「ベクトルの行方   2」






リーが加わってから10分ほど経った頃、由紀の携帯が鳴った。
「……妹からだわ……もう終わったのかしら」
少女趣味なのか、かわいらしいマスコットのついた携帯を由紀は開いた。メールらしい。
「今日、妹が病院に行ってて……終わったら迎えに行かなきゃ行けないの。もう終わったみたいだから、ごめんなさい先に失礼するわ」
由紀は急いでコートを羽織り、携帯をバッグに放り込んだ。
「ああ、いいよ、気にしないで。早く行ってあげなよ」
「ホントごめんなさい、またゆっくりね……深道さん、と……ジョンス・リーさん」
手をひらひらさせながら、由紀は喫茶店を出た。
深道も大げさに手を振った。
リーは去っていく由紀を、蕩けた顔で見ていた。





由紀が去った後、二人の間にしばらく会話はなかった。
「……可愛いだろ?」
「あ?」
先に口を開いたのは勿論深道だった。
「皆口由紀。……もう可愛いって年でもないか。綺麗、って言った方が正解かな」
「ん? ああ、……そうだな、別嬪な方だろうな」
「ふふっ」
深道は何が可笑しいのか、噴出した。
「何だよ、深道」
「……リー、正直に言えよ」
「あ?」
「俺たち、親友だろ?」
深道は可笑しいのを堪えながら、リーの方を向き、ポンポンとリーの肩を叩いた。
「誰がオマエと親友だって?」
少なくともリーは、深道を親友だなどと思ったことは一度も無い。
その外見とは裏腹に実に計算高く、油断できないヤツだとしか思えなかった。
「……リー、イエスかノーか、答えはひとつに二つだ」
「ああ?」





深道は周囲を軽く見渡し、それからゆっくりと言った。
「……皆口由紀に、惚れたんだろ?」




あのときのリーの顔。
写真にとって置けばよかった、スクープモノだった、と、後に深道は言った。
どんな顔をしていたのか、リー自身は覚えていない。
それどころか、その日その後、何処をどうやって家に帰ったのかさえ覚えていない。





図星だった。






古びた安物のベッドは、二人分の体重に耐えかね、悲鳴のような軋みを上げる。
「アッ・アッ・アッ―――……あ、あぁはっ……!!!!!!……」
由紀の嬌声は何かを乞うように裏返る。 仰向けになったリーの上に跨った由紀は、下半身にリー自身の熱を余すところ無く受け止める。
「んはぁ……も、っと……ぉ」
由紀の腰の動きは早く、ストロークは短い。
肉同士のぶつかる音は生々しいだけに淫靡で、その音に合わせるように由紀は仰け反って喘ぐ。
黒髪が、乳房が揺れる。
「い、ぁあ……」
「由紀……由紀、」
与えられる快楽に、由紀は溺れきっていた。
頭の中まで、指先まで、何処も彼処も蕩け……由紀にとって今は、快楽の真っ只中だった。
「っ、はぁ、も、駄目……イ……く、……ぁ……ッ!!」
「イクか?由紀、」
「あ……だ、め……」
何度目かの絶頂が、由紀へと波の様に襲い掛かった。
由紀の膣壁がリー自身をぎゅっと締め付けた。





行為の後、満足げにリーの胸で由紀は眠る。
しかし、リーの浮かない顔は相変わらずだった。
口から出るのは、いつも決まったセオリーの言葉。






由紀には考えられなかった。
否、考えられなくされた、といった方が正しい。
リーが与えてくれる快感と、リーのこと以外は、何も。





今の由紀には、リーしか考えられない。否、考えられなくなっていた。
縋る相手、信じる相手、自分を愛してくれる相手。リーしかいない。


僅かながらも信じていたものに裏切られる瞬間というのは、ああも残酷なものなのだろうか。
そして、心の全てを傾けていたものが、振り向かないと知らされる瞬間も。
深道は由紀を裏切った。
坂本ジュリエッタは、由紀に振り向くことはなかった。
あの日眼前に突きつけられた真実と、差し出された深道の手。
真実を受け止めるしかなかった。その手を取るより、他はなかった。
今思えば、嵌められたのかも知れない。
「……坂本さんのことは、どうなるの?」
ほんの二月ほど前。
約束が違うわ、と電話越しに強い口調で深道を責めたてる由紀に、深道は鼻先でふふっと笑った。




