶちまけられたらどんなに気持ちいいだろう。
いや、まだそれは後だ……たっぷりと、この白い身体全体に……中にも、外にも、ぶちまけよう。
リーは吐き出したい気持ちをぐっと抑え、頷く。
「美味しいの……とても美味しいの……リー、」
目を閉じ、由紀の口は再びリー自身をくわえ込む。
興奮に由紀の胸の先端……桃色の尖りは、自分も刺激がほしいといわんばかりにつんと上を向き、
由紀が腰を動かすたび、甘酸っぱい女の匂いとともに、僅かな湿った音が由紀の脚の間からした。





由紀自身と、リー、そして深道。
この三人しか知らない、秘密の関係だった。





ベッドの上に仰向けに寝かせ、長く白い脚を開かせる。
黒い繁みは髪と同じく豊かで濃く、大事な部分をしっかりと護っている。
「ねぇ、濡れているでしょう?」
「……ああ、凄く濡れてるな」
期待と興奮に吐き出された愛液で程よく濡れたその繁みを掻き分けながらリーが言うと、由紀は満足げに微笑む。
「お願い、剃って」
「俺がか」
「そうよ」
あまり気が進まないのか、リーが戸惑った顔をする。 由紀の手は、リーの指を押しのけ更に己の陰裂を開く。
肉色の女の部分が露になる。クリトリスは何もせずとも包皮から露出し、愛液にまみれている。
「……そうしたら、貴方に全部見えるでしょう」
刺激をほしがるクリトリスを由紀は親指で弄りだした。
「あ、あああ……っ!!!」
ようやく訪れた刺激に、由紀は嬌声を上げ、腰を浮かせて自ら振る。
「リー……、もっと……見て……っ」
「ああ、……見ている、由紀」
「う・あ、ああーーーっ、アア……ーーーー……ッ!!!!」
消えそうな声、泣き出しそうな顔。
リーの目の前で、由紀は自慰に耽った。揺れる黒髪はシーツの上を泳ぎ、汗ばみ始めた白い肌に張り付く。
「見て……リー、……見て……」





ランプシェードの明かりが、薄汚れた壁に、乱れる由紀とそれを見るリーの影を大きく映し出していた。





……扇情的で積極的な由紀と対極に、リーの顔はいつも浮かない。
理由は簡単だった。
望んだ関係とはいえ、彼女が自分に向ける眼差しは、自分が努力して勝ち得たものではないからだ。
他人……深道によって、与えられたものだった。







話は半年ほど前にさかのぼる。
リーと由紀と初めて会ったのは、半年ほど前になるだろうか。まだ、深道ランキングが存在し、渺茫の存在も明かされていなかった頃の話だ。
「今度の4位、なかなか面白いよ? 会ってみないか」
深道からはずっとそう言われていた。
けれどリーは、自分以外のランカーには余り興味が無い。
当時のランキングにおいて、リーは二位だった。
しかし一位が誰なのか、深道は教えてくれない。
ハッタリでもなんでもなく、存在することだけは確からしいという、それ止まりだった。
深道以外の、ランキング関係者の誰も存在を知ないという。
いつかは戦わせてやる、という、二位になった時の深道との口約束をリーはずっと覚えていた。
リーにとって、自分より下位のランカーなどどうでもよく、 まだ見ぬ一位が誰かを知り、そしてその一位と戦う日にその意識は向いていた。
その日、深道に呼び出され、リーはあの喫茶店に行った。
店内に一歩はいってリーは驚いた。
深道が女と話していた。それも、随分楽しそうに。
女よりランキングだと公言して憚らない深道に、その手の噂は驚くほど無かった。 けれどいわゆる女友達はその割りに多い。
リーの驚きは、相手の女そのものに、だった。
入り口に程近い席で、向かい合う深道とその女。
長い黒髪、引き込まれそうな切れ長の目と、白い肌。
リーもまた、女よりも戦うことだと公言していたが、 その時初めて……その女、皆口由紀に魅入られた。




心臓、鷲掴みにされた気持ちだ。



後でリーは深道にそう言った。
「座れよ、リー」
由紀に見とれていたリーに深道が声を掛けた。
「……あ、ああ」
促され、リーは深道の隣に座った。
「皆口、コイツが二位のジョンス・リーだ」
「……この方が?」
由紀はリーを見ると、はじめましてと礼儀正しく頭を下げた。
黒髪が肩を流れた。
「リー、驚くなよ? 彼女が噂の四位の皆口由紀だ」
「………四位の?」
…女だろう? 言いかけた言葉を、リーは慌てて飲み込んだ。
「リー、彼女兎に角強いんだぜ? 何せ前の4位を瞬殺なんだ。DVDあるけど、見る?」
深道はヒップバッグから小さなノートパソコンを取り出した。
「ねえ深道さん、この間の対戦の映像、よかったら下さらない?」
「ああいいよ、編集無しでいい?」
「ええ」




その時、どんな映像を見たのかリーは覚えていない。
深道と由紀は楽しそうに盛り上がっていたくらいしか記憶に無い。
由紀と、前の四位の対戦の映像だった、らしい。
リーはただ、目の前に居る由紀に見蕩れていた。
横髪を指で掬い耳に掛けるしぐさ、時折見せる笑顔、窓の外を見た時の横顔。
携帯を開く時に見えたよく手入れされた指先、シャツの襟元から僅かに見える鎖骨。
綺麗だった。由紀の、何もかもが。



『欲しい』
生まれて初めて、心の底からリーは思った。





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