『男を振った女、女に振られた男』


彼女と分かれた。…正確に言うと、振られた。
俺の『元』彼女は、弟が船長やってる海賊船の有能な航海士。綺麗なオレンジ色の髪と、
くりっとした大きな瞳が可愛い、2つ年下だけどしっかりした娘だった。
一目惚れしたのは俺のほう。……自分でも滑稽だと思えるほど猛烈なアタックと、歯が浮くような台詞が
こっ恥ずかしかった告白タイムの末、ようやく始まった清らかな交際―――……の、筈だった。

一ヶ月、持たなかった。

別れ話を持ち出したのは彼女のほう。
俺が悪いとか、彼女に他に好きな人が出来たとか、そういうのが理由じゃないらしい。
彼女は今、自分の夢…航海に専念したいんだとさ。
『エースのこと、嫌いになったんじゃないの…好きよ、大好き。これ以上ないくらい大事にして貰って、
凄く幸せ…でも、今はあたし…自分の夢に、賭けてみたいの…』
…ごめんなさい。
そういってうつむいて、涙ぐまれてしまった。
嫌だとは言えない、人のいい性格の俺。女の涙に滅法弱い俺。
ビンタ一発かまして、黙って俺に付いて来いだなんて、ぜってえ言えない悲しい性分。
彼女からの別れを、受け入れるより他ないだろう?
『わかったよ、ナミ…』
『ごめんね、エース…』
彼女を慰める俺は、あの時どんな顔をしていたんだろう。
きっと、この世で一番情けねえ顔をしてたはずだ。


本当は俺だって、恋なんかしてる場合じゃなかった。白髭海賊団2番隊隊長として、仲間殺しを
した部下の黒髭を、一日も早く捕まえて落とし前つけなきゃいけないんだ。一人旅はそのためだ。
白髭のオヤジにばれたら、アバラの2,3本どころじゃすまない話だってこと位、わきまえてる。
けど――――好きだった。
本気で、好きだったんだ。ナミのこと。



アラバスタに程近い大きな島に、黒ひげの情報を得、その島に上陸した。
海軍のでかい基地がある島だった。
下っ端の海兵がでかい面して街中うようよしていやがった。
船を目立たないところへ泊め、ローブで刺青を隠した。
彼女に振られた今、俺はまた元の使命である黒髭を追うことに専念しようと決意―――――――
……したんだけど…。


「…空振りか…」
…はあぁ。搾り出したようなため息が出た。
なんか……やる気が湧かねえんだよな…。
盛り場を中心に一応の聞き込みはしてみたんだけど…例のごとくさっぱりだ。
なんか…心ん中、ぽっかり穴が開いてるみたいで…まるっきり空っぽだ…。
言うまでも無く失恋の痛手、ってやつだ。ナミのことは諦める、ナミの夢を応援する、俺は黒髭を追う、
って決めたのに…決めたのに。
「…女に振られて仕事に手がつかねえなんて…情けねえ…」
これじゃ、ナミに振られたって仕方がねえよな…この上なく自分が情けなかった。
がっくり肩を落としたまま、繁華街の路地裏を歩いた。
何処の島でも大概、場末に小汚い木賃宿がある。安い上に飯も旨いのがセオリーだ。
ぐうぐう鳴る腹を押さえ、俺は木賃宿を探しながら薄暗い道を歩いていた。
暫く歩いていると、前方の電柱の下に、なんか転がってるのが見えた。
「―――――……あ?…なんだありゃ」
生き物っぽかった。
最初は犬が寝てるのかと思ったけど、それにしちゃデカイ。…ん?なんだありゃ?
ゆっくり近づいて目を凝らして、よーーーく見てみたら、それは…。
「…女?」
女だった。
髪の長い、黒いスーツを着てマフラー肩に引っ掛けた女が、電柱の下に転がってた。
基、酔っ払って寝てた。