由紀は坂本ジュリエッタに惹かれていた。それは、リーが由紀を知る前……やはり深道ランキングが存在していた頃からだ。
が、由紀の努力は空しく坂本は由紀に振り向くことはなかった。
エアマスター……マキにだけ、向いていた。
そのことを知った深道は、由紀にある提案をした。
『君がランキングへ貢献してくれたら、坂本ジュリエッタと君とのこと、協力しなくも無いんだけど。』
由紀がどんなに坂本へ自分の気持ちをぶつけても、かけらほどの報われも無かった。
深道の協力が得られたら、確かに心強いことはこの上なかった。
『……いいわ。その提案、受け入れるわ……』
由紀は提案を受け入れた。電話越しに、指きりを交わして。
それから、由紀はそれまでよりも深道ランキングに積極的に貢献した。
少々露出の高い服を着て、イベントに参加したり、スタッフも買って出た。
しかしある朝、更新された深道ランキングのホームページを見、由紀は裏切られた、と思った。




バトルロイヤル後、手を替え品を替え、様々な手段で深道はストリートファイトのイベントを展開してきた。
『ランキングとかいったものより、ランカー単体の方に需要があるようなんだよ、最近』
いつか深道はそういっていた。
そして実際、ランキングの順位自体は過去のものとなった。
由紀の4位も、リーの2位も。
その代わり、様々な主旨のイベントが数多く開催された。
坂本をメインに据えたイベントを開催したい、と深道は言っていた。



その朝見た、深道のホームページにはこう書かれていた。


  「トーナメント形式による特別イベントを開催。
   参加資格・18歳以上の男性に限る。


   優勝 賞金 1000万円  副賞 エアマスター(調教済)」



「……優勝者には、賞金と共にエアマスター・相川摩季を贈呈……。
当方にて処女……喪失済み……男性に極めて従順に調教・開発されています……?」
一瞬、違う趣向のサイトに来たのかと思うほどストレート且つ淫らな言葉が当たり前のように 書き連ねられていて、由紀は言葉を失った。
「っ……何これっ……!」
慌ててページを閉じ、深道に連絡を取った。



『俺のサイトの告知板に書いてあるとおりだよ、皆口』
電話口の向こうで、深道はあっけらかんとした口調だった。
電波が悪いのか、時々声が途切れる。
「エアマスターは……? 悪い冗談にしては出来すぎよ」
『冗談じゃないよ。だから、書いてある通り……プロにね、ちゃんとしたプロに……頼んであるんだ』
「………」
人づてに、エアマスターの行方が知れないとは聞いた。
より強くなるために修行の旅だろうと皆言っていた。
そうではなかった。
深道により、エアマスターは……来るべきイベントの勝者への賞品となるべく、従順に調教され、 開発されているという。
毎日、朝から夜まで休むことなく、性の悦びを体に、そして技をも叩き込まれていると。
『何回か調教してるトコ見に行ったけどね、下手なアダルトビデオより全然興奮する……凄いよ?』
「深道さん、あなた、何処まで人をからかったら気が済むの?……あの子は玩具じゃないのよ?」
『騙される方が悪い』
「惜しいと思わないの? エアマスターほどの人材」
由紀の強い口調に、深道は一呼吸置いてから答えた。
『……確かに惜しいけれど、もう彼女の、ストリートファイターとしての旬の時代は終わったと 俺は踏んでるんだ。常に新しいものが求められるのが、この世界だからね』
新物好きなのも、人をモノ扱いするのも、深道らしい言葉だった。
「……犯罪よ?」
『知ってるさ、そんなことくらい今更……ランキング自体が違法さ。それより、皆口。 坂本ジュリエッタにこのサイトのことは知らせてあるんだ。 恐らく……いや、絶対。坂本ジュリエッタは参加するだろう。俺は確信してるよ』
「………ッ」
『……尾形や小西は出ないらしい。もっとも、それなりの人間をこちらも参加させるけれど……エアマスターは、坂本のものだろう。これも確信しているよ』
ハハハ、とわざとらしい深道の笑い声に、由紀はこぶしを握り締めた。
『イベントは一週間後。嫌でも答えは出る……皆口、自分の目で確かめてみるかい?』
挑発するような深道の声。
思えば、この時既に。
深道はその「次」のことを、考えていたのだろう。
次、すなわち由紀とリーのことだった。
いや、あの言葉にはそのことが含まれていたのだと、今になれば分かる。
そして、そのまた次の……。



「……わかったわ」



一週間後、由紀は真実をその目で見ることになる。







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