| 荒い呼吸と、額に光る汗、閉じられた瞳、熱に染まった肌に、改めてドキリとする。 |
| 愛しさがこみあげ、彼の髪に触れようと手をのばしたところを、ふいに掴まれ、白い包帯に目を止めた先生は、 |
| 静かな声でつぶやくように言った。 |
| 「これ、自分で傷つけたんだろう?」 |
| 「…!」 |
| 「他人がわざわざ袖を捲り上げてから傷つけるなんて、そんな面倒なことはしないだろう。反対の袖はシワになっ |
| てなかったから、両腕を捲くっていたとも思えない。後から考えれば考えるほど、不自然なことばかりだ」 |
| まさにそう反論しようとしたところに釘を刺され、俺は黙り込んだ。 |
| 「どうして、そんなことを?」 |
| 先生は俺の目を正面からジッと見つめながら、問いかける。 |
| 「ムシャクシャしてたから、気晴らしにやってみただけだ」 |
| 目をそらし、そう吐き捨てた。まるでニュースで取り上げられる少年Aの犯行動機みたいだなと、自嘲する。 |
| 「僕の目を見て言いなさい。何か理由があるんだろう? 君が意味もなく、こんなことをするとは思えない」 |
| 言葉に自分への信頼を感じ取り、少々居心地が悪くなる。 |
| 先生が思っているほど、俺はちゃんとした人間なんかじゃないのに。 |
| 「…本当はわかってんだろ」 |
| 俺はぶっきらぼうに返した。 |
| よくわからないと言いたげな先生に、大きな深呼吸をひとつして、正直なところを吐き捨てるように告白する。 |
| 「先生に会いたかったんだ。…俺みたいなヤツがここに来るには、それなりの理由がいるだろ」 |
| 俺がこんなことを思っていたなんて、想像もしなかったんだろう。少なからず驚いた様子だ。 |
| 「そんなことのために…」 |
| 「『そんなこと』なんかじゃない。先生に名前と顔を覚えてもらえて、一番間近で会える場所は、ここ以外ないだろ」 |
| 今まで胸にため込んでいた想いを吐き出した俺の言葉も、まだ本気とは難いのか、 |
| 「…まるで告白されてるみたいだな。勘違いしてしまうよ」 |
| 少々ぎこちない微笑を浮かべる先生に、俺は追い討ちをかける。 |
| 「勘違いになんかならねーよ。最初っから好きだって言ってるんだ。そうでなきゃ、毎日ケンカ買って歩いたり |
| なんか…!」 |
| 勢いで余計なことまで口走ってしまい、俺は慌てて口をつぐんだ。先生の驚きに見開いた目に出会い、すでに |
| 遅かった事に気づく。 |
| 「それじゃ、『恋人同士』というのも、本気で…」 |
| 先生はしばらく逡巡したあと、その唇から問われたくなかった言葉を発した。 |
| 「ひとつ聞いていいか? 一昨日、本当に最後までしたのか…?」 |
| 俺は動揺に表情を強張らせたことで、それを認めてしまった。 |
| 「最後までやらなかったのは何故だ?」 |
| 尋問のように堅い口調で問い掛けてくるのを、 |
| 「して欲しかった?」 |
| 冗談ぽくかわそうとしたが、 |
| 「茶化すんじゃない」 |
| 嘘は許さないと言いたげな表情に、俺は観念して答える。 |
| 「意識のない先生を抱いてもつまんないじゃん。俺を見て、しがみついて、俺を感じて、よがってくれるんじゃな |
| きゃ、欲しくない。そりゃ……ちょっとは楽しませてもらったけどさ」 |
| 俺の言葉に、さっきのアレやコレやが蘇ったのか、一瞬のうちに赤面する先生を、再び愛しく思った。 |
| 深くため息をつく先生に、 |
| 「これだけのことをされて、どうして嫌いになれないんだろうな」 |
| 思いもかけなかったことを言われて、思わず期待を持った瞳で彼を見た。 |
| 「それは、俺が本気だから? それとも、可能性がある、って考えてもいいのか…?」 |
| 「どうだろうな。自分でもよくわからないよ」 |
| 目の前の先生は、まだシャツをはだけた、ズボンのジッパーも開いたままの格好で、赤面した彼はまた色っぽ |
| く、さっきから自制心が危うい。 |
| 「その格好のままで言われると、襲いたくなるんだけど」 |
| 俺の言葉で、自分のあられもない格好に気づき、 |
| 「君がこんなにしたんだろう!」 |
| と慌てて身支度を整える彼に、ますます彼を襲いたくなる衝動に駆られたが、なんとか必死に堪えた。 |
| 今襲ってしまったら、何もかもが台無しになってしまう。 |
| 「これからも保健室に来て構わないけど、もう、ケガや傷を作ってまで来ないようにな。こういうのも……困るよ」 |
| 「よくなかった?」 |
| 「そうじゃなくて! さっきも言っただろう。一方的なのは好きじゃないんだ」 |
| 「だったら、先生も俺を好きになってくれればいい。それで万事解決だ!」 |
| 明るく言い切った俺に、呆気に取られたような表情になる先生。 |
| 「考えておくよ」 |
| 先生の微笑みがまぶしかった。ようやく、俺だけの笑顔を手に入れられた気がした。 |