“あの時、俺が麦わらを捕まえていれば。
そうすれば、恐らく、いや絶対。こんなことにはならなかっただろう。“


木製の古いベッドが軋み、衣ずれの音を伴う。
「ん、ふっ……」
寝転がっている麦わらの上に重なり、その濡れた唇を味わう。
さっき食べていた甘ったるいケーキの味がする。
「んん、…ぁ、ケムリン、…」
零れてくる声は、いつものこいつからは想像も出来ないほど、甘く切ないものだった。
それは確実に俺の中の男を刺激した。
唇を離れ、首筋を、耳の下を攻めていく。俺の無精ひげの当たるざりざりという音が時折し、
奴は可笑しそうな顔をする。
「痛くねえけど、何かくすぐってぇ」
「あぁ…?悪ぃな…」
ここんところ忙しくってな、と軽く侘び、赤いノースリーブのボタンを外す。
日焼けした手足と比べて一段白い素肌がまぶしい。案の定、というかいつものことだが、
ブラジャーはつけていなかった。曰く、窮屈なのだという。
ピンク色の二つの突起が、つん、と天井を向いていた。

俺と麦わらがこんな「関係」になったのは、ほんの数ヶ月前のことだった。
海軍の重要施設がおかれているとある夏島に出張したのが、そもそもの発端だった。
出張の目的である会議を終えたのは予定を大幅に過ぎた夜。煩わしい人付き合いが苦手な俺は、
会議後の接待という名の、軍の予算を無駄に使う飲み会を断り、宿へ急いだ。
何度か訪れたことのある島で、裏道や近道の類も心得てい、大通りから外れた路地裏を選んだ。
普通に大通りを歩くのより、だいぶ早く宿に着けるからだ。
「…暑いな、」
その夜はうだるような暑さだった。
路地裏には一目で海賊とわかるゴロツキがたむろしていて、俺の海軍の服を見るなり蜘蛛の子を散らすように逃げていった。どいつもこいつも腰抜けばかりだ。

   宿がだいぶ近づき、一段狭い道に入ったときだった。
「…?」
路地の奥に、二つの人影があった。男と女だとシルエットでわかった。
レンガの壁に凭れ掛かった女の首筋に、男が顔を埋めていた。囁きあうような声。
男の手が、女の細い腰のラインを撫でていた。女は両手を男の首にまわしていた。
何をしているのかは直ぐ判った。全く近頃の若い者はとため息をつき、声をかけた。
「おい、お前ら」
その声に、二つの人影がこちらを向いた。
「……犬や猫じゃあるまいし、道端で盛ってねぇでそういうことは宿にでも行ってしやがれ」
近づくと、男は両腕の手首まで刺青を入れ、派手なバンダナを巻いた、何処から見ても海賊という風体だった。
「げっ、海軍だ!…悪ぃ、じゃあな!」
男は俺を認めるなり女をほったらかして一目散に逃げていった。
「おい!…女を置いていくのか!」
振り向くことなく、暗闇に男が消えた。
薄情な奴だと、取り残された女をふと見やったとき、俺はわが目を疑った。

「む…麦わら…!!」
そこに居たのは、紛れもない、麦わら…モンキー・D・ルフィだった。
「あ。ケムリンじゃねえか。元気か?」
「…」
すっとぼけた面をし、にしし、と笑う。
俺の頭の中は軽く混乱した。さっきこいつが、あの男としようとしていたことは紛れもない、男と女の情事だ。
こいつがそんなことを知っているとは、とてもじゃないが思えなかったからだ。
第一、女らしさというものがこいつには全く感じられない。自分を俺と呼び、男のような格好をし、
言われなければ、俺はこいつを男だと思っていただろう。
「…今の奴は? 仲間か?」
混乱する自分を抑えつつ、尋ねてみた。今の男は、見慣れない顔だった。
「さあ、知らねえ。飯食ってたら声かけられた。…一応100万ベリーの賞金首だってさ」
「その割には肝っ玉が小せえな…お前、今の男と何をしようとしていた?」
念のため、それも聞いてみた。
「何って、…セックスだけど」
「セ……?」
「正確にはアオカンってやつ?」
聞き違いだろうか?いや違う、たしかにこいつはセックスといった。その上、青姦とまで。
にべもなく言い放った奴は、俺に至近距離まで迫り、背伸びした。
「…なあ、ケムリン」
「…っ!」
そのとき、俺は恐らく初めてこいつの顔を間近で見た。
意外にも整った顔だった。大きな潤んだ黒曜石の瞳に俺が映っていた。
若さの象徴でもある、健康的に焼けた肌は触れずとも滑らかだと判った。鼻筋はすっとしていて、
薄い唇はグロスを塗ったらしく、艶々と濡れていた。
いつも着ている赤いノースリーブの、第一ボタンだけが外れていた。あの男が外したらしい。
そこから垣間見える胸の谷間。
栄養不足かと思うほど細い手足の癖に、ここだけがはちきれそうになっていた。
女の色香が、確かに漂っていた。
俺はその瞬間、こいつが「女」である事を認めざるを得なかった。

「…ケムリンがあいつ追っ払っちまったから、俺、すげえ中途半端なんだけど…」
潤んだ瞳を細め、小さく笑みを作る。
それはいつものこいつの顔ではなかった。
紛れもない「女」のそれだった。それも、魅力的な。
「麦わら…」
俺は震えていた。俺の心の中は、明らかに丸腰だったのだ。そこをやられた。

「…なあ、ケムリン」
漂ってくるのは、女物の上等の香水の匂い。
いつも粗野で粗雑なこいつが、そんな身だしなみを持ち合わせていたのだと、初めて知った。
「…相手、してくんない?」
「―――――っ…!」

  思考が、意識が、良心が。
海兵としての信念がぐらつき、本能という名の劣情が一瞬にしてそれらに取って代わった。

その後のことはよく覚えていない。
気がついたら、宿のベッドの上。俺とこいつは一糸纏わぬ姿になり、獣のように絡み合っていたのだ。
麦わらは、男を知っている身体だった。それも、かなりの具合で。
自ら進んで俺の一物を咥え、放ったものを当たり前のように飲み干し、俺の上に跨って腰を振り、
大きな胸をいやらしく揺らせ、絶頂を極めて果てた。
誰にこんなことを教わったと聞いたら、別にと曖昧に答えをはぐらかした。
  あの船のクルーは全員女のはずだ。イーストブルーの田舎から出てきた17の小娘が、
一体何処で性の愉しみを、男の味を覚えたのだろう?
追及しようとした俺に、麦わらはこういった。

「世の中、知らなくていいことって沢山あるだろ?」
だから、教えてやんない。ケムリンには、知らなくていいことだ。
言った後再び、奴は俺に抱きついてきた。
それからだ。
暗黙の了解。
狂い始めた歯車。

暇を見つけては会い、こうして肌を重ねている。このことはどちらの仲間内にも無論内緒だ。
奴はどうだか知らないが、俺のほうは海賊、それも一億ベリーの賞金首とこんなことを続けていると
上に知られれば、処分どころですまないだろう。
海兵としての信念は、あの瞬間、何処かへ消え去ったまま、かえってこない。
ただ、一人の男としての欲望だけが、頭を擡げ、俺を支配していた。



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