酒の匂いぷんぷんさせて、真っ赤な顔して。
「…若い女が酔って道端で寝るたぁ、世も末だあ…」
俺の田舎じゃまず考えられないな。これもグランドラインならではか?なんて妙に感心しながら、
俺はその女のそばにしゃがみこんだ。
因みに現在、季節は冬。ポケットの寒暖計を探って指針を見ると、気温は一桁。
メラメラの実の能力者の俺には寒さも暑さも関係ないけど、…このままこの女をほっといたら凍死は確実だ。
起こさないとな…。
「もしもし、もしもーし?…おねーさん、起きて?もしもーし?」
耳元で大きめの声で呼びかけ、身体を強めにゆする。
「こんなところで寝てたら、死んじまうよ?早くおうちに帰って、もしもーし?」
…呼びかけつづけること3分弱。
俺より年上に見えるその女の目が、うっすらと開いた。
「ん、…なによ…」
「…おねーさん、こんなとこで寝てちゃ駄目だろ?さ、早く起きて、家に帰らねえとうちの人心配するぜ?」
かったるそうに女が身体を半分起こし、目をしばたつかせながらあたりを見回した。
「…ここ、何処?あなた、誰?」
眠そうな声。自分が居る場所もわかってねえ。
「あ、わたくし…寝てたの?」
「ああ、寝てた。俺は通りすがりの旅人。わかる?おねーさん、今真冬だよ?夜だよ?
凍死しちまうぜ?」
「…ああ、そ、…」
こともあろうにその女…また石畳の道に寝っ転がって目を閉じやがった!
「おい!ここで寝てたら死ぬぞ!」
「だって眠いんだもの…そんなに言うなら送ってってくださる…?」
丁寧な言葉遣いながらも人の好意をうっとおしそうに…正直、酔っ払いは海軍の次に嫌いだからマジ腹立った。
けど、嫌いだとか腹立ったとか言う以前に「人として」…このままほっとけないだろう?普通は。
「…わかったよ、…送ってく…おねーさん、家近いの?」
「…ここは何処?」
「えーっと、…郵便局かな、ありゃ。…の南側、の路地裏」
の、電柱の真下。正確に言うとね。
「…歩いて…15分、くらいかしら…悪いけどおんぶしてくださる?ヒナ泥酔…ヒナ泥酔なの」
――見れば判るよ。
兎にも角にも、俺はそのヒナと名乗ったおねーさんを背負い、数ブロック先の彼女のマンションへと向かった。



俺の背中で、彼女はすやすやと静かな寝息を立てて眠ってた。
見も知らない男の背中を借りるなんて、男が怖くないのかね。ま、なにせグランドラインだ、女も強いのが
うじゃうじゃいる。
腕に自信があるからなのか、それとも単に酔っ払ってその辺の判断が付いてないのか。
…俺は送り狼にはなれない男だから、どっちでもいいんだけどね。

「よ、っと」
時々ずり落ちそうになるのを直しながら、教えられた道を進んでいった。
女のいい匂いがする。高そうな化粧品の匂い。長い髪はさらさらしてて、手入れが行き届いてた。
見た目は俺より上っぽいな。30…行くか行かないかってとこかな。
――――綺麗な人だな、と思った。


「…ここ?」
たどり着いたのは、見るからに高級そうな新築の高層マンションだった。
…確か一人暮らしって言ってたよな。ヒナさん、こんな高そうなとこに一人で住んでるのか?
ってか、何やったらこんなところに住めるんだ?
「…すげえ…」
無駄にゴージャスにライトアップされた中庭の噴水を横目に、一番奥の棟に入り、彼女の部屋にたどり着いた。


背中で寝てるヒナさんはなかなか起きなくて、ごめんなさいと心の中で謝って、
スーツのポケットを探って出てきた鍵で扉を開き、中に入った。
  綺麗に整頓された、まるで雑誌から抜け出してきたような生活感の薄い部屋は、
一人には広すぎるように思えた。
リビングに入り、ばかでかいソファに彼女を下ろした。
「よっこいせ、っと…ヒナさーん、着いたよ?ね、お・う・ち!」
「ん、…んん、…そう、……」
目を閉じたままの声は、寝言みたいだ。判ってんだか判ってないんだか。 すやすや眠る彼女にブランケットを掛けると、ご不浄を拝借した。や、小さいほうな、一応。
用を足したらおいとまします、とするか。
外から鍵掛けて、鍵は新聞受けから中に放り込んじまえばいいだろう。
明日の朝になったらおねーさんきっと…何にも覚えてないだろうし。





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